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懐かしき80’sこの一枚 ジェネシス「インヴィジブル・タッチ」


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GENESIS(ジェネシス)
宝石緑Invisible Touch宝石緑
(インヴィジブル・タッチ)
Genesis
Invisible Touch

宝石緑クラシックからの旅立ち

クラシックからジャズ、フュージョン、ロック、ポップスを聞く様になり

80’sをリアルタイムで聴きながら

70’s、60’s、50’s、そしてジャズがポップスだった時代30’s~40’sへと

下って行きました。

順番にとりつかれたように聴きましたが

21世紀を迎え、ふと振り返り

一番懐かしく思う時代はどれだろうと考えたのです。

私の年齢からすれば60’s~70’s、

別の言い方をすればビートルズ世代のはずなんですが

何故か80’sなんですね。

そうなってしまった理由の一つは

本格的にロック・ポップスを聴き始めたのが

80’sだったことでしょうね。

もう一つの理由は後で言います。

あっ、言い忘れました、

歩みは遅いけれどカメ

クラシックはこれらと平行して聴き続けました。


ジェネシス
インヴィジブル・タッチ

宝石緑Fade Out

クラシックから色んなジャンルを聴き始めたのが20前後

ジャズやフージョン、純邦楽、ラテンなどを聴くようになり

それらと平行してポップス・ロックも聞き始めました。

でもどうしてもポップス系は我慢出来ない事があったのです。

それはFade Out しながら曲が終わること。

こういう終わり方をされると後味が悪いというか

なかなか馴染めなかったんです。

しかも演奏時間が2~3分と短い為

より一層Fade Out が我慢できなくなり

ついつい演奏時間の長い曲、組曲となっているものを

聴く傾向が強くなっていきました。

そんな中でジャズやクラシックの様な感動を

初めてこのアルバムで得ることが出来たのです。

ジェネシス
インヴィジブル・タッチ

宝石緑プログレッシブ・ロック

1975年それまでフロントに立っていたピーター・ガブリエルが

脱退し、残されたのは3人はヴォーカルを探さなければなりません。

その時にドラムスのフィル・コリンズが言いました。

「ヴォーカルは僕が兼任するよ」って

1977年にはスティーヴ・ハケットまでも脱退してしまいますが

それでも彼はジェネシスのバンド活動を続けていきました。

ポップス路線に走り、ジェネシスはもう駄目だと言われながら

1986年「インヴィジブル・タッチ」で頂点を極めます。

このアルバムでプログレッシブ・ロックの復活をした

とまで言われ、全英1位、全米3位、全世界で大ヒットとなります。

しかしながら、60’sから70’s、ピーター・ガブリエル時代の

マニアックなプログレッシブ・ロックを聴いてきた者達の多くは

このアルバムでの大成功を認めていないようです。

あじさい80’s

でもね、80’sの大好きな私は

このアルバムが大好きなんですよ。

あっ、忘れていました。

80’sが大好きなもう一つの理由

原色を散りばめた音楽が多いからだと思います。

それは、初期のユーロ・ビートを聴けば

よく解るとおもいます。

つまり私は、ユーロ・ビート音譜世代なのかもね。

近代・現代筝曲界の三人の大家:沢井忠夫

現代筝曲家(生田流)

クローバー沢井忠夫クローバー
宝石赤陽炎
皆様に沢井忠夫を知っていただく為に
是非聴いて頂きたい彼の作品があります。
その曲名は「陽炎」です。
「陽炎」の自作自演は↓こちらです。
沢井忠夫, 沢井忠夫合奏団, 石垣清美, 川村昌子, 井原潤子, 横山勝也

宝石ブルージャパニーズ・ハープ
日本の伝統を損なう事無く
海外の音楽に見られるロマンティシズムを
筝でここまで表現できるなんて
未だに信じられない。
これが「陽炎」を聴いた時の第一印象でした。
邦楽と洋楽の境目を作らない
彼ならではの名曲と言えるでしょう。
中国古筝をチャイニーズ・ハープと呼ぶように
彼の演奏する筝は、ジャパニーズ・ハープと呼びたいですね。
日本の伝統美に縛られる事なく
限りなく透明に近い彼の筝は
海外のどんな音楽にも対応できる柔軟性を持ち
多種多様なジャンルに溶け込む力を秘めているのです。
それでいて、「日本の心」 を決して忘れない
彼の断固たる姿勢が、筝の音からも伝わってきます。

沢井忠夫, 横山勝也, 沢井一恵, 井原潤子, 山本邦山
現代箏曲

クローバー現代筝曲

このアルバムでは、現代邦楽界を代表する方々の作品を集め

最後に自分の曲を演奏しています。

曲目詳細は次のとおりです。

1. 詩曲1番 作曲:松村貞三

2. 箏二重奏曲「波」 作曲:杵屋正邦

3. 二面の箏と十七弦のための「三つのエスキス」  作曲:清水修

4. 旅懐(りょかい)(インプロヴィゼイション) 作曲:山本邦山

5. 火垂る(ほたる)~2~箏独奏の為に  作曲:沢井忠夫


メモ

皆さん、「そうきょく」で検索していて

お探しの物が見つからない場合は

筝曲箏曲に置き換えてみてはどうでしょう。

そうすれば、見つかるかもしれませんよ。

沢井忠夫, 新日本フィルハーモニー交響楽団, 石井眞木
筝 Concert'80 イン ライヴ
コーヒーネスカフェのCM
皆さん、このCDジェケットをよくご覧になって下さい。
この顔、どこかで見た覚えがありませんか?
そうです、ネスカフェのCMですね。
ネスカフェのCM「違いのわかる男シリーズ」に出演していたのです。
(藤田誠:必殺シリーズの次に有名かも?)
先に出演していた野村万作の印象が強いせいか
彼の印象は薄いかも知れません。
「そう言われれば、そうだったかも」くらいに
何となく記憶を辿り、思い出して頂けたでしょう。
しかし残念ではありますが
1997年に彼は永眠してしまいました。

あじさい筝Concert'80 イン ライヴ
彼が洋楽との融合を試みた音楽を、オーケストラとの共演で
余すところなく再現した2枚組のアルバムです。
全盛期の自作自演をライヴで聴く事ができるのです。
宮城道雄がなし得なかった洋楽との融合を
彼が成し遂げたと言っても過言ではありません。

沢井忠夫, 睦好雅楽志圭, 石垣清美, 沢井比河流, 山口五郎
三弦の軌跡(ライヴ)

あじさい三弦ライヴ

彼は三弦(三味線)の演奏でも秀でていた為

ライヴ録音が残っています。

ブーケ1中国古筝奏者の皆様にも是非、彼の作品を演奏して頂きたいですね。
特に「伍芳(ウー・ファン)さんや姜小青(ジャン・シャオチン)さんには
「陽炎」の演奏をせつに希望致します。
ブーケ2その他には
フォルクローレ、タンゴ、ヨーロッパ映画音楽、ロシア民謡
アメリカン・ポップス、ラテン音楽、ビートルズ
日本はもとより、世界各国の調べを筝で演奏し、録音しています。
沢井忠夫 琴アンサンブル
タンゴのしらべ

沢井忠夫 琴アンサンブル

フォルクローレのしらべ


沢井忠夫 琴アンサンブル

ヨーロッパ映画のしらべ

沢井忠夫 琴アンサンブル
ロシア民謡のしらべ

近代・現代筝曲界の三人の大家:宮城道雄

生田流筝曲演奏家

クローバー宮城道雄クローバー

宮城道雄, ルネ・シュメー, 宮城喜代子, 吉田晴風, 長野信秀, 吉田恭子, 新谷喜恵子
生田流箏曲

クローバー盲目

生まれて間もなく患った角膜炎がもとで

六歳のの時に完全に失明しました。

当時盲人の為の職業はあまりなく、音楽家になる事を決心し

生田流筝曲家のもとへ弟子入りしました。

厳しい教えと彼の努力によって、三味線と筝を極め

また独学で尺八も学ぶのでした。


クローバー作曲

1貿易商であった父を助ける為に十三歳で朝鮮へ渡り

そこでは筝と三味線を教授するだけでなく

独学で学んだ尺八も教授せざるを得ない状況に追い込まれます。

そんな中で同じ曲の繰り返しに耐えられなくなった彼は

作曲に興味を持ち始め、第一作「水の変態」を作曲します。


クローバー洋楽との出会い

朝鮮で軍楽隊員に尺八を教えていた為

彼らの演奏と楽器に触れることができました。

そんな彼らからの影響もあってか、洋楽のレコードを聴く機会が増え

収集した1千点余りのレコードの殆どは洋楽でした。

この時代に洋楽を聴く事ができた彼の境遇は

とても恵まれていたと言うべきですし

彼の前衛的とも言うべき音楽への出発点ではないでしょうか。


クローバー吉田晴風との出会い

この頃に偶然、尺八奏者であった吉田晴風と出会います。

二人は意気投合し、生涯変わる事の無い深い友情で結ばれます。

彼は多くの著名な音楽家や評論家がいる東京へ出るよう勧めます。

さて東京へ出たものの

朝鮮では著名な彼も、東京では一介の新人です。

正規の学校教育を受けていない彼は、出会う人全てを教師と仰ぎ

洋楽理論、作曲技法、洋・和楽器の知識から

一般教養に至るまで、教えをこう努力を怠りませんでした。

そんな経緯もあってか、次第に彼の名声は確立されていきましたが

裏で支えた吉田晴風の存在を忘れてはなりません。


クローバー功績

一九三〇年には東京音楽学校(現在の東京芸大)の教授に任命され

学生用の大合奏曲や合唱付きのものを多数作曲しています。

それに加え、筝と洋楽器の融合を進めていきます。

また子供向けの入門曲を多く手がけたりもしました。

最初の頃は、彼の前衛的な作曲活動への反発もありましたが

古典曲の演奏や、それに関係する作曲も手がけることで

保守的で伝統を重んじる人達も

次第に彼の功績を、認めるようになっていきました。


クローバー全盛期

彼は楽器の改良にも熱心で、楽器の発明にも取り組んでいます。

その代表的な楽器が十七弦です。

純邦楽の世界では、あまりにも有名な楽器ですよね。

他にも半音階に調律された八十弦の筝もありましたが

使用が非常に困難であったため、不成功に終わります。

がしかし、一九三〇年代は、彼の全盛期であり

来日した海外の演奏家のほとんどが

彼のもとへ訪れています。

一九五三年には国際人民音楽祭日本代表として選ばれ

各地での演奏は絶賛をあびます。

また彼は、随筆家としても知られています。

一体何処まで進んで行くのでしょうね。


クローバー享年六二歳

一九五六年、自作曲を関西交響楽団と共演するために

寝台車で東京を出発しましたが

走る列車から転落死してしまいます。

享年六二歳でした。

当時は自殺説もささやかれました。

というのも、彼は楽器編成を洋楽に習って

どんどん大きくして行く事に行き詰まりを感じていたらしい

と言う話が聞かれていたからです。

批評家の間では、楽器編成を大きくする事で

無理が生じていると言われ

彼の晩年の作品は失敗作だと言う人もいます。


クローバー筝の詩人

彼の音楽は叙情的であるため

筝の詩人と言われています。

そんな彼の作品は

前衛的な作風に挑戦し続けたにもかかわらず

伝統を重さを感じさせる曲が多い為

世間では古典曲と勘違いされることが多いのです。

実際私も、彼の作品の一覧を見るまでは

古典曲だと思っていたものが幾つかありました。

それで古典曲だと思われがちな作品を掲げたいと思います。

これらはすべて宮城道雄作曲です。

「水の変態」「唐砧」「春の夜」「秋の調」「落ち葉の踊り」「瀬音」

「さくら変奏曲」などです。


クローバー彼は古いものと新しいものを共存させることができる

不思議な力が特別に備わっていたように思えてなりません。

私も彼の力にあやかりたくて、よく聴きました。

ただし彼の録音は、モノラルであることは

今更ながら言うまでもありませんが

SPレコード(78回転)からの復刻盤となっており

とおぉ~~~っても音質が悪いのです。

指揮者トスカニーニと同じ時代ですね。


クローバー彼の自作自演はもとより

古典曲である「千鳥の曲」、「六段の調」なども多く録音しているので

どうぞ、時代を越えた日本の美をお楽しみ下さいませ。


宮城道雄
宮城道雄

恐怖の騒音 くつわむしの泣き声がステレオ

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1ヶ月ほど前から遠く離れたところである泣き声が

「ガシャ ガシャ ガシャ・・・・・・・」

あれ、この泣き声、くつわむだよね

しかしこんな住宅街にくつわむしが生息しているはずがない

ここに引っ越してはや十年になるが

くつわむしの泣き声など、一度も聞いたことが無い。

誰かが飼っているんだろうか。


それから日に日にくつわむしの泣き声が近づいてくる

とうとう隣の家まできたようだ

そしていつのまにか家の庭で泣いているじゃないですか。

この泣き声だけは風流とは言えない。

「やかましいぃ~~~」と怒ったところで泣き止まない。


次の日親戚の子供が来たので

「くつわむしをあげようか」と言ったら

喜んで「欲しい欲しい」と言うので

夜、どの辺で泣いているのか覚えておいた場所を

適当に掻き分けたら、出てきて、捕まえたくつわむしA

で子供達は喜んで持って帰った。

やれやれようやくくつわむしの泣き声から解放されたよ。


それからまた1週間くらいしたら、

また遠くでくつわむしの泣き声がする。

日が経つにつれ、だんだん近づいてくる。

なんだかいやな予感が・・・・・

いきなりトイレの裏の草むらで泣き出した。

次の日捕まえようと草むらをかき探したが見つからない。

夜になったら、玄関の前の草むらで泣き出した。

次の日捕まえようと草むらをかき探したが見つからない。

夜になったら、トイレの裏で泣き出した。

「ガシャ ガシャ ガシャ・・・・・・・」

やつめ、裏へ廻ったな と思ってたら、玄関の前でも泣き出した。

くつわむしB「ガシャ ガシャ ガシャ・・・・・・・」

くつわむしC「ガシャ ガシャ ガシャ・・・・・・・」

止めてくれぇ~~~、ステレオ放送だあぁ~~~

サーチライトを片手に、玄関へ出て探したが見つからない。

が、とりあえずくつわむしBは泣き止んでくれた。

全自動洗濯機の終了ブザーが聴こえたので

洗濯籠を持って外へでたら

何と洗濯機の横の塀にくつわむしB発見

すかさず捕獲完了

箱に入れてサランラップでフタをしました。

しかしよく動くので、携帯で撮影するのに一苦労です。


くつわむしBです↓


待ってろよ、そのうちくつわむしCも捕まえてやるからな

とりあえず殺すのは可愛そうなので

どこか遠くへ捨てに行こう。

まあ住宅街といっても、植木や草花がある家が多いから

くつわむしが暮らせる環境ではあるが

どう考えても、自然発生するはずがない。

誰かが何処かで捕まえてきたか、買ってきたものを

誤って逃がしてしまったに違いない。


頼むから4匹目だけは勘弁してくれよなあ・・・・


ところでくつわむし、本当に雄だけなんだろうか。

もし雌もいるんなら、もう産卵しているはず

来年はくつわむしが大発生して

恐怖の騒音、くつわむしの大合唱だよね。


一体何処からやって来るんだあ、このくつわむし達めぇ!

シューベルティアン補足

あじさい今夜は次の筝曲演奏家を書くよりも

ある読者から頂いたコメントを元に記事を書きますね。

シューベルトに関して頂いたコメントです。


勿論繰り返しの部分が多く、多少くどい事もありますが。。


あじさい正しく、その通りです。
普通、作曲家はくどくならないよう、飽きさせる事のないように
第一主題の提示から展開部、第二主題の登場と進んでいくのですが
彼はそれを行わず、一つのメロディを繰り返す事が多いようですね。

これが構成力が無いと言われる、大きな一つの理由です。


あじさい彼は一つのメロディを繰り返す有節歌曲と言った方法をよく使います。

(歌詞の進行に従ってメロディを作っていく歌曲は通作歌曲と言います。)

この方法で書かれた名曲(歌曲)が多いのも事実です。

歌曲は演奏時間も短く、歌がありますから

十分この方法で名曲ができます。

しかしこれを演奏時間の長く、歌の無い室内楽に使った場合

聴き手を飽きさせる、くどいと思わせるハメになるのです。

これが歌曲の伴奏みたいな曲が多いと言われる理由ですね。


あじさいここでシューベルティアンの登場ですね。

シューベルティアンは「飽きる、くどい」とならないように

地道な行動に出るわけです。

微妙な強弱のつけ方、流れの中での微妙な色合いの変化

を駆使して、詩的世界を浮き彫りにするのです。

こんな事ピアニストなら誰でもやってますと言われる方が多いのですが

方法は同じでも、出来上がったものが違います。

他のピアニストでは作れない詩的世界です。

これを作れるのがシューベルティアンの証なんです。


あじさいさてシューベルトの曲に飽きてしまった方はさておき

メロディの繰り返しをくどいと感じられた方は

シューベルトと言う名の、川の流れを目の前で見ているわけです。

詩的世界のすぐそばまで来ている訳ですね。

そこで、ピアニストの微妙な強弱と色合いの変化を求め

川の中へ入り、流れに身を任せようとする聴き手もまた

シューベルティアンと呼ぶのです。

(川の中へ入る、入らないは聴き手次第です。)


あじさいピアニストと聴き手、両方がシューベルティアンであって初めて

詩的世界にたどり着けるんですね。

一度川の中へ入った者は、暫らく戻れないでしょう。


あじさいシューベルトの室内楽は、コーサート用ではなく

仲間内で楽しく演奏する為に作曲された作品が多いです。

そのせいか、彼の気さくな性格が作品にもよくあらわれています。

しかしながら、真面目な性格だったかと聞かれると

あちこちで家庭教師をするたびに、あったようですから

晩年は頭を○毒におかされるんですね。

頭をおかされ、意識が朦朧としている時に作られた曲に

名曲が多いと言う事実は、皮肉なものです。


最後に鋭いご指摘、有難う御座います。

お陰で記事を補足することが出来ました。

感謝の気持ちでいっぱいです。

これからも宜しくお願いしますね。