鶏と龍 ②
この社長は二つ思い違いをしている。
財政難の大阪市が全ての失業者を保護してくれるわけがない。
してたら野宿生活者は存在しないというのが一つ。
そして生活保護を受ける人達は、
軽蔑の上哄笑に値する存在じゃないというのがもう一つ。
身体障害、子持ちの片親、精神障害、失業、他諸々。
働かないと働けないのは大違いだ。
好きで野宿生活してる人がいるとは
未だ聞いた事がない。
人はいつ弱い立場に立たされるかわからない。
自分が当事者になった時、
人間の無力さと支えあう強さを知る事もある。
これより数年前の震災の時、
倒壊したそのライブハウスを再建する為に多くの善意が動いたはず。
そこの社長が失業、野宿生活を軽蔑、哄笑する人間だったのが寂しかったが
場の雰囲気を壊さないため、
感情を殺してあとの時間を過ごしてた。
「お前こいつの技受けてみろ」
ヒールレスラーを指差した
社長が僕に言う。
「素人に技かけて痛くなくても、怪我させても
プロレスが損するだけですよ」
手加減してさほど痛くなければプロレスが軽く見られる。
逆に怪我でもすれば
団体どころか業界が叩かれる。
「いいからやれよ」
よほど僕の痛がる様を見て
笑いたいのだろうか。
しつこく要求する社長を
「それはやめときましょう」と制したのは社長レスラーだった。
困惑顔の社長レスラーが気の毒だった。
僕がミーハー根性出したばかりに。
それから10年後、あるミュージシャンが
この社長に僕を紹介してくれた。
「釜ヶ崎でイベントやってはる仙石さんです」
「よろしくお願いします」と社長。
初対面を装い
ライブの打ち上げに参加させてもらった僕は
その話をチラチラ出したけど
社長は全く覚えてなくそんな出来事など
頭の片隅にも留めてなかったようだった。
僕はこれ以上そこに触れる事は徒労だと予感し
その話題を打ち切った。
言った側からすれば印象にも残らない
他愛もない言動だったのだろう。
‐(完)‐
財政難の大阪市が全ての失業者を保護してくれるわけがない。
してたら野宿生活者は存在しないというのが一つ。
そして生活保護を受ける人達は、
軽蔑の上哄笑に値する存在じゃないというのがもう一つ。
身体障害、子持ちの片親、精神障害、失業、他諸々。
働かないと働けないのは大違いだ。
好きで野宿生活してる人がいるとは
未だ聞いた事がない。
人はいつ弱い立場に立たされるかわからない。
自分が当事者になった時、
人間の無力さと支えあう強さを知る事もある。
これより数年前の震災の時、
倒壊したそのライブハウスを再建する為に多くの善意が動いたはず。
そこの社長が失業、野宿生活を軽蔑、哄笑する人間だったのが寂しかったが
場の雰囲気を壊さないため、
感情を殺してあとの時間を過ごしてた。
「お前こいつの技受けてみろ」
ヒールレスラーを指差した
社長が僕に言う。
「素人に技かけて痛くなくても、怪我させても
プロレスが損するだけですよ」
手加減してさほど痛くなければプロレスが軽く見られる。
逆に怪我でもすれば
団体どころか業界が叩かれる。
「いいからやれよ」
よほど僕の痛がる様を見て
笑いたいのだろうか。
しつこく要求する社長を
「それはやめときましょう」と制したのは社長レスラーだった。
困惑顔の社長レスラーが気の毒だった。
僕がミーハー根性出したばかりに。
それから10年後、あるミュージシャンが
この社長に僕を紹介してくれた。
「釜ヶ崎でイベントやってはる仙石さんです」
「よろしくお願いします」と社長。
初対面を装い
ライブの打ち上げに参加させてもらった僕は
その話をチラチラ出したけど
社長は全く覚えてなくそんな出来事など
頭の片隅にも留めてなかったようだった。
僕はこれ以上そこに触れる事は徒労だと予感し
その話題を打ち切った。
言った側からすれば印象にも残らない
他愛もない言動だったのだろう。
‐(完)‐
鶏と龍 ①
確か99年だったと思う。
あるロックシンガーに用事があって
神戸のライブハウスに行った時の話。
ライブが無事終わりスタッフが
後片付けをしていた時
あるプロレス団体の社長レスラーと
神戸出身のヒールレスラーを見つけてしまった。
どうやらライブハウスで開催される
プロレス興行の軽い打ち合わせに来てたらしい。
釜ヶ崎にプロレスを呼ぼうとひそかに企んでいた僕は
少しでもその世界に近づければしめたものと
自分の用事を少し後回しにして
社長レスラーに挨拶しに行った。
とは言え何よりもミーハー気分が
かなり先に立っていたと思う。
「何だお前」とライブハウスの社長。
「釜ヶ崎でイベントを企画してる者です。
今日の出演者に用事でお邪魔してます」
名刺を出すと社長レスラーは丁寧に受け取ってくれた。
一方、ライブハウスの社長はその名刺を見て
「なんだあ、お前!生活保護者の代表かあ」と哄笑しながら僕を蔑んだ。
僕と釜ヶ崎と被生活保護者を同時に叩き落とす。
これは破壊力のある一言だった。
‐続く‐
あるロックシンガーに用事があって
神戸のライブハウスに行った時の話。
ライブが無事終わりスタッフが
後片付けをしていた時
あるプロレス団体の社長レスラーと
神戸出身のヒールレスラーを見つけてしまった。
どうやらライブハウスで開催される
プロレス興行の軽い打ち合わせに来てたらしい。
釜ヶ崎にプロレスを呼ぼうとひそかに企んでいた僕は
少しでもその世界に近づければしめたものと
自分の用事を少し後回しにして
社長レスラーに挨拶しに行った。
とは言え何よりもミーハー気分が
かなり先に立っていたと思う。
「何だお前」とライブハウスの社長。
「釜ヶ崎でイベントを企画してる者です。
今日の出演者に用事でお邪魔してます」
名刺を出すと社長レスラーは丁寧に受け取ってくれた。
一方、ライブハウスの社長はその名刺を見て
「なんだあ、お前!生活保護者の代表かあ」と哄笑しながら僕を蔑んだ。
僕と釜ヶ崎と被生活保護者を同時に叩き落とす。
これは破壊力のある一言だった。
‐続く‐
遊びだから真剣
土曜の朝、夜勤明けの帰路で
電話が鳴りだした。
「仙石さん、元気まつり来ますか?」
すっかり忘れていた。
釜ヶ崎三角公園で地元の福祉団体主催のまつりがあって
僕も軽はずみに手伝う約束をしていた。
「11時に喜望の里で
打ち合わせです」
疲労と睡魔を振り払い、僕は体を動かした。
まつりの内容は釜ヶ崎の野宿者や日雇い労働者と施設の子供達が、共に遊べる娯楽の提供。
年期の入ったこま、けん玉。
大縄跳び、綱引き。
少し水の入ったペットボトルをピンに見たててボーリング。
道路工事で見かける
カラーコーンにフラフープを投げる輪投げ。
大人も子供も夢中で楽しんでる。
与えられる事に慣れてしまって、
ファミコンや、おもちゃが無いと遊べない。
いつからこんな時代になったんだろう。
子供の頃、拾った木の枝が刀やラケット、バット。
様々なものに変化して僕らは遊べてた。
ものが無くても知恵と工夫でいくらでも遊べるはずなのに。
今日の釜ヶ崎は
どちらかと言えば大人の方が、
真剣に遊んでる。
昔、阪神のある選手が「監督、プレイボールゆう位やから“遊び”ですよ。
気楽にやりましょう」
当時の藤本定義監督の
「“遊び”だから真剣にやるんだ!」
って言葉を思い出す。
僕の担当は空き缶つり。
子供用のビニールプールに浮かぶ空き缶を
針金で釣り上げる遊び。
隣りでは紙芝居。
皆のいきいき感に触れると、
十数年前から何度も
「お前らライブに来る奴らは
ステージで自己満足を押し付けてるだけや」
と罵られた事が思い出される。
これは心無い人のイヤミじゃない。
この言葉は大きな宿題だったんだ。
次の元気まつりには、
寄ってきまつりのメンバーを誘って参加しよう。
ステージ上では
藤の花がさりげなく咲いていた。
2009 .4.19


電話が鳴りだした。
「仙石さん、元気まつり来ますか?」
すっかり忘れていた。
釜ヶ崎三角公園で地元の福祉団体主催のまつりがあって
僕も軽はずみに手伝う約束をしていた。
「11時に喜望の里で
打ち合わせです」
疲労と睡魔を振り払い、僕は体を動かした。
まつりの内容は釜ヶ崎の野宿者や日雇い労働者と施設の子供達が、共に遊べる娯楽の提供。
年期の入ったこま、けん玉。
大縄跳び、綱引き。
少し水の入ったペットボトルをピンに見たててボーリング。
道路工事で見かける
カラーコーンにフラフープを投げる輪投げ。
大人も子供も夢中で楽しんでる。
与えられる事に慣れてしまって、
ファミコンや、おもちゃが無いと遊べない。
いつからこんな時代になったんだろう。
子供の頃、拾った木の枝が刀やラケット、バット。
様々なものに変化して僕らは遊べてた。
ものが無くても知恵と工夫でいくらでも遊べるはずなのに。
今日の釜ヶ崎は
どちらかと言えば大人の方が、
真剣に遊んでる。
昔、阪神のある選手が「監督、プレイボールゆう位やから“遊び”ですよ。
気楽にやりましょう」
当時の藤本定義監督の
「“遊び”だから真剣にやるんだ!」
って言葉を思い出す。
僕の担当は空き缶つり。
子供用のビニールプールに浮かぶ空き缶を
針金で釣り上げる遊び。
隣りでは紙芝居。
皆のいきいき感に触れると、
十数年前から何度も
「お前らライブに来る奴らは
ステージで自己満足を押し付けてるだけや」
と罵られた事が思い出される。
これは心無い人のイヤミじゃない。
この言葉は大きな宿題だったんだ。
次の元気まつりには、
寄ってきまつりのメンバーを誘って参加しよう。
ステージ上では
藤の花がさりげなく咲いていた。
2009 .4.19


終着駅より ②
3曲だけの出番が終わったあと、
この日の主役の老人は
「仙石さんの姿と歌声は
釜ヶ崎三角公園で見た(聴いた)事がある」との事。
これは嬉しいと同時に怖い事でもある。
僕はその時、力を出し切れてただろうかという不安。
口ではいつも「完全燃焼主義」とか言っても
観客と一体感を得れずに
早く終わりたい一心で
やっつけるように曲をこなす。
そんな“捨てゲーム”をやってしまった
経験も遠い過去にはある。
知らない誰かの思い出の中に自分が存在してるのがライブ歌手。
そこにプロもアマも関係ない。
音楽でなくても同じ。
持ち時間が短くても
客が少なくても
機材が悪くても
客席のリアクションが良くなくても
暑くても、寒くても
絶対手を抜くわけには行かない。
せっかく誰かの思い出に
居させてもらえるのだから。
当たり前の事だけど
忘れがちな事。
ターミナルの老人の誕生日なのに
逆に貴重な財産を頂いた気分。
今度はゆっくり話したい。
‐(完)‐
終着駅より ①
SENGOKU BANDのベーシストで
歯科医の野瀬さんから
10月1日にお願いしますと
何度も弾き語りライブの依頼メールがあった。
出番は平日の夜。
僕の仕事は夜。
ライブで消耗した体のまま
ギターと鞄を持って職場に行く。
平気な時期もあったけど
最近は億劫だから
平日の夜はライブを断っている。
そんな僕に野瀬さんは
「行きのタクシー代出します」
「帰りは職場まで送ります」
ついには運転手まで
手配して
僕を断れなくさせてしまった。
行った先は住吉区の介護事業所。
ここでターミナルケアを受けてるのは
元釜ヶ崎の野宿者だった方。
その七十数回目の誕生日パーティーでのライブ。
この方は鳶職人から
日雇い労働者、野宿生活者を経て
65歳で生活保護をもらえるようになって
初めてガンに冒された事がわかった。
ターミナルケアとは
回復見込みのない末期の患者さんに
治療を施すよりも
心身の苦痛をやわらげる事に
重きを置いたケアの事を指すらしい。
ターミナルの和訳は終着駅の意味もある。
痛み止めのモルヒネしか投与されずに
食事や嗜好品も制限されない。
ターミナルとなり
ケアハウスで味のついてる食事が食べれて、
身の回りも世話してもらい、
煙草とコーヒーも制限されないのが
幸せだと言う老人と
事業所のスタッフの前でのライブがこの日の僕の役目。
‐続く‐
歯科医の野瀬さんから
10月1日にお願いしますと
何度も弾き語りライブの依頼メールがあった。
出番は平日の夜。
僕の仕事は夜。
ライブで消耗した体のまま
ギターと鞄を持って職場に行く。
平気な時期もあったけど
最近は億劫だから
平日の夜はライブを断っている。
そんな僕に野瀬さんは
「行きのタクシー代出します」
「帰りは職場まで送ります」
ついには運転手まで
手配して
僕を断れなくさせてしまった。
行った先は住吉区の介護事業所。
ここでターミナルケアを受けてるのは
元釜ヶ崎の野宿者だった方。
その七十数回目の誕生日パーティーでのライブ。
この方は鳶職人から
日雇い労働者、野宿生活者を経て
65歳で生活保護をもらえるようになって
初めてガンに冒された事がわかった。
ターミナルケアとは
回復見込みのない末期の患者さんに
治療を施すよりも
心身の苦痛をやわらげる事に
重きを置いたケアの事を指すらしい。
ターミナルの和訳は終着駅の意味もある。
痛み止めのモルヒネしか投与されずに
食事や嗜好品も制限されない。
ターミナルとなり
ケアハウスで味のついてる食事が食べれて、
身の回りも世話してもらい、
煙草とコーヒーも制限されないのが
幸せだと言う老人と
事業所のスタッフの前でのライブがこの日の僕の役目。
‐続く‐

