土つきの玉ねぎをいただいた。

掘りたてだけれど、ほんとの新玉ねぎではなかったので、ホッとした。

新玉ねぎはどうも苦手。


料理をしない人には、違いがぴんとこないかもしれないけど、

新玉ねぎとは、一般的には、未熟なうちに(茎が枯れないうちに)収穫し、乾燥はさせないで出荷する、

いわば早生の生玉ねぎのこと。


やわらかく、みずみずしい反面、煮とけやすく、腐りやすいので保存には向かない。

辛みや香りもおだやかで、生食にも適している。保存がきく通常の玉ねぎに比べれば、葉もの野菜に近い感覚。


この、葉っぱものに近いというのが、私にとっては困るところだ。


普通の玉ねぎは、私にとって「安定している」。

長期保存できて、しっかりした風味があり、炒めたり煮たりすると、こくが出る。


ところが、新玉ねぎは頼りない。

乾燥させていないので、すぐにカビが生えるから油断ならないし、煮たら水っぽくて、すぐしなしなとなる。

私にとっては、「不安定」な野菜。


そう、私は何であれ、不安定なものが苦手。


サラダにすればおいしい、と言われても、そうそうサラダばかり食べているわけにもいかないし。

私としては、玉ねぎに期待するのは、主に煮る料理での役割だから、新玉ねぎのシーズン(主に春)になって、

野菜売り場が新玉ねぎ一色になると、ちょっとうろたえてしまう。


毎年、売り場の中を懸命に探して、普通の玉ねぎを買っている。

早く新玉ねぎのシーズンが終わらないかな……と、ひそかに願いながら。



自分は極端にマイペースなほうだ、と思う。


週末、天気が悪くて相方(夫)が長く家にいると、付き合い疲れで月曜日にはグッタリしている。

夫婦で旅行に行くと、たいていケンカになるので、最近では「もう一緒に旅行はしたくない」と言われているほど。

日常生活でも、ちょっと予定変更が重なったりすると、先日のようにケンカになってしまうから油断ならない。

もともとのペースが違うのに、うまくやろうとするあまり、つい、相方に合わせようと無理をしすぎてしまうせいだ。


「ほどほど」に自分のペースを保ちながら、他人のペースにも合わせる、そのバランス感覚が弱い。


とはいえ、人と一緒に何かするのが嫌い、というわけじゃない。

むしろ、その逆。


失敗はあっても、なるべくいろんな人と付き合いたいと思っている。


そんな私の周囲には、なぜか衝動性がキツめの人が多い。そういう人と一緒に外出すると、何かに夢中になって

時間が押してしまったり、思いつきで行き先が変わったりするので、たいてい、最初の予定は狂ってしまう。


私が予想外の展開が苦手なことは、どの人も知っているから、「大丈夫?」「無理してない?」と心配されるし、

もともと無表情なほうなので、疲れすぎていないか、機嫌を悪くしていないかと、あれこれ気をつかわれてしまう。


面倒なヤツで恐縮だけれど、私にとって、自分と違う興味や感性にふれる機会は大切なので、多少の無理や

疲れがあっても、気にしないようにしている。衝動性キツめの人と出かける時は最初から、予定の急な変更が

あるものと思って行くから、案外、大丈夫。日帰りの外出くらいなら、疲れで不機嫌になることもまずない。


ただ、なるべくいろんな人と付き合いたいとは言っても、やはり苦手はある。


例えば、プライベートなことを細かく質問してくる人や、長々と要点のつかめない話をする人、話題がゴシップや

ウワサ話ばかりの人には、どう対応していいかわからなくて困惑してしまうし、他人の悪口を言う人は、正直、

どうしても好きになれない。


最近では、いわゆる、「ソーシャル・ネットワーク疲れ」を感じることもある。


フェイスブックやTwitterなど、「人とつながる」ためのソーシャル・ネットワーク・サービスが、今やすごく普及して

いるけれど、あんなに常にネットワークでつながっていて、皆、他人との付き合いに疲れたりしないのかな?


私はソーシャル・ネットワークどころか、メールやブログといった比較的ユルいつながりにさえ、時に疲れて

しまう。ネットワークでどんどん流れてくる他人の思考や感情に「ほどほど」に敏感でいる/スルーするなんて

難しすぎて、とても長い時間はやっていられない。「これからはソーシャル・ネットワークが、人間関係のあり方を

根本的に変えていくだろう」なんて話を聞くと、時代に取り残されそうな気がして、焦ってしまうけれど……。


やはり、自分と他人のペースのバランスをとる感覚が弱いと、どんな形であれ、人付き合いには苦労するようだ。


台風一過。久々にすっきりした青空を見た気がする。


雨の音は好きだし、雨降りの日も悪くないと思うのだけれど、

台風に限らず、大きな低気圧が近づいてくると、たいてい心身ともに不調になってしまうのが困る。


日本気象協会「tenki.jp」のお天気質問箱にも、「気圧と体調不良や喘息などの関連について 」という質問が

あった。関連性については諸説あるものの、熱帯低気圧や台風が近づいてくると調子が悪くなる(と感じる)

人は、意外に多くいるものらしい。


回答の中には、「脳の条件付け」の可能性を指摘するものもあって、なるほどと思った。

低気圧がくる=不調になる、とあまり思い込みすぎないほうが、確かにいいかもしれない。

病は気から、というぐらいだし。


これからの時期、雨の降る音を楽しみつつ、なるべくリラックスして低気圧をやりすごすようにしたい。


やってしまった。


相方(夫)との生活も十数年を数えるまでになり、夫婦ゲンカもめっきり減った今日この頃……のはずだったのに

先週末、久々に怒鳴り合いのケンカをやらかしてしまった。


そもそものきっかけは、車で靴屋に連れて行ってもらったこと。


普段、二人で行く買い物といえば、ほぼ食料品や日用品に限られる。

私の買い物に付き合ってもらうと、たいてい彼がすぐ退屈してしまい、早く帰りたそうな顔になってしまうからだ。

(男性と買い物に行くのはそんなものだ、と私の周囲の女性は皆言うので、これはウチだけではないと思う)


だから、服や雑貨はたいてい通販ですませるのだけど、さすがに、靴となると試着が必要なので、久しぶりに

郊外型のディスカウント靴店に連れて行ってもらった。


Webでリサーチしておいた靴を手際よく試着して、靴屋の用事は早々に完了。ほとんど待たせずにすんだ。


問題は、その後。


最初から、「帰りにスーパーに寄って、お惣菜コーナーでお昼に食べるものを買いたい」というのは聞いていた。

ところが、靴屋をすばやく切り上げたものだから、相方いわく、「ちょっとだけ電気屋、行ってもいい?」


うん、まあいいよ。電気屋に寄ってから、スーパーに行く。で、帰って昼ごはんにすると。


ところが電気屋に行く途中、大型スポーツ用品店の前を通りかかった。


「あ、ちょっと見ていっていい?」

「……」


結局、スポーツウェアをあれこれ試着した後、電気屋へ。「ちょっとカタログをもらいたいだけだから」というので

車の中で待っていたんだけど、よく晴れた日だったので、車内はじりじりする暑さ。待ち時間はとても長く感じた。


彼が車に戻ってきたのは、すでに私のいつもの(時間的には早めの)昼食時間帯にさしかかった頃。ううっ。


「妻限界がきた~!」予定が想定外に変わるのはひどく苦手だし、お腹もすいたし、暑いし。もうグッタリだ。

「じゃあ、切り上げてもう帰る?」

「けど最後にスーパーに寄らないと、夫の昼食、手に入らないじゃない?」


というわけで、内心かなり焦りながらも、ようやくスーパーへ。


「他の買い物持ってくるから、カゴ持ってお惣菜売り場で待ってて!」と彼に言い残し、ダッシュで店内を一巡。

急いでお惣菜売り場へ。


ところが。相方の姿はなぜか、そこになし。


ささっと周囲を見て回り、あげくの果てに携帯まで鳴らしたけど、出ない。

レジ周辺をもう一度探してようやく発見した時には、こちらはもう、完全に怒りモード。


「お惣菜売り場で待っててって言ったのに、なんでいないのよ!!」

「いたよ!!」

「いなかったよ!!」

レジ前での押し問答は、車に戻るとさらにエスカレートして、怒鳴り合いに。


まったく、いい大人同士が相手より大きな声を出そうとしてわめいているほど、バカバカしいことはない。

ぎゃんぎゃんウルサイだけでうんざりだし、そもそも私は、大きな音がひどく苦手だ。

「うるさいから、大きな声出さないで!」

「お前こそ黙れ!!」

「……(言い返すとさらにエスカレートするので、スルー)」


何というすれ違いっぷり。こちらは文字通りの意味で「(音が)うるさい」と言っているのに、ケンカの売り言葉だと

受け取られて、買い言葉で返されてしまう。こう激しいのはまれだけど、この手の食い違いはけっこうよくある。


自閉系人がたいてい文字通りの意味でしか使わない「言葉」を、地球人は何とも感情的に解釈するものらしい。


地球人て、めんどくさい。常に言葉の裏やら行間やらを、深読みしながらコミュニケーションしてるのだろうか?


エキサイトした相方は、さらにあーだこーだ怒鳴り続けている。

「しばらく黙ってて!」

「あーそうか!じゃあもう、絶対口きかないからな!!」


少なくとも、これで静かにはなった。


以前はこの手の言葉を私がいちいち真に受けていたので、ケンカはしょっちゅうこじれ、数日にわたって続いたり

していた。今では私も学習したので、多少は受け流せるようになったし、パニックで怒り発作を起こすことも減り、

立ち直りもずいぶん早くなった。(「二度と」「絶対」といった引っ込みのつきにくい言葉を使わない知恵もついたし)


今回も、帰宅して昼ごはんを食べて一息入れると、気分はおさまった。無事、その日のうちに仲直りも完了。


やれやれ。


実際のところ、彼が持っていたカゴの中には衣料用洗剤も入っていたから、ずっとお惣菜売り場で私を待って

いたはずはない、と思う。でも、そこを指摘したらおさまるものもおさまらないから……今回は言わないでおこう。


先週末、神戸に弾丸帰省してきた。


ささやかな親孝行のため、一日レンタカーを借りて、お墓参りや日帰り温泉などへ行ったのだけれど、

車を返す道すがら、ちょっと回り道して夜景ドライブをした。
エイリアン@地球的異文化マサツな日々-kobe port tower
どこも節電ですっかり暗い関東と違って、関西の夜景はまだ明るい。


もちろん、電気のむだ使いはよくないことだけど、気持ちのほっとする

灯り、希望の灯りというものもある。思いはちょっと複雑だ。


浜岡原発が停止することになって、電力不足はどうやら全国規模に

拡大しそうだし、そうなれば神戸の夜景だって、いつまで美しいまま

見られるかは、わからない。だから今回はある意味、「見納め」の

つもりで夜景めぐりをしてきた。


普段あまり夜に外出しないので、ポートタワーのライトアップが

いつの間にかこんな風に二色使いになっているのに、びっくりした。


何とかこの灯りを、消さないですむといいんだけれど。


関東では昨夜、東京タワーのライトアップが復活した。


ニュースを見た限りでは、やはり、希望の灯りを歓迎する人が

たくさんいたらしい。今後、節電との兼ね合いが難しいところだ。