3.ドシャ降り!?
「そういえばオレが帰って来たとき、海、玄関にいたよな?」
家に着く前に少し探りを入れようと、悠一は助手席に座っている海に尋ねた。
突然の質問に海は満腹中枢が働いている頭の中をサッと切り替え、YESと答えるべきかNOとしらを切るべきかを考えた。姿を見られていたのに「そんなことないよ」と否定すれば、その時点で怪しまれるに違いない。ここは正直に「うん」とうなずいた。
「出かけてたのか?」
「うん、お散歩。」
「どこに?」
「その辺ブラブラしてた。」
「1人でか?」
「そう。」
悠一はそれ以上深くは聞いてこなかった。暇なとき1人で近所を散歩したり、コンビニに買い物に行ったりすることは今まで何度もしていることで、幼稚園児じゃあるまいし別にとがめられることではない。
海はうまく切り抜けたつもりだったが、後部座席で携帯ゲームをしながら2人の会話を聞いていた空は違和感を覚えた。
“自分じゃ気づいてないんだろうけど、海ってうそつくとき妙にぶっきらぼうな言い方をするんだよな。早く話を終わりにしたいっていうのが見え見えだから、絶対に兄ちゃんは何か感じてるはずだ。”
空はこの流れで急に自分の方に話を振られるという展開に注意しながら、家に着いたら1番に風呂に入って、さっさと自分の部屋に避難しようと帰宅後の手順を思い描いた。
空がお風呂に入っている間、海はリビングのソファに寝転んでテレビの歌番組を見ていた。外食した日は食器を洗わなくていいので、こうしたリラックスタイムを満喫することができた。くつろぐ前にいったん自分の部屋に行って、証拠を隠滅するべきだったのに・・・。悠一が2階に上がったことにも気づかなかったし、もし気づいていたとしても、まさかそれが海の部屋に向かうためだなんて思いもしなかっただろう。
テレビに釘づけだった海は、悠一が階段を下りて来たのにも気づかず、好きなアーティストの登場に心を躍らせていた。
「海」
悠一の声が聞こえなかったわけではないが、一番いい場面を見逃すまいと何も答えずにいると、
「海っ!」
2度目はもっと大きな声で呼ばれた。
「何?」
少しイラついた口調で答え、それでもテレビの画面から目を離さずにいると、突然うしろから何かを投げつけられた。
「キャッ、冷たっ!」
海がびっくりして振り向くと、そこには腕を組んで仁王立ちしている悠一の姿があった。床には昼間着ていたピンク色のワンピースが落ちていた。
「お兄ちゃん、何で勝手に人の部屋に入るのよ!」
「おまえ、言う言葉が違うだろ。」
「勝手に部屋に入って、勝手に洋服持って来て投げつけるなんて最低!せっかく楽しみにしてたテレビ見てるのに信じらんない。」
「逆ギレか?どういうことなのか説明しろ。」
「何を説明しろって言うのよ?」
「は?何で洋服がこんなにびしょ濡れなのか、に決まってんだろ。」
「散歩してたら急に雨が降ってきただけ。」
「雨?おまえはよくそんなうそを平気な顔して言えるよな。こんな天気がいい日に雨なんて降るはずないだろ!」
「本当だもん。この辺だけ夕立だったの。お兄ちゃんはずっと病院の中にいたから気づかなかったんじゃない?それか病院の方は降らなかったのかもしれないし。」
そこにお風呂から上がった空がリビングに入って来た。
「空、この辺、夕方雨降ったか?」
「え?雨?」
海が悠一に気づかれないように必死に目配せしているのが見えたので、
「うん。だぶん。」
と曖昧な返事をすると、
「どうせおまえはゲームやってて、外の様子なんて気にもしてなかったよな。」
図星だったので空はコクンとうなずいた。
「あっ!」
悠一は突然思い出したかのように階段を駆け上った。2人はキョトンとしてあとからついて行くと、悠一はベランダのドアを開けて、干しっ放しになっていた洗濯物を手に取った。本来洗濯物関係は空の分担で、いつもならリビングの隅に畳んで置いてあるはずなのに今日はそれが見当たらなかった。空は悠一が帰宅するギリギリまでゲームをやっていて、自分の役割をすっかり忘れてしまっていたのだ。
ばつが悪そうな顔をしている空に向かって、
「空、おしおき確定な。」
悠一が睨みつけると、空は何も言い返せず肩を落とした。
「海、この辺り夕方ドシャ降りだったんだよな?その割には洗濯物カラッと乾いてるぞ。おまえが着てた洋服はあんなに濡れてるのに、おかしいよな。」
「・・・」
海も何も反論できず、矛先は空に向けられた。
「空のバカッ!何でちゃんと洗濯物取り込んでおかないのよ!」
そう言った瞬間バチン!という音がして、悠一に思いっきりお尻を叩かれた。
「下でじっくり話を聞かせてもらうからな。空は洗濯物入れてから下りて来い。」
悠一は海の腕をつかんで階段を下りるとそのままソファにドンッと座り、突っ立っている海を隣に座らせた。
「あーあ・・・」
海が嫌そうに言うと、
「何があーあだ。今日は卒業式のお祝いで大目に見てやろうと思ったのに、うそついてごまかそうとするヤツには厳しくしないとな。」
「じゃあちゃんと本当のこと話すから、特別におしおき免除してほしいなぁ。」
甘えた声でお願いのポーズをしてみたが、
「今さら遅い!」
と却下され、ひざの上に寝かされた。
この状態でお尻を叩かれながら問い詰められたら、秘密にしておきたい昼間の出来事をポロッと話してしまうかもしれない。素直におしおきを受けて反省しているふりをした方が早く終わるだろうし、自白という避けたい事態は免れるだろう。
「お兄ちゃん、ごんめんなさい。」
逆ギレしたり言い訳したりと反抗的だったさっきまでとは打って変わり、急にしおらしく謝る海を見て、悠一は首をかしげながらも「よし」と声をかけスカートをめくってパンツを下ろした。
「夕方どこ行ってた?」
お尻にピタピタと手を当てながら質問された。少しでも怪しく思われたら即座にビシッと叩かれる状況だった。
「お散歩。」
「どこへ?」
「海の方。」
「何しに行った?」
「ブラブラしてた。」
「どうして?」
“え?お散歩でブラブラするのに理由なんてないよ”と思いつつ、
「暇だったから。」
「ドシャ降りの雨っていうのは本当か?」
「・・・」
海は答えに迷った。
「おい、どうなんだ?」
お尻に殺気を感じ、
「降ってない。」
小さな声で答えると、ビシッ!最初の1発が飛んできた。
「じゃあ何で洋服がずぶ濡れだったんだ?」
「・・・」
答えられずにいるとビシッ!ビシッ!ビシッ!立て続けに3発叩かれ、
「答えるまで叩くからな。」
ビシッ!ビシッ!ビシッ!ビシッ!ビッシーン!ビッシーン‼
だんだん力が強くなってきて海は慌てて、
「海・・・」
と答えた。悠一の手が止まり、
「海って?おまえまさか海に入ったのか?」
「ちょっとだけ。」
「まだ3月だぞ。こんな寒いのに海に入るバカがどこにいる!」
悠一が怒るというより呆れて言うので、とりあえず
「ごめんなさい。」
と謝った。
『海』というのが最善の回答だったのか否か判断しかねたが、悠一はそれ以上詮索してこなかったのでホッとしているところに、
ビィシーンッ!!
油断していたお尻に強烈な痛みが走った。
「雨なんてうそはつくし、3月に海に入るなんて非常識なことはするし、まったくおまえはどうしようもないな。中学卒業してもうすぐ高校生になるんだから、もっと考えてから行動しろ。分かったか?」
「はい。」
「ったく、風邪でも引いたらどうするんだ?」
「ごめんなさい。」
「いつまで経っても手のかかるヤツだな。」
「・・・」
ブチブチと文句を言われながら、お尻が真っ赤になるまで叩かれた。
ようやくひざから下ろされると、海はほっぺをプクッと膨らませて、鼻をすすりながらお尻をさすった。
「上に行って、空呼んで来てくれ。」
「うん、分かった。」
「あいつ洗濯物取り込んだら下りて来いって言ったのに、またゲームやってるんじゃないだろうな。」
「あっ、お兄ちゃん、空ね私が卒業式のあとしんみりしてたら、酷いこといっぱい言ってきたんだよ。友達のことなんてすぐに忘れるとか、そんなに悲しむのはバカみたいだとか。ムカつくからたっぷりおしおきしといてね。」
海はまだ恨みを持っているようで、悠一に告げ口をしてうっぷんを晴らした。
「あっ、あとね。」
海はちょっと考えてその言葉の続きを飲み込んだ。
「空、何時間もずーっと部屋にこもってゲームしてたみたいだよ。だって電話にも出なかったし、海が帰って来たとき玄関は真っ暗で、チャイム何回も鳴らしたのに全然出て来てくれなかったもん。」
本当はそう言ってすべてを暴露して空を非難したかったが、それは同時に自分自身の首を絞めることになる。
「あと何だ?」
悠一の問いかけに、
「空もこっそり泣いてたよ。」
プライドの高い空を貶めるようなうそをついてごまかして、おしおき直後とは思えないような軽やかな足取りで階段を上がって行った。そのうしろ姿を見ながら、
“まったく反省してないな・・・”
悠一はフゥーとため息をついた。
海に声をかけられ空がリビングに下りると、
「何で叱られるのか言ってみろ。」
こうやって自白を強要させられるときは特に注意しなければならない。悠一の意に反した答えを返せば反省していないとみなされおしおきは厳しくなる。またわざわざ言わなくてもいいことまで白状してしまえば、それこそおしおきを倍増させる結果になってしまう。空は悠一の顔色を伺いながら、慎重に言葉を探した。
「洗濯物を入れるの忘れたから。」
「あとは?」
「ゲームに夢中になってて・・・。」
「いつも言ってるよな。自分のやるべきことをきちんとできないなら、ゲーム禁止だ!」
「はい。」
空は素直に返事をした。
「ケツ出せ。」
抵抗せず自らズボンとパンツを下ろしてお尻を出した。立ったまま腰を抱え込まれ、
バッチーン バッチーン バッチーン バッチーン バッチーン・・・・・
10発叩かれて解放された。
「もう高校生になるっていうのに、おしおきでケツ叩かれてるなんて情けない話だよな。」
悠一が嫌味ったらしく言った言葉を、空はうなずきながらも聞き流しズボンを上げた。階段を上る背中越しに、
「いつまでもゲームばかりしてないで早く寝ろよ!」
悠一の声にとりあえず
「うん。」
と答えて部屋に入り、すぐにパソコンの前に座ると、友達に
「ごめんごめん。」
と謝ってゲームを再開した。
おわり