4.恒のおしおき
「よし、じゃあ空、こっちに来い。」
恒は空を連れてソファに腰を下ろした。恒のおしおきを受けるのは久しぶりだった。ひざの上に寝かされ、ズボンとパンツを下ろされると、バッチーン!と思いっきり叩かれた。いつもならウォーミングアップでパチパチパチと何発か叩かれてから本番が始まるのに、今日は最初から鋭い痛みがお尻に走った。
「いってー!」
空は体をのけぞらせ、お尻に手を当てた。その手を腰のところで押さえつけられ、
バッチーン!バッチーン!バッチーン!バッチーン!バッチーン!・・・・・
10発で手が止まり、
「反省できたか?」
と顔をのぞき込まれた。
「うん。」
「よし、じゃああと20発な。」
“は?”と言ってしまいそうなのをグッとこらえて、お尻の筋肉に力を入れた。
バッチィーン!バッチィーン!バッチィーン!バッチィーン!バッチィーン!・・・・・
全部で30発。
「もういいぞ。」
と言われて、ひざから下ろされた。
“これで解放されたのはラッキーだったと思うことにしよう”
空はパンツとズボンを上げるとすぐに
「おやすみなさい。」
とあいさつをして階段を上った。
「宿題分からないところがあるなら持って来いよ。」
「うん。でも大丈夫そう。眠気も吹っ飛んだし。」
「それはよかった。おしおきのお陰だな。」
それには答えず、空は自分の部屋に向かった。
「さあ、海ちゃんの番だ。」
恒はソファに座ったまま海を呼び寄せ、目の前に立たせた。
「恒先生、海もう充分反省した。本当にごめんなさい。」
自らこう言った方が断然効果的だと思い、本心かどうか疑わしい謝罪を真剣な眼差しで口にした。
恒はニコッと微笑んで、
「明日使う靴下を買い忘れていて、8:00過ぎにショッピングモールまで買い物に行ったのは分かったけど、どうしてあんな場所を歩いてたの?」
「えっと、帰りのバスが1時間後だったから、少し歩いて何個かバス停を通り過ぎてたら、いつの間にかバスに追い越されてたみたいで、もうバスなくなっちゃって・・・。」
「それで家まで歩いて帰ろうとしてたんだね。」
「うん。」
「こんな遅い時間に、女の子が1人で歩いてたら危険だとは思わなかったの?7:00、8:00ぐらいならまだしも、10:00以降は遅すぎる。大通りだからそれほど暗くはないけど、歩いている人なんてほとんどいないし、商店街からは離れているし、海ちゃんは大丈夫だと思っていても何が起こるか分からないんだよ。最近怖いニュースがいろいろと報道されているのは知ってるよね?先生が言ってること理解できてる?事件や事故に巻き込まれてから後悔しても手遅れなんだよ。危険な行為はしない、危険な場所には近づかない。自分の身はしっかりと自分自身で守るんだよ。」
海はコクンとうなずいた。
“こういう話はお兄ちゃんからも恒先生からも、もう何回も聞かされてるからちゃんと分かってるってば”
顔を見られたらきっと、心の声を読み取られてしまうと思い、反省してうなだれているふりをした。
「ところで海ちゃん。先生に2つうそついてるよね?」
「・・・うん。」
「言ってごらん。」
「先生から電話がかかってきたとき家にいるふりをしたことと、歩いているときあと10分ぐらいで家に着くって言ったこと。」
「先生、海ちゃんのうそは全部お見通しなんだから、いい加減そういうのはやめないと信頼関係がボロボロになっちゃうよ。今まで何回もこうやってお説教してきたのに、まだ懲りてないんだね。きっと自分の立場が悪くなると、無意識のうちにうそが口をついて出てしまうんだろうね。そしてあと戻りできない状況に陥っていく。どうしたらその悪い癖が直るのかな?」
「今度から気をつけます。」
「ハハハ。そのセリフ何度聞いたことか。その都度言い聞かせて、おしおきして反省させてを繰り返すしかないんだろうけど。」
「・・・」
海は『おしおき』という言葉を聞いて、お尻がムズッとするのを感じた。恒からおしおきされるのはいつぶりだろう。悠一からは相変わらずしょっちゅう叩かれているが、久しぶりの恒のおしおきにためらいを感じた。
「本当ならもっとじっくりと話をして、しっかりと反省させたいところだけど、もうこんな時間だから仕方ないね。」
そう言うと、恒は海の体をクルッと倒してひざの上に横たわせた。海は一瞬ビクッとして体を強張らせたが、おとなしく従った。ここで少しでも抵抗する様子を見せてしまったら、せっかく切り上げてくれたお説教が再び始まってしまう可能性が高かった。壁に掛けられた時計はpm11:50を指している。海は悠一が帰って来てしまいそうな気がして落ち着かず、一刻も早く自分の部屋に退散したかった。
スカートの上からゆっくりとパチパチと叩かれ、その緩いおしおきがいつもより長く続いた。恒は海のソワソワした態度に気づき、わざと時間を引き伸ばして意地悪をしているかのようだった。海はだんだんとじれったくなり、それでも自分の口から「早くパンツ脱がせて、もっと強く叩いて」とは言えずに、お尻をくねくねと動かした。それを合図にスカートをめくられパンツを下ろされて、本格的なおしおきが始まった。
バッチィーン!バッチィーン!バッチィーン!バッチィーン!・・・・・・・・
さっきまでのウォーミングアップとのギャップに耐えきれず、途中何度か手でお尻をかばって中断させたが、泣いたり暴れたりせず素直におしおきを受けた。もちろん空よりも回数は多く、お尻のダメージも大きかった。
「まだまだ足りないけど、このくらいにしておこうか。」
ひざから下ろされ恒の足の間に立たされると、顔をのぞき込まれて、
「反省できた?」
と確認された。
「ごめんなさい。もうしないから。」
鼻をすすって涙声を出して演出した。
「じゃあ早くお風呂に入っておいで。先生、悠一が帰って来るまでここにいるから。」
「恒先生、お兄ちゃんに言う?」
「もちろん。」
「そうだよね・・・。でも、できれば言わないでほしいな。」
「悠一が夜留守にするから、今日みたいなことが起こるんだよね。今後のためにも改善策を見つけないと、また同じことを繰り返すだろうから、きちんと報告させてもらうよ。さあ早くお風呂に入って寝ないと、明日の朝起きれないぞ。悠一には今日はもう遅いから、おしおきは明日にするように言っておくから。」
「えー・・・」
「ん?今日の方がいいの?」
「じゃなくて、おしおきナシがいいな。」
「それは無理だと思うよ。悠一ものすごく怒るだろうけど、先生が何とかその怒りを抑えてあげるから安心しておやすみ。」
「・・・・・」
“結局お兄ちゃんからもおしおきされるのか・・・。あーあ、恒先生にバレなかったらお兄ちゃんだけで済んだのに。違う、恒先生が絡んでこなかったら、お兄ちゃんもだませたんだ。今日はついてるって喜んでたのに、全然ついてなかった・・・”
海はしょんぼりして洗面所に向かった。それでものろのろしてはいられないと素早く洋服を脱いで、洗面所の鏡でチラッと赤くなったお尻を見てから浴室に入った。髪も乾かさず10分ほどでリビングに戻ると、
「海ちゃん、ちゃんとあったまった?髪も濡れてるし、それじゃあ風邪ひいちゃうよ。」
恒に心配されたが、
「うん、大丈夫。恒先生、今日は迷惑かけて本当にごめんなさい。」
しおらしく謝ってから、
「おやすみさない。」
と言って階段を上がって行った。
海が自分の部屋のドアを閉めるとほぼ同時に、玄関の鍵がガチャッと開く音がした。危機一髪!海は「セーフ」とホッとして、すぐに部屋の電気を消した。
悠一は表に恒の車が停めてあったので、不安そうにリビングに入って来た。
「おかえり。」
「おう。どうした?あいつらまた何かしでかしたのか?」
「ああ。ちょっとな。」
「海か?」
「ああ。」
恒は事の次第を説明した。お酒が入っていたせいもあって、悠一はいつにも増してカッカと頭に血が上り、テーブルをこぶしでドンッと叩いた。
「海のヤツ、信じらんねー!」
2階に行こうとするのを恒に引き止められた。
「2人ともたっぷりおしおきしておいたし、今日はもう遅いから寝かせてあげた方がいい。」
「でも今ビシッと叱っておかないと、あいつら一晩寝たらケロッとしてるぞ。」
「まあそんなもんだろ。今日のところはオレが充分言い聞かせておいたから、泣かすなら明日の朝おしおきしてやれ。」
「そうするか。」
「入学式の日に朝からおしおきなんて、お尻が痛くてイスに座れなくなるのは気の毒だけど、海ちゃんにはそのくらい厳しくしていった方がいいかもな。それから、門限を決めておいた方がいいんじゃないか?高校生活が始まると友達づきあいが今までとは変わってくるだろうし、行動範囲も広がるだろうから、事前に対応しておかないと羽を伸ばし過ぎることになりかねない。」
「そうだよな。ずっと見張ってるわけにはいかないから、ある程度の制約は必要だよな。」
「高校生にもなれば、保護者の手を離れて自立していくのも大事なことだろうが、まだ未成年のうちはすべて野放し状態にはできないからな。自覚を持たせつつ、軌道修正すべく見守っていかないと。」
「保護者向けの高校生のトリセツあればいいのにな。」
「まあどの家庭も手探り状態でやっていくしかないんだろうな。特に1人目の子は、親にとっても未知の体験になるんだから。2人目、3人目でも兄弟姉妹それぞれだろうから、上の子はこんなじゃなかったのにっていうパターンもあるだろうし。ましてや悠一は自分の子供じゃないんだから、これからも苦労することは多々あるだろうけど頑張れよ。いつでも相談に乗るし、おしおき係も引き受けるからな。」
「心強い同志がいてくれて有難い。」
お酒を酌み交わしながらであれば夜が明けるまで語り合っていたのかもしれないが、恒は車で来ていたのでそれほど長居はせずに帰って行った。恒を玄関先で見送ると、悠一は帰りが遅くなったときにいつもするように、2人の部屋をのぞきに行った。2人とも布団をかぶってスースーと寝息を立てて眠っていたので、叩き起こして叱りつけたい気持ちをグッとこらえて何も言わずにドアを閉めた。
空は悠一の足音が階段を下りるのを待って布団から抜け出し、そのあと3時間かかって宿題を終わらせ、am3:00過ぎに就寝した。海は布団の中で明日からの高校生活に思いを馳せた。新しい友達、新しい先生、新しい環境。もちろん高校生になったら素敵な恋愛もしたいし、中学生にはできなかった大人っぽいこともしてみたい。そんなワクワクする気持ちの一方で、みんなと仲良くなれるかな?怖い先生いないかな?部活どうしよう・・・勉強ついていけるかな?と不安要素も次々と思い浮かび、なかなか眠りにつくことができなかった。
“やっぱり怒られてでも靴下買いに行って正解だった。だってもしたかやんみたいな先生がいたら、初日からお尻叩かれてクラスで有名人になっちゃうもん。どうか高校には『おしおき』という風習がありませんように!”
おわり