久々に東京へ行ってきた。
私にとっては、どうしてもあまり好きになれない都市なので
最近はなるべく出かけないで済ませている。
スマホが普及する前から、なぜか自分の前方をろくに見ないで歩いている人が多く
しょっちゅう人混みで正面衝突しそうになる。しかも歩くペースが遅い(関西人はイラチだ)。
都会なんだから交通至便かと思いきや、交通機関がどこまでも複雑化し続けているせいで
年々不便になってきているような錯覚すら覚える。
もちろん、私が年をとってきたせいでもあるのだろうが
大学に通うために初めて東京に住んだ時から、大まかな印象はまるで変わっていない。
「東京に出てきたんだから、訛りとかそろそろ直さないとね」なんて言われては
「はぁ?」(←意味がわからない)となっていたあの頃。
地方出身だとか、訛っているとかいうことの、何がそんなに恥ずかしく隠すべきことなのか
まったく理解できなかった(今に至るまで理解できていない)。
関西弁を「直す」必要があると思っている関西人なんて、いるのだろうか?
はんなりした京女だろうと華やかな芦屋マダムだろうと、皆ベタでごく当たり前に訛っている。
東京の住人なんて、ほとんどが地方から出て来た人たちのはずだから
そのことで引け目なんて、感じる理由が見つからないというものだ。
NHKの朝のドラマが「ベタで訛っている地方の魅力Vs.東京」を描いて大ヒットし
東京出身の可愛い女の子が訛りまくる、という設定が話題をさらう! という現象を見るに
裏返せば、作り話のドラマの世界ですら、それは「物珍しい」ことなんだろうと察せられる。
東京に対して奇妙に屈折した思いを抱いている人々は、おそらく今も多いのだろう。
訛りを「直して」東京で暮らしている人々も、たぶん。
……つまらない。
都市は、いろいろな国や地方から持ち込まれた、多種多様で豊かな文化であふれてこそ
面白く生き生きとした、魅力的でユニークな場所になり得るのだと思う。
少なくとも私が好きな世界の都市は、たいていがそうだ。
東京がもう少し、そういう魅力を発揮する都市になってくれれば
もしかしたら、私も東京行きをもっと楽しめるようになるかもしれない。
もしかしたら、だが。
私にとっては、どうしてもあまり好きになれない都市なので
最近はなるべく出かけないで済ませている。
スマホが普及する前から、なぜか自分の前方をろくに見ないで歩いている人が多く
しょっちゅう人混みで正面衝突しそうになる。しかも歩くペースが遅い(関西人はイラチだ)。
都会なんだから交通至便かと思いきや、交通機関がどこまでも複雑化し続けているせいで
年々不便になってきているような錯覚すら覚える。
もちろん、私が年をとってきたせいでもあるのだろうが
大学に通うために初めて東京に住んだ時から、大まかな印象はまるで変わっていない。
「東京に出てきたんだから、訛りとかそろそろ直さないとね」なんて言われては
「はぁ?」(←意味がわからない)となっていたあの頃。
地方出身だとか、訛っているとかいうことの、何がそんなに恥ずかしく隠すべきことなのか
まったく理解できなかった(今に至るまで理解できていない)。
関西弁を「直す」必要があると思っている関西人なんて、いるのだろうか?
はんなりした京女だろうと華やかな芦屋マダムだろうと、皆ベタでごく当たり前に訛っている。
東京の住人なんて、ほとんどが地方から出て来た人たちのはずだから
そのことで引け目なんて、感じる理由が見つからないというものだ。
NHKの朝のドラマが「ベタで訛っている地方の魅力Vs.東京」を描いて大ヒットし
東京出身の可愛い女の子が訛りまくる、という設定が話題をさらう! という現象を見るに
裏返せば、作り話のドラマの世界ですら、それは「物珍しい」ことなんだろうと察せられる。
東京に対して奇妙に屈折した思いを抱いている人々は、おそらく今も多いのだろう。
訛りを「直して」東京で暮らしている人々も、たぶん。
……つまらない。
都市は、いろいろな国や地方から持ち込まれた、多種多様で豊かな文化であふれてこそ
面白く生き生きとした、魅力的でユニークな場所になり得るのだと思う。
少なくとも私が好きな世界の都市は、たいていがそうだ。
東京がもう少し、そういう魅力を発揮する都市になってくれれば
もしかしたら、私も東京行きをもっと楽しめるようになるかもしれない。
もしかしたら、だが。