暫しお別れの日
今回は、流産手術をした日の内容を記します。
興味のない方、辛い思いをされる方、気分を害される方は、どうぞこのブログはスルーされて下さい。
2010年1月5日
手術当日。
朝起きると私の目は、今までに見たことがないくらい腫れ上がっていました。
手術に対する恐怖はありません。
ただ、おなかにいる我が子に一生懸命話しかけました。
ごめんねと、ありがとうと、またね。
余り寝れていない彼を起こすのは申し訳なかったけども、なんとか起きてもらい同意書にサインを書いてもらって、9時過ぎに家を出ました。
母親に、今から行ってきますと連絡も入れました。
昨日、泣きながら『赤ちゃんダメだった…』と電話をした時、声を殺して泣いているのが伝わりました。それでも一生懸命私を励まし、大丈夫大丈夫。必ず帰ってくるからと慰めてくれました。
一番喜んでくれた両親に伝えるのが本当に辛かった。
今日はもう泣かないと決めた。
昨日あれだけ泣いたから今日は泣いちゃいけない。
そう自分に言い聞かせてました。
それに今日は、彼がいてくれてる。
本当は今日、夫婦になる予定だったのに、我が子とお別れする日になるとは…
病院へは9時40分に着きました。
昨日はこの待合室で、必死に涙を堪えてた。
今日のお母さんは強いよ。泣かないよ。
10時を過ぎても呼ばれない。
病院なんてそんなもんだよね。
やっと呼ばれ診察室へ2人で入りました。
『昨日も見たんですけどね、どうも赤ちゃん死んでるんですよ。
とりあえず、見てもらいましょうかね。
隣へどうぞ。』
私達は一言も発することなく、内診室へ。
彼にとって、始めてみる我が子がこんな事になるなんて…
2人で、もしかしたら動いてるかもしれないね!っていう淡い期待も、すぐに打ち壊されました。
『ほらね、心臓動いてないでしょ。
死んでるね。
普通この時期なら、この辺が動いてないといけないんですね。
昨日より影も薄くなってるね。死んでるね。
はい、じゃあまたさっきの部屋に来てね。』
死んでる死んでるって昨日から…
もっと言葉を選べないのだろうか…
診察室へ戻ると、彼へ前日私にした説明とほぼ100%同じ説明をしていた。
なんだ、日常茶飯事だからもうマニュアル化されてるんだ…
どんどん卑屈になっていく私。
『はい、じゃあ今度は看護士から説明あるから外で待ってて』
なんか、すごい流れ作業だな。
いちいち感情なんて込めてたら、先生も持たないよね。そうだよね…
自分を納得させるのに必死でした。
そして呼ばれたのは昨日と同じあの部屋。
手術前の確認。
『前日の21時以降飲食はしてませんか?
髪を結んでくださいね。付き添いはできませんので、お迎えに来られるなら2時頃来てください。
枕元に説明書を置いておくので良く読んでください。
では、迎えが来るまで外でお待ちください。』
程なくして、明らかにオペ室勤務の格好をした方が迎えにきました。
その人の後を、沢山の人が居る待合室、ロビーの前を横切りついて行く悲しさ。
せめて普通の格好した看護士さんが良かった…
エレベーター前で彼とはお別れ。
そんな事はお構いなしに、お迎え看護士さんはズンズン進んで行くので、彼も慌てて
『頑張って…』
と言ってくれました。
こっちを見向きもせず、話し掛けもせずただ突き進む看護士さん。
通り抜ける場所は、生んだばかりのママ達が沐浴の練習をしている前、生まれたばかりの赤ちゃんを抱いて幸せそうにしている人達の前。
正直辛いです。
やっとオペ室につき、一番奥の物置部屋の横にある暗くて狭い部屋に連れて行かれ
『ここでこの手術着に着替えて下さい。
下はショーツ一枚ですよ。
荷物はまとめておいて下さい』
と言って出て行かれました。
暖房も入っていない、電気も付けてもらえない寒い部屋で着替えをする惨めさ。
私は何か悪い事をしたのだろうか…
口コミではすごく綺麗でホテルみたいで、先生も看護士さんも優しくて…と評判の病院だったけど、それは無事赤ちゃんを生むことができた人にしか味わえないんだ…
そうこうしてると、先ほどの血も涙も表情もない看護士さんが来て、私の荷物を抱えると
『付いて来てください』
とだけ言って歩き始めました。
今度はオペ室。
入り口の所で
『ここでショーツを脱いで下さい。
脱いだ物はこのカゴに入れて下さい。
荷物は部屋に置いておきますから』
と言ってその人は出て行きました。
なんでこんな所で…と思いながらも下着を脱ぐと、今度はその部屋にいた看護士さんに台に乗るよう指示されました。
腕を固定され、右手で血圧を測られ左手は点滴。左手の親指には心拍を測る機械(?)
もう好きにして下さいって思いました。
『先生が来られてから麻酔を点滴しますからね。
そしたらゆっくり100から1に向かって声を出しながら数えて下さいね』
『その目が赤いのはアレルギー?』
『いえ。昨日泣きすぎたから腫れてるだけです』
と言ったら、その看護士さんは初めて
『暫くは大変だけど頑張ってね』
と言って腕をさすってくれました。
良かった。
この病院にも優しくしてくれる人はいてくれた…
涙が出そうになると、心拍数も上がってしまって…
深呼吸してなんとか自分を落ち着かせました。
暫くすると先生が。
えっ!?さっき診察してた先生?
なんで!?まだ沢山患者さんいたじゃん!
あ…そう言う事が。
いつも、診察中でもフラッとどこかに行き、5分強で帰ってきてた。
その間に手術してたんだ…
ほんと片手間な感じだな…こっちはどんな思いでここに居ると思ってるんだろう…
と考えるうちに足を台に乗せ、固定され目隠しをされて麻酔を打たれました。
88まで数えたその後の記憶はありません。
自分のうなり声と看護士さんの声で目が覚めました。
とにかく、おなかが痛い。痛くて痛くて唸っていても、誰も取り入ってなどくれず
『はい、起きてくださーい
下着はきますからお尻上げてくださーい
お部屋行きますから車椅子に乗ってくださーい』
その間も痛い痛いと訴えるも総無視。
『これが普通なんですか』
と必死な思いで問いかけると、あっけなく
『そうです』
車椅子で病室まで運ばれる間も痛くて前屈みになると頭を押さえつけられる。
部屋につくと転がるようにベッドへ。
痛みに耐えきれずうずくまりながら、うなる私に強い冷たい口調で
『台に説明書置いてますからきちんと読んで下さいよ!!』
と吐き捨てて出て行った看護士さん。
あ、さっき私を迎えにきた冷たい表情のない人だ…
時間は11時20分。
なんだ、15分ぐらいしか経ってないんだ…
暫くうずくまってると、次第に痛みが和らいできてソファーまで携帯を取りに行けた。
ってゆうか私の荷物。
ゴミ袋に入れられてる…
なんで、なんでこんな屈辱的な思いをしなきゃならないの!?
赤ちゃんをちゃんと生めなかったから?
おなかにもう赤ちゃんがいない悲しさと苛立ちで手が震えました。
彼と親に無事終わった事を連絡して暫く横になりました。
13時に食事が運ばれてきて目が覚め、説明書をみると、14時に先生の診察があるので一階の外来まで来いと。
その前に、薬局で薬を受け取ってこいと…
その前に、私がいるこの部屋はどこなんでしょうか…
本当に放置で驚きました。
14時に診察室へ行き待つこと15分。
診察室にいたのは見たこともない先生。
『術後の経過も順調です。次は4日後来てください。
シャワーは明日から。
次の子作りは3回生理が来てからにしてください。
何か質問ありますか?』
『ありません』
術後の経過は順調って、あなた診てもないのに何がわかるの!?
もう、早くこの病院から出たかった。
彼も迎えに来てくれて会計を済まし(16000円ちょっとでした)車に乗った途端に涙が溢れて、泣いてしまいました。
その日は帰ってすぐベッドに横になり、泣き疲れて寝てしまい、そのまま朝を迎えました。
興味のない方、辛い思いをされる方、気分を害される方は、どうぞこのブログはスルーされて下さい。
2010年1月5日
手術当日。
朝起きると私の目は、今までに見たことがないくらい腫れ上がっていました。
手術に対する恐怖はありません。
ただ、おなかにいる我が子に一生懸命話しかけました。
ごめんねと、ありがとうと、またね。
余り寝れていない彼を起こすのは申し訳なかったけども、なんとか起きてもらい同意書にサインを書いてもらって、9時過ぎに家を出ました。
母親に、今から行ってきますと連絡も入れました。
昨日、泣きながら『赤ちゃんダメだった…』と電話をした時、声を殺して泣いているのが伝わりました。それでも一生懸命私を励まし、大丈夫大丈夫。必ず帰ってくるからと慰めてくれました。
一番喜んでくれた両親に伝えるのが本当に辛かった。
今日はもう泣かないと決めた。
昨日あれだけ泣いたから今日は泣いちゃいけない。
そう自分に言い聞かせてました。
それに今日は、彼がいてくれてる。
本当は今日、夫婦になる予定だったのに、我が子とお別れする日になるとは…
病院へは9時40分に着きました。
昨日はこの待合室で、必死に涙を堪えてた。
今日のお母さんは強いよ。泣かないよ。
10時を過ぎても呼ばれない。
病院なんてそんなもんだよね。
やっと呼ばれ診察室へ2人で入りました。
『昨日も見たんですけどね、どうも赤ちゃん死んでるんですよ。
とりあえず、見てもらいましょうかね。
隣へどうぞ。』
私達は一言も発することなく、内診室へ。
彼にとって、始めてみる我が子がこんな事になるなんて…
2人で、もしかしたら動いてるかもしれないね!っていう淡い期待も、すぐに打ち壊されました。
『ほらね、心臓動いてないでしょ。
死んでるね。
普通この時期なら、この辺が動いてないといけないんですね。
昨日より影も薄くなってるね。死んでるね。
はい、じゃあまたさっきの部屋に来てね。』
死んでる死んでるって昨日から…
もっと言葉を選べないのだろうか…
診察室へ戻ると、彼へ前日私にした説明とほぼ100%同じ説明をしていた。
なんだ、日常茶飯事だからもうマニュアル化されてるんだ…
どんどん卑屈になっていく私。
『はい、じゃあ今度は看護士から説明あるから外で待ってて』
なんか、すごい流れ作業だな。
いちいち感情なんて込めてたら、先生も持たないよね。そうだよね…
自分を納得させるのに必死でした。
そして呼ばれたのは昨日と同じあの部屋。
手術前の確認。
『前日の21時以降飲食はしてませんか?
髪を結んでくださいね。付き添いはできませんので、お迎えに来られるなら2時頃来てください。
枕元に説明書を置いておくので良く読んでください。
では、迎えが来るまで外でお待ちください。』
程なくして、明らかにオペ室勤務の格好をした方が迎えにきました。
その人の後を、沢山の人が居る待合室、ロビーの前を横切りついて行く悲しさ。
せめて普通の格好した看護士さんが良かった…
エレベーター前で彼とはお別れ。
そんな事はお構いなしに、お迎え看護士さんはズンズン進んで行くので、彼も慌てて
『頑張って…』
と言ってくれました。
こっちを見向きもせず、話し掛けもせずただ突き進む看護士さん。
通り抜ける場所は、生んだばかりのママ達が沐浴の練習をしている前、生まれたばかりの赤ちゃんを抱いて幸せそうにしている人達の前。
正直辛いです。
やっとオペ室につき、一番奥の物置部屋の横にある暗くて狭い部屋に連れて行かれ
『ここでこの手術着に着替えて下さい。
下はショーツ一枚ですよ。
荷物はまとめておいて下さい』
と言って出て行かれました。
暖房も入っていない、電気も付けてもらえない寒い部屋で着替えをする惨めさ。
私は何か悪い事をしたのだろうか…
口コミではすごく綺麗でホテルみたいで、先生も看護士さんも優しくて…と評判の病院だったけど、それは無事赤ちゃんを生むことができた人にしか味わえないんだ…
そうこうしてると、先ほどの血も涙も表情もない看護士さんが来て、私の荷物を抱えると
『付いて来てください』
とだけ言って歩き始めました。
今度はオペ室。
入り口の所で
『ここでショーツを脱いで下さい。
脱いだ物はこのカゴに入れて下さい。
荷物は部屋に置いておきますから』
と言ってその人は出て行きました。
なんでこんな所で…と思いながらも下着を脱ぐと、今度はその部屋にいた看護士さんに台に乗るよう指示されました。
腕を固定され、右手で血圧を測られ左手は点滴。左手の親指には心拍を測る機械(?)
もう好きにして下さいって思いました。
『先生が来られてから麻酔を点滴しますからね。
そしたらゆっくり100から1に向かって声を出しながら数えて下さいね』
『その目が赤いのはアレルギー?』
『いえ。昨日泣きすぎたから腫れてるだけです』
と言ったら、その看護士さんは初めて
『暫くは大変だけど頑張ってね』
と言って腕をさすってくれました。
良かった。
この病院にも優しくしてくれる人はいてくれた…
涙が出そうになると、心拍数も上がってしまって…
深呼吸してなんとか自分を落ち着かせました。
暫くすると先生が。
えっ!?さっき診察してた先生?
なんで!?まだ沢山患者さんいたじゃん!
あ…そう言う事が。
いつも、診察中でもフラッとどこかに行き、5分強で帰ってきてた。
その間に手術してたんだ…
ほんと片手間な感じだな…こっちはどんな思いでここに居ると思ってるんだろう…
と考えるうちに足を台に乗せ、固定され目隠しをされて麻酔を打たれました。
88まで数えたその後の記憶はありません。
自分のうなり声と看護士さんの声で目が覚めました。
とにかく、おなかが痛い。痛くて痛くて唸っていても、誰も取り入ってなどくれず
『はい、起きてくださーい
下着はきますからお尻上げてくださーい
お部屋行きますから車椅子に乗ってくださーい』
その間も痛い痛いと訴えるも総無視。
『これが普通なんですか』
と必死な思いで問いかけると、あっけなく
『そうです』
車椅子で病室まで運ばれる間も痛くて前屈みになると頭を押さえつけられる。
部屋につくと転がるようにベッドへ。
痛みに耐えきれずうずくまりながら、うなる私に強い冷たい口調で
『台に説明書置いてますからきちんと読んで下さいよ!!』
と吐き捨てて出て行った看護士さん。
あ、さっき私を迎えにきた冷たい表情のない人だ…
時間は11時20分。
なんだ、15分ぐらいしか経ってないんだ…
暫くうずくまってると、次第に痛みが和らいできてソファーまで携帯を取りに行けた。
ってゆうか私の荷物。
ゴミ袋に入れられてる…
なんで、なんでこんな屈辱的な思いをしなきゃならないの!?
赤ちゃんをちゃんと生めなかったから?
おなかにもう赤ちゃんがいない悲しさと苛立ちで手が震えました。
彼と親に無事終わった事を連絡して暫く横になりました。
13時に食事が運ばれてきて目が覚め、説明書をみると、14時に先生の診察があるので一階の外来まで来いと。
その前に、薬局で薬を受け取ってこいと…
その前に、私がいるこの部屋はどこなんでしょうか…
本当に放置で驚きました。
14時に診察室へ行き待つこと15分。
診察室にいたのは見たこともない先生。
『術後の経過も順調です。次は4日後来てください。
シャワーは明日から。
次の子作りは3回生理が来てからにしてください。
何か質問ありますか?』
『ありません』
術後の経過は順調って、あなた診てもないのに何がわかるの!?
もう、早くこの病院から出たかった。
彼も迎えに来てくれて会計を済まし(16000円ちょっとでした)車に乗った途端に涙が溢れて、泣いてしまいました。
その日は帰ってすぐベッドに横になり、泣き疲れて寝てしまい、そのまま朝を迎えました。
幸せから絶望へ転がり落ちる瞬間
はじめに…
私は先日流産しました。
その記録としてこのブログに載せたいと思います。
見る方によっては嫌な事を思い出してしまったり、気分を害されてしまうかもしれません。
どうか、そのような事がないよう、このブログはスルーして頂ければと思います。
2010年1月4日
待ちに待った健診日。
前日から、たまごクラブを見て9w6dだからこれぐらいまで大きくなってるのかなぁ~って、色々想像していました。
また、沢山の友人に妊娠と結婚の報告をし、本当に幸せでした。
4日、朝から健診へ一人車で行きました。
年が明けて初日という事もあり沢山の人。
外の待合室も中の待合室もいっぱいでした。
それでも、育児雑誌を見てその間でさえ幸せでした。
中の待合室に呼ばれ、早く見たいなぁ早く会いたいなぁって思いながら待っていると、診察室へ呼ばれました。
『何か変わった事はありませんでしたか?
前回の検査の結果出たけどね、何も異常なし。
じゃ、診てみようか。隣の1番の内診室へどうぞ』
患者さんが多いので、いつもこんな感じでじっくり話す余裕なんてありません。
急いで隣へ移動して、内診台へ。
モニターには前の方の映像が映し出されていました。はっきりとわかる赤ちゃん。
私の子はまだここまでは大きくないだろうなぁ~と思っているところへ先生が来ていよいよです。
しかし、映し出された我が子は少し小さい?
昨日雑誌で見たのと違う?
少し不安になってると先生が
『あれ。前回までは心拍あったのにねぇ。
死んでるみたいだねぇ。本当ならここが動いてないといけないのにねぇ。はい、じゃあいいよ』
次に看護士さんが
『はい、ではまた先生からお話がありますから中の待合室でお待ち下さい。』
と。
着替えをしながら、私の頭の中はパニックを起こしていました。
あの人、さらっと死んでるって言ったよね…
どういう事?
赤ちゃん、ダメなの?
訳がわからぬまま、さっきまで居た待合室へ。
さっきまでここに居た私は幸せでいっぱいだったはず。
なのに今は、幸せの欠片もない。
周りはみんな幸せそうな中、そこに居るのがすごく辛かった。
だけど、周りの人は悪くなんてない。自分だってさっきまで、その一員だった。
初めて、その場所には幸せな人ばかりが居るんじゃないんだと気付きました。
涙を堪えるのに必死でした。
診察室に再度呼ばれて、説明を受けました。その時にはもう、涙を押さえることはできず、ただただ涙を流しました。
『残念だけど、赤ちゃんは死んでましたね。
これは仕方ないことですよ。
昔はね、お母さんが何か無理したんじゃないかと言われてましたが、今は研究が進んでそうではないことがわかりました。
この時期の流産は、赤ちゃんに原因があるのでお母さんのせいではないですよ。
これを聞いてホッとされる方が多いです。
うちは、月に350人程いらっしゃいますが、そのうち30人程が流産されます。
日常茶飯事なんですよ。
もう、手術をして中を綺麗に掃除しなくてはいけません。
明日大丈夫ですか?
ご主人来れますか?
今日一緒に見て死んでいるのに間違いはないとわかってもらったと思いますが、明日ご主人にも見てもらいましょう。
そして私から説明して手術しましょう。
時間は5分程度です。
世界中で行われているので簡単な手術です。
はい、じゃあ後は看護士から説明しますからまた待合室で待ってて下さい。』
死んでる死んでるっていとも簡単に…
この人達にとって私の流産なんてただの日常茶飯事にすぎないんだ…
悲しみと悔しさと怒りとやりきれなさで、涙も止められず、そのまま外へ出ました。
そこで、彼に電話しました。
声にならない声で
ダメだったと。
次の日は入籍予定でしたが、手術して赤ちゃんとお別れをしなくてはいけない日なので、入籍は見送る事にしました。
また、待合室に戻ると看護士さんに呼ばれ、いつも『あの部屋は何に使うんだろう…』と思っていた部屋に連れて行かれました。
そういう部屋なのか…
淡々と説明をする看護士さん。そこには優しさの欠片もありません。
優しい言葉をかければ、こちらがまた乱れてしまうから、ある意味それが優しさなのかもしれませんが、何か一言でいい。
いや、言葉じゃなくて手を握ってくれるだけでも、肩をさすってくれるだけでもいい。
優しさに触れたかった。
『薬のアレルギーは?
今まで大きな病気に掛かったことは?
明日は10時から手術ですので、15分前には必ず来て下さい。遅れる場合は早めに連絡してくださいよ。
今日は21時以降何も摂らないでください……』
と、マニュアルな説明をされ私は返事もできず、ただ頷くだけでした。
会計を待つ間も、あの空間が耐え難かった。
泣くまい泣くまいと、必死でした。
もう、赤ちゃん亡くなったから市から貰ったあの紙は使えないんですね。
何も記入される事のなかった母子手帳を見ると胸が引き裂かれるような思いでした。
涙をボロボロ流しながら一人車で帰りました。
家に帰り、それからずっとずっと泣き続けました。
彼が出張先から帰ってくる夜中の2時まで…
それから2人でおなかに手を当て、親子3人で最後の夜を過ごしました。
私は先日流産しました。
その記録としてこのブログに載せたいと思います。
見る方によっては嫌な事を思い出してしまったり、気分を害されてしまうかもしれません。
どうか、そのような事がないよう、このブログはスルーして頂ければと思います。
2010年1月4日
待ちに待った健診日。
前日から、たまごクラブを見て9w6dだからこれぐらいまで大きくなってるのかなぁ~って、色々想像していました。
また、沢山の友人に妊娠と結婚の報告をし、本当に幸せでした。
4日、朝から健診へ一人車で行きました。
年が明けて初日という事もあり沢山の人。
外の待合室も中の待合室もいっぱいでした。
それでも、育児雑誌を見てその間でさえ幸せでした。
中の待合室に呼ばれ、早く見たいなぁ早く会いたいなぁって思いながら待っていると、診察室へ呼ばれました。
『何か変わった事はありませんでしたか?
前回の検査の結果出たけどね、何も異常なし。
じゃ、診てみようか。隣の1番の内診室へどうぞ』
患者さんが多いので、いつもこんな感じでじっくり話す余裕なんてありません。
急いで隣へ移動して、内診台へ。
モニターには前の方の映像が映し出されていました。はっきりとわかる赤ちゃん。
私の子はまだここまでは大きくないだろうなぁ~と思っているところへ先生が来ていよいよです。
しかし、映し出された我が子は少し小さい?
昨日雑誌で見たのと違う?
少し不安になってると先生が
『あれ。前回までは心拍あったのにねぇ。
死んでるみたいだねぇ。本当ならここが動いてないといけないのにねぇ。はい、じゃあいいよ』
次に看護士さんが
『はい、ではまた先生からお話がありますから中の待合室でお待ち下さい。』
と。
着替えをしながら、私の頭の中はパニックを起こしていました。
あの人、さらっと死んでるって言ったよね…
どういう事?
赤ちゃん、ダメなの?
訳がわからぬまま、さっきまで居た待合室へ。
さっきまでここに居た私は幸せでいっぱいだったはず。
なのに今は、幸せの欠片もない。
周りはみんな幸せそうな中、そこに居るのがすごく辛かった。
だけど、周りの人は悪くなんてない。自分だってさっきまで、その一員だった。
初めて、その場所には幸せな人ばかりが居るんじゃないんだと気付きました。
涙を堪えるのに必死でした。
診察室に再度呼ばれて、説明を受けました。その時にはもう、涙を押さえることはできず、ただただ涙を流しました。
『残念だけど、赤ちゃんは死んでましたね。
これは仕方ないことですよ。
昔はね、お母さんが何か無理したんじゃないかと言われてましたが、今は研究が進んでそうではないことがわかりました。
この時期の流産は、赤ちゃんに原因があるのでお母さんのせいではないですよ。
これを聞いてホッとされる方が多いです。
うちは、月に350人程いらっしゃいますが、そのうち30人程が流産されます。
日常茶飯事なんですよ。
もう、手術をして中を綺麗に掃除しなくてはいけません。
明日大丈夫ですか?
ご主人来れますか?
今日一緒に見て死んでいるのに間違いはないとわかってもらったと思いますが、明日ご主人にも見てもらいましょう。
そして私から説明して手術しましょう。
時間は5分程度です。
世界中で行われているので簡単な手術です。
はい、じゃあ後は看護士から説明しますからまた待合室で待ってて下さい。』
死んでる死んでるっていとも簡単に…
この人達にとって私の流産なんてただの日常茶飯事にすぎないんだ…
悲しみと悔しさと怒りとやりきれなさで、涙も止められず、そのまま外へ出ました。
そこで、彼に電話しました。
声にならない声で
ダメだったと。
次の日は入籍予定でしたが、手術して赤ちゃんとお別れをしなくてはいけない日なので、入籍は見送る事にしました。
また、待合室に戻ると看護士さんに呼ばれ、いつも『あの部屋は何に使うんだろう…』と思っていた部屋に連れて行かれました。
そういう部屋なのか…
淡々と説明をする看護士さん。そこには優しさの欠片もありません。
優しい言葉をかければ、こちらがまた乱れてしまうから、ある意味それが優しさなのかもしれませんが、何か一言でいい。
いや、言葉じゃなくて手を握ってくれるだけでも、肩をさすってくれるだけでもいい。
優しさに触れたかった。
『薬のアレルギーは?
今まで大きな病気に掛かったことは?
明日は10時から手術ですので、15分前には必ず来て下さい。遅れる場合は早めに連絡してくださいよ。
今日は21時以降何も摂らないでください……』
と、マニュアルな説明をされ私は返事もできず、ただ頷くだけでした。
会計を待つ間も、あの空間が耐え難かった。
泣くまい泣くまいと、必死でした。
もう、赤ちゃん亡くなったから市から貰ったあの紙は使えないんですね。
何も記入される事のなかった母子手帳を見ると胸が引き裂かれるような思いでした。
涙をボロボロ流しながら一人車で帰りました。
家に帰り、それからずっとずっと泣き続けました。
彼が出張先から帰ってくる夜中の2時まで…
それから2人でおなかに手を当て、親子3人で最後の夜を過ごしました。
ありがとう
今日健診に行ってきました。
自分を落ち着かせるため書かせてください。
楽しみにしていた今日。
だけど、私のベビちゃんは私の中で亡くなっていました。
前回は元気に心臓を動かしてくれていたのに…
頭の中が真っ白で、とにかく溢れ出てくる涙。
とてもじゃないけど、すぐに現実を受け止める事なんてできません。
だけど、淡々と進められていく事務処理。
明日、手術だそうです。
本当に淡々と説明される。このやるせなさ。
一人だった事もあるから、余計悲しみと申し訳なさで胸がはちきれそうだった。
そうやって、事務的に処理される方がありがたいのかな…
わからない。
彼に電話するけど、もう言葉なんて発せられなくて、だだ嗚咽だけになってしまった。
それだけで、察してくれた。
ただ、ごめんとしか言えなかった。
まだ、この子は私の中にいる。なのに、明日にはお別れをしなくてはいけない。
出血も痛みもなかった。この子は、親孝行な子。私に辛い思いをさせまいと、一人で頑張ったんだね。そして、お母さんの中に少しでも長く居てくれようと、じっとしていてくれたんだね。
本当にありがとう。
たった1ヶ月だったけど、お母さんもお父さんもおじいちゃんもおばあちゃんも、すごく幸せだったよ。
守ってあげられなくてごめんね。
お外に出してあげられなくてごめんね。
抱きしめてあげられなくてごめんね。
こんなお母さんだけど、選んで来てくれてありがとう。
今度はちゃんと守ってあげられるように強くなるから、いつでもいい。
また会いにきてほしいよ。
みんな、あなたの事が大好きだよ。
本当にありがとう。
もう、1日もないけど、お母さんのおなかの中で一緒に過ごそうね。
お父さんが帰ってきたら、三人で一緒に寝ようね。
ありがとう。
本当に短い間でしたが、私は幸せでした。
ブログを通して、同じ時期に妊娠をされた方に出会う事ができたのもこの子のお陰です。
皆さんのお子さんは、どうか無事に生まれて、お母さんにしっかり抱きしめて貰えることを強く、強く祈ります。
当分、更新はできそうにありませんが、またいつかはこの子が帰ってきてくれたいい報告ができればと思います。
ありがとうございました。
自分を落ち着かせるため書かせてください。
楽しみにしていた今日。
だけど、私のベビちゃんは私の中で亡くなっていました。
前回は元気に心臓を動かしてくれていたのに…
頭の中が真っ白で、とにかく溢れ出てくる涙。
とてもじゃないけど、すぐに現実を受け止める事なんてできません。
だけど、淡々と進められていく事務処理。
明日、手術だそうです。
本当に淡々と説明される。このやるせなさ。
一人だった事もあるから、余計悲しみと申し訳なさで胸がはちきれそうだった。
そうやって、事務的に処理される方がありがたいのかな…
わからない。
彼に電話するけど、もう言葉なんて発せられなくて、だだ嗚咽だけになってしまった。
それだけで、察してくれた。
ただ、ごめんとしか言えなかった。
まだ、この子は私の中にいる。なのに、明日にはお別れをしなくてはいけない。
出血も痛みもなかった。この子は、親孝行な子。私に辛い思いをさせまいと、一人で頑張ったんだね。そして、お母さんの中に少しでも長く居てくれようと、じっとしていてくれたんだね。
本当にありがとう。
たった1ヶ月だったけど、お母さんもお父さんもおじいちゃんもおばあちゃんも、すごく幸せだったよ。
守ってあげられなくてごめんね。
お外に出してあげられなくてごめんね。
抱きしめてあげられなくてごめんね。
こんなお母さんだけど、選んで来てくれてありがとう。
今度はちゃんと守ってあげられるように強くなるから、いつでもいい。
また会いにきてほしいよ。
みんな、あなたの事が大好きだよ。
本当にありがとう。
もう、1日もないけど、お母さんのおなかの中で一緒に過ごそうね。
お父さんが帰ってきたら、三人で一緒に寝ようね。
ありがとう。
本当に短い間でしたが、私は幸せでした。
ブログを通して、同じ時期に妊娠をされた方に出会う事ができたのもこの子のお陰です。
皆さんのお子さんは、どうか無事に生まれて、お母さんにしっかり抱きしめて貰えることを強く、強く祈ります。
当分、更新はできそうにありませんが、またいつかはこの子が帰ってきてくれたいい報告ができればと思います。
ありがとうございました。