5.2回目のおしおき
GW明け、高校生活にもだいぶ慣れてきて気が緩み始める時期、おしおき対象者は日に日に増えていった。ホームルームで報告されても珍しい目で見られることもなくなり、『おしおき』というのが何でもないことに変わってきていた。クラスの半分ほどがおしおきバージンを捨てたころ、海は早くも✕10に到達し第2回目のおしおきを受けることになった。
担任からおしおきを宣告されるとき、ホームルームや授業中に口頭で伝えられることもあれば、黒板の片隅に名前を書かれたり、廊下ですれ違いざまに声をかけられたり、ときには2つ折りにしたメモ用紙をそっと手渡されることもあった。要するに担任の気の向くままの方法で告知されるという、生徒たちにとっては甚だ迷惑であり、いつなんどき災難にみまわれるか分からない状況だった。
今回海は登校中にラインでその知らせを受け取った。クラスの連絡事項はグループラインで流されることも多く、担任もそのメンバーに入っていた。今回は個人ラインで送られてきたので、誰にも知られずにすんだのは有難かった。これがもしクラスラインで流れていたら・・・。考えただけでゾクッと体が震えた。オリオンならそれもやり兼ねない。
“まだ✕8のはずなのにどうして?”
一気に✕が2つ付くような行為をした覚えはない。ラインにはその内容までは書かれていなかった。担任の勘違いであることを願って、学校に着くと教室に行く前に職員室に寄って確認した。
「何で✕10になってるの?」
「おはよう海。」
ニコニコしながら先にあいさつされてしまい、
「あっ、おはようございます。」
海は取ってつけたようにペコッと頭を下げた。
「まだ8のはずだけど。」
担任は出席簿を開いて、
「えっと前回のおしおきのとき✕6だったから、そのあとの2つは自分でも分かってるだろ?」
「はい。」
「それから9個目はマニキュア塗ってたのと、10個目は昨日の授業中携帯いじってた分。」
「えー!?」
「何がえー!?なの?」
「マニキュアなんて塗ってないけど。」
「それに関しては何人かの先生から指摘があった。」
「マニキュアじゃなくて爪磨きでピカピカにしただけだよ。」
「そうそう、みんなそう言うんだよね。でも女の先生たちが違うって言ってたから。」
海はこれ以上食い下がっても自分のうそがバレるだけだと思い諦めた。オリオン相手なら何とか言いくるめられた気もするが、他の先生まで絡んできたら反撃の余地はなかった。
「授業中携帯はみんなやってる。」
「そうなんだよな。だからみんなにも✕が付いてるから安心していいぞ。」
“何が安心なのか全然分かんない!”
「だって授業つまんないんだもん。」
「オレの授業は楽しいだろ?」
「あれは授業じゃないから。」
「ハハハ。みんなオレみたいな授業にすればいいのにな。」
「昨日って何の教科?」
「おまえの天敵の英語だ。すでに目つけられてるんだから、自粛すればいいものを。」
海は英語が嫌いになりそうだった。中学までは簡単だったし成績も良かったけれど、高校に入ってだんだんと分からないところが増えてきて、それに加えて英語が原因でおしおきに繋がっていくとなればなおさらのこと。
「2巡目はまたまた海がクラス第1号だな。昼休み楽しみに待ってろ。」
「全然楽しみじゃない。ねえ、朝のホームルームで絶対に言わないで。」
「何で?」
「嫌だからに決まってるでしょ!」
「クラス中から注目されて嬉しくないのか?」
「嬉しいはずないじゃん。絶対に内緒だからねっ!」
「おしおきされるのがそんなに嫌なら、そうならないように気をつければいいのにな。あっ、違うか、海はおしおきされるのが嫌なわけじゃなくて、みんなに知られるのが嫌なのか。」
「どっちも嫌なんだってば!」
「まあそうだよな。一応思春期の女子だもんな。」
海は『一応』にムカつきながらもスルーして、
「絶対ねっ!」
ともう一度念を押してから教室に向かった。
朝のホームルームでは担任はいつものように出席を取り、連絡事項を伝えると海の方に目線を向けて意味深にニコッと微笑んで教室を出て行った。海は頬がほてるのを両手を当ててごまかした。
昼休み雅にだけ本当のことを伝えて、海は1人で職員室に向かった。心配だからついて行くと言ってくれたが、他のみんなに気づかれないようにこっそり行って来ると言って断った。職員室の中をのぞくと、担任は男の先生2人と楽しそうに話していた。てっきり先生方の間で浮いている存在だと思っていたので、海は少しホッとした気持ちでその光景を眺めていた。
担任が海に気づいて、
「ああ、そうだそうだ。おしおきだったな。」
と言って海を手招きした。
“そんな大きな声で言わないで・・・”
顔をしかめて担任の所に行くと、話したことのない他の学年の先生から
「君はいったい何をやらかしたんだ?」
と聞かれたけれど何も答えられずに黙っていると、
「いろいろだよな。」
担任は海の頭をポンポンと叩いた。
「織遠先生のおしおきはお尻叩きだよね?」
もう一人の先生が海と担任の顔を交互に見て尋ねた。海は顔が熱くなり、耳が真っ赤になった。
「まだこの時期だと軽めのおしおきかな?」
海に問いかけているのに黙り込んでいるので、担任が代わりに
「まだ2回目だからほんの序の口だよな。」と海に同意を求めたが、海は首を横に振った。
「そりゃそうだよな。幼稚園児とか小学生ならまだしも、高校生になってお尻を叩かれるなんて免疫がなきゃ、痛い以前に恥ずかしくてたまらないよな。」
海はドキッとして、担任が「この子は中学時代からおしおき常習犯です」なんて余計なことを言い出さないように強く念じた。
「去年の織遠先生のクラスの子たち、3学期にはずいぶん泣かされてたんだよ。君もそうなる前に心を入れ替えないと後悔することになるよ。」
「えっ?校長先生が代わって今年からこういう制度になったんじゃないんですか?」
海が質問すると、
「いやいや、織遠先生は以前からお尻に愛のムチなんだよ。くどくど説教したり怒鳴りつけたりしない代わりにお尻痛くされるんだよな。生徒にとってはどっちがいいのか分からないけど、先生それぞれ指導方針が異なるからね。」
「織遠先生、こう見えても実はすごく怖い先生だから要注意だぞ。」
2人の先生からそんな風に脅されて、海はこのおちゃらけ教師に叱られて泣くまでお尻を叩かれるなんて想像することができなかった。何がどう間違ったら『怖い』に結びつくのか?だいたいオリオンに指導方針なんて絶対にない。ただお尻を叩くのが好きなだけの変態教師!
「行ってらっしゃい。」
明るく見送られて、
“これからおしおきされるっていうのに、そんなに楽しそうにしないでほしい”
海はうつむいたままほっぺをプクッと膨らませ、担任のあとについて生徒指導室に向かった。
生徒指導室に入ると、担任はカーテンを閉めた。
“この前のときはカーテン開けっ放しだったのに・・・”
海は嫌な予感がした。
「あんまり時間がないからちゃっちゃと終わらせような。さあ、よつんばいになって。」
前回と同じように言われ、海は素直に従った。担任の手が海のお腹に回され動けないように固定されたので、2回目だからこの前よりも回数が増えるのか、それとも強さが増すのか、雅とも話したがそれは仕方のないことだと覚悟を決めた。
次の瞬間、担任の手がスカートをパッとめくったので、海は思わず「キャッ!」と叫び声を上げてしまった。よつんばいの体勢でスカートがめくられ、パンツが丸出しになった。体をガッチリと押さえつけられているので逃げ出すこともできずに、
「ねえ、やだってば!」
モゾモゾとお尻を動かしながら文句を言うと、
「2回目だからね。」
と軽くあしらわれた。
「何をしたからおしおきされるのか、1つずつ言ってごらん。」
海は思い出しながら早口で5つ答えると、
「OK!じゃあ始めるよ。」
腰をグッと高く持ち上げられ、お尻を突き出すように固定されると、右手が高い位置から振り下ろされた。
ビッシーンッ!
「痛いっ!」
「そうかあ?」
「もう少し優しく叩いて。」
「了解。」
ビッシーンッ!
「痛いってば!」
「海ならこのくらいはへっちゃらだろ?雅だったらもう少し手加減するけどな。」
「何それ、信じられない。」
ビッシーンッ!
海は何も言わずに痛みに耐えた。
ビッシーンッ!
ビッシーンッ!
5発叩き終わると担任はスカートを元どおりに戻して
「終了。」
と言って立ち上がった。
回数は増えなかったが、痛みは前回よりも少しだけ強くなっていた。雅が言われたレベルアップというのは、回数や痛みといったおしおき自体のことではなく、スカートの上から→スカートめくってパンツの上から→・・・・・といった羞恥心の面なのかもしれない。そしてそれが自分一人のことではなく、クラス全員が同じおしおきを受けるということで、その光景を想像できてしまうのはかなり恥ずかしいものだった。
「先生、みんなには言わないで。」
「またそれ?みんな興味津々だと思うよ。」
「だから嫌なの。」
「第1号にならなきゃいいんだけどね。」
「私だってそうしたいけど・・・。」
「まあそうだよな、ほめられて注目されるなら嬉しいだろうけど、それがおしおきじゃあ惨めなだけだよな。」
「あたりまえのこと言わないで。お願いねっ!」
海はこうやって念を押しておけばオリオンは黙っていてくれると信じていた。信じたかった。
「あっ、でも。」
「え?」
「うーん、さっき伊吹に・・・。」
「何?」
「まっいいか。教室に行ってからのお楽しみ。」
こういう言い方をするときのオリオンは絶対にいいことはしないと確信し、海は急いで教室に戻った。昼休みだったので教室に残っている生徒は数名だったが、そこにいる全員が教室のうしろの掲示板に群がっていた。海も割り込んでのぞいてみると、B4サイズに印刷したクラス名簿が貼られていた。タイトルはついていなかったが、名前の横に丸いシールが貼ってあった。
「何これ?」
海が他の子に尋ねると、
「✕が付いた分だけシールを貼ってくんだって。」
海は慌てて自分の名前を確認してみると、シールが9個貼ってあった。他にも5~6人同じ数の子がいて、2回目のおしおきにリーチがかかった状態だった。海はたった今2回目のおしおきを受けて来たのだから、シールはすでに10個のはずなのに・・・?担任が貼るのを忘れていたのか、それともこれから貼ろうとしているのか。
そこへ伊吹がやって来て海を廊下に呼び出すと、手に持っていたシールを見せて
「外しておいてやったぞ。」
「えっ?」
「おまえだけ1つ飛び出してて目立ってたから。」
「わぁー、伊吹ありがとう。」
海は嬉しくて涙が出そうだった。
「これで貸し3つ目な。」
「あっ、うん。」
その貸しをどう埋め合わせるのかなんて今はどうでもよかった。何しろ伊吹に感謝して、
「本当にありがとう。」
もう一度お礼を言った。
「今されてきたんだろ?」
「えっ?」
「おしおき。」
「・・・・・」
「2回目は何だった?」
「されてないよ。」
「前のときもそうだけど、おまえうそつくの下手だよな。」
「伊吹だってそのうち分かるよ。」
「オレまだ1個も✕付いてないから当分先なんだけど。なんならずっと0のままかもしれないし。」
「えーっ!1個も✕ないの?信じらんない。」
「オレに言わせれば、おまえの方がよっぽど信じられないけど。」
「伊吹ってさ、優等生っぽい感じしないのに、そういうとこちゃんとしてるんだね。」
「そういうとこって?」
「規則守るとか悪いことしないとか。」
「それが普通だろ。もう高校生なんだから。」
「何か感じ悪っ。」
「は?そんなこと言うならこのシール貼って来るぞ。」
「うそうそ、ごめんなさい。」
「おまえ気をつけないと、そのうち女番長って呼ばれるぞ。」
「えー何それ、ひどくない?」
「まあオレがとやかく言うことじゃないし、自業自得だけどな。」
海は心の中であっかんべーと舌を出した。
“その言葉よく空からも言われるから、自分でもよく分かってる”
帰りのホームルーム、担任から海のおしおき報告はされなかった。チラッとうしろの掲示板に貼ってある表を見ていた気もするが、海のシールが1個足りないことは指摘されなかった。
おわり