3.本当のこと
車の助手席で海はフゥーッと息を長く吐き出してから、
「SNSでやりとりしてた大学生。」
と答えた。
「隠し通すんじゃなかったのか?」
「うん。そのつもりだったけど・・・」
「何で白状したんだ?」
本当のことを言ったのに、それをとがめられるような言い方に海は驚いた。
「何でって言われても・・・」
「反省したわけじゃないだろ?」
「反省してる。」
「口先だけだろ?」
「そんなことない。」
「じゃあ、どんな風に反省したんだ?」
「見ず知らずの人に会うのは危険なことかもしれないから。」
「危険だったか?」
「全然。」
「それじゃあ反省なんてしないよな?」
「・・・・・」
「会ってみてどうだった?満足したか?」
「電話で話してるのと全然印象が違った。」
「まあそんなもんだろ。」
「眞木野さん、怒らないの?」
「お兄さんならブチ切れてるか?」
「即往復ビンタ。」
「ハハハ。そんな感じだな。オレは海の保護者でも学校の担任でもないからな。好き勝手やって痛い目に遭おうが、後悔しようが知ったことじゃない。何か事件に巻き込まれたとしても、世間の人たちは所詮他人事で、バカな少女がいるぐらいにしか思わないだろう。でも身内や関係者はそうはいかないからな。」
「眞木野さんは全然関係ないもんね。」
「今回こうやって首を突っ込んでいるから、まるっきり部外者というわけじゃないけどな。高也とは親友であいつは海のこと大事な生徒だと思っているし、空や星とは関わりがあるわけだし。」
「ふーん。」
「この件に関しては自分の口からお兄さんに報告するように。」
「今からってこと?」
「そうだ。お兄さん激昂するだろうな。」
「どうしよう・・・」
「自分でまいた種だし、バレたらこっぴどく叱られることぐらい覚悟の上だろ?」
「それはまあそうだけど。」
「しかし、いくらおしおきしたところで効果がまったくないんじゃ、お兄さんも嫌気がさすだろうに。よく投げ出さずに頑張ってるよな。」
「私、それほど問題児じゃないから。」
「は?どの口が・・・おまえ今まで何回お尻叩かれたか覚えてるか?」
「そんなの数えきれないけど。」
「そういうのを問題児って言うんだ。オレのところに通って来れば、1年、いや半年で根性叩き直してやるぞ。」
海はシラーっとした顔をして、
「遠慮しときます。」
と答えた。
“眞木野さん、私のこと気まぐれだって言ってたけど、眞木野さんだって態度がコロコロ変わって、いつもと全然違うじゃん。ずっと冷たくて機嫌悪くて私のこと無視してたのに、何だか今は別人みたいに優しく感じる”
とりわけ優しくしているわけではないし、チクチクと釘を刺すような発言をしているにもかかわらず海がそう感じたのは、自分を相手にしてくれている、自分のことを考えてくれているという安心感からなのだろうか。
海はちょっとしゃべり過ぎてしまったかなと後悔したが、時すでに遅し。家に着くころには、今まで必死に隠してきたことをほとんど暴露していた。すべてが最初から眞木野の思惑どおりに進んでいたのかもしれない。眞木野マジックにかかったら、問題児海も手の平でコロコロと転がされてしまうようだ。
家に着いて玄関でチャイムを鳴らすと、悠一がドアを開けて顔を出した。
「あっ、眞木野さん。どうもお世話になってます。えっと、海のヤツまた何かやらかしましたか?」
眞木野は悠一と会う約束をしていると言っていたが、それがうそだということは悠一の反応から明らかだった。
「いや、ちょっとこちらの方に用事があったので、ついでに送って来ただけですよ。」
「そうですか。まあどうぞ上がってください。」
「いえいえ、今日は海からいろいろと話を聞いてあげてください。」
眞木野はそう言うと、2人のやりとりを神妙な様子で聞いていた海に向かって、
「なっ、海。全部話して早くすっきりしたいよな。」
「えっ・・・まあ・・・」
曖昧な返事をする海の頭をポンポンと叩いて、
「オレがいなくても大丈夫だよな?」
心配してくれているのではなく、ちゃんと話せよ!と念を押すように言われたのは語尾の強め方で伝わってきた。
「明日も同じ時間な。」
「えっ、まだ行くの?」
「じゃあそれはお兄さんに決めてもらおうか。今日これからしっかりと反省できたなら明日はもう来なくていいし、まだ反省が足りないと判断されたのなら、明日オレからもたっぷりとおしおきしてやる。」
「何それ。」
海がブスッと答えると、
「海っ!」
悠一に睨みつけられた。
「お兄さん、そういうことでよろしくお願いします。」
「本当に大変お世話になりました。ありがとうございました。」
悠一は深々とお辞儀をした。
眞木野が帰ってしまうと、悠一と海の間に緊迫した空気が流れた。長くなりそうだからと、夜ごはんとお風呂を先に済ませるように言われた。悠一はその間ニコリともせず、海とは一度も目を合わさなかったし、もちろんひと言もしゃべらなかった。
海はお風呂に入り湯船につかって、
“本当のこと言ったら、お兄ちゃんブチ切れるよね・・・お父さんに会いに行ったことは、もうバレてるからいいとして、斗亜くんに会ったことも言わなきゃダメかな?ここでまたごまかしたら、眞木野さんに気づかれちゃうかな?あの人って、そういうのとことん見抜いてくるからな・・・メールで確認されたらアウトだし、やっぱり全部話さなきゃダメだよね・・・”
お風呂から出て、憂鬱な気分でいつもよりゆっくり髪を乾かし、重い足取りでリビングに向かった。海と入れ替えに空がお風呂に入った。廊下ですれ違ったときに、
「気をつけろ。兄ちゃんまじで怖いから。」
と言われて、海はフーッとため息をついた。
“気をつけようがないんだってば・・・”
ソファに座っている悠一のところにのろのろと歩いて行くと、グイッと手を引かれて目の前に立たされた。悠一が口を開くのを待っていたが、沈黙に耐えられず、
「お兄ちゃんごめんなさい。」
悠一の顔色を伺うように謝った。
「本当は大阪城見に行ったんじゃなくて、お父さんがどんな人か知りたくて、1人じゃ電車とか不安だったから星に頼んで一緒に行ってもらったの。」
「会えたのか?」
「うん。」
「どんな人だった?」
「大学の先生で、優しそうな感じだった。」
「話はしたのか?」
「うん。」
「よかったな。ずっと気になってたもんな。」
「うん。」
悠一が怒らずに同意してくれたことが嬉しくて、海の表情がパーッと明るくなった。というのも束の間、
「何でオレに黙って行った?」
問い詰めるような怖い声で聞かれて、
「ダメって言われると思ったから。」
「反対されるのを分かっていて何も言わずに行ったら、もっと怒られることぐらい理解できるよな?」
「・・・うん。」
「おまえたち帰れなくなるところだったんだぞ。未成年の分際で何考えてるんだ!」
声のトーンがだんだんと大きくなってきて、海の体はブルッと震えた。
「ごめんなさい。」
「あとは?」
「え?」
「他にも隠してることがあるんだろ?」
「え?何で?」
「さっき眞木野さんに言われてたよな。」
「・・・・・」
「もう何を聞いても驚かないくらい免疫がついてるから、時間かけずにさっさと白状しろ。」
「えっとね・・・お願いお兄ちゃん、あんまり怒らないで。」
「驚かないとは言ったが、怒らないとは言ってない。」
「そうだよね、分かってる。あのね・・・時間が余ったから・・・ネットで知り合った人が」
まだ話の途中なのに、悠一は
「はあ?」
と声を荒げて聞き返した。
「ごめんなさい。」
海は小さい声で謝ると、うつむいたまま固まってしまった。
「おいっ、そいつに会いに行ったのか?」
“お兄ちゃん怒ってる・・・”
「海っ!」
「えっと・・・うん。ちょっとだけ。」
「おまえ、いい加減にしろよ。会って何した?」
「何もしてない。顔見ただけ。」
「星は一緒にいて止めなかったのか?」
「星は何も悪くないから。」
「そんなことは分かってる。全部おまえが仕組んだことで、星は被害者だもんな。」
“そんな言い方しなくてもいいじゃん”
海は心の中で文句を言った。
「知らないヤツとネットでやりとりしてるだけでも腹立たしいのに、どうしてわざわざ大阪まで会いに行くんだ?」
「わざわざその人に会うために行ったわけじゃなくて、時間があったからついでに。」
「はっ?屁理屈言うな!そんなことしてオレが許すと思ってないよな?おまえはどうしてオレを怒らせるようなことを平気でするんだ?まったく、信じらんねー!!」
悠一の怒りがだんだんと強くなるのを感じて、海は身をすくめた。
「眞木野さんには全部話したのか?」
「うん。」
「何て言われた?」
「それは危険なことだって。でもオレには関係ないから勝手にしろって。」
「おしおきは?」
海は首を横に振った。
「お兄さんにしてもらえって言われた。」
「そういうことだよな。オレがしっかりとケジメをつけなきゃいけない問題だよな。」
悠一は荒々しく海の手を引いてひざの上に寝かせると、パジャマのズボンとパンツを一緒に下ろしてお尻をすっぽりと出した。もし今日、眞木野からたっぷりとおしおきされてきたのなら、悠一は多少手加減していたのかもしれないが、白くて柔らかいお尻を見て、
“自分が厳しくしなければ!”
と右手を高く振り上げた。
つづく