9.すべてが白日の下に
その日の蓮ケ谷家の夜ごはんはパスタだった。しかも昨日ファミレスで食べたのと同じ『タラコとイカのスパゲッティ』
空は“ん?”と眉をしかめたが、単なる偶然と思うことにした。よくある『給食でカレーだった日に家でも夜ごはんがカレーだった』という現象。
“ずっと食べてなかったから、きっと兄ちゃんも食べたくて作ったんだろう”
と解釈した。
一方、海は好きなメニューなので喜んで食べている。
“こいつ単純だから、昨日食べたことなんて忘れてるんだろうな”
と空が思うぐらい、何の疑問も抱かずおいしそうにパクパクと口に運んでいる。そんな食べっぷりを見て、
「おかわりあるぞ。」
悠一も機嫌がよさそうだ。
「お兄ちゃん、麦茶取って~」
昨日あれだけ厳しくおしおきされたのに何事もなかったように甘えられるのは、きっと海の特権なんだと思う。
一見和やかそうな家族団らんのひととき、空は違和感を覚えた。食事を終え、お風呂から出て2人がリビングでくつろいでいると、
「空、海、ちょっと話がある。」
悠一の声がかかった。
海はキョトンとして、
「お兄ちゃん、なぁに?」
と呑気そうに聞いている。
「2人ともここに来て正座しろ。」
さっきまでとは違うピリッとした口調に、さすがの海も笑顔が消えた。悠一は2人の目の前にしわくちゃになったレシートを置いた。それは昨日の夜2人で入った(正確に言えば空が海を見つけて入った)ファミレスのレシートだった。
「あっ・・・」
反応したのは海だった。
「何であるの?」
「部屋のゴミ箱に捨てようが、自転車のかごに丸めて入れようが、オレには通用しないんだ。」
いつもレシートが原因で悠一にバレてしまうので、今回は家には持ち帰らずに処分したつもりだったのに・・・
「捨てるんならちゃんと捨てろよ!」
空は小声でぶつぶつと文句を言った。
「空、どういうことか説明しろ。」
悠一は海ではなく、空を問い詰めた。
「えっと・・・それは・・・海を探してたらファミレスにいて。」
「昨日そんなこと言ってなかったよな?」
「あっ、言い忘れてた。」
「オレがどれだけ心配してたと思ってんだ。その間2人で飯食ってたのか?」
「ごめんなさい。」
空は素直に謝った。
「海っ!」
悠一の声が大き過ぎて、まるで人ごとのように聞いていた海はビクッと体を震わせた。
「ごめんなさい。」
甘えた声で謝る海は、怒られているというのに嬉しそうに見えた。「心配してた」と悠一の口から出た本音に安堵したのだろう。
“お兄ちゃんなんて海の気持ち全然分かってくれないし、どうでもいいって思ってるんだって、昨日さんざん拗ねてたからな”
空はファミレスの帰り道に交わした海との会話を思い出した。
「空からな。」
悠一はソファにドンッと腰を下ろして、ひざをポンポン叩いた。
「まじか。でもオレ、海のこと必死で探してて、そうしたら海が1人でファミレスにいるのを見つけて。」
空が言い訳・・・いや昨日の状況を説明していると、
「空には感謝してる。おまえが見つけてくれなかったら、もっと大変なことになっていたかもしれないし、海だって素直に帰って来れなかっただろうからな。」
「じゃあ、おしおきは免除ってことで。」
空が悠一の顔色を伺いながら言うと、
「少しにしてやる。」
これ以上の譲歩は望めないと思い、空は立ち上がって悠一の元へ進んだ。体を倒されひざの上に寝かされて、短パンとパンツを脱がされた。腰に手を回され体をロックされると、空は
「何で?」
と戸惑いを隠せずに尋ねた。こうやってガッチリと抱え込まれるときは、厳しいおしおきになることを経験上理解していた。身動きできない状態で、悠一の口からとんでもない言葉が飛び出した。
「おまえ、この間の打ち上げで酒飲んだだろ?」
「飲んでない。」
空がきっぱりと答えると、悠一は何も言わずにお尻をバチン!と叩いた。
「本当のこと言え。」
「打ち上げで酒なんて飲んでない。」
バッチーン!
さっきよりも力のこもった1発が空のお尻に打ちつけられた。
「早く白状した方が身のためだぞ。」
「・・・」
バッチーン!バッチーン!バッチーン!
「誰からの情報?」
空が不満そうに聞くと、
「オレの直感だ。」
本当に飲んでいないのであれば、「何の根拠もないただの直感で、疑いをかけるのはやめてほしい!」と文句を言いたかったが、空は
「ノンアル飲んだだけ。」
と答えた。
「そうかそうか。」
悠一はお尻をバシバシ叩きながら、少しずつボロを出していく空との駆け引きを楽しんでいるようだった。
「ノンアルだっていかがわしい。未成年者はジュースで充分だ。」
空の頭の中には、いつかのバーベキューで聞いた「兄ちゃんだって中学のころに飲酒を見つかって、父親にお尻をたっぷり叩かれて泣かされた」という話が思い浮かんだ。
「兄ちゃんだって」と喉元まで出かかった言葉をグッと飲み込み、
「今度からジュースで我慢する。」
と従順なふりをした。それ以上詮索はされず、お尻を50発ほど叩かれ解放された。
空は自分の部屋に入ると、ベッドにダイブしてフーッとため息をついた。
“何で今さら打ち上げの話なんて持ち出すんだよ。もうとっくに時効だと思ってたのに。兄ちゃんは海のことで頭がいっぱいなんだから、オレのことは放っといてくれ。それにしても危なかった。誰かに目撃されたわけじゃなかったんだ”
打ち上げの帰り道、男友達3人で公園のベンチに座ってサワーを1缶ずつ飲んでいた。学校経由の情報だったら、停学処分は免れない。
“兄ちゃんの直感、ヤバ過ぎる・・・”
空が2階に上がると、悠一は海をソファに呼びつけた。目の前に立たせると、
「今日織遠先生におしおきされてきたか?」
「うん・・・」
「どのくらい?」
「10ぐらい。」
「ずいぶん少ないな。それでしっかりと反省できたのか?」
「うん。」
「おまえのお尻見てびっくりしてただろ?」
「うん。お兄さん厳しいなって。」
「ちゃんと理由を話したか?」
「話したよ。それに見合う代償だって言われた。」
「そうだろ。おまえはそれだけのことをしたんだから、肝に銘じておくんだぞ。」
「うん。もうあんな危ないこと絶対にしないから。」
「よし。ところでスミレちゃんとは大丈夫だったのか?」
「今日一緒におしおきされて、ちょっと気まずい感じだった。」
「一緒におしおきって、何でスミレちゃんもおしおきされたんだ?」
悠一は首をかしげて聞いてきた。
海は今まで言えなかった文化祭に関するトラブルを、やっと悠一に話すことができた。
「何でもっと早く本当のことを言わなかったんだ?オレ、一方的に海が加害者だと思ってた。」
「言えなかった。」
「何で?」
「言っても分かってもらえない気がして。」
「言わなきゃ何も伝わらないだろ。悩みやトラブルがあったら、自分一人で抱え込むな。兄ちゃんはいつでも海の味方ってこと忘れるなよ。」
「うん。」
「それでもスミレちゃんに送ったラインについては、しっかりと反省しなきゃいけないぞ。」
「ごめんなさい。」
「明日からスミレちゃんとは大丈夫そうか?」
悠一の心配そうな思いが伝わってきた。
「うんたぶん。先生に今度何かあったら今日の10倍なって言われて、だからたぶんもう大丈夫だと思う。」
「おしおきの効果てきめんってことか。」
「スミレちゃん泣いちゃって、先生もびっくりしてた。」
「スミレちゃんの方が厳しくされたのか?」
「ううん。同じだけ。」
「10発なんて、海には痛くも痒くもないレベルなのにな。」
「うん。」
明るくうなずく海を見て、悠一は安堵の表情を浮かべた。海が一番苦しんでいたときに、力になってあげられなかったことを後悔した。海が口を閉ざしていたのだから理解しようがないのだが、何でも話せる関係を築けていないことが悲しかった。
「何かあったときは頼ってこいよ。」
「うん。ありがとう。いろいろ心配かけてごめんなさい。」
このままほっこりした雰囲気で終われば幸せだったのに、
「さて、おしおきしとこうな。」
という悠一の一声で現実に引き戻された。
「もう充分だけど・・・」
「お尻の状態見せてみろ。」
立ったままクルッとうしろ向きにされて、パジャマとパンツを下ろされた。
「まだだいぶ跡が残ってるな。先生からはここ叩かれたのか?」
と足のつけ根あたりを触られた。
「うん。そんなに痛くなかったけど、赤くなってるの?」
海が不思議そうに聞くと、
「ああ。くっきりな。」
そのあとひざの上に寝かされて、今日学校で叩かれたところを
バチン!バチン!バチン!・・・・・・・
同じく10発叩かれて終わりになった。
海を立ち上がらせると、頭をポンポンしながら、
「文化祭、お疲れ様。よく頑張ったな。」
と労いの言葉をかけてくれた。
約1か月の悪戦苦闘の日々を思い出し、海は目頭が熱くなるのを感じた。何よりも悠一に褒めてもらえたことが嬉しかった。昨日はあんなに厳しくて怖くて大嫌いなお兄ちゃんだったのに、今はまた元どおり大好きなお兄ちゃんが目の前にいるという幸せを実感した。
海は自分の部屋に行くと、パンツを下ろしてお尻を鏡に映してみた。今日オリオンから叩かれたお尻と太ももの境目を見ようとお尻をプリッと突き出してみると、信じられないことが・・・。なんと課題の添削でオリオンがよく使う『大変よくできました』の赤い丸いスタンプがくっきりと押されていた。
「何これ?いつの間に?」
全然気づかなかった。いったい何に対する『大変よくできました』なんだろう?海の文化祭での働きぶりを褒めてくれているのか、おしおきをしっかりと受けることができましたという意味なのか。おそらく何の根拠もないのだろうが、ふざけたことが好きな担任のやりそうなことだと苦笑いした。
“明日学校に行ったら、絶対に文句言ってやる”
と思うと同時に、
“もしかして、スミレちゃんのお尻にも押してたりして”
仲のいい友達ならすぐにラインするところだが、スミレには既読スルーされそうだったのでやめておいた。スタンプを押されたのが自分だけだったら、自爆発言、恥ずかし過ぎるし・・・。明日学校で話ができそうな感じだったら、それとなく聞いてみよう。もしそれがきっかけで仲良くなったりしたら、結果的にオリオンが一役買ったということになるのだが。まあそうはならないと思うけれど・・・
『文化祭』という一大イベントを終えて、複雑な人間関係の中、心の葛藤を繰り返しつつ何とかやり遂げることができた達成感があとからジワジワと込み上げてきて、お尻のあざが消えるまでしばらくの間、その余韻から抜け出すことができなかった。
おわり