大変お久しぶりです。 私が研究に没頭している間に、変なコメントが舞い込んで、
それで、私で無い人が、コメントが荒れていると判断して、
私の事を心配してくださった。
ありがたく拝聴し、変なコメントは消させていただきました。
丁度コメントを消そうとしている時に、テレビでミクシィの笠原健治社長が語っていた。
「(携帯電話のミクシィの中で)
若い皆さんに有害なものは排除するようにしているがコストがかかる」 と。
この世はいつの間に、こんな下品で猥雑な世の中になったのでしょうか。
自由の名の下に、どんな事をしても、何をしても、許されると、思っているのでしょうか。
まして、頼んで書いてくださいと言ったのでもないのに、
他人の家にずかずか土足で訪問するような、困ったチャンが、大手を振って歩き回っているとは。
これはひとえに教育の不備が原因でしょう。
何も考えずに自由気ままな様子は、実は、犯罪の小さな芽となり、成長してしまいます。
(JR荒川沖駅事件の主人公 金川真大(かながわまさひろ)のようにです)
悪心を、小さな芽のうちに摘みそこなったがゆえに、成長して
何がいい事か何が悪い事かの、判断がつかなくなってしまった状態。
本当はかわいそうな人。
特に、父に強く愛された経験に乏しい人。母も自分の支えにはなり得ていなかった例。
彼がなんと言おうと、彼の顔が証明している。不満げな顔をしている。
こんな、はびこるカビのような社会を放置、放任、繁栄させたのは、
ひとえに、社会的に大もうけしたい人々の、成れの果てです。
大きな繁栄の陰に、大きな落とし穴があったというワケです。
それに、愚か者が幅を利かせて、いい気になっている社会は、
「悪化が良貨を駆逐する」そのもののようです。
胸が痛く、こころ寂しい事です。
「悪化が良貨を駆逐する」は、イギリスの財政家グレシャムが提唱したもの。(集英社国語p481)
グレシャムの法則 Gresham`s Law
“良質の通貨と悪質の通貨が共に流通している場合、
良貨は蓄えられて姿を隠し、 悪貨だけが使われるようになるという法則”
まるで、S1グランプリの、1000万円を手にした、トータルテンボスのギャグのようにです。
あの悪質な、危険な行為のギャグが、何が優勝なのでしょうか。
この世の悪質さを象徴しているのです。
テレビでも、「良い子は絶対にまねをしないでね」と、言っていたが、
アホか、ばかか、世界に出せない愚かしさです。
あれを見て、心から、腹から笑うやつは、相当に愚かであり、金を与える者は禍根を残すでしょう。
禍根(かこん)とは、わざわいの根、と言う意味です。
どうせ残す根なら、良い根にしたい。
世界で一番木を植えた男、宮脇昭先生のように。この方は砂漠を緑化している植物学者です。
(砂漠だけではありません。製鉄工場周りの立派な自然林もつくった人です)
まるで世界は二分したように、良貨は姿を隠し、悪貨のみがはびこる社会?
いやですねえ。
でも、まだ希望はあります。 テレビ「世界を変える100人の日本人」のように、
立派な人は数限りなくいた。
その点、希望を消す事は、この世にとってふさわしくない、と、日々思っている私です。
今回の事は、返事のないブログに希望を見出せなくなり、長らく放置していた私の責任です。
ブログは窓だと思って、勇気を持って開けてはみたが、入ってくるものは、カビ菌ばかりだった?
もっと有意義な世界を想像していたが、
昔言われたように、「お前が期待するような世界ではない」は、証明されてしまったのでしょうか。
私は会話がしたいのです。よい会話を。
なにも、嫌なコメントを受け付けるだけの窓なら、閉じてもいいでしょう? いけませんか。
私は良貨。
社会が悪に傾こうと、私は存在し、研究し、究明し、その良い事を、人々に伝えたい者。
私が私でなくなることはない。 それはもう証明されている。 だから、悲しくない。
私のノートの中には、いっぱい証拠があり、その証拠は胸が熱くなる。
だから、空しくない。
空しいのは愚かなひとびと。 自分を救えない。
自分を救うとは、何をどうするかさえ、分からない人。
自分を救いたかったら、まず、今日から悪をやめる事です。
大仏様が年一回大掃除をするように、ほこりがついていようといまいと大仏様に代わりが無いように、
私のブログが荒れたのではなく、私ではない人々が荒れたのです。
でも、年一回の大掃除では、足りないと言う事でしょうね。 今の世は回転が早いのでしょう。
昔風の、真面目で、律儀で、田園的な、のんびり屋さんの私も、
いやおうなく巻き込まれていくのが、現代なのでしょうか。
私はもっと違う、豊かな社会にしたいのですが。
道は遠くとも、必ずそこにたどり着ける道を、私は知っている。
H21.6.6 (土) pm7:48 記 良貨の 四十八の羽根 コハマハクコウ