KICK OUT! -4ページ目

どつぼ男が寄ってきた ⑥

三角公園で第4回
釜ヶ崎「寄ってき」まつりの
舞台設営に取り組んでいた僕の背後に
猛獣がたんをからませたような
汚い声がかかった。

「おはようさん」
しんたろうである。
「丹羽に聞いたんやけど、このまつりは仙石が創っとるんけ?」

2回空振りが続いたあとの
チャンスが向こうからやってきた。
丹羽さんも何やら
しんたろうに諫言したようだ。

僕は客席代わりに敷かれた
ござの上に場を移した。

「このまつりは僕一人では創ってない。
皆がお金と労力を出し合って創ってる」
続けて
「1バンド千円づつ出して成り立ってるねん。
あんたこの前、5バンドに
割り込んで歌ってたやろ。
5千円払え」
と手を出すと
「そんな事言うなよ」
と笑いながら困惑してた。

「お前それ言うために
あの朝アパートに来たんか?」

「違う責任の話や」

「俺はいつも責任持っとるで」

「あんたが舞台でお○ことか言わなあかん
必然性があるなら言えばいい。
でも苦情が来たら誰かに丸投げして消えるのは不細工やぞ。
吐いた言葉全てに責任持てよ」

「わかっとるわ!俺も男じゃ。
他人に尻拭いなんかさせへんわい」

「あんたの代わりに
誰かが謝るって事は二度とないな」

「わかっとるわ」

力のない声で強がるしんたろうは
場を離れて行った。
その背中を見て僕は少しは釘が刺せたかもと
淡く期待した。

本番が始まりしばらくすると
しんたろうは僕に近づいて来て
「俺にも出させてくれや」

僕は「皆、打ち合わせから裏方の仕事して、
お金まで出し合ってるのに
あんただけ特別扱いは出来んわ」

問答が続いた後
「頼むわ、ホン・ヨンウンが死んだんや。
わし、あいつのために唄いたいねん」

このまつりとホン・ヨンウン氏の間には
残念ながら縁はない。
ただ故人の名を出されて
僕はきつく断れなくなった。

「時間が空いたらいいけど多分無理やで」
諦めたのかしんたろうは
無言で公園を後にした。

そして小一時間後、
右手に握ったくしゃくしゃの千円札を
ヒラヒラ揺らしながら
意気揚々と僕の目前まで来た。

「これでええねやろ、
唄わせてや」

まつりの主旨を理解してないどころか
千円で僕のつらを張った気でいてる。

得意気なしんたろうの顔を見て
不覚にも大笑してしまった。
僕の負けである。
僕の持ち時間を削って
しんたろうにあげる事にした。

‐続く‐

どつぼ男が寄ってきた ⑤

 毛嫌いするあまりずっと距離を置いてたが
いつまでも避けてばかりでは、まつりが守れない。

殴り合いも辞さない気分にまで
僕はたかぶっていた。

 到着すると折りよく自転車で外出しようとするしんたろうがいた。

僕の顔を見るなり気まずそうに「おう、仙石」
僕は挨拶も抜きで「あんたのライブのCD聴いたぞ」

「おおきに。ほんじゃあ」
と出発するのを捕まえて
「あんなまともなライブやれるのに
何でウチのまつりだけ無茶苦茶にする。
あんたのためにいくつバンドが潰れたと思ってる」と詰めると

「あれは俺も反省しとるし色々考えとるんや」
更に「今から認定(日雇い労働者の失業保険金受給)いかなあかんねん」

僕は自転車の荷台をつかみ「まだ終わってない。答えてから行け」
と粘ったが
「今度にしてえなあ、この時間やないと金もらわれへんねん」

夏祭りに続いての空振りである。
完全にはぐらかされた。
収入にかかわると言われて
思わず力が緩んだ僕の手を振りほどき
逃げるようにあいりんセンターに向かうしんたろう。

僕は丹羽さんの部屋に戻って
またしばらくアルコールに浸かってた。

‐続く‐

どつぼ男が寄ってきた ④

 4回目の「寄ってき」まつりが迫って来た秋、
僕は準備作業に都合がいいからと
まつりの事務局でもある
丹羽さんの部屋に連泊してた。

  ある朝、熟睡中の丹羽さんの部屋に
無造作に散らかしてるCD-Rが僕の目に留まった。

 興味本位で聴いてみると
雑談のガヤガヤ感の中で誰かの唄が流れ出す。
ミディアムテンポでレゲエ調の
『What A Wonderful World』が
飲み過ぎたけだるい朝の頭を
心地良く包んでくれる。

ライブが進むにつれ場の空気が和んでゆくのがわかる。
収録現場がどんな店か判らないが
こじんまりした空間で
ステージと客席がファミリーの様な温かい雰囲気で繋がっている。
羨ましい位素敵なライブである。

  しばらく進行してボーカリストに紹介された
メンバーは聞いた事ある名ばかり。
皆しんたろうと懇意の人物だ。

そこでやっと聞き覚えのある歌声の正体に気づいた。
これはしんたろうのライブ音源だったのだ。

 僕は腹を立て途中で聴く事をやめた。
決してしんたろうの歌声に
癒やされたのが屈辱だったわけではない。

こんな素敵なライブが出来る男が
釜ヶ崎に来れば放送禁止用語で場を荒らすのか。

釜ヶ崎はなめられてるのか?
だとしたらしんたろうは絶対許せない。
僕の足はしんたろうのアパートに向かっていた。

‐続く‐

どつぼ男が寄ってきた ③

この回の釜ヶ崎夏祭りで僕と丹羽さんは
“新世界ミュージック”というユニットを組んで演奏する。

それに合わせて僕は2日間で仕上げた殴り書きのような詩をブルースに乗せた。

「吐いた言葉の尻拭いも出来んのか!
ブルース唄って35年が泣くぞ」

「もう一回土足で上がって来い、俺は下から石投げたる」

「あんたの意見はあんただけの意見」

「労働者の代表なんてあつかましい思わんのか」

この詩で僕はしんたろうへの抗議と苦情主への反論を
当事者にだけ解る様オブラートに包んだつもりでいた。

サビはソーバッドレビューの『かたつむり』という作品から
「ほっとけ!人の事なんかワレ」というくだりをそのまま引用した。

丹羽さんも途中から詩の真意を察知して
最後は二人で「ほっとけ!人の事なんか」
言葉を叩きつけるように叫んでた。

この時、苦情主は何かの用事で公園に不在。
しんたろうは病気で喀血し自宅で静養していた。

僕らの主張は一部の人達には
理解と共感を得たが
肝心のしんたろうの心には触れも出来なかった。

結果は僕が発散しただけ。
フルスイングの空振りに終わってしまった。

‐続く‐

どつぼ男が寄ってきた ②

10メートルも近づけたくない位
しんたろうアレルギーだった僕だが
「ここの住人はあなた達を歓迎してない」
「良識ある人にはそんな唄迷惑です」などの
苦情主の苦言が終わる頃
その距離は万里に達していた。

以前釜ヶ崎越冬実の文化班がしんたろうの
好き放題に釘を刺そうと会議に呼んだ事がある。
しかし会議の場に現れたのは、しんたろうの代理人なる人物。

そして「寄ってき」まつりでもしんたろうは
苦情を避けるように現場から消えている。

 不特定多数相手に言葉を発する立場なのに
その責任をとらず誰かが身替わりに謝る。

どうやらしんたろうは要所要所で肩すかしで逃げる習性があるらしい。
これでは尻拭いの出来ない餓鬼ではないか。


 「僕が屈辱だったのは『寄ってき』での出来事なのに越冬実に苦情が入った事」と言う丹羽さん。

「寄ってき」まつりは越冬、夏祭りに属してない。
そう位置付けられるのが嫌だったのも
うたまつりを廃した理由の一つ。

しかし、それすら周囲に認知されていない現実が僕らのささやかな自尊心を逆なでした。

苦情そのものは真摯に受け止めるが
その対象である目前の張本人を避けて
目上の人に告げ口のような苦情など正々堂々さは皆無で逆に嫌悪感を感じる。
その目上の人が実は無関係な人間だったから尚更である。


2つの屈辱が責任を全うしなかった僕と
放置した丹羽さんにまとわりつく。
自らの落ち度を認めながらも大きなジレンマと共に
その年の釜ヶ崎夏祭りを迎えた。

‐続く‐