早朝とも夜中とも言える時間に朝食を食べて、午前3時にはキナバル山の中間地点にある山小屋を後にした

ヘッドライトをともした登山客が列になって、遠くから見るとハイウェイの街頭のようになっていて、その街頭が幾重にも連なって山頂付近まで繋がってるのが見えるはずだが、天候が悪いのか先の光ほど弱く見え、数百メートル先ではプツンと切れしまっている

前日の反省もあり、重い荷物は山小屋に置いて、カッパと着る物だけ持って山頂へのアタックを開始した


世界一周ふらふら軌~7ヶ月目~




クレイジーな運転でKKからナショナルパークまで約2時間

ナショナルパークに着いたら登山のための各種手続きを済ませて、ガイドを雇わないといけなかった

ガイドを手配してくれる受付でガイドを頼むも一人だけだと138リンギットかかると言うので、どこかのグループに混ざりたい旨を伝えると、そこら辺にいる人に尋ねてみろ言われた

俺はてっきり窓口の方で探してくれるものだと思っていたので、面倒くさい仕事が一つ増えたと思って辺りを見渡した

白人のカップルと4人組くらいのグループがそれぞれ手続きをしていた

カップに混ぜてくれというのもなんなので、4人組のグループの一人に話しかけてみると

俺も混ぜてもらってるだけだから決められない、そこの女性に聞いてみてくれと

そしてそこの女性に聞いてみると、同じように私も混ぜてもらってるだけだから決められない、私は気にしないから、残りの2人に聞いてみてくれと・・・・

こうして全員に聞く羽目になったが、問題ないという事で国際色豊かなチームが完成した

それに人数が多ければ多いほどガイド料も安くなるので、断る理由もないはずだ

我々のチーム 女性が ドイツ人 オーストラリア人 ポーランド人 男性が フランス人と俺 の5人

この5人で割り勘でガイドを一人雇い山頂を目指す事になった


世界一周ふらふら軌~7ヶ月目~

一番左はガイドでフレンチはシャワーを浴びていたので写真には写っていない




濃い霧と真っ暗闇のせいで殆ど前が見えない状態で山頂のアタックが開始された

この時点で標高3100Mを超えているのに、森林限界はまだだ

さすが常夏の国にある山だ。とはいえ、気温は15度を切っている

歩き始めは細い登山道に一斉にスタートした登山客がとり付くので、大渋滞

少し進んでは止まって少し進んでは止まるの休日の首都高のような流れ

普段ならいらいらして無理してでも前の人を抜かして先に進もうとするところなんだろうけど、この日は俺の脚がこの大渋滞を受け入れていた




行程としては一日目は山腹にある山小屋を目指して一泊、次の日の深夜に山頂を目指し、そのままピストンして登山口まで帰ってくるという一泊二日のコース

登山が開始されると皆それぞれのペースで歩き始め、ガイドは一番後ろから付いてくる

俺は一番早く登る白人2人(フレンチ ジャーマン オーストラリアン 若い)を暫くフォローしてたんだけど、途中からあれ・・・・・

なんか俺遅れてるし、すごい辛い

日本で登山してたときは、もっと思い荷物持ってもっと早いペースで何時間も歩いてたのに・・・・

わかっていた

ここ3ヶ月は学校の寮に住んでいて、平日は授業のため殆ど座ってるだけ、休日もジプニーに乗って酒を飲み歩いてただけだ

運動不足なのはわかっていた、でもここまでとは想像も出来なかった


一時間ほど渋滞の中を歩くと、森林限界を超えたらしく、辺りには岩の大草原が広がっていた

ここからは道と呼べるものも無くなって、一本のロープを道しるべに登って行く事になるので、必然的に渋滞も解消された

フレンチと若い白人はいつの間にか先に進んでいて、俺はその後を追う形に、ポーランド人とガイドはその更に後ろからついてくる

もうバラバラであるが、これが白人スタイルなのだ。コリアンと違ってこのスッキリした感じが俺は好みである

前日の反省と疲れのせいか、少し登っては少し休憩を繰り返すも、確実に前に進んでいることを噛み締めながら辛い時間を中和していった

どんなに遠回りしても進んでいればいつかは辿り着くのである




俺は終に先頭をあるく仲間達についていけなくなって、後ろからくるガイドとポーランド人と3人で暫く歩いた


世界一周ふらふら軌~7ヶ月目~

見てるだけできつくなってくるポーターたち

そして終にポーランド人にも付いていけなくなって、先に行ってくれと言って一人で先に行ってもらった

さすがにガイドは無視できないようで、俺とガイド2人で歩く事になったんだけど、終に一歩も足が前に出なくなってしまった

この時ようやく気がついたのが、ものすごく腹が減っていた

よくよく考えると朝食はかなり軽かったし、途中の昼休憩も軽めだった

前にNZのトレッキングで、登山中の空腹は危険だと学習したはずなのに、今回はガイド同伴のためか気が抜けていて、食べるものも何も持ってきてないし、空腹でも気にせず登山道に入ってしまっていた

これが裏目に出て歩けなくなってしまったのだ

単に運動不足なだけでなく、カロリーまで不足していたのだ

ガイドもいい加減面倒くさくなったのか、荷物を全部ポーターに預けることを進めてくる

100リンギットかかるけどいいか?と

しかし俺は金を節約したかったから断って歩き始めるのだが、数十メートル進めだけで足が前に出なくなる・・・

最後は無料でいいからポーターに預けてくれと頼まれる始末である

それも断って暫く登山道でポーっトしてたら、さっき下のガイドを雇うと時にいた白人カップルが通りかかったので、なんか食べ物くれ、死にそうだと、頼んだところ

快くクッキーとパンを恵んでくれて、俺はそれを一気に食べ尽くして水を飲んだ

数分後体にエネルギーがみなぎってきて再びポーターに頼ることも無く歩き始めた

そして一時間後には何とか山小屋に到着

他の仲間たちは併設のカフェで既に寛いでいた

夕食はビュッフェをとり、次の日は早いのでそれぞれ早々に解散して床に着いた



一本のロープを頼りに岩場をよたよたと歩いていく

この頃になると日ともまばらになってきて、渋滞に足止めされることもない

早く歩く事も出来たんだけど、この日は山頂から山小屋まで戻って終わりではない

その足で登山口まで戻らないといけないことを考えると、体力を温存した方がいいと思ったのだ

荷物も軽いしペースもゆっくりだったので、前日ほどきつくは無い

そのまま最後の急斜面に取り付くと、山頂にから帰ってくる仲間とすれ違う

ここから10分程度で山頂までという情報を仕入れて俄然元気がみなぎってくる

少し登ると岩の積み上げてある、人一人がやっと座れる位の場所があって、その先に道のような道じゃないようなところがあったので

近くでタバコを吸っていた人に山頂の道はどこか尋ねると、ここが山頂だ お疲れさん

世界一周ふらふら軌~7ヶ月目~

と、いう事でした

皆ばらばらに山頂に着いてるので、一人で撮影

下山時に先に山頂から下山していた仲間と合流して山小屋まで一旦戻る

2時間ほど仮眠を取ったあたと、再び登山口を目指して下山開始

腹は満たさされていたので、スタミナは大丈夫だったんだけど、脚がね もーー

止まるとブルブルと震えが止まらない

一番元気そうなのはドイツ人女子 年齢知らないけど、まだ学生らしい

ちなみに白人同士で年齢を聞くことはほとんどありません

それが失礼な質問と言う訳じゃないけど、お互いどうでもいい事だから

だからここで知り合った仲間達の年齢は全員知らない

下山時に前日助けてくれた白人カップル(スイス人)とも合流して、足をブルブルさせながらなんとか登山口まで辿り着いた

もちろん下山時も全員ばらばらになり、一番遅い人をガイドがフォローするようなスタイルで降りてきて

最後にビジターセンターにあるレストランで合流した

白人達に混ざって話している必ず英語の話題になるんだけど

俺が最近まで留学してた話とか、留学先の説明をすると

以前韓国人に英語を教えてた人がいて、彼女が言うには

彼らは難しい言葉や多くのボキャブラリーを持っているにも拘らず、使い方や喋り方を知らないから面白いって

俺と同じことを言っていた

確かに皆と話して気がついたことは、使っている単語なんて全部中学生で習う程度のレベル

だから言ってることがわからないなんてこともないし・・・

ただし喋るのはまだまだな~と感じさせられてしまう

一番重要なのはとにかく沢山話すこと

これだけは全員一致だった

朝の空港の中の独特な喧騒で目が覚めた

いつも通り新しい国の空港に来たら最初にやること

ATMを探して金を下ろす

しかし2台あったATMが両方ともオフライン

フィリピンペソぴったり綺麗に使っちゃったからエクスチェンジもできない

金が無ければ市内に出ることも出来ない

いや出来ない事もないけど重い荷物を背負って数時間歩くのは面倒だ。道もわからないし

こういうとき人は何を考えるのだろうか

もし普通の日本の観光客が同じ状況に陥ったら、諦めて日本に帰るだろうか??

いや、多分帰らないだろう

少ない休みと金を使ってわざわざマレーシアまで来て、現金が下ろせないからって諦めて帰るはずが無い

じゃあどうするのだろうか。俺はその観光客の気持ちになって考えてみたが

考えてみたところで俺はその観光客じゃないし、他人の考えることなんてわかるはずが無い

時間もたっぷりあることだから、もう一度空港の2階に戻って、じろじろ見る人目を気にしつつ、床の上にもう一度寝ることにした。

人々はこの行為を2度ねと呼ぶのである

目をつぶっていると、タイで会ったドイツ人と色んな国の通貨をお互い交換し合ったのを思い出して

俺は慌ててバックパックをあさり、キジの羽のように色鮮やかな札から水墨画のように地味な札まで、一つずつそこに印字されている文字を読んでいった

そしてMalaysiaの文字の書かれた札を発見した

しかし発見したのは札束ではなく札である

1マレーシアリンギットである

日本円にして約30円

その1リンギット札を握りしめて早速空港初のバスに乗り込んだ

それで足りるかどうかは知らないが、そんなもの知ったことではない

足りなかったらその時考えれば良いだの

今はとにかく1リンギットしかないのだから、足りなかったら1リンギットにしてもらえばいいのである

結局市内のバスターミナルまでは1.5リンギットだったが、1リンギットでもなんとかなったのである

市内のゲスハウスにチェックインしたら次はキナバル山の手配である

というのも、キナバル山は東南アジアで一番高い山で、世界的に見てもポピュラーな山の一つだ

それ故、マレーシア政府をこの山一体を国立公園にして、山へのアタックはガイドの同伴を義務付けたのである

だからキナバル山を登るにあたってやらなければいけない事が2つある

一つはガイドの手配と山腹で一泊するための山小屋の手配である

これを一切合切パックでやってくれるツアーが一番ポピュラーみたいで

俺の宿でも850マレーシアリンギットでアレンジしてくれるとの事

ちなみに近くの日本人宿トロピカーナロッジで頼むと1240リンギットもかかるらしい 4万円近く

俺はもうちょっと安く出来るんじゃないかと思って、町中のツアー会社でキナバル山の情報を集めた

しかし、どこも似たような値段だし、一人だと2人分の料金がかかるというツアー会社まであった

そこで市内にあるキナバルのインフォメーションセンターまで行って見ると

山小屋の手配だけやってもらって、後は自分で手配するというセミマニュアル式のツアーがあったのだ

それにすると全部込みでも700リンギットを切るくらい

宿までのピックアップもないし、ガイドも現地に行って自分で探さないといけないけど、これが一番安かった

ここまであちこち歩き回ること6時間

前日ベッドで寝てないせいもあるのかこの日はぐっすりと次の日の昼まで寝た



世界一周ふらふら軌~7ヶ月目~

取りあえずのヌードルが旨い 7リンギット

次の日はコタキナバルで一番でかい、名前忘れたので何とかモスクに行って来た

未だになぜかはわからないけど、宿のオーナーに行き方を聞いたら、バスではなく歩いていく方法をいの一番に教えられた

バスはないのか尋ねるも、歩いて行きなさいと半分命令である

途中の公園でフルート吹いたり、売店のオバサンと話したりして、暑さに負けてだらだら歩いたら4時間もかかってしまった

自由を噛み締めるもこういうのはちょっと辛い



世界一周ふらふら軌~7ヶ月目~
世界一周ふらふら軌~7ヶ月目~

これが何とかモスク

ムスリムじゃないと入れないと誰かに言われたんだけど、普通に入れました

なかなか素敵な建造物なんだけど、中身はすっからかん

逆にシンプルでいいとも思うんだけど、観光向きではない

祈りをささげる場所なんだから、派手な装飾はいらないという事だろうか?

モスクに入るのは実はこれが初めてで、他のモスクと比較したわけじゃないからそこら辺はまだ明るくない

ただ、すくなくともフィリピンの教会に比べると、中は掃除も行き届いていて、老朽かも一切感じられなかった

もうここに二日滞在してるけど、物価はフィリピンより高く、貧乏臭さが感じられない

20もいってない少年が車に乗ってる姿もたまに見かけるし

車が特別な乗り物ではない

ビールの価格もタバコの価格も日本と殆ど同じ

安いのは公共の乗り物と、宿と食事くらい

まぁそれが一番重要なんだけど

ビールが高いのはいただけない

明日からちょっとMT キナバルに行ってきます





There are two kinds of students in this school,the one with regrets and the other one with acceptance.

In my case,of course,I'm one of those who have regrets,I should not have came here.

I guess, I didn't progress and all the facilities are stupid!! I'm just wasting my time,My money and all the school expenses come to nothing!!

Above all,I just found out that Japanese students have higher school expenses than korean students.

I don't understand why Japanese students pay 300US dollars a month more!!!!I find it UNJUST It's why you do your best to get more Japanese students, you are fooling us!!

Hey!!Every Japanese students!! Wake up and smell the coffee!!

Let's just say that I'm writing this to express my discomfort and regrets,Hey!!give me back my time and money !!! or else, Eat all of them!!!!!

but

It's not that there are no fun times.

Studying in this school is deadly boring but, when I made some friends, I lose my loneliness because I enjoyed my stay with my friends by hanging out and traveling together during my weekends.

People come and go.

I hope I could see you one day in the future. I'm leaving today,so I feel like walking on the air.

The best is yet to come!!!!

これはフェイスブックにポストしたのと同じ内容

学校の感想です

内容は韓国人と日本人の学費が違ってアンフェアじゃないか!!と、いうような事を書いただけなんだけど、実際それを抜きにしても今回の留学はどうだったんだろうか?

英語力が全く伸びてないとは思わないし、それなりに喋る力聴く力は進歩したと思うけど

別にここに来なくても旅してるだけで同じくらい延びたのではないだろうかと疑問に思わずにはいられない

大体俺が旅を始めた当初の英語力は酷かった

道の聞き方や簡単な質問はすらすらと出てきたから、自身を持ってNZに入国した

空港のインフォメーションで市街地までのバスの乗り方を正しい英語で聞いたまでは良かったけど、100倍近くの英語で返って来て、相手にもさっぱり理解してない事がバレて、結局日本人スタッフを呼ばれたのは今でも忘れられない痛い思い出でである

その後も散々嫌な思いをしながらもちょっとづつ英語の使い方を覚えていった

特別な事は何もやってないけど、ビビらずに率先して話すことだけは続けていた

その結果半年で最低限の会話力はついたような気がする

だから無理に留学なんてしなくても、この3ヶ月普通に旅してても同じだけ延びたのではないだろうか?

前にも書いたけど俺の学校は文字通り平日は塀の外に出れない

シャンプーやトイレットペーパーが切れても買いに行けないし

小腹が減っても我慢するしかない

もちろん酒の持ち込みも禁止である

朝の815から授業が始って夕方の615まで10コマ近い授業を消化

その後よるの8時から10時までは義務自習である

これで進歩しないはずは無いと思うのだが、来た時も帰るときも片言の英語しか話さない韓国人を俺は何人も見てる

まぁそこは日本人もそういうやつはちょいちょいいるけど

学校選びが失敗だったのか、留学という選択が失敗だったのかはわからないけど

なんだか徒労に終わったな~というのが感想である

それでもこの学校には3ヶ月近くいたんだから、学校を去る時は少しくらい後ろ髪引かれるかな~って思ったんだけど

実際には、後頭部だけツルッパゲになったかのように0.0001ニュートンたりとも後ろ髪に重力を感じる事なく学校の門を後にしたのである

例え小野妹子くらいの後ろ髪があったとしても、その後ろ髪を引くものは一切存在しないであろう

なにはともあれ無事出所した俺は学校のバンで空港まで送ってもらい、セブ空港からマニラを経由してマレーシアのコタキナバル(以後KK)空港まで飛んだのである

KK空港に着いたのは深夜の一時半

その時間から市内に出るにはタクシーを使うしかないし、公共の乗り物に乗るのを趣味としている俺としては空港で寝て朝まで待つのがベストな選択だと判断した

しかし空港をうろつくも、すでに肘掛の付いていない寝転がれる椅子は全て占領されていた

しょうがないから床にバックパック転がして枕代わりにして寝転がった

そしてそのとき思ったのが、なぜ人は椅子で寝たがるのか?

床の方がひんやりしてて気持ちいいし、寝返りだって打てる

そんな事を考えながらゆっくりと目を閉じた