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近代・現代筝曲界の三人の大家:中能島欣一

山田流筝曲演奏家
クローバー中能島欣一 クローバー
中能島欣一, 中能島慶子, 吉田純三, 納富寿童, 品川正三, 鈴木清寿, 芝祐靖
山田流箏曲

王冠2三人の大家

敬愛する三人の筝曲演奏家がいます。

彼らは演奏家としてだけではなく、現代筝曲の編曲・作曲家として

現代筝曲界に多大なる影響を及ぼし続けて止まない方々です。

彼らが伝統を守りつつ、洋楽理論を取り入れて創作してきた作品の数々は

これまでの古典作品と同様に、日本の宝として大切にしていきたいですね。


王冠2中能島欣一

山田流筝曲演奏家である中能島欣一を紹介します。

私がFM放送で純邦楽の世界に足を踏み入れた頃

随分お世話になりましたと言いたくなるほど

彼の演奏をよく聴いたものです。

非常に伝統美を重んじ、オーソドックスな演奏をされる方なのに

現代筝曲の編曲や作曲をすることを、後に知り驚くわけです。


王冠2筝と三弦

彼は山田流の演奏家であるため、前にも述べましたが

山田流、生田流、両方の演奏をする機会が多くなるのです。

そして彼は筝の他にも、三弦(三味線)も演奏します。

そんな経緯もあってか、筝と三弦の演奏技法を追求した

多くの作品を残しています。

三弦協奏曲もその一環ですね。

そう言えば、以前紹介した中国の三弦奏者の方が作曲した

三弦協奏曲もありましたね。

一度聞き比べてみたいものです。


王冠2新ざらし

録音技術の進んだ現代ならではのことですが

多重録音という方法を使って

筝と三弦の両方を演奏した曲もあります。

例えば編曲した「新ざらし」では唄、筝、三弦をこなしているのです。


王冠2岡康砧

新しいことに挑戦し続けてきた人間国宝・中能島欣一

彼が演奏した「岡康砧」は生涯忘れる事ができないでしょう。



↓こちらのCDは生田流筝曲を集めたアルバムです。
日本の楽器, 中能島欣一, 米川文子, 米川文勝之, 井野川幸次, 横井みつゑ, 三品正保, 青木鈴慕, 宮城喜代子
六段・春の海~筝曲の神髄

シューベルティアン:アルフレッド・ブレンデル

あじさいシューベルト
さすらい人幻想曲
ピナノ・ソナタ第21番変ロ長調D960

ブレンデル(アルフレッド), シューベルト
シューベルト : ピアノ・ソナタ第21番変ロ長調

あじさいシューベルティアン

二つの意味で使われるシューベルティアン

一つはシューベルトの特別の愛好家を指します。

もう一つはピアニストに捧げられた称号のようなものです。

この言葉には

ショパンコンクールに優勝したなどの具体的な既成事実はありません。

批評家がこのピアニストこそシューベルティアンだと言い始めます。

するとシューベルト愛好家はそれを聞き付け、実際に聴き、

その演奏を認めて初めて

ピアニストをシューベルティアンと呼ぶようになるのです。

私の知る限り、初代シューベルティアンは

アルフレッド・ブレンデルだと記憶しています。

この方より以前にシューベルティアンと呼ばれたピアニストの名を

聞いた事がありません。

最近ではマレイ・ペライアやラドゥ・ルプーなどが言われていますが

やはり初代アルフレッド・ブレンデルを推奨したいですね。


あじさいフォルテとメゾフォルテ

まずシューベルティアンがなすべき事はフォルテの解釈です。

例えばシューベルトとベートーベンでは楽譜上フォルテとなっていても

同じようにフォルテで弾いてはいけないのです。

シューベルトが楽譜上に示したフォルテは

ベートーベンに置き換えればメゾフォルテと見なさなければなりません。

ベートーベンの示すメゾフォルテとシューベルトの示すフォルテが

同じ強さになると思って下さい。

だから、ちょっときつい言い方かも知れませんが、楽譜通り弾いていては

出来損ないのベートーベンになってしまうのです。

では何故出来損ないのベートーベンになってしまうのか

それは彼がベートーベンに憧れていた為

即興曲を除くピアノ曲、特にピアノ・ソナタは晩年になればなるほど

ベートーベンを意識して作曲しています。

しかし即興を得意とした彼は、ベートーベンほどの構成力がありませんから

当然楽譜通り弾けば、駄作に響いてしまう可能性が高いのです。

そこでピアニストは詩人シューベルトの心を読み取り

フォルテを微妙にメゾフォルテに、心を込めて置き換えるのです。


あじさい必然性な音

ベートーベンの音には必然性があります。

楽譜上に示されている一つ一つの音は、考え抜かれた物であり

別の音に置き換える事は決して出来ない、特別の重みがあります。

ではシューベルトの音はどうでしょう。

即興を得意とした彼だからでしょうか

この音は別の音に置き換えてもいいんじゃないのって

言える箇所が多々見受けられます。

高校の同級生がシューベルトの楽譜を見て私に言いました。

「何だよこの曲、こんな曲だったら俺でも作曲出来るよ」

指摘したのは第二楽章だったし

シューベルトのシの字も解らない彼のことだから

その時は仕方がないかって、苦笑いするしかなかったですね。


あじさい必然的な流れ

上流から流されてきた落ち葉を想像して下さい。

私の目の前を通過した落ち葉は、偶然目の前を通ったのであって

もしかしたら、あちら側を流れたかも知れません。

シューベルトの音は正しくこの落ち葉です。

何処を流れても不思議ではありません。

でもこの偶然を偶然ではなく運命と捉えるならば

目の前を通過した落ち葉に必然性を感じるでしょう。

しかしながらシューベルトの音には必然性はありません。

その代わりに必然的な流れがあるのです。

この必然的な流れから生まれる詩的世界を再現できてこそ

シューベルティアンの称号が与えられるのです。

そのためにはピアニストの造形力の高さが要求されることは

言うまでもありません。


あじさい詩的世界

シューベルティアンが作り上げた詩的世界を受け取れるのは

やはり聴き手もシューベルティアンでなければなりません。

それは何故か

詩的世界を味わいたければ、他にもピアノの詩人がいます。

もう皆さんもご承知の通り、ピアノの詩人と言えばショパンですね。

彼の作品は、詩的世界を味わう為に完成されたものばかりです。

聴き手は詩的世界を味わう為の努力をする必要はありません。

黙って座るだけで詩的世界を与えてくれるのです。

ショパンの作品が珠玉の作品群と言われる所以でしょうね。

ところがシューベルトの作品はどうでしょう。

彼の作品はどれも未完成のものばかりです。

彼のピアノ曲は歌曲の伴奏用に作られたものと批評する方がいます。

私もその通りだと思います。

でも歌曲の伴奏用のような未完成の作品だからこそ

聴き手に詩的世界を創造する余白を与えてくれるのかも知れません。

ショパンの作品は完璧過ぎて、何も出来ません。

「あなたは何もしなくてもいいのです」

「ただ黙って聴いてくれればいいのです。」

「私が詩的世界を作ってあげますから。」

とショパンの声が聞こえてきそうですね。

だからこそシューベルトの作品を聴くには

ちょっとした努力が必要なのですが

この努力を努力と思わないシューベルト愛好家こそ

シューベルティアンと言えるかも知れませんね。

そう言った意味で

シューベルティアンの演奏を受け入れる為には

聴き手もシューベルティアンであることが

望ましいと言えるでしょう。

シューベルティアンでない方がシューベルトのピアノ・ソナタを聴けば

何とつまらない曲と思うことでしょうね。



あじさい完成されたピアノ曲

シューベルトの歌曲は、完成された珠玉の作品群であり

ピアノ曲は未完成の作品ばかりと言いましたが

たった一曲だけ完成されたものがあります。

その曲は「さすらい人幻想曲」です。

この曲はシューベルトには珍しく

ベートーベンやショパンと肩を並べるほど構成力があります。

一つ一つの音もしっかりと鳴り響いていますし

まるでピアノ・ソナタのようにと四つの部分から成り立っていて

ピアノ・ソナタと呼ばないのが不思議なくらい良く出来ております。

ただピアノ・ソナタと違って、少しの間を置くものの

切れ目なしに演奏されていきます。

でもやはりシューベルト愛好家にとってこの曲も

シューベルティアンの演奏で聴きたいものです。

そしてもう一曲忘れてはならないピアノ曲があります。

それはピアノ・ソナタ第21番です。

シューベルトはベートーベンに作品を見せましたが、相手にされず

それでもベートーベンに憧れ続けました。

ピアノ・ソナタ第19番・第20番では、ベートーベンを強く意識して

彼の作品を模倣する形で作っていましたが

最後のピアノ・ソナタ第21番で遂に自分のスタイルを開眼するのです。

だからこの曲はシューベルティアンにとって必須の曲なのです。

ただしこの曲はシューベルト愛好家でないいと

聴けない部分が多々あるかも知れません。


あじさい夢のカップリング

「さすらい人幻想曲」と「ピアノ・ソナタ第21番」

この夢のようなカップリングを実現してくれたのが

アルフレッド・ブレンデル

しかも彼は初代シューベルティアンです。

シューベルト愛好家が自称シューベルティアンを名乗る為には

必要不可欠なCDですね。

先に紹介したCDは、1988年の録音

後に紹介するCDは、若い頃の一連の録音の中の一部であり

彼がさすらい人幻想曲及び、14~21番までまとめて録音したことによって

シューベルトのピアノ・ソナタへの評価が高まったわけです。

初々しい若い頃の録音を聴くか、成熟したその後の演奏を聴くかは

聴き手にお任せします。

どうしてかって、どちらも奨めたいからです。

因みにどちらもさすらい人幻想曲とカップリングされています。

ピアノ・ソナタ第21番はこの後1997年のライブ録音が

CD化されています。


あじさい雑記

私大きな顔をして、モーツアルトのファンも名乗っていますが

実は高校生の頃はモーツアルト、バッハ、ショパン

すべて受けつけなかったのです。

何故かと言いますと「完璧過ぎて息が詰まる」の一言に尽きます。

(頭の中がおこちゃまだったんですね)

だから完璧でない作曲家の代表とも言うべき

シューベルトやチャイコフスキーを好んで聴きました。

これがシューベルティアンになったきっかけと言う訳です。


あじさいピアノの詩人

ショパンやシューベルトを、ピアノの詩人として取り上げてきましたが

他にもピアノの詩人と呼ばれた作曲家はいます。

北欧のショパンと呼ばれたグリーグ

フランス印象派の詩人ドビュシーですね。

シューマンも詩人ですね。

彼らについては、機会があればまた触れたいと思います。

ブレンデル(アルフレッド), シューベルト
シューベルト:ピアノ・ソナタ第21番

あじさいメビウスの輪

ほんのつかの間ですが

シューベルトを聴いていて時折ショパンに聴こえることがあります。

ショパンを聴いていて時折シューベルトに聴こえることがあります。

それで思ったんですが、シューベルトとショパンのピアノ曲って

メビウスの輪のように、

同じ詩的世界を通して、繋がっているのではないでしょうか。

ではその同じ詩的世界に通じる原因はというと

女性との恋と言うべきなのか。

いや、女性と端的に言った方が正しいかも知れません。


ただいま、ブレンデルの演奏で

さすらい人幻想曲を聴いています。

それでは皆さん、おやすみなさい。

晩秋に聴きたい砧物Ⅱ:生田流筝曲「五段砧」

クローバー生田流筝曲「五段砧」クローバー
オムニバス, , 米川みさを, 富山清琴, 青木静夫, 永井眞寿恵, 上原真佐喜, 田中佐喜秀, 山口五郎
邦楽全曲集特選(3) 筝曲

クローバー五段砧の楽曲構成

一般的に砧物は四段構成をとっていますが

この曲は五段構成となっているので、この曲名となりました。

四段目まではそれ以前の砧物に共通する旋律を使い

五段目にかの有名な曲「六段の調」の五段目の旋律を使っています。

原曲は前唄を歌ってから楽器演奏に入っていましたが

徐々に前唄は省略されるようになり

現在では手事の部分だけを演奏する事が多いようです。


クローバー五段砧の楽器編成

本手と替手、つまり低音部を受け持つ第一筝と

高音部を受け持つ第二筝との二重奏となっています。

本手だけでなく替手もかなりの技量が要求され

絶妙の呼吸合わせなくしては演奏できない曲なのです。

ここで注目すべきは

低音部を受け持つ本手が第一筝となっている事です。

洋楽二重奏の考え方と逆なんですね。


クローバー五段砧から連想

この曲を聴いてまず浮かぶのが、古都京都の風景でしょうね。

岡康砧は江戸の風情を伝える趣が強かったですが

こちらはやはり強烈な京都のイメージが湧いてきます。

生田流筝曲だからでしょうか。


クローバー流派の流れ

現在生田流と山田流、二つの流派がありますが

元は筑紫流、その後八橋流を経て生田流が誕生し

その生田流を江戸に広めようとした山田検校が開いたのが

山田流です。

彼はこれまでの物よりも良く響く筝を開発し

その筝は山田筝と呼ばれています。

現在両方の流派が使用している楽器は、ほとんど山田筝です。

因みに生田流の演奏者が山田流の曲を演奏することはありませんが

山田流の演奏者は生田流の曲を演奏します。


クローバーCD

今回紹介したCDでは

二大流派である生田流と山田流の代表曲を集め

両流派の違いを聞き比べる企画となっています。

演奏者は五段砧の第一人者、米川文子です。

晩秋の京都で、散り行く紅葉のはかなさを感じながら

聴いて頂ければ幸いです。

晩秋に聴きたい砧物Ⅰ:山田流筝曲「岡康砧」

クローバー山田流筝曲「岡康砧」クローバー

山登松和, 上村和香能, 亀山香能, 大間隆之, 伊藤まなみ, 山下名緒野, 藤原道山

初音曲


邦楽名曲選 山田流箏曲名曲集

クローバー秋風と砧物

夏が終わろうとしていますが、風はもうすでに秋を感じます。

頬を伝っていく風が心地よくなり始めましたね。

ところで秋風を感じ始めたら、聴きたくなる曲があります。

それは砧物と言われる筝曲です。

砧物と言えば砧、四段砧、五段砧、京砧、二重砧、岡康砧、などなど

数多くの楽曲がありますが

その中から山田流筝曲「岡康砧」を紹介したいと思います。

ただし砧物は本来、晩秋と共に聴くべき曲です。

時期的にはちょっと早いですが、今から晩秋に備え

じっくり聴く準備をしようではありませんか。


クローバー砧物とは

砧とは衣打ちのことであり

遠い昔江戸時代から冬が近づくと、それまで着ていた衣類をしまう前に

夜に布をたたいてつやを出す作業を行っていました。

昔の人は晩秋の夜に響く衣打ちの音に、風流を感じ

砧物として多くの筝曲を残しています。


クローバー岡康砧の作曲者

徳川家康が岡崎でこの曲を聞き、岡崎の岡と家康の康をとって

岡康と言う名を作曲者に与えたと言う説と

他には岡安小三郎南甫の三弦の曲を聞いたとする説があります。

いずれも真偽のほどは定かではなく、結局作曲者不詳なんですね。


クローバー岡康砧の構成

この曲には歌詞があります。

出だしで歌が入った後、長い手事(てごと)が続きます。

そして終わりがけにまた歌が入ります。


クローバー岡康砧の歌詞

「月の前の砧は夜寒をつぐる・・・」で始まる歌の内容ですが

晩秋を告げる月夜の砧の音と、雲間から聞こえる雁の鳴き声が呼応し

とても風情があると歌っています。


クローバー岡康砧のメロディ

時代劇によく使われる、日本の情緒豊かなメロディが

この曲にはふんだんに使われています。

言い換えれば、この曲を聴けば

日本の情緒豊かなメロディのすべてを聴けると言えるでしょう。

数ある筝曲の中で私はこの曲を最初に掲げたいくらいですね。


クローバー岡康砧の楽器編成

琴の独奏、二重奏から始まり

それに三弦(三味線)、尺八、十七弦が加わり、

それぞれの楽器数も増え、近年大編成にまで発展

多種多様な編成で演奏されています。

よく見かけるシンプルな編成は

十三弦(琴)、三弦(三味線)、尺八ではないでしょうか。

歌は十三弦(琴)奏者が歌います。


クローバー楽器の名前

純邦楽の世界では、三味線を三弦、琴を十三弦と言います。

十七弦とは琴の低音部を演奏する為に開発された楽器です。

また琴には本手と替手がありますが

これは第一琴、第二琴と考えればいいでしょう。

その他に手事(てごと)と言う言葉がありますが

洋楽風に言えばインストルメンタルと言う事です。

余談ですが、筝曲は歌の部分を省略して

手事の部分だけを演奏する事がよくあります。

その為、琴の弾き語りと言うべき曲が

世の中にあまり知らされる事がないわけですね。


クローバー流派

筝曲には生田流と山田流があります。

当初は生田検校と同門であった住山検校が開いた住山流、

継山検校が住山流から出て開いた継山流

八橋検校の伝統を守ろうとする新八橋流などもありましたが

結局生田流に収まる事になるのです。

その他に

生田流筝曲を江戸に広める目的で江戸へ下った

長谷富検校の門人山田斗養一つまり山田検校が開いたのが

山田流です。

こちらは生田流と対向できるまでに至るのです。


あじさい私は数ある生田流の筝曲を差し置いて

山田流筝曲「岡康砧」を紹介したい気持ちでいっぱいです。

何故ならば生田流筝曲よりも江戸の情緒を満喫できるからです。

それでは江戸の情緒たっぷりの晩秋を

どうぞお楽しみ下さいませ。

LOVE PSYCHEDELICO は Simple Is Best !!!

LOVE PSYCHEDELICO
THE GREATEST HITS

宝石ブルーFMから流れて来るLADY MADONNA~憂鬱なるスパイダー~

初めて聴いた時、外国人が歌っているんだと思ってました。

BONNIE PINKと同じく英語の発音が上手いんですが

単に上手いという理由だけでは片付けられないものがありますよね。

英語の発音も上手いというより、綺麗過ぎます。

ネイティヴ・アメリカンでもこれだけ綺麗な発音が出来る歌手は少ないです。

そして、なんなのこの音楽性はと耳を疑います。

普通あちらの歌手でもこのスタイルは、十年くらい磨きをかけて

出来上がるものでしょうが、それをいきないり再現してくれるなんて

未だに信じられないです。


宝石ブルーブルース・コードを多用した、シンプルな8beatが

60年代の音楽を、現在に蘇えらせてくれます。

これだけシンプルな8beatが鮮明に響くと、胸のすく想いがします。

モノトーンの音の中に、カラフルな現代を投影していますよね。

久々に叫びたくなりました。

「Simple Is Best 」音譜

この言葉はLOVE PSYCHEDELICOにある

と言ってしまったら、言い過ぎかな・・・

とにかく無駄な音が一つもない

にもかかわらず、それほどマニアックな音楽に仕上げない。

う~ん、絶妙のブレンドとしか言いようがないような曲ばかりです。


宝石ブルーところで、互いに読者登録させて貰ってる方の中に

BONNIE PINK や LOVE PSYCHEDELICO を聴かれる方が

いらっしゃったようです。

その方の記事はこちら で読めます。



こちらは2005年5月27日、

日本武道館で行われたライブです。

ビクターエンタテインメント

LOVE PSYCHEDELICO IN CONCERT AT BUDOKAN