ボロボロの封筒から
今年も釜ヶ崎では越冬闘争が行われる。
毎年年末から1月半ばまで
炊き出し、暖をとるたき木の手配、
宿泊施設の確保、医療支援、
祭りの開催その他諸々の支援は
当然まとまった資金を要する。
今は地域の教会や支援団体の寄付等で賄ってるようだが
かつて、この資金集めの一環として
あいりんセンター(職業紹介、労働福祉等の施設)の
階段下で募金活動が行われていた。
日雇い手帳を所有する労働者には
工事現場の仕事が無くなる盆と暮れに
市から一時給付金が支給される。
その支給場所があいりんセンターの2階。
そしてその一部を募金してもらおうと言う算段。
僕が初めてこの活動に参加したのは90年代後半。
ボロボロになったA4の封筒が
この活動の歴史と資金不足を僕に教えてくれる。
そのあちこちをガムテープで
補強したのが募金箱代わり。
大勢の組合員に混じり
階段の下で声を出す。
「越冬カンパお願いします」
「炊き出しカンパお願いします」
おそらく僕よりも低収入であろう労働者たちが
なけなしの給付金から募金する。
中には歩くのも大儀そうな人もいる。
冬の風にさらされながら皆ひたすら声を出し続ける。
夕方になると給付も終わり、連鎖するように募金活動もおしまい。
重くなった封筒の中身を大きな募金箱に集約して
場所を移動する。
次に待つのは集まったお金を数える作業。
小銭を10枚ずつ積み上げてはテーブルに並べて数える。
20人以上の人がこれに取り組む。
瓶の栓やゲームセンターのコインが
混ざってたらそれを笑いとばす。
誰も怒ったりなんかしない。
「銀行が使ってる簡単にお金を数えれる機械が欲しいな」
「このお金(募金)でそれを買おう」
他愛ない冗談や世間話で和みながら
まっ黒になった指で夜遅くまで作業が続く。
そんな労働者や関係者に支えられて
僕は越冬の舞台に立っていた。
年配の労働者には受け入れ難い僕の唄だけど
僕は手を抜く訳にはいかない。
いつもその思いで舞台に上がっていた。
今は一時給付金も大阪市により打ち切られ
僕自身も越冬、夏祭りから身を退いている。
あの時ボロボロの封筒から得た暖かな一体感は
釜ヶ崎「寄ってき」まつりは得られてるだろうか。
答えは記さずにおこう。
毎年年末から1月半ばまで
炊き出し、暖をとるたき木の手配、
宿泊施設の確保、医療支援、
祭りの開催その他諸々の支援は
当然まとまった資金を要する。
今は地域の教会や支援団体の寄付等で賄ってるようだが
かつて、この資金集めの一環として
あいりんセンター(職業紹介、労働福祉等の施設)の
階段下で募金活動が行われていた。
日雇い手帳を所有する労働者には
工事現場の仕事が無くなる盆と暮れに
市から一時給付金が支給される。
その支給場所があいりんセンターの2階。
そしてその一部を募金してもらおうと言う算段。
僕が初めてこの活動に参加したのは90年代後半。
ボロボロになったA4の封筒が
この活動の歴史と資金不足を僕に教えてくれる。
そのあちこちをガムテープで
補強したのが募金箱代わり。
大勢の組合員に混じり
階段の下で声を出す。
「越冬カンパお願いします」
「炊き出しカンパお願いします」
おそらく僕よりも低収入であろう労働者たちが
なけなしの給付金から募金する。
中には歩くのも大儀そうな人もいる。
冬の風にさらされながら皆ひたすら声を出し続ける。
夕方になると給付も終わり、連鎖するように募金活動もおしまい。
重くなった封筒の中身を大きな募金箱に集約して
場所を移動する。
次に待つのは集まったお金を数える作業。
小銭を10枚ずつ積み上げてはテーブルに並べて数える。
20人以上の人がこれに取り組む。
瓶の栓やゲームセンターのコインが
混ざってたらそれを笑いとばす。
誰も怒ったりなんかしない。
「銀行が使ってる簡単にお金を数えれる機械が欲しいな」
「このお金(募金)でそれを買おう」
他愛ない冗談や世間話で和みながら
まっ黒になった指で夜遅くまで作業が続く。
そんな労働者や関係者に支えられて
僕は越冬の舞台に立っていた。
年配の労働者には受け入れ難い僕の唄だけど
僕は手を抜く訳にはいかない。
いつもその思いで舞台に上がっていた。
今は一時給付金も大阪市により打ち切られ
僕自身も越冬、夏祭りから身を退いている。
あの時ボロボロの封筒から得た暖かな一体感は
釜ヶ崎「寄ってき」まつりは得られてるだろうか。
答えは記さずにおこう。
凶器扱い ②
言葉に引っ掛かる人は
大抵歌詞を全て聞いてない。
一つの点しか捉えてないのに
一を聞いて十を知ったつもりで
あらぬ方向に線を描いたりする。
SENGOKU BANDはこの日のトリ。
トラブルがあれば
まつりが台無しになる。
「砂さん、いきなり唄わずに
まずこの唄に込める想いを
語っておいた方がいいですよ」
頷く砂布さん。
この一言はギャンブルのオッズを
少しでも下げる為のもの。
それでもまだ万馬券に変わりはない。
出番が来てステージに上がる。
一曲、また一曲。
緑内障で視力の殆どを
失った男性が最前列に来て
ノリノリでカウベルを叩く。
ダウン症の少年や
神経が麻痺した障害者の青年が
リズムにあわせ体を動かしている。
いよいよ砂布さんボーカルのブロック。
不思議と出番前ほど
僕はびびってなかった。
「君がどめくらでも」
「キチガイでも」
歌詞が進むにつれ
十人以上の人達が
ステージの前にぞろぞろ迫ってくる。
すぐに手拍子が発生した。
みんなノっている。
間奏はサビと同じ進行。
僕はマイクを片手にステージを
降りて踊ってる障害者の
青年を手招きする。
2人肩を組み「いいんだぜ」
緑内障の男性も
僕に近づいてきて
「いいんだぜ」
支援者もボランティアも
唄ってる。
「いいんだぜ!」「いいんだぜ!」
ギャンブルは大勝。
リアクションは
僕の予想オッズの数倍良かった。
最高のタスキを受けて
エンディング曲へ。
大盛況でステージを
終えて砂布さんと固い握手。
その気になれば
差別用語など用いなくても
言葉で人を傷つける事は
簡単に出来る。
いつの間にか差別用語に
位置付けられた言葉達に
罪は感じない。
何が言葉を悪用するのか
何が言葉に罪をなすりつけるのか
前から見当はついている。
生きてるうちに正解まで
たどり着けない気もするが
この日、少しだけど確実に近づけた。
中島らも万歳!(お亡くなりだけど)
砂布 均 格好良かった。
凶器扱い ①
もうかれこれ10年以上
このテーマについて考えている。
差別用語を用いる人は
一括りに差別する人と
決め付ける事への
大きな疑問。
今までいろんなライブ会場で
敏感に言葉に反応し
ヒステリックに抗議したり
されたりする人を
何度もみている。
「○○は差別や」
「○○って言葉使うな」
足を踏まれて
痛がる人、平気な人、
痛くないけど腹を立ててる人。
同じように一つの言葉に
対しても様々な反応がある。
正解は一つではないの
かも知れない。
足を踏んだ踏まれたよりも
ずっと深い話に浸かって
しまった事だけは確か。
僕個人はルンペンもめくらも
その他メディアが敬遠する言葉も
差別とは思わない。
誰かが誰かを傷つける目的で
使って初めて差別。
包丁や金属バットは
殺人に使わない限り凶器では無いのと似ている。
でもそれが正しいのかどうかは
いまだにわからない。
09年秋、釜ヶ崎「寄ってき」まつりと友好関係にある
住吉元気まつりのライブに
SENGOKU BANDが呼ばれた。
ゲストメンバーは砂布 均さん。
「簡単に併せれる曲ありますか?」
僕の問いに
「『いいんだぜ』なら簡単ですよ」
『君がどめくらでも
どつんぼでも
キチガイでも
性病でも
黒ん坊でも
いいんだぜ』
故中島らもの作品。歌詞の一部を抜粋するとこんな感じ。
細部までは覚えてないが
世間で言うところの
差別用語をふんだんに
使用してるのに
一切差別などしてない
スケールの大きな
優しいラブソング。
ちなみにこのイベントの主催者は
車椅子で生活している。
他にも身体障害者が会場のあちこちにいる。
黒人も一人見かけた。
元鬱病やパニック障害だって
SENGOKU BANDのメンバーにいる。
もう一人のゲストのカホーン奏者の
病名は知らないが彼も障害を患っている。
ステージ上から客席、模擬店まで
当事者だらけなのだ。
下手すれば四面楚歌に
陥る可能性だってある。
この場で『いいんだぜ』は
ギャンブルと言える。
‐続く‐
このテーマについて考えている。
差別用語を用いる人は
一括りに差別する人と
決め付ける事への
大きな疑問。
今までいろんなライブ会場で
敏感に言葉に反応し
ヒステリックに抗議したり
されたりする人を
何度もみている。
「○○は差別や」
「○○って言葉使うな」
足を踏まれて
痛がる人、平気な人、
痛くないけど腹を立ててる人。
同じように一つの言葉に
対しても様々な反応がある。
正解は一つではないの
かも知れない。
足を踏んだ踏まれたよりも
ずっと深い話に浸かって
しまった事だけは確か。
僕個人はルンペンもめくらも
その他メディアが敬遠する言葉も
差別とは思わない。
誰かが誰かを傷つける目的で
使って初めて差別。
包丁や金属バットは
殺人に使わない限り凶器では無いのと似ている。
でもそれが正しいのかどうかは
いまだにわからない。
09年秋、釜ヶ崎「寄ってき」まつりと友好関係にある
住吉元気まつりのライブに
SENGOKU BANDが呼ばれた。
ゲストメンバーは砂布 均さん。
「簡単に併せれる曲ありますか?」
僕の問いに
「『いいんだぜ』なら簡単ですよ」
『君がどめくらでも
どつんぼでも
キチガイでも
性病でも
黒ん坊でも
いいんだぜ』
故中島らもの作品。歌詞の一部を抜粋するとこんな感じ。
細部までは覚えてないが
世間で言うところの
差別用語をふんだんに
使用してるのに
一切差別などしてない
スケールの大きな
優しいラブソング。
ちなみにこのイベントの主催者は
車椅子で生活している。
他にも身体障害者が会場のあちこちにいる。
黒人も一人見かけた。
元鬱病やパニック障害だって
SENGOKU BANDのメンバーにいる。
もう一人のゲストのカホーン奏者の
病名は知らないが彼も障害を患っている。
ステージ上から客席、模擬店まで
当事者だらけなのだ。
下手すれば四面楚歌に
陥る可能性だってある。
この場で『いいんだぜ』は
ギャンブルと言える。
‐続く‐
どつぼ男が寄ってきた⑧
打ち上げの2次会は丹羽さんの部屋。
そこまで残ったのは丹羽さんと詩人の中宮さん、沖縄民謡の山内さん、
そして僕としんたろう。
談笑する僕としんたろうを見て
「電撃和解だ」と微笑む丹羽さんの酒は進む。
「お前あの朝何しに来たんや」
アパートまで直談判を迫りに行った朝の話である。
よほどインパクトがあったのか
「こいつ険しい顔して俺んとこ来てな」
と何度も何度も3人に言いふらす。
僕は前項に記した通りの事を
改めて説明したが
酔ったしんたろうはしつこく同じ話をしたがる。
「お前あの朝何しに来たんや」
同じ答えに飽きた僕は
「あんたが血ぃ吐いて寝てるって聞いたから
とどめ刺しに来たんじゃ」
酔いも手伝ってか思いの他
場が笑いに包まれた。
哄笑の中しんたろうは
「仙石にやったらとどめ刺されてもええわ」
どつぼ男と寄ってきまつりの
距離が縮んだ瞬間である。
この夜は中宮さんとしんたろうの自慢話が際限なく続いていた。
まつりの話に軌道修正するのも
面倒になった僕はそこを抜け出し
一人の部屋で3次会を始めた。
あれからしんたろうとじっくり飲む機会は訪れなかった。
誰かがしんたろうに迷惑かけられた話は
あちこちから聞こえて来るが
しんたろうが誰かから
迷惑を被った話は一度も聞いた事が無い。
僕は栄えある第1号になろうと
密かにその機を伺っていたが
それより先に逝ってしまった。
どうやら
3度目の空振りを
させられたらしい。
(完)
そこまで残ったのは丹羽さんと詩人の中宮さん、沖縄民謡の山内さん、
そして僕としんたろう。
談笑する僕としんたろうを見て
「電撃和解だ」と微笑む丹羽さんの酒は進む。
「お前あの朝何しに来たんや」
アパートまで直談判を迫りに行った朝の話である。
よほどインパクトがあったのか
「こいつ険しい顔して俺んとこ来てな」
と何度も何度も3人に言いふらす。
僕は前項に記した通りの事を
改めて説明したが
酔ったしんたろうはしつこく同じ話をしたがる。
「お前あの朝何しに来たんや」
同じ答えに飽きた僕は
「あんたが血ぃ吐いて寝てるって聞いたから
とどめ刺しに来たんじゃ」
酔いも手伝ってか思いの他
場が笑いに包まれた。
哄笑の中しんたろうは
「仙石にやったらとどめ刺されてもええわ」
どつぼ男と寄ってきまつりの
距離が縮んだ瞬間である。
この夜は中宮さんとしんたろうの自慢話が際限なく続いていた。
まつりの話に軌道修正するのも
面倒になった僕はそこを抜け出し
一人の部屋で3次会を始めた。
あれからしんたろうとじっくり飲む機会は訪れなかった。
誰かがしんたろうに迷惑かけられた話は
あちこちから聞こえて来るが
しんたろうが誰かから
迷惑を被った話は一度も聞いた事が無い。
僕は栄えある第1号になろうと
密かにその機を伺っていたが
それより先に逝ってしまった。
どうやら
3度目の空振りを
させられたらしい。
(完)
どつぼ男が寄ってきた⑦
「ギターの音はマイクで拾う?」
「ギター持って来てへんわ」
執拗に出たい、唄いたいと
食い下がりながら
何故かしんたろうは手ぶらだった。
僕のギター片手に
自称追悼ライブを遂行した
しんたろうは最後のセッションにも参加した。
その間、放送禁止用語を一切封印。
こうなると元々実力者、
客席からもいいリアクションを取っていた。
翌日は演芸ライブ。
この日は現れないだろうと思ったが
しんたろうは姿を見せた。
「今日はお笑いの日やで」
「ええがな客席で見といたるわ」
断る理由もないので
そのまま、まつりを進めた。
この日のしんたろうの行動は
のど自慢に出場して
オリジナルの阪神応援歌を
即興でぐずぐず歌ってマイクを離さなかったのと
おしどりの演奏中、
かぶりつきでマコさんに大声で絡んでたぐらい。
何の問題も起こさなかった。
それどころか後片付けから機材を車に積み込む作業まで
率先して取り組み指示まで出していた。
ただしこれは、大阪大学落研の女子部員と
沖縄民謡の女性達の視線を
集めるための善行だと僕はにらんでいる。
‐続く‐
「ギター持って来てへんわ」
執拗に出たい、唄いたいと
食い下がりながら
何故かしんたろうは手ぶらだった。
僕のギター片手に
自称追悼ライブを遂行した
しんたろうは最後のセッションにも参加した。
その間、放送禁止用語を一切封印。
こうなると元々実力者、
客席からもいいリアクションを取っていた。
翌日は演芸ライブ。
この日は現れないだろうと思ったが
しんたろうは姿を見せた。
「今日はお笑いの日やで」
「ええがな客席で見といたるわ」
断る理由もないので
そのまま、まつりを進めた。
この日のしんたろうの行動は
のど自慢に出場して
オリジナルの阪神応援歌を
即興でぐずぐず歌ってマイクを離さなかったのと
おしどりの演奏中、
かぶりつきでマコさんに大声で絡んでたぐらい。
何の問題も起こさなかった。
それどころか後片付けから機材を車に積み込む作業まで
率先して取り組み指示まで出していた。
ただしこれは、大阪大学落研の女子部員と
沖縄民謡の女性達の視線を
集めるための善行だと僕はにらんでいる。
‐続く‐
