言葉は発せられた段階で、もうその人だけの言葉ではなくなる

ごはん屋さんで食事をし、帰り際に
「ごちそうさま」
と言わない人が大嫌いだ。
と、前置きを述べたところでいざ本題に。
人間の口から発せられる“言葉”は、
文字で書くと一言一句全く同じ“言葉”でも、
発した人によって、
発した人のその時の気持ちによって、
“言葉”に色々なモノがくっついて生まれ出てくる。
店員さんを呼びたい時の“すみません”でも、
どこか優しくて温かみのある“すみません”もあれば、
刺々しくてとても嫌な感じの“すみません”もある。
普通に言えば、決してそうはならないと思うのだが、
どうやればあんなにも刺々しくて嫌な感じの“すみません”が発せられるのか、
いささか不思議でしょうがない。
こんなことを常日頃から考えながら、
ごはん屋さんでは人間観察を行っている。
そして、最近わかったことがある。
嫌な感じの“言葉”を発する人は、
帰り際にほとんど「ごちそうさま」を言わない。
「ごちそうさま」でなくとも、その意味を込めた「どうも~」すら無い。
嫌な感じの言葉を発する人間は、
結局それだけの人間でしかないということなのかもしれない。

