失いたくない感覚
「こないださ~、去年の4月入社の社員から退職願が出されたんだけどさ、
facebookのメッセージで『退職願』って感じで届いたんだよ・・・」
と切り出したのは、ある企業の人事部に勤務する友人。
メールで退職願を提出するという話は聞いたことがあったのだが、
まさかこんなことが現場で起こっているとは・・・と驚いた。
ネットインフラの発展と、SNSなどのネットインフラを活用したサービスの多様化により、
我々は多大な恩恵を受けている。
そして、その利便性をもはや当たり前のものとして活用しているのだが、
便利になったからこそ、忘れてはならないものがあるような気がする。
アパレルショップで現物を確かめ、すぐその場でスマホを撮り出してZOZOTOWNで購入。
書店で流し読みをし、すぐその場でスマホを取り出してAmazonで購入。
もちろん、ZOZOTOWNやAmazonで購入することは大いに結構だと思うし、私も利用している。
しかしながら、なんの躊躇も無く店内でスマホを取り出し、ネットショップで購入するという行為は、いささか理解に苦しむ。
「ここお店の中だから、気が引けるな~」とか「お店や店員さんに失礼だから、帰ってから家のPCで購入しよう」という感覚がとても大切だと思う。
また、いまや「携帯番号教えて」「アドレス教えて」ではなく、
「facebookやってる?」が挨拶になるくらいfacebookを利用する人が増えている。
facebookの一機能として、知り合いと繋がれる機能があり、繋がる時には「友達申請」というボタンをクリックするのだが、ボタンをクリックするだけで友達申請できるようになっている。
申請された方は、これまた「OK」ボタンをクリックするだけで繋がれるのだ。
これは非常に合理的だが、ここでもまた思うことがある。
飲み屋などで、顔をつき合わせて話をしながら、お互いが携帯で「今、申請してイイ?」「いいよ」などの会話をしつつ友達申請ボタンをクリックするだけで繋がるというのは、大いに結構だと思う。
しかし、相手と面と向かっていないような状況下において、ボタンをクリックするだけで友達申請を済ませてしまうというのはいかがなものだろう?
ボタンをクリックする前か後に、何かメッセージを送るのが礼儀なのではないだろうか。
こういう話をすると、堅物だの、頭が堅いオッサンだの・・・と言われるのだが、
とても大事なことだと思う。
そういう感覚を失ってしまうと、それはもはや“人間”ではなく本能のママに行動する“モンスター”だ。
そんなモンスターが跋扈する世の中になると、相手への敬意や配慮が一切存在しない社会になってしまうような気がする。
facebookのメッセージで『退職願』って感じで届いたんだよ・・・」
と切り出したのは、ある企業の人事部に勤務する友人。
メールで退職願を提出するという話は聞いたことがあったのだが、
まさかこんなことが現場で起こっているとは・・・と驚いた。
ネットインフラの発展と、SNSなどのネットインフラを活用したサービスの多様化により、
我々は多大な恩恵を受けている。
そして、その利便性をもはや当たり前のものとして活用しているのだが、
便利になったからこそ、忘れてはならないものがあるような気がする。
アパレルショップで現物を確かめ、すぐその場でスマホを撮り出してZOZOTOWNで購入。
書店で流し読みをし、すぐその場でスマホを取り出してAmazonで購入。
もちろん、ZOZOTOWNやAmazonで購入することは大いに結構だと思うし、私も利用している。
しかしながら、なんの躊躇も無く店内でスマホを取り出し、ネットショップで購入するという行為は、いささか理解に苦しむ。
「ここお店の中だから、気が引けるな~」とか「お店や店員さんに失礼だから、帰ってから家のPCで購入しよう」という感覚がとても大切だと思う。
また、いまや「携帯番号教えて」「アドレス教えて」ではなく、
「facebookやってる?」が挨拶になるくらいfacebookを利用する人が増えている。
facebookの一機能として、知り合いと繋がれる機能があり、繋がる時には「友達申請」というボタンをクリックするのだが、ボタンをクリックするだけで友達申請できるようになっている。
申請された方は、これまた「OK」ボタンをクリックするだけで繋がれるのだ。
これは非常に合理的だが、ここでもまた思うことがある。
飲み屋などで、顔をつき合わせて話をしながら、お互いが携帯で「今、申請してイイ?」「いいよ」などの会話をしつつ友達申請ボタンをクリックするだけで繋がるというのは、大いに結構だと思う。
しかし、相手と面と向かっていないような状況下において、ボタンをクリックするだけで友達申請を済ませてしまうというのはいかがなものだろう?
ボタンをクリックする前か後に、何かメッセージを送るのが礼儀なのではないだろうか。
こういう話をすると、堅物だの、頭が堅いオッサンだの・・・と言われるのだが、
とても大事なことだと思う。
そういう感覚を失ってしまうと、それはもはや“人間”ではなく本能のママに行動する“モンスター”だ。
そんなモンスターが跋扈する世の中になると、相手への敬意や配慮が一切存在しない社会になってしまうような気がする。
料理がつなぐ人のココロ

「こんな上司と部下の関係っていいな~」と思う出来事に遭遇したので、
日記に書き留めておこうと思う。
少し遅めの昼食だろうか、
二人組のサラリーマンが公園の木製ベンチに腰かけ、
コンビニ袋を膝の上に抱えている。
一人は、少々疲れた背広を着たおじさん会社員。
相棒は、20歳代後半くらいのオシャレ風サラリーマン。
「いつもすまん。公園コンビニランチに付き合わせて。
毎月小遣い制で、昼代はせいぜい350円までなんだ。
お前は若いから足りんだろう。どこかで食ってきてもいいのに・・・」
と、おじさんは若者の方は向かず、恥ずかしそうに頭を下げた。
申し訳なさと、若者が付きあってくれているという嬉しさが綯い交ぜになったような、
複雑な瞳をしていたおじさん。
そんなおじさんの頭が上がるのを待たずに、若者は口を開いた。
「いや、俺こそいつも世話になってると思ってるんすよ。
仕事おわり、たまに飲みに連れてってくれるじゃないすか。
割り勘どころか、俺には一切払わさずに・・・。
課長は子供さんもいて、大変なのに・・・。
いつも本当にごちそうさまです」
おじさんは
「俺はな、一人じゃ何もできないんだよ。
俺が課長でいられるのは、お前やお前の同僚や後輩が支えてくれてるからなんだよ。
だから、俺からのせめてものお礼なんだ。酒で悪いがな(笑)」
と居心地が悪そうにはにかんだ。
しばらくの間があり、
「実は、うちの嫁は料理人なんです。
いつも課長にご馳走になっているので、今度嫁の料理を召し上げってもらえませんか。
課長と奥様と子供さんみんなご一緒に。
ただし、うちのマンションは狭いので、課長の家で作らせてもらえませんか」
と若者。
おじさんは、下を向いたまま、
ぼそりと「ありがとう」と言った。

