相田みつを美術館 | つねにコーチであるために

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つねにコーチであるために、一期一会一日一日を大切に歩んでいます。

この前の日曜日に、相田みつを美術館に行ってきた。

 

いつもながら、相田みつをの書は、心が洗われる。

 

今回は、相田一人館長が、「父、相田みつを」を語るイベントに遭遇し、購入した日めくりカレンダーにサインを頂いてきた(^^)v

 

テレビなどで見たことはあったけど、お会いするのは初めて。

 

ごく自然体なおじいさんだった(^_^;)

 

イベントは、もちろん相田みつをの「書体」「詩」「人となり」について語ってくれるのだが、多少宣伝めいたことも挟みつつ、聴いている観客を楽しませてくれる。

 

相田館長のエンターテイメントな一面を披露してくれる(^^)

 

しかし、館長自らが聴衆の面前で宣伝するなど、我々にとって嬉しいことなのだが、こうでもしないと来客が足りなくて、経営が危ないのではないかと心配になってしまう。

 

相田みつを美術館は、東京のど真ん中、東京国際フォーラムの中にある。

 

どう安く見積もっても、土地代はかさみそうだ(^_^;)

 

相田みつをの書は、爆発的な人気がある訳ではない。

 

どちらかというと、たくさんの人の心の中に根付いているイメージがある。

 

だから、あえて美術館まで足を運ばなくても、自分の心の中を覗くと、そこに相田みつをが居て、自分の心に語りかけてくれるような気がする。

 

結果、人が足を運ばず、美術館の経営が苦しくなるのではないか?

 

相田みつをを心に根付かせている一人としては、美術館は無くならないで欲しく、いつまでもここにあり続けて欲しい。

 

美術館の経営を心配して、これからは年に一回は足を運ぶことにしよう。

 

ここに来れば、何かしらの気づきや癒しや学びに出逢えるのだから。

 

さてさて、今回の出逢い(気づき?学び?)はというと、「いまここ」の今はもうもうここには無いということ。

 

「い・ま・こ・こ」と言っている瞬間に、「いま」の「ま」を言い終えた時には、すでに「い」は過去に消え去り、ここには無い。

 

これを「無常」というそうだ。

 

常に世の中は動いており、いっときとして止まってはいないということだ。

 

なんせ、存在しているのは「今」しかなく、「過去」も「未来」も「いまここ」には存在していない。

 

だから、いまここに意識を向けることが大切なのだが。。。

 

人間は、どうしても存在しない「過去」や「未来」に意識が向き、不安や危険を煽ってしまう生き物のようだ(^_^;)

 

相田みつをさんは、あっけなく67歳で生涯を閉じてしまったが、残した書(詩)は、これからも人々の心に根付いて残って行き、人々の心を救うだろう。。。