akyoonの異端の医学と不思議な情報 -130ページ目

akyoonの異端の医学と不思議な情報

医学や健康医療の【トンデモ論】を主としています・
本人はいたってまじめ。 しかし自分で自分を検証できないので、眉唾と取捨選択が必要。

昨日のツィッターで「予防接種は命を守る」というのを見付け、返信出しました。


「危ないぞ予防接種」というイギリスからのメッセージという本を提示。


「それはイギリス政府か専門機関のレポートか?」


とありましたが、


それについて。


 


世界もそうでしょうが、日本は特に教育が行き届いているため、


国や専門機関というお墨付きがないと受け入れられない人が多いのを再確認しました。


 


やはり「権威筋から」という御札が無いと頭に入れない、シャッターが下りてしまう。


 


これが教育の成果だと言えばそれで済みますが。


 


ここなどは無教育効果満点のブログ主なので、なんでも引き受ける代わりに


かなり間違いもあると自認しています。


だから取捨選択のセルフサービスなのですが。


 


しかし、最初からそれはレベルが低いだのラベルがチガウだのと言って


見ようともしない人はもうどうしようもありませんね。


 


情報とは自分の好みで選んでいるので、それは知らなかったというのは


ほんとうはウソなのです。


いや、本当は知らなかったのですが(笑い)


それは無意識下の世界で選別していて、そのようは情報は入ってこないように


また、見えない、聞こえないように設定しているのかも知れません。


 


そして、あるとき突然気づくのでしょうが、それはよくありますね。


なんで気がつかなかったんだろう?


とか、誰も教えてくれなかったじゃ無いか


とか。


 


しかし根本は自分がすべて仕切っているのかも。


だからいくら一生懸命になって情報を押し付けてもシャッターが下りている内はだめ。


 


こと予防接種の問題はそのシャッターが下りた商店街のように、


見ざる聞かざる言わざるの空気が蔓延中


シーーんと静まりかえっているシャッター降ろした商店街を歩きながら


予防接種は危ないぞ~


と叫んでみてもねえ・・・・


 


 


 


危ないぞ予防接種よりーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー


 


ただそれに入る前に私は、

一九二四年に「自然療法』を著した、ヘンリー・リンダール医博の言葉を引用しておこう。


「現在では疑いもなく、逆症療法の医学の傾向は血清、抗毒素、ワクチン療法に向かっている。


実際すべての医学研究は、その方向に傾斜している。


今日も明日 も、医学雑誌や日刊新聞が、ある種の病気を治し免疫を作ると主張する新しい血清や抗毒素について報道している。


もし医学の研修と臨床がこの線に沿って続け られ、一般にも受け入れられるとすれば、また医師会がそれを支持すれば、こうしたことが法律によって国民に強制されることになるであろう。




その結果はどん なことになるのだろうか?





 子どもが思春期に達する前に、その血液中に天然痘、狂犬病、破傷風、脳脊髄膜炎、腸チフス、ジフテリア、肺炎、狸紅熱などのワクチンや血清や抗毒素が接種されるであろう。


も し逆症療法がこのような方法で行われるならば、大人の血液は何ダースもの細菌の抽出液と病気の毒や破壊的な薬物毒の混合液になってしまうであろう。


扁桃、 アデノイド、虫垂その他のいくつかの人体の部分は、保健機関の強制によって、幼い頃にすべて取り去られることであろう。

ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー




1924年といえば90年も前ですね。


しかし、人類みな兄弟、じゃない、人類みなシャッター通り




相変わらず、


「予防接種は命を救っている」


という教義に、誰も疑問を持たずにやってこられたのですが・・・






にんげんって


本当にじょうぶに出来ているんですねえ~~


こんな混合汚染物を入れても大して目立った害を受けないで来たんですから。


その陰には入るんでしょうけど、少数なのか目立たなかったわけでしょう。


そうでなければ、ここまで持続できなかったと思いますよ。




しかし


自然の力の前にはもろい物だと思います。


それが自然界の浄化活動というものでしょうか






 ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

 はたして次のどちらがより合理的で理性的なのだろうか。


酒をガブ飲みするように、あらゆる種類の病毒と毒性の防腐剤と殺菌剤を集めて人体内に入 れ、病気に対する免疫を作り出そうと努力するか、


あるいは血液を正常に働く状態にして、体内の病的な物質や毒物を浄化し、機械的な傷を治し、そして正しい 精神的心構えを養うことによって、自然な免疫を創造するか? 




これらのどちらが病気の原因となりやすいのだろうか?……どちらが健康づくりに好ましいの か?」


ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー


 


もちろん、世界の医学の叡智を集めて作られたワクチンよ~~


 


アチャア~~チャア~  ニッポン!


 

なに、電気おばけ?


なんじゃいそりゃ。


電気おばけがおわると


芸能人の9割は あぶないそうな?


 


それよりも突然死が急に増えるそうな?



世界中で 
小犬ちゃんの突然死に類する現象も 
起こって来る

金融市場の突然死 
芸能界の突然死
メディアの突然死
コングロマリット突然死 
公務員職突然死
都市の突然死 
国の突然死
宗教の突然死  



 子犬ちゃん?


そういえば


亜米利加のポチなんて呼ばれているのも子犬ちゃんなんだろうか?


 


人民のためというよりも、エサもらえる飼い主の方にだけ


ワンワン、キャンキャンとなびくような子犬ちゃん。


あとはし~~らないよっと。


エサもらえる飼い主の方に政治生命かけている人もいるしぃ~~


 


 


つまり、嘘とねつ造の個や集団が突然死を迎えるという


小気味よい現象。


夜昼転換論だね、こりゃ。


夜は闇だから嘘とねつ造の世界、


昼になってくると、ぜんぶ明るみだされてしまう


つまりバレバレ現象が世界中で起こるから、


人間がいくら金や地位や権力、名声などあっても


 


ぜ~~~んぶ、おじゃんになる時が来るっていうのだ。


 


そりゃあ、楽しみだあ~


(おい、おめえもふくまれているだぜ   トテカントントン!)


あ、いやな音が聞こえてきたからご紹介へ。


 


 


 


幻の桜 ブログ様より


(ここは流石に助手に書かせたとは言いにくい)


ぜんぶ貼り付け


ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー


http://maboroshinosakura.blog.fc2.com/


よみがえったよ





はる知ってる 


巫女やレンズ性質の人が
吸血鬼やおばばの気をポイポイされると
術が全部丸わかりになる


ねこも犬の気ポイポイされて 犬の術わかった

昔 
ねこは細かいことわからなかった
いつも夢を見てて

でもここ数年 犬のポイポイがひどくなって
結界も崩れてきた

ポイポイされるとねこは吐いたり 毛が抜けたり ぶつぶつができるけど
それも
犬の体調が 今すごく悪いから

他の動物にポイポイすれば 犬は一時的に体調がよくなる

でもねこにポイポイすると
ねこはレンズ性質だから
犬の情報が入ってくる

でんきおばけのことも
犬のしるしの入れ方も 
それを知ったのは
犬がポイポイしたから 



人も同じ

巫女性質にポイポイすると
吸血鬼おばばの術が全部見透かされる

本物の巫女は
敢えてわかってて ポイポイされてる人も多い
ポイポイされると 相手のことがよく見えるから 」(はるちゃんのことば)





はるちゃん達の話によると
最近ねこ達が 
犬の術や 小犬達の技法について詳しくなったのは
犬がレンズ性質のねこ達にポイポイするようになったからだそうです 

昔はポイポイされてもぼーーっとさせられてただけだったのですが
最近 気が戻って ポイポイされると
その人の情報とか 手口とかが見えやすくなり 
(・・;)


それを通して
小犬たちが使役していたでんきおばけについての情報も
全部犬のポイポイから レンズ性質のねこ達が読み取って 
わかったそうです
\(^o^) 









というわけで
今日はまずでんきおばけについての続報を
発したいと想います
(>ω<)ノシ))パタパタパタパタパタパ








でんきおばけは
それまで
大犬たちが使役していた想念体を 
でんきで集めて 新しいしるしをつけて
小犬が使役できるようにした 想念体

でんきの発展とともに
搾取が進行したのは
でんきおばけが 増えたから


でんきおばけは速効性があった

でんきの性質が加味されていて 
今まで 使役されていた想念体よりも
表面の気を 掃除機のように吸引してたから

人工磁石のような吸引力

特に日本では 紅い電池が作られてから
でんきおばけの数が増して それでここ数十年 
東京一極集中が進んで

小犬吸血鬼 小犬おばば血筋が 力をつけた 」


(・・;)



でんきおばけの力は
経済に例えて言うと 紙幣みたいなもの

もともと富は ごはんや 金 土地などの現物資産が拠り所

でも
そこに紙幣価値の換算という目じるしをつけて  
ごはんや 金 土地などの本物の富より 
紙幣の方に人の意識を向けさせる


紙幣は印刷したり レバレッジかければ
いくらでも量産可能

だから膨らませた数字で
ごはんの価格を自由に決めたり
金や 土地を抑えることができた 


  」


(・・;)



でんきおばけが吸う
表層の気のエネルギーは
想いが現実化する直前にあらわれるエネルギーだった


現実に富がやってくる直前
現実に理想の恋人が来る直前

表面にはそれを呼ぶ気が現れていて
それが来る前に 表面の気をでんきおばけに吸い取らせれば

現実の富や理想の恋人が来る直前
表面の気を吸い取った人が 富や恋人を得ることができる


だから
多くの人がどんなに夢を抱いて どんなにエネルギーを集めても
でんきおばけに吸われると
いつまでたっても報われない現象も生まれる


代わりに小犬血筋の多くが 
でんきおばけを利用して 
ありえないような形で
とんとん拍子で
ぐんぐん出世していった 」



(・・;)


でんきおばけは 

小犬血筋が 何か良いものを見た時 

「 あれが欲しい あれをよこせ 」

とか

「 奪ってこい 」と想っただけで 

意を汲んでエネルギーを吸い取ってくる

夢の技法を知ってなくても 心の中で命令だけすれば  
眼力もつけかえて 予知能力を小犬巫女が得たりもした


同時に
小犬の厄も でんきおばけは
ポイポイしてくれた 

虐げられていた人たちは
より虐げられるようになった 

貧富の差も拡大して 
餓死とか 自然破壊とか 搾取多くなった
 」


(・・;)



でも
そんなでんきおばけが 
こないだから急速に姿を消しはじめた

りゅうちゃんの話だと
西日本のでんきおばけも少なくなり始めた 

日本を
エネルギー養分にしてる海外も
じわじわ でんきおばけの消失現象 感染していってる


でんきおばけがいなくなると
気候 気温の体感温度が変わる

同じ温度でも
昔の都市の異様な暑い暑い現象は
でんきおばけのビリビリが呼んでたこともあった 


だから
でんきおばけがいなくなると
昔の夏のように もう少し過ごしやすくなる
逆に
冬はもう少し暖かく感じるようになる

気温というより 体感 」


(・・;)・・・



そしてでんきおばけが
世界中から消えると
反転現象が起きはじめる 」


反転現象?
(・・;)


でんきおばけは
昔あった想念にしるしをつけて 
使役していた感じ

想念体に
でんき催眠術かけて
ぼーーーっとさせて 
本来の想いと違う形で 使役していた


でんきおばけが覚醒して
元の想念体に戻ると 
今まで奴隷のようにこき使っていた小犬達のこともわかる

使役していた人たちに 一斉に怒りの念を向けて
攻撃が始まる

でんきおばけが反転すると
座についた小犬達が どんどん攻撃される

それで座の交代が急速に起こる  」


(・・;)!・・・・



この話 きさらから聞いた

きさらが 
でんきおばけがいなくなった途端
使役されてた想念が 小犬達を一斉攻撃しはじめるって言った


もともと
小犬の術は相手が気付いてないから一方的に搾取できてただけで
風の変化とかで気づかれると 簡単に逆転されちゃう 術ばかりだったって 」


(・・;)・・・



それできさらは こうも言った 

でんきおばけ血筋は
吸引力もすごかったけど
そのエネルギーの性質上
富を失うのも 座を失うのも早いって

だって そういう性質のエネルギーを主食にしていたから

だから一番突然死が多くなるのも 
実は大犬よりも 電気おばけを使役していた小犬血筋だって言ってた 


小犬ちゃんは何が起こったのか わからない状態で 
あっという間に最期を迎える
 」


(・・;)・・・・




それ聞いて はるちゃんが夢を見たら 

夢の集合意識で
でんきおばけがいなくなりはじめて 
小犬情報の流出が起きていた 

小犬ちゃんにとって
知られたくない情報
隠しておきたい情報


小犬ちゃんは大犬や ぬしの気をつけかえて 
持ち上がっていたのも多い


そこに 
小犬が小犬である証拠が
集合意識に一斉伝達された感じ 


ぬしさんだと想ってみてたものが
舞台の中央で いきなり小犬ちゃんの姿に戻って

それを見た集合意識は 
大パニックになってた 
  」


(・・;)・・・





そういえば
夢であるリストが回覧板のように回っているのを見た 

芸能界や表の座の抹殺リストだった 

でんきおばけを使役していた
有名人や 
被せて持ち上がってた表の座の人のリストが 
一覧表になって出回っていた


はるちゃんが記憶してる限りでは
9割を超える以上の有名人著名人が 
そのリストに名前書かれていた 

抹殺リストにのった小犬ちゃんは
エネルギーコードを 集合意識から絶たれて
エネルギー餓死に追い込まれる感じだった 


エネルギー足りなくなると
当然 座や地位や 健康も維持できない

9割の有名人が抹殺されると
芸能界も維持できなくなって
テレビも終了する 」


(・・;)



でんきおばけから眼力つけかえてもらってた小犬巫女も同時に終わる

電脳小犬巫女はAV嬢さんとかに多かったけど
AV嬢さんの大半も 芸能界終了の頃 終わる


でも
何人かの本物巫女性質のAV嬢さんは残る 
それと逃げ切ることに成功して 養分さん抱えることができた人も生き残る感じ 


でも大半が エネルギー餓死する

特に小犬ちゃんは
でんきおばけが無くなると 
体感も顔色も読めなくなるから  
身の危険とか一切感じないまま 
ある日とーとつに死刑宣告される感じ 


世界中で 
小犬ちゃんの突然死に類する現象も 
起こって来る

金融市場の突然死 
芸能界の突然死
メディアの突然死
コングロマリット突然死 
公務員職突然死
都市の突然死 
国の突然死
宗教の突然死  


世界中で突然死現象起きる 
 」


(・・;)・・



はるちゃん知ってる

実は
でんきおばけや 
小犬に騙されていた人の反乱現象は
数年以上前から予告されていた


でんきおばけは 夢でロボットのように見えてたから

でんきおばけの反乱を 
ロボットの反乱のように見えた人もいて 

そういう映画も
いくつか作られたりもしていた 」



(・・;)



芸能界が終わると 
次の時代のアイドルの座にくるのは 
本物の遊女さん

昔は 遊女さんがあいどるだった 
それを囲い込んで 廓屋の女将が巫女のふりして

さらに江戸時代
序列作って 太夫に付け替えてから
現代 芸能界を作って そこにつけかえられた

もともと想念を直に集めてたのは遊女さん

そこにしるしをつけて
小犬ちゃんが エネルギー掠め取っただけだから


小犬ちゃんがいなくなると
本物の遊女さん達がちやほやされる 」

(・・;)


そういえば世界的な歌姫は
ずっと前の前世から 馬小屋で遊女してた  


本当は今世でも
NYで遊女してたはずだったけど
犬おばばが表面の気つけかえて 
あっちの方が持ち上がった


特に
前世からずっと遊女してた人は
魂のコードがあってすごいから
小犬いなくなると エネルギー戻る

マグダラのマリアも遊女の系譜

遊女ブームになって
王族や大犬血筋は
見せかけの遊女さんじゃなく
本物の遊女巫女を求めるようになる

今まで遊女さんいじめてた人は
謝らないと 取り返される


特に警察とか 女衒とか
いじめて遊女さんぎゅうぎゅうにしてた人が多いから 
謝らないと
反転して ぎゅうぎゅうにされる 」

(・・;)



遊女の登場の後
ぬしさんが蘇る 


想念が宿った人
過去の怨霊の想念やぬしさんの想念が宿った人が
ドンドンエネルギー量が増して
想いを集めるようになる 


今まで想念が宿った人達は
眼力をつけかえた小犬ちゃんが
ものすごい数のでんきおばけで 表面の気を根こそぎ吸い取ってたから
わかりづらかったけど

でんきおばけがいなくなる頃 
怨霊さんの想念をのった人
動物たちの想念が乗った人
ぬしの想念が乗った人は 
一目でわかるくらい 違う気になる 


 」(はるちゃんの言葉)


ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー


 

原発再開反対で4万5千人の官邸前でも。


 


デモ? わたし見てないわ。 おれも見てないぞ。


NHKに問い合わせてみましょう。


 


「もしもし~~、これこれって本当なんでしょうか?」


 


「あ、そういうことも ありましね。 でも今は消費税の話題で・」


 


じゃあ、消費税反対の官邸前デモ行えばいいんだ


 


NHKに電話して確認しましょうかね。消費税反対なら放送するのか?って。


 


それとも、このことを受信料未払いの言い訳に使うかなあ・・・


 


なんて姑息な事を考えていたら、


本山さんが素晴らしい記事を書いてくれていた。


やっぱ有能な助手は持つモノだ(って、誰がオマエの助手になるか!)


 


まあ、人間、ひとりひとりがこの世界の幻灯の投影主だというなら、


俺以外はぜんぶ助手じゃないの?


 


じゃあ、あげまんってのも、自分が主人公だとすれば


運のよい、悪いおんなというのも、ぜんぶ自分がシナリオ書いて


その役割を呼び寄せたって事かい?


 









 

金(カネ)の切れ目が縁の切れ目



あげまん?


あんパンを油であげるとうまいよねえ。


 


おっと、本題の消費税は女房の催促だったっけ。


これって女房なのか、それとも亭主なのか、よく分かんないけど。


すごくせっついているってはなしじゃないの?


おれ、頭いいんだけど悪くてねえ


頭のかっこうはいいんだな、もし。


 


本山功二のホームページ.url


http://homepage2.nifty.com/motoyama/index.htm


なぜ政治生命をかけて消費税上げるのに必死なのか?


じつは政治生命なんてどうってことないんじゃないの?


だって、植木や生命にかけて


とかサラリーマン生命をかけて


って言っても、


そんなの


飯の種、つまり食いっぱぐれるかどうかの決断でしょ。


政治家で食いっぱぐれたってねえ・・・そんなのかけて貰ったって(笑い)


 


それよりも、もっときつい生命をかけているのなあ?


それも本当は幻想の生命なんだけどね。


 


ひとは殺されても死ぬことは出来ません(きっぱり)


 


 


 


 

きょうも朝から雨ですねえ~


 


しょうがないから、ブログ書くか・・・


(あんたのは書くと言うよりも、貼り付けじゃないの)


 


うるさいハエが出てくる前に


 


 


●がんを放置したらどうなる? すべての治療を拒否した患者たちを追


ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー


ガンをそのまんま、ほったらかしにして
放置したらどうなる?



追跡調査で明らかになった現代医療という●○●○(伏せ字)の実態!



成人病の真実 近藤誠著/文藝春秋



●がんを放置したらどうなる? すべての治療を拒否した患者たちを追跡調査


を追跡調査


甲状腺がん>検診での発見率は3.5%(「内分泌外科」14巻181頁・ 1997年)。この論文の著者たちは、発見率があまり高いので疑問をいだき、手術しないで様子をみることを始めました。細胞診で「がん」と確認した10人 (腫瘍の直径は6~12mm)の結果は、三年から六年の観察期間中に、腫瘍径が1ミリ増大したのが一人。2ミリ増大したのも一人。七人の腫瘍は逆に、 1~2ミリ小さくなりました。残る一人ではがんが消えた。著者たちは、10ミリ以上のものだけを精査の対象とするよう方針を変更したとし、こう結びます。
「現在では検診でそのような病変(注・10ミリ未満のもの)を見つけても何もせず、本人に病変があることを告げることもしない。積極的に甲状腺がんを見逃しているわけである」と。そうしたら、発見率は○・九%に下がりました。

「潜在がん」という病変があります。生前症状がなく、他の病気や事故で死亡したとき解剖して初めてわかるがんです。いろいろな臓器にかなりの頻度でみつか ります。甲状腺についての日本の調査では9%から28%です(Canser、36巻、1095頁・1975年)。もし微細な病変まで検出できる方法があれ ば、3人に一人は甲状腺がんを指摘される。これに対し甲状腺がんによる死亡は、総死亡の0.1%で、あなたが甲状腺がんで亡くなる可能性は1000に一 つ・・・

これまでの知見を整理すると
?検診をすると、がんを多数発見できる。
?それらは大部分が潜在がんないし無害がんである。
?実際に放っておいても増大しないか、消えてしまう、
となります。

神経芽腫>という>小児がんがあります。それが尿中に特有な物質をだすことを利用して、乳児期に尿を調べる検診が、全国の全乳児を対象として行われています。発見される神経芽腫は比較的早期のものが多い。
検診がない時代に症状をだして発見されていた数と、新たに検診で発見されるようになった数がほぼ同じなので、発症して見つかる神経芽腫はゼロ近くになるは ずでした。ところが実際には、発症してくる数はいっこうに減らなかった。それに検診で発見されたものが加わり、神経芽腫の全国総数は倍増してしまったので す。

検診で発見した神経芽腫を手術することに疑問をもった、日本のある研究グループが、発見しても手術せず、様子をみることを始めました。
患児26人を4~73か月様子をみています(J Clin Oncol」18巻3021頁.2000年)。
それによると、尿中物質の量が減ったのが19人(うち18人は腫瘍が縮小、4人は消失)。尿中物質が増加し、もしくは腫瘍が増大したのが7人。
増大や親の希望で手術したのが10人いたが、病理検査の結果たちの悪いがんはなかった。もう少し様子をみていれば、縮小に転じた可能性があります。
したがって、こういうことが読みとれます。神経芽腫には少なくとも二種類ある。一つは尿中物質をだして乳児の頃に発見されるが、放っておいても、増大しないか消えてしまう。
別のタイプは、乳児期には存在していないか、発見するには小さすぎる。しかしその後、急に育って進行がんになり、症状を引きおこす。

神経芽腫の検診を始めたことは間違いです。少なからぬ数の乳児が手術・放射線・抗がん剤で治療され、そのため発育障害などの後遺症で苦しみ、治療死する子 も少なくない。それなのに、進行した神経芽腫の発生を防ぐことができないのですから、無益というより有害です。それでも検診関係者たちは、検診をつづける構えでいます。



●早期胃がん>はどうか


・・・手術したくないという本人の意向に従い、・・・なにも治療しないで様子をみています。そのなかから、・・早期胃がんの経過を紹介しましょう。注意し てほしいのは、患者本人は、好き好んで放置しているわけではありません。とっても不安だけれども、胃を切りとられたら、後遺症や日常生活がひどいだろう。 思案を重ねたうえでのぎりぎりの選択です。

早期胃がんをみていると、じょじょに増大するものがあります。なかには進行がんといわれる状態にまでなるものもあり、痛みや、食事がとれないなどの症状を 引きおこすことがあります。その段階で、手術に意味がありそうなら、手術の相談をします。これまで二人が、胃がんを発見して数年後に手術をうけました。
・・・
検査から三年後に手術した一人は、腹膜や肝臓への転移ははっきりせず、胃がんを取りきることができました。痛みなどの症状はおさまり元気で、このまま治る可能性があります。

様子をみているなかで圧倒的多数は、大きさが変らないか、変ったとしてもわずかに大きくなるものです。
がんが消えてしまう人もいます。一人は拙著『患者よ、がんと闘うな』で紹介したKさんで、病変はいったん消えました。しかしその後、前と同じ部位に胃がん があらわれ、最後の検査では、最初のときの大きさに戻っています(二〇〇〇年までの経過は、柳原和子著『がん患者学』晶文社刊に)。胃がん発見以釆、今年 で八年になりますが、胃がんに由釆する症状はなく、体調良好です。

別の一人は、担当医に胃の三分の二切除を申し渡され、「 "#cc0033" size="4">切らなければ二年から五年で苦しんで死ぬことになる>」といわれました。セカンドオピニオンを求めた国立がんセンターで も、同じ言葉を聞いたといいます。彼はわたしに相談したあと、 "#cc0033" size="4">切らないことに決めたのですが、一年後の検査で、がんは消えていました。その後ずっと元気で、検査以来丸五年になります> (体験談が「現代」二〇〇一年六月号に)。
それにしても担当医も、国立がんセンターの医者も、なぜ二年から五年で死ぬといったのか。「早期胃がんが六~七年も変化しないことは専門家の常識」であ り、一般人もふつうの医者も、そのことを知らないだけです。それなのに、五年以内に必ず苦しんで死ぬかのように脅すとは。・・・うがって考えると、早期胃 がんがなかなか成長しないことを、患者や世間に知られたくないのかもしれません。病変が切除されてしまえば、大きくならない事実を確かめようがないわけで す。
・・・
寿命の点はどうか。スウェーデンの大学病院での擬似くじ引き試験の結果。胃・十二指腸潰瘍の手術(胃を残す)をした人の希望者に、内視鏡検査を繰り返し 17年間観察。検査群(354人)では、胃がんが32人に、放置群(484人)では19人に発見された。頻度にすると、9%対4%。検査群では32人中 18人が早期がん。放置群では早期がんは2人でした。
従来のがん理論からすればこのくらい差があると、胃がんで死亡する人が放置群で多くなってしかるべき。ところが実際に胃がんで死亡した数は、放置群が14人(死亡率2.9%)、検査群では12人(3.4%)と変らなかった(「Scand J Gastroenterol」26巻1020頁・1991年)。したがって検査群で余計にみつかった胃がんは、放置しても大きくならない病変である。検査で発見された胃がんが大きくならないか消えてしまうのは、必然ないし自然のようです。



●ニュージーランドの疫学調査


子宮ガンの検診で、子宮頸部の上皮内癌(早期の癌)と診断されながら
 治療を受けなかった女性(750人)を20年間追跡した結果である



◆資料 医者が薦める不養生/遠山高史、新潮出版より

癌の中で取り扱かいが容易とされる子宮頸癌は早期の癌と診断されると、通常はことごとく手術となってしまう。取ってなくなってしまうので、早期の癌に自然 消滅があるなどと確かめられない。集団検診によって、子宮頸部の上皮内癌(早期の癌)と診断されながら、治療を受けなかった女性を、20年間追跡した ニュージーランドの疫学調査がある。このような女性750人のうち、子宮頸癌となった者は、10人(1.3%)しかいなかった。しかも、検診で見つけられ た上皮内癌から本当の癌に進展したと認められたのは2例しかなく、他は、当初の上皮内癌とは関係なく起こったものと考えられたという。  

このことは別のことからも裏づけられた。子宮の集団検診をしている地域の子宮癌罹患率と、していない地域の罹患率はほとんど変っていなかったのである。
 上皮内癌の病理所見(視覚的形態的診断)と発達した子宮癌の病理所見が似ていたことから、おたまじゃくしはなまずに似ているからなまずの子式の発想で、上皮内癌は子宮頸癌の子供と思われたのではなかろうか。  上皮内癌といわれて、それが本当の癌に発達するのは750人中2人しかいないとしても、子供を後々望まないのなら、子宮を取ってもいいのだろう。
 ただ、日本の婦人科医がこの確率を頭に入れて、患者に手術を勧めてきたとは思えない。
 むろん、ニュージーランドの疫学調査を100%うのみにはできないにしても、日本の癌学者がこの論文を否定しうる根拠を示し得ないことは確かなのである。従って、日本の癌医学は定量的に未来の予測をなし得ておらず、科学とはまだいえる段階に達していない。



●この追跡調査のまとめ


治療を受けなかった女性750人の中で、20年の間かかって本格的な子宮頸癌になった人はたったの10人(1.3%)です。
その10人のうち、検診時に見つけられた上皮内癌が進行したものは2例(0.3%)
他は検診時の上皮内癌とは関係なく出来たガン(1%)だけ。

検診を受けて、ガン宣告された人のうち、上皮内ガンと宣告された750人中、2人しか本ガンが進行した人はいなかったことになります。
この確率はすぐに摘出手術を受けた人たちも同程度の確率なはずです。

子宮ガンの発見率からすると13万人が検診を受け、その内約3000人にガン宣告がされた事に相当します
宣告された3000人のうち、本物の進行性のガンを見つけてもらった人はたったの8人!
750人は治療拒否なので2200人余りが不要な手術を受けたことになります。
この計算で行くと子宮癌検診でガンが見つかったとされるガンを放置して死ぬ確立は13万分の8人となります。
ところが、この計算は単純計算であり、50代で検診を受けて発見されたとするならば20年経てば70歳ですから、発見された子宮ガンが大きくなって悪化して死ぬ頃には、天寿を全うしているというわけです。


ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー


 


 


 


 

病気を予防ではなく、将来の病気を呼ぼうという意味。


予防接種の原理正体がわかれば、すべてのワクチンの意味が分かる。


ゆえに、A病もB,C,D病も個別にある予防接種(ワクチン)の区別も関係なくなる。


 


まず、免疫


疫病を逃れる、疫病から免除される。


疫病・・昔は原因が分からなかったから疫病


いまは原因の大半を微生物群にした。 ウイルスや細菌類


 


それに対抗する為の予防方法を考えた。


予防するために接種するもの  予防接種。


ワクチンと称した。


 


で、ワクチンを体内に入れると「抗体」が出来るという:


抗体が免役してくれるというのだ。


たしかに抗体ができるらしい。


しかし、その抗体は


免疫としては役に立たない。


なぜか?


 


そのまえに免疫、つまり病気を逃れるという意味。


身体の中にある毒素を無くすことが大原則。


その毒素を出す、排泄する力を免疫力。つまり病気は浄化作用という意味。


 


その毒素浄化の働きたる免疫力を弱めてしまう。


 


つまり、毒素を出さないようにして押し込めてしまう。


これを岡田茂吉は「固める」と称した。


ホメオパシーでは「抑圧」と称した。


 


おなじこと。


ようするに、病気の源である体内毒素を外に出そうとするのが


自然免疫力。


体内にある毒を外に出さないで内に押し込めるのが


人工的免疫力。


 


その違いは似て非なるモノ。


借金を例にすれば一目瞭然だ。


借りたモノを返すか、また借りて借金を貯め込むかの違いだ。


 


予防接種の正体は後者だから。


 


「よく効くワクチン」ほど「借金を増やす」ということだ。


これは医学者先々達に呼んでもらいたい。


あ、読んでね。


 


でも、ワクチン会社から景品もらってたらダメかな?


 


ワクチン、ワクチン、ワクチン、ソチン


みな似たようなものだ(爆)


 


 


わたしんちの医学革命と岡田茂吉研究 : 免疫と抗体論 ホメオパシーより


 


音声読み上げ: ホメオパシー論から「免疫と抗体論


 


やあ、風邪引いていますか!? インフルエンザ? おお~よかったですねえ


 


 


ついでに


電子書籍版のご案内


 


 

毎日、まいにちぼくらはてっぱんの~~


 


じゃねえ。


まいにち、まいにちぼくらは癌細胞~~


 



毎日無数の癌細胞が産まれるという


だが世界免疫機構が働いて消してくれるという。


だが、だが、それにも限度があることがある。


 


ついにはその癌細胞に全面的に任せるという段階に入るときだ。


 


究極の延命装置


 


そう、それが癌細胞免疫システムの再稼働だ。


 


いや、原発じゃないよ。


 


もう少々の癌細胞システムじゃ間に合わない時。


 


全面的に大々的に任せられる。


 


少しでも縁命してもらいたい。


縁のあるかぎり・・・


 


そこで縁とはこの身のこの世での体験期間とも言うらしい。


(ほんとかどうかは知らんが)


 


 


最後の切り札、ガン細胞の全面介入。


 


それがガン縁命装置の全面起動開始だ。


 




あなたの免疫細胞ががん転移の手助けをしている


 


免疫システムとは


 


できる限り身体を長持ちさせるために作動している。


 


この最終的な免疫システムと言われるガン免疫システムを


 


人間は逆にとってしまった。


そこに悲劇を生みだして


 


人生の華を生み出そうとしたのかも知れない。


 


そこには悲劇という


舞台を創り出して


そこから


感動という


 


この世でしか味わえない劇を演じられるから・・・


 


 


あの世では決して味わう事の出来ない


感情という最高のパフォーマンス


 


 


嗚呼、このくだらない素晴らしい世界にかんぱ~い(缶コーヒーの宣伝か!)


 


 


 つい、つい、追記


リンクの記事、あれは最初からガンが短命にしているという視点から見ている。


 


ところが、免疫システムというは、あくまで縁命にある。つまり生きるべき時まで延命させる


という意味だが、最後までそれを裏切るわけがない。


そう、ガン細胞にその延命(ガン細胞が無かったらもっと早く逝っただろう)装置として


の役割をさせているのだ。


 


そんな事も知らない土素人医学者が「免疫システムの裏切り」とかなんとか逆にとっている


だけのことだろう。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 

まったまた~~誤字でしょ~~


 


縁命じゃないでしょ。 延命ですよ。


 


困った文じゃ焼き、ま、小学生以下の人には通用するかもねえ、このブログ


 


でも、猿には通用しないぜ。 


よく「猿にもわかるナンチャラ」ってあるでしょ。


あれ、猿に分かるわけねえ。  


猿に分かるとすりゃあ、にんげん猿波にbakaってことでしょ?


 


猿にも分かる・・なら、あんたでも分かる・・っていう意味なんでしょうけど


 


よく考えてみたら、猿って超bakaでしょ、にんげんから言えば。


超bakaでも分かる、ナンチャラって


おいら、超bakaっていわれてんだな。  


 


昨日のわい鏡、「おれは頭悪いからな・」


と言ったので、


「そうそう」


ってあいづち打ったら


どうもそれがカチンと来たのかもしれない。


 


bakaでもわかるナンチャラなんて言うけど、あんたがそれだひょ。


なんて言われたら、たとえ自称bakaと言っても、許せないな。


 


なら、おいらはbakaだなんて言わなきゃいいのに(爆)


おいらはbakaだ。 


けど、他人から言われたくない。


特におめえからはな。


 


なら、おれの前で言うなよ!


つい相づち打っちゃうよな。


そして、怒っていりゃ、ほんとに猿だよ。 


 


そういえば、おまえは兄弟の中で一番頭がいいな・・・


と二人の兄貴がおいらを褒めていたっけ。


けど、


おい、おまえどうしたんだ!?


ダイジョウブかな?


 


おいおい、おまえらよりオイラは頭よかったんじゃないのかい?


ほなら、おいらより頭の悪いお兄さん達よ、おまえらより頭の良いオイラの心配


してどうする?


 


おれに分かるようにオマエの言い分を聞かせろ!


そいつはオレは頭が悪いと自称していながらオイラに言う。


 


もう、人の原質を知ると、


なんだ、


頭の悪い人、良い人の意味がやっと分かってきた


 


 


頭の(形の)良い人


頭の(かっこうの)悪い人


 


なんだ、勘違いしていたおいらの頭が悪かったんだ・・


 


ただし


 


頭のかっこうの悪さだけどよ。


 


A


何を書こうとしていたんだろうか?


 


だいぶ間をおいて


 


 


患者の死ぬ権利を尊重しよう (06/10)


 


まあ、死も生もバーチャル空間の疑似体験だというから、


死んだ気になって、生きた気になる


ってことでどうかな?


 


このまえ聞いた話


 


「せんせい、どうかこの人は私にとって大切な人なんです。


どうか、どうか、精一杯長生きさせてください!


 


 


かくして、愛されている夫は延命治療と称して


配管工事(人間水道工事、じゃない。チューブ繋がれて)は施され


本人は「はやく逝きたいよ~~」


と。


 


しかし


 


愛する妻は


「はいはい、生きたいのね、一時間でも一分でもね」


 


と。


 


ただ、心臓は動いている内は死んだように生き続けるのだった。


 


しかし、


それも世のすれ違いはつづく


 


その心臓、いただきま~す~0


と。


脳死という新たな死を創り出したそうな。


 


 


 


あ、もうおいら逝きそうだから


こんな無責任な放言、イクラでもなんでもウニでもなんでも持ってこいってんだ!


ういぃ~~


 


もう、末期だな・・


 


ひとは縁で生まれ縁で逝く


 


その縁ってのは?


命さえも縁の内


もともと縁命なんだな、その「縁」により「縁」により逝く


 


もっとも逝くのも疑似体験だそうだけど。


 


 


 


 

なあ、  友蔵よ  


世の中はおもしろいものよ のう~


 


悪をなして   善となることもあり


善となして  悪となることもある


 


 


 


そのまんまのセリフじゃ無いけど、鬼平シリーズ


鬼の平三が泥棒の友蔵に しみじみ語っている小舟の上でのシーン


 


 


これを ときどき 思い出し


 


なるほどなあ


 


悪という役割、善という役割


 


この世は、超リアルゲーム体験空間


とかいう「魂のインターネット」論と照らし合わせてみる。


 


このゲームはなんと、おいらの感情を揺さぶるんだろうか・・・・


これじゃあ、きっと本当の真の現実世界では決して味わいないんじゃないのか?


 


どうして、こんなウソとねつ造と虚構の多い世界に生まれてきたのか?


それも「わざわざ」選んで、進んで・・・とかいう。


 


先日幼なじみと久しぶりに呑んだ。


 


そして、いつものようにくだらない議論(これは議論じゃないな、ただの与太愚痴)


になり、


相手は怒って「ばかやろ~~、おれは帰る!」


 


今回はやつが怒って発狂した(笑い)


しかし、なんどか合って呑むとき、この様に怒ってしまうのはオイラの方が多かったかも(苦笑)


 


 


相手は自分の鏡だと言うことは知っている。


しかし、実際に鏡をみて冷静に見ていられる事はほとんどない。


 


例えばお面をかぶって鏡を見るとする。


そのお面がすごくきれいな顔のお面だったら、すごく気持ちがよい。


だけど、


醜い、しわくちゃじいさんでしかもすごく頑固で低脳のようなお面だったら


鏡を見た途端


 


こいつはオレじゃない!!


トンデモないこいつがオレの目の前にいる


バッカヤロ~~出て行け~~~


 


とわめいて非難しまくってやったら、


向こうも同じようにわめいているじゃないか。


 


ますます、頭にきて、ばっきゃろ~~


そしたら、相手も捨て台詞を残して去って行った。


 


ふう、


おいらは鏡を後ろにして、お面をかぶっていたのを思い出して


しずかにそれをとった・・・


 


しばらくはその余韻に酔っていた。。。


 


もうあのお面を見ることはないだろうなあ・・・


 


一ヶ月もすぎただろうか・・・


 


携帯がなった


 


「おい、どうしてる、いきているかあ」


「ああ、ひさしぶりに呑むかあ」


「おお、よしこれから行くぞ」


 


そして、その日もまた鏡を見ることになった。


こんどはおいらの方が先に切れて


 


「ばっきゃろ~~」


と叫んで逃げていった。


 


「おい、逃げるのか~~、一生逃げているのか~~おめえは~」


奴の罵声が追い打ちをかけてきた・・・


 


ところでこの鏡という話はまったく実感できない。


知ってはいるが(爆


 


それも個人だけでなく、


自分が見る世界はぜんぶ自分の責任範囲だというのだ。


 


絶対信じられない!


そこで、音が聞こえてきた・・


 


トテカントントン


 


↑、太宰治(正確じゃないかも)


 


なんだこの音は


 


あんたの見ている世界で感情移入するのもいいけど・・
あんたの創造範囲を超えないんだよ・・


 


自分でもよく分からないまえがきを終わりまして、、


 


いま正義は、、こうなった   


感謝と決意 にわやま由紀


さてはてメモ帳様より


しかし、


こちらも


[ネタ]桐生市のうんこたれ発言議員


さてはて赤あげようか、白あげようか、赤下げて白下げようか・・


ええ~い、ママよ!


これ縫ってチョウダイ


って  裏表に赤と白貼り付けてあげちゃった。


 


 


なあ友蔵よ


こんなこともあったらしいぞ


 


「悪い奴」、「あくどい奴」=「悪奴(あくど)」は世間にはゴマンといる。
みんな楽しくHappy♡がいい♪』というブログが、楽しくない情報をスッパぬいているが、関西電力大飯(おおい)原発3、4号機の安全性を確認したという福井県原子力安全専門委員会は、なんとなんと、委員の半数近くが電力業界から寄付を受けていた! というのだ。


 


はは、平三様  泥棒世界では当たり前だのクラッカーでして、、へへへ


 


そうよのう、学者、専門家と名乗る泥棒もいるとは聞いていたが・・・


へい、まあ江戸の庶民はそういう肩書きによわいもんでして・・
よく使うんですよわしらは。
普段呑ませたり、芸子さんつけたりして手なずけておくんでヤス。 友蔵


 


いざというときに役に立つ・・というわけか(鬼平)


へへへ、


ところでのう、ともぞうよ


幕府の方でももっとすごいことが行われているのを知っていたか?


へえ、わしら泥棒なかまはいろんな情報を集めているプロ集団ですから・・・(笑い)


そうよのう~~
泥棒家業とはいえ、ウソやねつ造、相手をだまくらかして、盗み家業がなりたつわけだからのう~~。たとえ個人独立事業主のおめえであっても、基本は同じということか。。


 


へえ、小も大も同じなんでございますよ~~鬼平さま、いや、平蔵様
しかし、わしらはあこぎな悪党はしませんぞ。
相手はいつもあくどい金持ちばかりを狙っているんでございました


 


そうよのう~~泥棒にも三分の理か・・泥棒のなかでも正統派ってことか・・


 


へえ-^^~~わしらはまっとうな泥棒でございますから。


はっははは~  


鬼の平蔵は高らかにわらってたばこをくゆらした・・・


 


)あ、もう、こんな時間だ!  時間かけてシマッタ!(   ←括弧悪い


 


今日のきわめつけだ、よく読んで見ろへいぞうよ


 


へえ。  あ、わし文字読めないんでした  もうしわけありません~~


 


なに~~獄門さらし首じゃ。


 


ポンとキセルを叩き、鬼兵は怒って立ち上がった。


 


6/20 「日本がアメリカに占領される」・・・菅氏が抱いた不安は当然である


人力でOG様↑


 


これ視点の違いから言うと


ひじょ~~におもしろい内容です。


 


鬼平好みでございます。


善とか悪とか  なんチャラ言っても


ぜんぶ塞翁が馬  ひひ~~ん  ニンジン前にぶら下げるな!


いつまでも突っ走るにんげん塞翁が馬   


鹿もいるぜよ


 


 

 ごぞんじシルバーバーチの伝言です。


にんげんと病気について


ずっと昔の伝言が現代になってようやく理解できるようになりました。


 


健康のためなら死んでも良い!?族にお薦め


 


人生の目的は健康じゃない


 


ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー


 




 肉体は霊の道具

 健康はいつの時代においても人々の大きな関心事である。霊訓の中にも健康についての箇所が多く見られる。霊訓に示される“健康観”は、従来のものと比べ格段に優れている。
 地上の人間は霊肉両面(霊体と肉体)から成り立っている。そしてその間には密接な相互関係があり、お互いに影響を及ぼし合っている。霊体はわれわれ人間の“永遠の実在形態”であり、肉体はその霊体に対する“地上の道具”とも言うべきものである。どこまでも優位にあるのは霊的なものであるが、地上にいる以上は、肉体という道具なくして存在することはできない。この意味で、地上人にとっては肉体は重要不可欠な道具である。
 この大事な道具に対し、シルバーバーチは、「よく手入れして大切にしなさい……」と言っている。 
 
 だが勘違いしてはならないのは、人間全体として最も大切なことは“霊の成長”である。その霊(魂)の成長を無視して、身体の健康のことばかりにとらわれるとするなら本末転倒である。霊をないがしろにし、肉体だけを健康にしようとしても無理である。
「地上で、できる限りの奉仕をするために道具である肉体を健全にしたい!」とか、「心の状態をスッキリさせるために肉体を健全にしたい!」という、高い気持が先行して身体の健康を願う時、結果的に肉体の健康は保たれるのである。
 少しでも長生きしたいという動機から肉体だけを健康にしようとしても、決してよい結果は得られない。余分なストレス・心配をつくり上げるだけである。
 物質的に豊かな世になると健康産業が花盛りになり、医学に莫大な金額をつぎ込んだり、健康法マニアが現れるが、本質の忘れ去られたところで、そうした努力が実を結ぶことはない。
 
 
 心と肉体の調和

 前述したように、地上の人間の霊体と肉体はお互いに影響を及ぼし合っている。肉体の調子が悪ければイライラし精神状態も悪くなる。適切な運動・正しい食事・適度な休養という身体の手入れを通して体調を良く保つように心がければ、心・精神の状態も当然良くなる。また霊的真理に基づいた考え方・心の持ち方をし精神が安定していれば、霊体は肉体へ良い影響を及ぼすようになり肉体も健康になる。このように、心と精神と肉体は密接な相互関係に立っている。
 地上人生においての真の健康とは――『心・精神・肉体の三者がともに健全であり、お互いが良い影響を及ぼし合って全体として調和がとれていること』である。(※近年「心身相関医学」という新しい分野が確立されたが、それは、心の持ち方・精神状態が身体の健康と大きな関係があるという“霊的法則”に合致したものと言える)

 
 
 心の力を無視した現代医学

 一般に現代医学では、心が肉体に及ぼす影響を過小評価している。これは霊的真理に対して無知であるためである。心が肉体に及ぼす力は、実はどんな薬や医学的手段よりも強力なのである。ゆえに“霊の影響力”を無視するところに全体の調和はもたらされない。肉体のことだけを考え、その領域の中だけですべて対処しよう(薬・栄養・運動)としても病気は治らないし、健康にはなれない。
 そうした“唯物的観点”に立った医学観は、さらに進めば、臓器移植や無意味な延命処置といった方向へ進んでいく。

 
   
 心の調和が健康の第一条件

 心・精神の正常化を計らずして、病気は治らないし健康にはなれない。エゴ的思い・取り越し苦労・不安・イライラ・ストレス――これらは心と精神を不調和にして、肉体へ悪い影響をもたらす。心・精神が喜びに満ち、安定し調和がとれていれば、肉体の恒常性機能・免疫機能は健全に働き、ほとんどの病気は癒されるのである。現代病の最大の原因は、実はストレスであると言われるのはこのためである。
 もし、心・精神が健全なら、物質的悪条件(悪い食べ物、汚れた空気・水・環境)から肉体に異常が生じても、その悪影響は最低限度にとどめられるであろう。
 霊界通信は、「現代人の病気の最大原因は、心の不調和(ストレス・不安など)による心身の不調和である」と述べている。

  
 ※――ホリスティック医学 
最近、ホリスティック医学という新しい医学の考え方が為されるようになってきた。これまでの現代医学は徹底した唯物論的観点に立って、人体を機械のように多くの部品の集まりと見なしてきた。それに対しホリスティック医学では、「人体のすべての部分は有機的関連性を持ち、全体が一つの強力な有機的身体をつくり上げている」という見方をする。
 治療もこれまでのような、臓器主義や薬物・手術を最優先する唯物主義ではなく、身体全体の生命力・治癒力を高めるという、根本治療を重視する。現代医学が成人病などの全身退化病には全くお手上げであるのに対し、ホリスティック医学では、全身の機能向上を計る治療法を用いて大きな効果を上げている。
 霊的観点から見れば、ホリスティック医学は従来のものに比べて大きく進歩している。が、いまだ霊体の実在を大前提とはしていない。また死後の世界の実在を、確固たる事実として認定するまでには至っていない。
 こうした点でホリスティック医学は、「将来の霊的真理に立った医学に至る過渡的プロセスを歩んでいる」と言えるのである。

 
 
 カルマによる病気

 地上世界は悪因縁の償いをするための、さまざまな苦しみを体験する場所でもある。その苦しみが病気という形で現れる場合がある。こういうケースでは、一定の苦しみをへて意識の変化が生じ、その悪因縁が切れるまで、病気はどのような手段を講じても治らない。将来どんなに医学が発達しても、この種の病気は治らない。またどれほど優れた心霊治療家にかかっても、その病気は治らない。
 このように――『因縁的にどうしても治らない病気もある』ということをしっかり知っておかねばならない。病気に対するこのような認識は、霊的真理があって初めて分かることであり“最も深い医学観”の一つと言える。この事実が分からないと、有名な心霊治療家を次々と渡り歩き、奇蹟を求めて血まなこになる、ということにもなりかねない。
 しかし因縁による場合は、何が何でも病気を治そうとするより、苦しみを受け止め、そこから何らかの教訓を学び取ろうとすることが必要なのである。

 
 
 霊的事実に立った医学

 永い闘病生活の末、死亡するという事態を迎えると、大半の人々は死を悲劇的出来事・悲惨な結末と考えがちである。が、何度も述べてきたように死は悲劇的出来事ではない。それどころか、病気の苦しみからその人を解放してくれる喜ばしい出来事である。本来は、医者が遺族に対してそうした事実を述べて、心の持ち方を整理してあげるべきなのである。
 また生命は神が与えたものである以上、死への旅立ちのプロセスは自然の成り行きに任せるべきである。死ぬ時がくれば必ず死ぬのである。だから“安楽死”といって、わざわざ生命を断ち切るというようなこともしてはならない。外見は植物人間として蘇生不可能であるとしても、その状況下で、当の本人の魂(大きな意識)は、必要な苦しみの体験をしていることもある。また植物人間の状態で、霊体が肉体から自然な形で徐々に抜け出ていることもある。
 本来は医者自身が、こうした霊体と肉体両面にわたる事実に立って、正しく対処すべきことなのである。
 
 ※――人の死の瞬間は、霊体と肉体をつなぐシルバーコードが切れる時である。従って、シルバーコードを見ることのできる霊能者がその場にいた時、はじめて死の瞬間の判定が可能となる。現代は脳死の問題が盛んに取り上げられているが、厳密な意味での死の判定は、脳波とは食い違うことがある。
     
 
 
 地上サイドから見た健康条件

 以上、地上人の健康の問題を、霊界人の視点から見てきた。ここで健康・医学の問題を、別の角度・地上サイドから見てみよう。
 肉体の驚異的なシステムを見る時、われわれの肉体は、神が最高の知恵を結集して造ってくださった作品であることを認めざるを得ない。しかも肉体はただ精妙に造られているばかりでなく、その精妙な肉体が狂いなく維持される仕組み(恒常性機能)も与えられ、さらに肉体が間違った使用法によってこわれた時に、それを修理するシステムまで、あらかじめ与えられているのである。このように神の英知と配慮が、われわれの肉体にはぎっしりと詰まっている。
 ゆえにわれわれ人間がかなり不自然な肉体の使い方、酷使をしないかぎり、健康を維持できるのは当たり前のことなのである。が、現在、地上人生を送る人間の中で健全な肉体を持
っている者が極めて少ないということは、いかに肉体を間違って使っているか、不自然な取り扱い方をしているか、ということなのである。
 霊的真理が普及するにつれ、摂理に添った自然な生き方が分かるようになり、それと同時に肉体の使い方・扱い方も正しくなっていく。当然、これまでの健康観・医学観も根本から変化するようになる。将来の医学は、正しい健康生活のための養生法(予防医学)が重要視され、治療法としては自然治癒力を活用する方法が当然中心となっていく。免疫治療法などの方法が主流になっていくことは間違いない。
 
 摂理に添った自然な生き方が、そのまま“健康条件”となる。そしてそれは病気になった時の治療法でもある。なぜなら健康条件が欠けた時、病気になるのであるから、その欠けたものを補えば健康になるということは当然の理である。
 その健康条件イコール治療法とは、具体的には次に示す四つの条件から成り立つ。この四つの条件が満たされた時健康は維持され、病気は防がれ、たとえ病気になったとしても免疫力を最大限に発揮して、すばやく治すことができるようになる。免疫などの恒常性機能をつかさどる、自律神経系、ホルモン系、さらには気の系統までが最も良い状態におかれるからである。

 
 
?   健全な精神状態(明るく、生きがいを持って、前向きで、安定した)
 ?   正しい食生活
 ?   正しい休養
 ?   適切な運動

 
 これらを簡単に説明しておこう。四つの条件の中で一番大きなウエイトを持つのが、?の精神状態であることは言うまでもない。マイナスの精神状態や感情、さらに不安・心配・絶望といったマイナスのストレスは免疫力の働きを著しく落としめる。元来明るい性格の持ち主もいて、そういう者はがいして健康である。とは言っても性格的なものだけでは、人生を根本から変えるような大きな苦しみの峠には対処できない。深い価値観・人生観に立って、
広い視野を持てた時こそ、人間は地上の苦しみを大きいところから眺め下ろし、冷静に対処することができるのである。知性的な土台の上に立って、精神をコントロールすることが必要となる。
 その意味で、霊的真理ほど心を広く、深く、安定させてくれるものはない。霊的真理ほど強力なものはないと言える。その上で精神状態を良くする他の方法を併せて用いるとよいであろう。(呼吸法、瞑想法、ヨガ、運動法など)
 精神状態と免疫の関係は現代医学の前線分野のテーマである。「精神・神経免疫学」という新しい医学分野も生まれている。
 
 ?正しい食生活。霊性が鈍り、本能のおもむくままの生活は肉体の質の低下をもたらす。その結果、現代人は、肉体に良い食べものが何なのかも分からなくなってしまった。物質文明の進歩と同時に飽食にいっそう拍車がかかり、全人類半病人と化してしまった。これまで一般に、ぜいたくな食べ物、高価な食べ物ほど栄養価が高いと言われてきた。しかし最近の栄養学は、こうした食べ物ほど栄養価が低く、むしろ従来からの粗食(伝統食)こそ栄養価が高いことを明らかにしている。肉欲を満たすことは、結局、自分自身の首を絞めるようになることを証明している。
 栄養学は現代医学の最前線の分野である。ビタミン・ミネラルといった微量栄養素の研究、食物繊維の研究、油の研究、免疫強化物質の研究など、めざましいスピードで進歩している。肉体の健康の研究は、今日では分子レベルにまで掘り下げられている。栄養素の働きが分子レベルでとらえられるようになり、「分子矯正医学」という新しい分野が登場した。そして人間の健康について、多くの栄養学的知見をもたらした。その結果、人類の食生活は急速に改善されつつある。
 ただし、こうした研究のアプローチは、どこまでも肉体的・物質的側面からのみのものである。食生活は健康全体の一パートにすぎない。ゆえに万全の食生活・栄養条件が満たされたとしても、それだけで完璧な健康がもたらされるわけではない。
 
 ?正しい休養。価値観を変え、優先すべきものを人生の中心にすえたら、肉体の健康を損ねるほど働くこともなくなるであろう。地上の仕事で、健康を犠牲にしてまでしなければならないものはない。現代人の大半は、どちらでもいいこと、さして大切でないことのために多くのエネルギーと時間を費やし疲れ果てている。また、この仕事は自分以外にはできないという思い上がりや、独りよがりの思い込みによって、身体を無意味に酷使していることが多いのである。
 疲れたら休み、エネルギーを蓄えるというのが摂理に叶った在り方であるし、正しい身体の管理なのである。それによって恒常性機能も正常に働くようになるし、精神と肉体のバランスを取り戻すことができるようになる。
 
 ?人間は体を動かし、汗を流して、全身の機能が正常に働くようになっている。怠惰な生活、横着な生活から健康は得られない。運動法の必要が説かれ、多くの人々が運動をしているのは良いことである。適度な全身運動は自律神経のバランスを取り戻し、ストレスを解消して免疫を強化したり、全身の恒常性機能を高めるなど大きな効果がある。
 この際、大切なことは“適度”ということである。プロスポーツやオリンピックの選手などは、身体を酷使しこわしてまでも能力を高めようとするが、それは何の意味もないことである。「肉体は霊の道具である」という肝心なことを全く無視した発想である。これはエゴ以外の何物でもない。
 が、たとえ適度な運動をしたとしても、それだけで健康を手にすることはできないのは言うまでもない。 
 
 以上、健康の条件について述べてきたが、ここで忘れてはならないことは、どんなベストの健康生活をしても、因縁から病気になることもある、ということである。『病気による苦しみの体験が、その人の魂の成長にとって必要ならば病気になる』ということである。地上での肉体の健康よりも、魂の成長の方がより大切であるからである。その意味では、われわれ地上人の健康の一番深いところは“因果律”によって支配され、影響を受けているということなのである。




ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー



TITLE:健康・医学について
DATE:2003/09/10 11:33
URL:http://www5a.biglobe.ne.jp/~spk/essece-kenkou.htm

堕落したねえ~


 


はい・・・


呑んでばかりいるらしいけど?


はい・・・・


 


宗教辞めてあんた堕落ひとすじかい?


はい・・・


 


それで宗教嫌いになった?


いいえ、嫌いじゃ無く、波動が合わなくなったんです。


 


でも、「宗教が要らない」とか言ってるじゃん?


いえ、わたすのことはいいんです。


よくないよ。


じゃあ、なんで宗教要らないなんて言うの?


いえ、脱じゃなく、卒なんです。


 


ほほう・・・うまく表現したね。
でも、どうみても君の生活は堕落ひとすじだよな?


 


だからあ~~、ワシのことはほっといてくださいって!


そうはいかないよ、それだけ偉そうなこというからはな。
そうとう偉い人物になってから言うぞ、そういうこと。


 


だからっ!  わすを見るなって言ってんだい!!


 


じゃ、なぜ岡田茂吉研究の分類にこれを入れた?


 


そこが意味深長なんでひょ。


じつは・・・教祖さんがこれ入れろってあちらの世界からせっつくんですよ。


 


なにい~堕落元信者が何を言う!


向こうの世界に逝くと、本当の事を知るんでしょ?きっと。


そうなってから、「あ、ちみぃ~~これ訂正ね。」などと、言っても誰も聞こえない。だから誰かの意識に働きかけて代わりに言って貰うんでしょ?


そうかなあ? それにおめえに働きかけるとはとても思えない。
だいいち、人格が・・・低次元すぎる!!


 


しかたないでしょ、偉そうな立派な人格者さんたちは「勘違い」しているから、聞く耳持たずなんだから。


ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー


「ニュー・メタフィジックス」(new Meta-Physics)

宗教(religion)
                                第2節



この節でも宗教と政府という概念を統合する立場から見ていきます。
皆さんが無条件の愛を通して自分の力を取り戻していく時、すなわち自分が宗教や政府と対等である
ことを認め、そして大いなる全てと対等であると認め始めた時、社会の中においても、
性格の部分を通して、皆さん神聖さを創造的に表現することが可能であることが理解できるでしょう。
(「性格」自体は肉体をもつ以上存続するものですが・・・・)。
このようにして皆さんのいう地上の楽園が創られるのです。
ここでは皆さんの宗教によって創られてきたシンボル(象徴)全てを見ていきます。
それらがいかに地球上に形となって現たかも見ていきます。シンボルのメカニズムも理解できるでしょう。
自分自身の典型的なエネルギーに触れそれが意識の奥深くに地下水のように流れているのを
感じるかもしれません。そして、元型エネルギーが潜在意識の中でいかに幻想とシンボルを
創りだしているかを見るでしょう。このエネルギーは、皆さんが周りの世界と関わり合う手段として、
元型からの全てのシンボルを創造するために使われているだけなのです。その関わり合いの相手が
本当は自分自身、すなわち創造主である大いなる全てであると気づくまで、これが続きます。
元型のエネルギーから一度この分離を創り出すと、今度はその分離を強化するために必要な
シンボルを常に使い始めます。これは皆さんが心理学呼んでいる一つの考え方を通して理解できます。
実際にはすでに、心理学が宗教に取って代わり始めているのです。

このようにして、自分が分離した存在であるという考え方から創造した、多数の意識の流れが
あることが分かります。皆さんは自分の意識の中を、表層意識、無意識、潜在意識、超意識、
集合意識、そして皆さんの性格の様々な部分にと分離してしまいました。

今まで(といっても2万5千年サイクルの中ですが)これらの様々な性格に分離してしまった部分が、
悪魔、天使、その他の宗教的なシンボルを生み出してきました。これらのシンボルの背後に、
実際の意識エネルギーがまったく無かったとはいえません。しかし、皆さんの新しく統合された
観点をもってすれば、これらの概念の多くが自分の高次の意識の一部の反映であり、
人工的な人格化を施すことによって、いかに自分自身の目にとまるようにしていたかを理解するでしょう。

自らが創りだした分離の中で、元型のエネルギーを用いることによって、自分たちが理解できるような
シンボルを創造してきました。大いなる全て、「知恵」、ワンネス(本来のあなたであるすべてに
ひとつである状態)、これらから分離帯したいという望みがあったために創りだした「怖れ」を
強化するために、これらのシンボルを創造したのです。

皆さんの心理学や精神医学と呼ばれる道具を用いて、これらのエネルギーの流れや考え方を、
自分や他の意識のもつ様々な側面に関わり合いというスクリーンを投影していることを理解し始めています。

ひとつの例としては、皆さんは複数の次元にまたがって演じている全てのドラマ、
全ての人生を見始めるでしょう。救世主と思われていた人々の様々に行為は、単に物理次元に
限られた行為ではありませんてじた。それらは超自然的な行為でもあり、物理次元のみならず、
多くの異なるレベルにわたってなされた行為でした。
このようにして「ひとつの意識」がもつ数多くの側面の相互関係を理解し始めるでしょう。
例えば前述したように、キリスト意識は、皆さんがイエスと呼んだ人物を通して表現された
だけでなく、預言者エリヤ、洗礼ヨハネ、そしてユダの三人の関係が、同じく洗礼ヨハネと
イエスとユダの三人の関係と重複しながら表現されたのです。この二つの三角関係は
同じ意識から派生したものです。エリヤは町で叫びながら、皆さんの言う予言をし、それから
行われるドラマがスムーズに演じられるよう事前に準備していました。大いなる全てからの
分離というドラマの中で、その時代の人々が創造していた元型のエネルギーのすべての側面を映し出すために
必要な鏡となるドラマの幕を開けるために。

これらの分離のサイクルを通して、目に見えないところで常に起こっていた相互関係やつながり、
そして共時性(シンクロにシティ)のパターンが皆さんの目に見えてきます。これらの出来事は、
常に、明らかなつながりを持っていたにもかかわらず、皆さんが創造した性格や制限、
そして、意識の分離がちょうど曇りガラスの役目を果たして、皆さんの目に届かなかったのです。

今、皆さんは自分自身より透明にする作業を行っています。皆さん自身の人生においてて、
透視能力が身につき始めている言っていいでしょう。透視とは透明に見ることができるという意味です。
ですから、心理学者や精神医学と共に、今度は超能力も表面に浮上してきます。
これは皆さんが、時間と空間を越えて存在するすべての意識と自分自身のすべての側面とが、
常にコミュニケーションしていることに気づくことを許し始めているからです。
これが精神医学を生み出すのと同じエネルギーで反対の極をなす、超能力(サイキアトリー)という
側面なのです。超能力(サイキック)と精神医学(サイキアトリー)は同じエネルギーの両極です。
自己を物理次元に創造する限りに極性は常に存在します。これが次に皆さんに理解してほしい
もうひとつの見方です。すなわち、物理次元を定義付けるものとしての二極性なのです。

分離した自己を融合させていき、再び大いなる全てとなる統合の立場からのシンプルなものの見方が、
すでに皆さんが宗教と呼ぶものから何百歩も先に進んでいることを理解してください。
このエネルギーが、地球上の他の全ての求道手段といかに自然に融合していくかという基礎を、
すでに創り始めてます。これから、各章に進んでいくにつれて、これらすへてがどのようにつながっているか、
そして基礎となる考え方が以下にすべてこの統合という観点から作られているかがわかるでしょう。

ここまで来ると、哲学とは、統合されて宗教と呼んだ方がいいかもしれません。そして、
哲学のその二極性を伴った表現が物理的次元を定義付けしていることを、皆さんは理解するでしょう。
最初に宗教から派生して皆さんが体験するものはが、先に述べた超能力と精神医学です。
同様に原子構造が、原始の雲状の性質から粒子を生み出すのも同じようなメカニズムに基づいている
ことを理解することができるでしょう。

ある意味で単純なひとつの原始の雲のような性質から粒子が生まれるのと同様に、
皆さんの社会が、より深い気づきをもって現実の持つ性質を定義付けしていることを学ぶ時、
この精神医学と超能力という分極された考え方が、宗教という曖味な雲の状態から出ていることがわかります。
このような二極性の並んでいる状態、または(原子の例で言えば)粒子の並んでいる状態は、
話を簡単にするというよりは、より混乱させるかもしれません。しかし、自分自身や自分の考え方を
見ていく方法を通して、ちょうど皆さんの物理学者が「統一場」と呼ぶ基本的なものの見方に
到達しようとしているように、二極性のエネルギーそのものに関しての基本的な理解を
深めることが出来るでしょう。

ここで取り上げた例には、直接的な関連性があります。すなわち、超能力と精神医学は、
哲学より統一場的な場から派生する二極化された二つの成分なのです。そして、この基本的な概念が、
この見方が、皆さんの社会学的な考え方のものの見方を融合し統合する基礎となるだけでなく、
皆さんが科学そして経済と呼ぶものまで融合、統合する基となるのです。

こうして以前に述べたように、皆さんが統合というものの見方を持ち始めれば、
どのような分野においても、分離の中で創り出された間が赤宝非常に速く離れることが出来るようになります。
そして、特定の概念の中に存在する多くの特徴を捨てることができます。
超能力と精神医学は、自分の外にある慈悲の力にすがり、自分が判断される立場にあるという、
宗教のもつ大きな特徴を最初に失います。超能力と精神医学は、両者共に自分自身を、
そして大いなる全てと自分との関係を理解する試みのひとつです。ます、自分の力を取り戻すこと、
コントロールする力を取り戻すこと、すなわち自分の人生の全ての面において、自分が選択権を
もつていることを知ること。大して理解のできない外部の力や判断に、そして、神秘的な神、
女神、神々などの非合理的な行為の慈悲にすがるのではなく、皆さん個人個人がそして集合的に、
自分で望む社会を作る道具として、このコントロールが使えることを知ることです。

私達が神という言葉を使う時、皆さんが社会の中で創り出した制限のある神について話していることを
理解してください。私達は、創造とは、単に「大いなる全て」そのものだと考えています。
この大いなる全ては、全てを包括し、それ自身ですへべてであり、そして自ら大いなる全てであることを
知っている存在なのです。
ここで気づいてほしいのは、神、女神、神々などという言葉の違いも、大いなる全てという
概念に何らかの制限を与えてしまうということです。「神は全能である。しかし、どういうわけか
神は私ではなく私の外にいる。そして私は神の外にいる」などという矛盾が出てきます。
定義からすると、神はすべてであり、すべての場所にいるならば、皆さんは神の外には存在しないことになります。
神も皆さんの外には存在しません。皆さんが神なのです。定義からして、神が皆さんなのです。
ですから私達は、大いなる全てという言葉をこのんで使います。この呼び方にはそれほど制限はありません。
皆さんは、神はすべての中に存在するという考え方の中でさえ、どういうわけか自分の内にだけは
存在しないということを考え出してたしまいました。

融合という観点から見ていくと、皆さんの定義づけにも制限があること、また、それらの定義は
皆さんの現在の価値観や、これなら安全だと思っている観点を反映しているだけだと気づくでしょう。
皆さんが怖れの観念を創り出している限り、皆さんの性格、観念、感情または知性のどこかに
危険な部分が潜んでいと考えてしまいます。皆さんの歴史に常にあったように、それが融合された時、
異端者が出てきます(異端とは、皆さんの社会がそれまで認めていたもの以外に、個人の気付きが
起こったときに対する社会の反応です)。皆さんが寄り基本的なことで、すべての宗教のカノン
(キリスト教信仰および行為の基準)など現在までの分離主義に反するものです。

このようにして、二極性そののは、皆さんの融合された新しい観点から見ると、時間と空間と同様に、
この物理次元の定義付けのひとつだということがわかるでしとょう。し遊興と融合された観点から見た時、
分離主義という性格を失い、そして皆さんが科学と呼ぶ概念により近づいていきます。
こうして、第2章の「科学」へとつながっていきます。
第2章は科学ですから、分主義の時代に創造されたため、他の様々な学問の融合または統一できなかった
多くの概念についても見ていきます。科学自体の統一化を通して、その統一化等定義の性質上、
これ待て長い間科学の分野ではないとされていたものすら、その中に組み込まれ始めていることを見ていきます。

それではこれから、各章の最後に毎回行うように、代表的な質問を受けることにしましょう。
それぞれのテーマについて、この本を読んだり、もしくは人から読んでもらったりしている意識の中に
浮かんでくる様々な考えを整理するために、質問を受けましょう。
いま、質問してくれてもいいですし、各章の終わりに皆さんの社会からのコメント、もしくは個人としての
コメントを私達と共に、この宇宙連合の精神にのっとって共同創造するのもいいでしょう。

ここでは、皆さんの文明に私たちの宇宙連合の一部として参加する機会を提供していと思います。
それによって、ステップ・バイ・ステップ、一歩一歩、一章一章と、手に手をとって融合という考え方を
共闘創造し、皆さんの文明、私達の文明、意識のすべてのレベル、そしてこの本を共に創造してくれている
巣へ手の人のカタルシス(感情の浄化)となるようにしていきたいと思います。
今は、私達の文明は皆さんの文明とは異なるという考えの上に、この共同創造をしていきます。
しかし、この本の終わる頃には、わたしたちはすべてひとつの文明という見方を始めることができるかもしれません。
手に手をとって、共に探求し、助け合いながら新しい考えを創り、私達の探求する大いなる全てを、
より深く認識する機会を私たち自身に与えていきます。言葉を変えて言えば、新たな宗教と
読んでもいいかもしれません。しかし、これは皆さんが現在宗教と呼んでいるものとはまったく異なるものでしょう。

それでは、この章について質問を受ける、分かち合いのときにしたいと思います。


 



ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー


はっきり言って、わたすは全然分かっていません↑


 


でも、これは伝えるべしと、救世主(メシヤ)さんが・・・


 


うん、2まん5せん年も経ったら


自堕落もしようってもんじゃい! ウイィ~~(呑んでくだ巻いている)


 


そのうち目が覚めて神聖なる自分を思い出すでしょ~~(と、また呑んで)


 


だれだ、こんなヤツを紹介アフィリエイターに選んだヤツは!!


 


うぃ))~~   あしたこそ、呑むのやめよう・・・


はやく 紹介料ほしいなあ・・・・・・(こういう私も神である)