ALECA 小濱白光の素敵な陽だまり -3ページ目

ALECA 小濱白光の素敵な陽だまり

依美澄卑親呼は宝物の名。小濱白光は進化した名。しかし、どちらにも許しと道があった。

それぞれの道と意味を、私はいま味わっています。

こんばんは。 ミッドナイトに、こんばんはもありませんが、皆様はいかがお過ごしでしょう。



「高い徳性を持つ」 と書くと、51画の、ワンチャンスの数字が出てきます。


高い徳性とは何でしょうか。


何に対してワンチャンスなのでしょうか。


一生の間、良い事ばかり続きません。 でも、長い一生、どう過ごすかは


あなたの自由といえます。


悪く生きようと、良く生きようと、自由といえますが、


多くの人は、本当にまっとうに生きる事を望んでいるのです。


それは本当に美しく素晴らしいことです。



その希望があればこそ、ワンチャンスは必ずめぐり来るので、


いつでもどんな時でも、あきらめてはいけないのです。



たとえどんな人でも、地上で傲慢では、誰も振り向いてくれません。


天に対して傲慢は、これはもうお話しにもなりません。


「謙虚」 と書くと、29画。 男の中の男がでてきます。


「謙虚さ」 と書くと、32画。 濡れ手に粟の最大吉が出ます。


これらがいかにその人を守るかが分る一例でしょう。



「高徳は地で行い 謙虚さは天に捧ぐ」 と書いて、(105画-81=24画)


最大財運数の最大吉 24画がでます。 (ちなみに 神様と書いても24画になります)


やって見る価値は、本当に多大にあると、思うのですが。



ワンチャンスは、新しいあなたの入り口です。


入ってすぐの上り坂は、誰でもが苦しい。 でも、その先はもっと苦しいのぼりかもしれない。


その時に、金袋をいっぱい持って、悟りの山に昇る事など、


いったいどこの天才が出来たというのでしょうか。


否。 誰もいなかった。 誰もできなかったのです。


今幸福なのは、五代 100年かかっているのです。


10年学んで、10年教えて、それからやっと見返りが来るのが普通です。


見返りは30年を過ぎた人が受ける光栄なのです。



今の多くの人の中には、短気というか、何も知ろうとせず、愚かな人が混じっているのです。


それらの人に振り回されてはなりません。


あなたのプラスのみを考慮しましょう。


大きく広く、望むのです。



私もまだまだ道の長い事です。


私は使命を知りましたが、知った先には長い道があったのです。


知って終わりではありませんでした。


使命は使命ですから、何かを求められているのですね。


私はその使命の内容をよく知っていますが、実行は困難をともなうものでした。


多くの人は知らないか、また、知ろうともしない人々が多くいます。


あなたはそれらの人々に惑わされてはならない存在なのです。



今このページを読んで下さっていると言う事は、


あなたもいずれは、あなたの道に導かれるに決まっているのですから。


ですから、決して、決して、自分を卑下してはいけないのですよ。



謙虚な気持ちで、共に行けば、あなたの前に、きっと道は見えて来るでしょう。


開いた扉を、進んでいきましょう。


無理にこじ開ける扉は、間違っている事が多いのです。


謙虚に、開いた扉から、入ってみましょう。 それでも、悪の道はあなたを救いませんよ。


注意深く、注意深く歩いて行くのです。


人を幸せにするように、歩いて行くのです。





                 H21.7.19 (日)  am 2:43 記    五代白光愛  白光











私は、いつでも、どんな時でも、論破しようなどとは、一度も思ったことがない。


ただ、良い情報は耳に入れて、考えて欲しいと思うそれだけです。



「論破されると思う事」 と書いて、54画。苦労性の大凶。孤独に陥り、不具、廃疾者になったり

                         横死、短命にさらされる大凶運数。

                         一生苦労の連続といったやっかいな運勢で、

                         才能もあり、よくがんばるのですが、

                         どうしてもピンとが合わずカラまわりに終わる。 

                         つまり、労多くして利少なしという事になります。

                         たまたまうまくいって大金を握ったり、良い地位を得ても

                         必ず落とし穴が用意されていて、スッテンテンになります。

                         ここが勝負という時に、どういう訳か敗者の道をたどり、

                         失敗するという不幸が付いて回ります。

                         家庭内でも夫婦の円満を欠き、子供と対立したり、

                         病人が出たりなどしてなかなかうまく行きません。

                     仕事は石橋をたたく主義で、地道に行く事が大切です。

                     名前を変え、通称を使って不幸を避けるようにすることです。と。

                                   (野間覚玄先生 姓名判断 参照)


「それよりは  理解しようと思う事」 = 67画。家庭円満成功型。大吉。

   15(大吉)    52(大吉)           目上の人の引き立てを受けて物事が円滑に運び

                             すべてが支障なく成就されるという恵まれた大吉運。

                             一家は富貴縁繁栄、家庭円満で、いうことはなし。

                             幸運の星の下に生まれたと実感する

                             ラッキーこの上ない大吉運数です。女性も大吉。

                                   (同上)



「人への非難は、決して自分を利しない」 と書いて、75画。退守運。半凶。

                         性急な前進は損失や破財を招き、慎重に退守するならば

                         幸福安泰を得る。 

                         急激な前進は運を破り、退(ひ)いて守って吉兆の保守的

                         な運数。

                         外と内の食い違いが多く、事を焦って失敗し、波乱や変動  

                         もありますが、遠回りなようでも地道な努力を心がければ、

                         幸福を得る事ができます。 と。

                                   (藤川雅浩先生 姓名判断 参照)


私の所に訪問してくださる人なら、上記の事は、決して忘れてはいけない事なのです。


「強い者の考え方」 37画。独立独行型。大吉。


「弱い者の考え方」 36画。思考短絡(たんらく)型。大凶。



弱い人の多くが、考え方の、ボタンの掛け違いなのです。

掛け違えたボタンは、いずれ、服(福)が着にくくなるように、破綻(はたん)をもたらすのです。


良い考え方は、ちゃんと服(福)が、着れるようになっているのです。



名前や、数字は、あなたに与えられた問題集。

どうやって解くかが、成功へのカギといえましょう。


その時、くちびるをかんで、勇気をふるって、笑顔で立ち上がるのが、

最良の道だと、思うのです。


あなたの、あなたの心の奥深くに眠るあなた自身を、信じる心が、

あなたを再び歩かせ、救ってくれると、私は知っています。


今苦しんでいるあなたへ、あなたの胸に告ぐ。

良い道とは、遠回りに見えるもの。

希望に行き着くまで、何度でも立ち上がればいい。 誰に遠慮がいるものでしょう。




               H21.7.16 (木) pm11:52 記  静穏な心で会う人 小濱白光


                         


                         

おはようございます。 快晴の日、皆様にドアを開けようと思いました。


今朝、TV10チャンネルで、前田利家とまつの事を放映していた。

 「恐妻家の武将大出世 秘密は女房操縦術」と。 でも結論は「尻を叩かれ夫は伸びる」と。


NHK「利家をまつ」 を、思い出しました。

信長に仕えている間は、25万石どまりの武将だったとか。

まつと結婚して、11人の子をもうけ、尻を叩かれ100万石になったとか。

恐妻家でも、4倍になるなら、それも良いか。とか。


これは本当におもしろい現実でした。 長生殿本舗の落雁も美味しそうでした。

加賀友禅や、城下町の構成も、利家の時代にさかのぼるとか。


その利家が若い頃に人を切って、城を出て、放浪の末 「貧乏すれば、世間は恐ろしいものだ」

と言って、そろばん勘定の達者な武士になったなどとは、本当におもしろいと思いました。



でも利家が、放浪のゆえにいつまでも腐っていたら、貧乏のゆえに自分を振るい立たさなかったら

加賀100万石はなかったでしょうね、とも思いました。


いつまでも自分の愚かしさに執着することは、

結局は良い事ではないのでしょうと思いました。



今朝午前3:50に頭にひらめいたことばですが、(私の55番目ノートのP46に書いてある)


 「良い意識だけを持つ」 と書いて、63画。 順調運。大吉。揚々と光り輝く象。 とありました。


 「良い意識だけを持つ人」 と書いて、65画。 長者運。大吉。福寿円満、貴重な象。

                            家運も隆昌で万事意の如く富栄し、長寿を全うす。

                                               



まるで、数日前に書いたブログの中の、「プラスのみをよく考慮すること」45画。最大吉と

同じ思想なのだと、ことばをも司る神様は、良い思想には良い数を配置してくれるものだと

思いました。


私達がいかに、憎しみのことばを吐いてはいけないか、を、証明しているように思いました。


私が良いとか、誰かが悪いなどと言う事は、私の心の中にはないのです。

ただただ、正しいことを教えてくれる神(何か)を、信じているだけです。


そして、あなたも、あなたも、やりようによっては、復活できる、と信じているのです。



私はずっと前に、ホームページに “長者の会” という名を載せていましたが

恐れ多いようで、初期の頃に消してもらった事がありました。


でも、それを復活してみたいと、思いました。


良い希望と良いことばを胸に、努力する人の会です。

まるで、おでこに紙をはるように、いつも見えるところに(胸に)良いことばを、書いておくのです。

ああ、そんなことは、どんな人でもしてきた事ですね。

古くて新しいやり方です。 





(ですから、間違っても、酒鬼薔薇聖人などということばを、おでこに冠してはいけないのです。

 酒鬼薔薇聖人(サカキバラセイト) と書いて、本字で 74画。 災厄運。大凶。

                               無為徒食で不用の意。辛苦大で迷路の如く

                               先天的障害など、人生不遇。 とありました )

                                     (上記すべて藤川先生参照)


(注:鬼を以前は10画として計算いましたが、本字鬼部は11画。11画として数えました)




           H21.7.14 (火) pm12:37 記    長者の会をつくりたい  小濱白光



追伸  「 長者の会  小濱白光 」 と書くと、63画になりました。

     数字の神は、どこまでも私を守ってくれる。                                  

良い人 + 涙 = 達成    非凡。運気旺盛、旭日昇天の象。

 11     12     23     勢威強烈な頭領運。 と。   



悪い人 + 涙 = 28     多難運。遭難、厄難、病難の兆し。 

  16    12           自己に災害のない場合は離別など

                    家族の苦労あり。子供の不良化などが起こる。


(悪は本字で12画。 新字で書いても11画であり、27画となって波乱孤独を呼びます)


世に 28画を、良いという人がいますが、私はそういう人の多くが家庭内不和に

泣いているのを見ています。金銭的には儲かるようですが。



「高徳の士」 と書いて、29画という、男の中の男という数字が付いていました。

                       女でもたくましく強い人が多いです。


「人間を磨く」 と書いて、35画という、温良運が付いていました。


文字によって、私達は気持ちを伝え、会話をしています。

文字の成り立ちはいろいろあれど、

「伝達」 と書いて、29画。 (上記と同じ)

「伝達し合う人間」 と書いて、52画。 無から有を生む大吉が付いていたのでした。


先日ブログに書いたように、

「愛を自由に語る」 47画。富貴栄達、富栄運のように、

「悪を自由に語る」 46画。精力欠乏、難破運のように、


私達は、できれば良いことばを、伝達したいものだと思いました。



私達はだれでもが悟りの山に昇れる者ばかりではないと思いますが、

それでも、人間は立派な人になれるものだと、常々思っています。

子孫に栄光を残し、生き切る事が出来ると、信じています。

あきらめるのは人の方で、神ではないことを、ことばの上からも知っています。




私の事を「人のコメントを放置して不出来なヤツだから、もうブログを見ません」という人がいました。

放置しようとして放置したのではありません。

私はもともと電話もあまりしませんし、インターネットの世界になれていませんし、

毎日何かを開いて確認する習慣が、薄いのです。


ですから、それを、放置したというのなら、ごめんなさいとしかいえません。

でも、それで、随分お気持ちを傷つけてしまったのなら、申し訳ありませんでした。


私の事を、もうブログを見るのも嫌だ、と思うほどにお憎みになら、ごめんなさい。

私は驚き、胸がザワザワして、自分の不徳を悲しむばかりです。


でも、私はあきらめません。 人間を愛し、光がある事をお伝えするのに、

何の遠慮がいりましょうか。


私が不出来で、現代にそぐわないと切り捨てるなら、それでもいいでしょう。

でも、私はあきらめません。 この世に復活が、本当にある事をお伝えするのに

何の遠慮がいりましょうか。


涙をかみ締めながら達成する道がある事を、お伝えするばかりです。




            H21.7.12 (日)  pm7:42 記   静穏な心で人に会う 小濱白光 






 

私は昨夜、ふっと気が付いたことがあった。


私が「あなたは自分をなんだと思っているのですか」と、問うとき、

その心は、


「あなたは神にもなれる存在なのだから、一切の卑下と、一切の悪はやめなさい」

「尊い存在なのだから、自分を貶(おとし)める行動は、いますぐやめるべきです」

と、いつも思っていたことを、


最後までちゃんと書かなかったから、


「差別しているのか」 「位が違うといいたいのか」 「(たぶん)そう思っているのでしょうが」


などという言葉になって返ってきたのだな、と思ったら、

胸がどきどきしてきて、はやく朝が開けることを待っていました。



私の心はもう分っていると思っていた。 でもそうではなかった(?)。


人は受け入れられないと苦しすぎて、もう何もかもが嫌になる事は、想像にかたくない。


でも、もう一度思い出して。


「人は神にもなれる存在なのです」 神のためし(試験)に負けないでと。





自分の祖先が何をしたのかは知らない。

でも、大罪を犯していたら、その子孫は罪の子。 (小罪でも同じ)

キリストの聖書ではないが、原罪をもって生まれるのが人間です。


今生(こんじょう)どのような贖罪(しょくざい。罪をあがなうこと)をしなければならないか、

想像にかたくない。


ですから、ここまで来た命。感謝して、どのような贖罪もいといません。

私が耐えて努力し続け、ピカピカに磨かれれば、子孫は安泰になる。

それで十分幸せです。

良い子孫は100年かけてつくりたい、というのが、私の考え方です。(辻井伸行さんのように)


今幸せなのは、祖先の努力を味わっているのです。

ですから、自分ひとりで味わいつくさないで、

どうか、子孫にもその余慶を残しておいてあげてほしい

というのが、私の考え方です。


それでも大きくは250年、400年と、衰退の時期は来ます。

衰退のときに生まれた人は、不幸なのでしょうか。


そうではないと、私は思いたい。 きっと、新たに再生する命のために、

その人が準備されたのだと、思うのです。


ですから、「苦しみ」と、書いて、15画、有徳運(大吉)が出てくるのでしょう。

15画は何かというと、「地上の正」と同画です。    (苦は11画。本字で数えています)



「人が良いと思うこととは何を示すのか」 と問えば、62画。衰退運。

                                不和、病弱、物みな中途半端。


「神が良いと思うこととは何を示すのか」 と問えば、70画。険悪運。

                                 一生陽の目を見ず、苦難続きの凶相。


「神が良いと思うこととは何か」 と問えば、57画、希望運。

                           大難去って、天与の恩恵を受け、

                           百時意の如く成功し、幸福富栄す。


「私は誰?」 と問えば、裏切り者の26画が出ます。


「私は神?」 と問えば、21画、頭領運。 「私は神様?」 と問えば、温良運。


「私は神様ですか?」 と問えば、45画の順風満帆の兆し、最大吉が出ます。

                     智謀大で積極的に中央突破、万難を排し、富栄す。と。


「神が良いと思うこととは愛を語ること」 と書いて、3画。確定数の大吉が出ます。


「愛を自由に語る」 と書いて、47画、富栄運。大吉。

                   富貴栄達、開花の象。天恵厚く、事業もみな盛運。

                   財集合し、子孫も繁栄す。と。


「悪を自由に語る」 と書いて、46画。 (1足りないといえばいえますね) (悪は本字で12画)

                   難破運。(凶)。吉凶が極端で急変の象。

                   精力欠乏し、病身波乱。 稀に成功者あり。と。

                                         (上記は藤川雅浩先生参照)



文字には力があり、私達を導く一助となる。

私達は良いことばを胸に、一生を全うする方が、ずっと良いと、

子孫のためにもずっと良いと、考えるものです。



「私はワンチャンスをゲットする人を求めている」 と書いて、63画、六大吉数の最後の大吉。

                                     万事順調型。

                                     炎天下の植物が、慈雨の恵みにより                               

                                     次第に成長してゆくように、

                                     おのずからものごとがまとまり

                                     邪魔の入ることもなく順調に進展して 

                                     不自由する事がない。

                                     目的達成、子孫繁栄の大吉数。

                                     (上記は野間覚玄先生参照)



文字とはおもしろく、力あるものですね。

「文字」と書いて、「神」と同画。  (神は本字で10画)

「自分」と書いても、「神」と同画です。 

自分を大切にする事の大事さが、文字には現れているのではないでしょうか。



             H21.7.10 (金) am11:36 記   静穏な心で会う人  小濱白光


マイケル・ジャクソンさんの死を、心より追悼いたします。


世界の人々があんなに悲しんでいるのを見るのは、つらく、

また、すごい事(スーパースター)だったのだなと、改めて一人の人間の人生を思いました。


「あなた(マイケル)の栄光も40年」と、TVの中の人が言っていました。


そうなのです。

堤氏の西部王国が、40年で衰退を見たのと同じ40年です。


私は、40年以上つづく吉運期を持つ人を、まだ見た事がありません。


吉運期が40年間続く人は良い方です。

その中でも、上り坂をまっすぐに進める人、それも稀なのが実情です。

ほとんどの人が少しづつ、少しづつ、王道へと近づいていくのがその道の歩み方です。


味わいつくした後に、いそぎ死ぬか、落ちぶれるのが、ほとんどです。

もう十分に味わい尽くしたからでしょう。


大成功の人に子供がいない人が多いのも、本当です。もう人生の卒業なのでしょう。

マイケルには子供とファミリーがいた。それは本当にすごい事です。


大きな幸福の影に、大きな不幸はつきもの。

社会的評価の高い人は、死ぬほど働かなければならないし、

人のありとあらゆる誹謗中傷に耐えなければならない。


人から見てつまらない人生のなかに、慎ましやかではあるが、

穏やかでささやかな幸福がある事も、本当です。

通り過ぎてみれば、そこにだけ花が咲いていた、などというように。



また、俳優 勝野洋 さんのご長女 勝野七奈美さんのご死去も、

心より、ご冥福をお祈りいたします。


この方の名を、誰が考えたのでしょう。

吉数だけを配置した名は、健康運が敗れていた。

30歳、遅くとも、32歳以降は生きていられない名前だった。残念です。


美しく、仲良しの家族、幸福な結婚、素晴らしい人生とそれに続く幸福な生活。

社会的地位と名声、素敵な父と素敵な母。美しい兄弟姉妹など、

多くの人が必ずや望みやすい人の人生の中で、

それでも不幸は用意されていた。


どうしてでしょうか。 悲しく、空しい。



それでも私は思う。 プラスのみを考慮すること。と。


「プラスのみを考慮すること」と、書いて、45画。 順風満帆の最大吉数。


「プラスとマイナスをよく考慮すること」は、55画。 両極運で、中途に安心がない半凶数。

プラスとマイナスをよく考慮することは、本当は必要ないという事ですね。

                                      (野間先生、藤川先生参照)


文字には力があり、その意味、画数は、実情をよく示す。

良いことばを胸に、謙虚に、雄雄しく生きていきたい。

   



       H21.7,8 (水) pm7:49 記   静穏な心で会う人 小濱白光































こんにちは。 雨が降っています。 皆様、安泰でありますように。




たった5年ほどで大木になれると思ってはいけない。


自分をみくびって(軽くみてあなどること)はならない。


自分を侮(あなど)って、自由気ままに荒れてはならない。 


後悔は毒である。  愚か者のすることである。



新宿御苑の鈴懸けの木(すずかけのき ・プラタナス)を見てみよう。


江戸時代から植わっており、巨木となった今でも、三本が寄添った姿は美しい。


決して、相手の方向に枝を張り出してはいない。


相棒である、仲間である、そばに立つプラタナスには


決して枝を突き出したりしてはいない。


静かに外へと張り出している。


自分の才能を求めても、他を傷つけない態度には


人間は恥じ入るばかりである。



あなたには、私に会ったのがワンチャンスのはずであった。


自分を見つめる、賢くなる、ワンチャンスであった。


だのに、早く出世する事ばかりを考えて、焦りに焦り、


自分の本質や体力、知力を、(親からももらっていないものを)


育てようとはしなかった。



かの有名なプロゴルファー石川遼君(17才)でさえ、15年も苦労をつんでいるというのにです。


あなたはたった5年。


5年で大成功する人間など、ウソか犯罪か、滅多にいるものではないし、


現在大成功している人は、もう、20年、30年、35年と、がんばってきた人ばかりである。


それを決して決して忘れたはならない。





「ワンチャンス」と書いて、「ALECA」と同じ、英知の13画です。


「ONE CHANCE」と書いて、「達成」と同じ、頭脳明晰、非凡の23画がついています。


「ONE CHANCE は 達成の入り口」 と書いて、57画(吉) 希望運。


この57画とは、“大難去って後、天与の恩恵を受け、百時意の如く成功し、幸福富栄”する


というものなのです。 (藤川先生参照)


もしあなたが今大難にたっているなら、それは幸福の入り口ということです。


自分をみくびり、侮ってよい訳(ワケ)がないのです。




あなたは自分の弱さと、醜さを、私に見せた。


であるなら、それはそれでよいでしょう。 ここから再び始めましょう。


後悔のように、後戻りする事はない。


再起するのに、誰に遠慮がいるものでしょうか。


人は、あなたの事など気にしていない。 ならば、再起するのも見ていないのでしょう。


人が見ていない間にずんずん大きくなるのは、


新宿御苑のプラタナスと同じ。


300年後の私が慶福している。  


それのどこがいけないのでしょうか。


私は思っています。 人が成功するのにはざっと100年は必要だと。


祖父、父、自分というように、長い年月の上に成長するのが


本当の成功だと思っています。


あなたが初代になるのなら、あなたには苦労ばかり来るかも知れない。


でも、そこでいい加減なことをすると、子孫に犯罪者など出て、


後悔するのはあなたかもしれない。



でも、神はやさしいもので、20年、30年がんばった人に、


一度も甘い蜜を味わわせない、などと言う事は、ないのです。


あなたは今生きている、それで十分光栄な事だと思います。


自分のできる事をみつけて、生き切るのです。



「私に会うことはワンチャンスだった」 と書いて、57画 希望運。


私は私の道を見つけ、こういう者であると言う事が、数字の上にも証明された者です。


人は皆、自分の人生を生き切ることだと思っています。


その時に必要なのが、「ONE CHANCE GET」 



「ONE CHANCE GET + ALECA」 = 45画。 順風満帆の最大吉。 


「私はワンチャンスをゲットする人を求めている」と書いて、私の大好きな63画が出ました。


(求は本字では、水(4)部+2画で、6画となります)


私はもともと、こういう人を求めていたのですね。




               H21.7.2 (木) pm12:26 記    ALECA 小濱白光




















“うまくいく世界” と “うまくいかない世界” が同時に共存している。

と、私は思っています。



「うまくいく世界」 と書いて(24画)、神様のような数字が付いている。 


「うまくいかない世界」 と書いて(33画)、帝王数が付いている。


しかし、たとえ帝王数といえども、こういう言葉がある。

    「山がいかに高かろうとも、天より低い」 と。

    いかに帝王数といえども、人の子である。神には負ける。 と。



(昨日のTVの中で) どこの誰かは言っていた。

    「この世は目に見えない世界の影だ」 と。



そうかもしれないと思った。

なぜなら、私の姓名判断のやり方では、神はその姿を隠さなかった。



人間がいて姓名があるのではない。 姓名があって人は動いていた。

その人の名がその人を形作ったと言えた。



しかも、あまりに多くの幸福を追い求めているように見える K・省吾さんは、E・啓之さんまで

自宅に招いて、家相を見させていた。


でも人間は完璧ではない。 その人のごとくに完璧ではない。

多くを求めれば、破綻(はたん)を味わう時が必ず来る。



が、神と共に温和な世界に住む (腹八分) と思えば、

能力(脳力)には余裕ができて、優雅に生きる事は可能なのである。


ピンと張り詰めた糸の末路は、切れるしか無いのである。

もしくは、弛緩(しかん。=ゆるむこと。たるむこと)し、再生できないほどにゆるむかである。




もう一度、(初めからではなく) 今から、あなたの弓を締(し)め直そう。

何事も遅(おそ)いなどと言う事は無い。

気付いた時がその時であるのだ。 今気付くことが、それが答えだ。

あなたのための答えだ。 (人のではない) (以前の問題集の答えでもない)


あなたの答えをもう一度構築し直して、新たな一歩を踏み出そう。

あなたがあきらめなければ、この世の道は無限にある。


ただ盲目になって猛進するばかりが正道ではない。

わき道に見えた道それこそが、本道なのかも知れないのだ。

くれぐれも自分を甘く、軽く、見ない事です。


なぜなら、あなたは、この世で唯一の存在なのだから。 

あなたの道がきっとあるはずです。 

それを見つけるのは他人(親、友達、本)かも知れませんが、あなたにもきっとわかる時が来る。




余談ですが、

 「男は自分の気に入った女と  セックスがしたい  ものなのだ」 =84-81=3 大吉

       (47)             (21)        (16)

       大吉              特吉         最大吉


上記は、どの数をとってみても、善意で、性的で、魅力的な、叡智に満ちた数字をしています。




「男は自分の気に入った女と  セックスがしたい」 と書いて、68 大吉 知徳運。


「男はセックスをして 子供を作りたい ものなのだ」 と書いて、68 大吉 上と同画ですね。


「男は自分の気に入った女と セックスをして 子供をつくりたい ものなのだ」 =104-81=23 

    (47)             (16)        (25)        (16)         特吉

    大吉             最大吉        吉         最大吉    (非凡・男の大吉)


(これは男と女を入れ替える事ができます)



であるのに対して、


「なのに、堕胎(だたい)をすれば その罪の意識が 病を誘発 するのだ」 と書けば、78

 (9)      (42)            (56)      (40)   (12)         沈滞運 

 災難運  器用貧乏で失望す   万事後手運   運気変転  不振運       晩年苦難

                               不和・イジメられ

(堕胎と書いて、ウラギリの26画最大凶が出てきます) (誘発も同じ26画なり)

(なのに(9)を除いても、69画 非業運 )


では、TECHNICIAN    テクニシャン  と書けば、    (集・国p1170 技巧家、技巧派。

      (22)           (14)              内容が伴(ともな)わずに

      失意運        破兆、分離             技術にばかりはしる人を

    あきらめも早い     ウソつき、詐欺者         揶揄(やゆ)していうこともある)






私達は、自然の上にも、良い事と悪い事を、選別してい生きているのではあるまいか。

たとえ、言葉の上にもである。 それが人間だった。

だから、その良いと思う事に逆らって生きてきたとき、人は病気にも罪人にもなるのである。


中には感覚の悪い生まれの人もいて、そういう人が世間にすねると、

間違った方にばかり目が行くのである。

人間の能力の限界であるか。




先日夜中に、以前録画していた「NHKスペシャル 東京裁判 パール判事は・・・・」を見た。

インドの素晴らしい判事は、東京裁判に一石を投じ、

  「私は正しいことをしたかったのだ」 と言って、西洋列強に敢然と立ち向かい、

多数決のみが記録されるところを、少数意見も書き込むように進言し、見事に達成させた。



この方を心から信じた。ありがたかった。日本人として感謝に絶えない思いである。

その、この方がおっしゃった言葉

  「私は正しいことをしたかったのだ」 は、48画となり大吉である。徳の高い48である。



また、その夜中に同時に、録画済みの映画「涙そうそう」も見た。

  「涙そうそう」と書いて、22画の、別離運の最大凶である。 (涙は本字では12画になる)


新垣良太と、義理の妹 新垣かおる の話である。

新垣と書いて、22画。(別離運の最大凶)

新垣良太は、25歳以降に死ぬ名前であった。金銭トラブルと素直でだまされやすい名だった。

新垣かおるは、31画で、美人である。しかも、事件に遭遇し、急転直下の運命である。


映画を見た人はみな知っているはずである。

彼らの名前がハッピーエンドでない事は、言い換えようもない事実であった。


かわいそう。かわいそうだ。かわいそうである。思い出しても涙が出てくる。



でも、私達は、他人の人生は、見ている事しか出来ないのかもしれないのである。

せめて、政治や国家が、できる事があるのではなかろうかと、思うばかりである。


政治の世界で、昼夜を問わず働いてくださっている方々に、敬意を表します。

また、あらゆる社会で、人々を助けてくださっている方々に、敬意を表します。

苦しむ人々に、あなたを愛していると、伝えたい。



                 H21.6.29 (月)  pm4:06 記  神明雨光の小濱白光より






心よりご冥福をお祈りいたします。

「ブラック・オア・ホワイト」のリズミカルな音が、ずっと頭をかけめぐっていて、

哀しく、残念です。



マイケル・ジャクソン  と書いて、無条件で絶大な人気運を有する数をもち、

なおかつ、歌手であり、芸術家であり、神のような存在の数をもつ彼を

人は愛したのです。



人々は知りませんが、人々は、なんの根拠もなく愛したのではありません。



MICHAEL JACKSON  と書いて、帝王数をもち、勤勉であるが、精神的不安定をもち

男の中の男であるにもかかわらず、社会的非難をこうむる数をもち、

それに歯を食いしばって生きてきた姿が、見える数をもち、私は涙を禁じえないのです。



また、マイケルの映像のうしろに後光が射すビデオを、非難するコメントがありましたが、

本当は非難にあたらないのです。

人間的未熟な、または、そうなれない人々が冷やかし、揶揄(やゆ)するのです。


なぜなら、人々は、皆平等ではないから、自分とは反対の自分のなれないものに対しては

手厳しい非難、批評を加えるのは、常のことだからです。


まるで、姓名の中に金剋木(きんこくもく)が存在すると、ガン(癌)を誘発するようにです。

これが手厳しく人間を襲うのは、本当のことだからです。



人は、(マスコミは)マイケルさんの功績と転落、というように語りますが、

このように社会的大発展をする人は、波乱万丈になりやすいのが、常なのです。

私が得た姓名判断の判定では、内情困苦のないところに、大発展のラインは作れないのです。


ですから皆さんは、功績だけをみてあげよう、といいますが、本当はそれも悲しい現実なのです。

当人にとっては、地獄のようにつらくとも、

本当の心を表すには、まわりに人材がいない事が多いからです。

一人で耐え続けなければならないのが、宿命といえるのす。


逆に、自分の周りに自分を守ってくれるいい人ばかりが居た時、

あなたに、マイケルのような大発展は無いと、言えるのです。

おもしろく、不思議で、悔しく、残念で、つらく、やってらんない現実が、ここにあるのです。


暖かくやりがいのある人生は、

マイケルさんのような苦しい巨万の富は、転がり込まないようになっているのです。


たとえ巨万の富が転がり込もうとも、(昨日、マイケルさんの言葉を聞いたという人が語っていた)

「スパゲッティの皿は一つなのに、みんなが手を伸ばしてくる」と、言っていたと。


私に、彼の人生が生きれるとは思わない。

私と彼は別人格であり、皆がそれぞれに自分の道を生きるしかない事を

今更のように、強く感じた昨日今日です。



“悲しみのマイケル”  と書いて、 “龍馬” と同数が出てきました。


いずれも、早死になのでしょうか。




         H21.6.27 (土) pm1:24 記   依美澄卑親呼  小濱白光















日曜日の午前中に、初めて平林都さんを知りました。もうすっかりファンです。


 「都(みやこ)を呼ぶとお金が着いて来る」

 「都を呼ぶとお金が落ちている」

 「都を呼ぶとお客が増える」 と、自らおっしゃる人でした。


実際この方のレクチャーを受けた自治体や病院は、業務を改善していました。

病院の受付が300人だったのが、500人に増えたと言っていました。


美しい笑顔と、マナー違反に対する鋭いご指摘は、ご自分を確立していらっしゃるお姿だと、

どれをとっても、とても魅力的な方でした。



もちろん、この方のお名前は、ご自分でおっしゃっておられたように

「貧しくて大学受験できなかった」は、貧しい時期を持っている人でした。

「銀行に就職し、12もの習い事をし、マナーが大切だと知りました」は、

人から愛される時期をもっておられました。


しかも、頭が良く、美人の星を(裏表で)四つ持ち、一徹に物事をやり通す人でした。


男勝りで、美しく、美しい笑顔の裏の確固たる信念は、

どんな人をも引き付ける魅力に富んでいて、

この人の言うようにやってみようという強い行動意識を持たせるのには、

丁度良い力強さがありました。



ですから、いつも言うように、人とは、“無いものになる訳ではない” と、言う事でしたね。

この人の名前が、すでにこの人を立証していました。


全員がこの人のようになれる訳ではないのですから、がっかりしない事です。

そしてまた、まねをしてよく学び、良いものはどんどん吸収させていただく事ですね。


「吸収」と書いて、13画。  叡智の13画ですね。   (ALECAの13画と同じ)

(収は6画。本字で数えています) 


「吸収する」と書いて、18画。 神明(18画)と同じ。 人はここに到達できるのです。


神明をひっくり返せば、明神となり、明るい神様?

どうせなるなら、明るい神様になれ、という事ですね。


暗黒街の帝王のような者は、邪道である、と言う事ですね。

「邪道」と、書いて、波乱孤独の困苦を、表していました。


人間が、本当はどちらを生きたいかは、明白といえる事でしょう。


私の姓名判断は、名前だけにとどまらず、ここまで進展してきました。

言葉は私を裏切りませんでした。


ですから、これからも、もっともっと研究して、良い人生を紡ぎだす良い名を、たくさん見つけ、

第二の平林都さんを、生み出したいと、希望しています。



世界的には混迷の世を生きていますが、それは、悪徳ははびこりやすいからでしょう。


でも、私達は、本当は、良い人生を生きたいと望んでいるのですから、

悪徳にからまりつかれないで済む人生を、選び取るべきなのでしょう。


皆様の安全、ご幸福を、松伏の空から、お祈りいたしております。



               H21.6.22 (月)  am11:09 記    依美澄卑親呼 小濱白光



  追伸  「明るい神様になれ」と、書いて、47画。 「平和を願う者」さんと同じでした。

 

       Uさんの名は、「胸躍る(むねおどる)」と、同じでした。

       「胸躍る体験」と書いて、81画になりました。 

       「南無妙法蓮華経」と同画数の81です。

       (野間先生の本より。“寿福、高名、富貴にいたらざるはなし”とある81画です)


       「むねおどる」と書いて、神明と同じでした。

       「ムネオドル」と書いて、15画。 「地上の正」と同画でした。


       私はこれから、あなたの事を、このうちのどれかで呼ぼうと、考えました。


       nickname? charmname?