今回紹介するのは、医療現場で働くある女性看護師が、
今のこの瞬間を生きて、幸せであることに気づいた言葉。
私は自分の手や足の指といった単純なものを観察し、
その動きの器用さや、それらの果たしている機能などに
感嘆を覚えた。
そのほか、体内のあらゆるシステム ──
呼吸器系統、循環器系統、心臓系統、消化器系統、
すべてに綿密な目を配るようになった結果、
あらためて人体各器官の効率のよさに気づかされて、
畏怖に打たれることもたびたびだった。
いったいどうして今までは、
これらを当然のこととして受けとめていられたのだろう?
私にしろ誰にしろ、
どうしてそこまで無関心でいられたのだろう?
それはあたかも億万長者でありながら、
自分の富に気づいていないのに似ている。
さらに私は、もっと見えにくい、
たとえば睡眠のサイクルとか、夢とか、
動物の冬眠などといったものについても考察し、
その結果として見いだした、生きとし生けるものに対する
新たな畏敬の念に満たされもした。
職場でも私は、
患者の体が自然に備えている治癒力に目をみはり、
その素晴らしさを噛みしめ、
そしてその前で謙虚な気持ちになった。
手術後の患者たちの包帯交換はもはや、
決まりきった手順でもなければ、
退屈な仕事でもなかった。
ある日メスに切り開かれた腹部の傷が、
翌日には早くも薄皮に覆われているいるのを見ると、
私の胸は深い畏怖と感動でいっぱいになった。
そうした発見を私は、
私に課せられた単調な仕事の一環としてではなく、
小さな奇跡として見るようになり、
自分がそれらの奇跡の一翼を担っていることを
誇らしく思った。
そして何よりも私は、
自分自身が健康であり、幸せであることに驚嘆し、
それをしみじみと有り難いと思った。
私が重要と見なすものの順位は、
驚くべき速さで変わりつつあった。
この新たな啓示を受けるまでの私が、
自由な時間の大半を費やして、
ショッピングモールを冷やかしてまわったり、
欲しいと思うステキな品物のあれこれを眺めて、
幻想を紡いだりしていたとは、
今となってはとても信じられない。
今の私にとって、とても理解できないのは、
こうして私の日常の取り巻いてるあらゆる “無料の” 奇跡や
美しいものたちを、これまでまったく見逃してきた、
という事実にほかならなかった。
今回ご紹介したこの言葉は、前回紹介した小説の
『神さまはハーレーに乗って 〜ある魂の寓話〜』の中で話す、
主人公のクリスティーンの言葉です。
文中の「新たな啓示」とは、彼女の前に現れた、
神と名乗るジョーが2番目にアドバイスした次の言葉。
現在を、今のこの瞬間を生きること。
一刻一秒が貴重な瞬間であり、
一刻たりと浪費すべきではないから。
クリスティーンは、多くの貴重な時間を他のことに浪費して、
身近な自然の美しさなどを味わずにいたことに罪を感じた。
そんな彼女に、ジョーは次のような助言を付け加えた。
きみは学ぶためにここにいるのであって、
過去のことを思い煩ったり、
それについて悩むためにいるんじゃない。
その罪過という考え方は、きっぱり忘れ去ること。
それもまた、昔ぼくが本当に言おうとしたことが、
歪められ、誇張された結果なんだから。
そのことはきれいさっぱり忘れて、
ひたすら今を、この瞬間を生きるんだ。
その間に目にしたことを、愛するように努めるんだよ。
それは、きみが自分自身に与えることのできる、
最大の贈り物のひとつになるはずだよ。
ジョーから聞いた「今のこの瞬間を生きる」を意識しながら
日々の生活を送る中でその贈り物を受け取ったクリスティーン。
彼女の気づきに、アインシュタインの次の言葉を思い出す。
人生には、二つの道しかない。
一つは、奇跡などまったく存在しないかのように生きること。
もう一つは、すべてが奇跡であるかのように生きることだ。
どちらの道を歩むのかは、私たち次第ということでしょう…。
この美しい地球の環境と素晴らしい機能を持つ身体、
それを与えてもらえたことに感謝して後者でいたいですね。
今回の曲は、アリアナ・グランデが歌う6人の歌姫のものまね。
クリスティーナ・アギレラ、ホイットニー・ヒューストン、
ブリトニー・スピアーズ、リアーナ、シャキーラ、
セリーヌ・ディオンの6人のものまねの歌唱力に驚きです。