2006.11.10(fri)
博多という町はほんとに祭り好きというか、一年中、何かお祭りやイベントのようなものを
やっている。大きな祭りは、どんたくや山笠が有名だが、ここに住んでいると、飽きることない
世界的なフォーラムやスポーツ大会は毎年招致しているし
(オリンピックは東京に負けましたが・・)、世界子どもフォーラムは毎年世界中の子どもたち
がやってきてボランティア家庭にホームスティしたり、アジアン祭りではアジア各国の青年たちの
交流ができるし、コリアンフェアや、天神映画祭、音楽祭 ほんときりがない
福岡市民は祭り好きとボランティア好きの人間ばかりみたい
今回は「博多情緒めぐり』と銘うち、博多をもう一度見直そう、再発見しようという催しである
博多の街は古くから大陸との交流で栄えたこともあり、博多発祥のものも少なくない。
2時間ほどのウォーキングコースで回れる様にコースが作られていた
・真昼の中洲文芸講座コース
・発祥の地・寺社めぐりコース
・博多小話コース
・太閤町割り・商いコース
それぞれにボランテイァのガイドの人が付いて説明をしてくれるそうです。
今日一人でカメラとメモを持って回ってきました。
ちなみに私は独自に、これらの4つのコースを少しまとめて歩いてきました
昼ごはんも入れて6時間歩きました。
先ずはSTARTは櫛田神社
知ってのとおり、山笠の神社 博多の総鎮守である
霊泉「鶴の井戸」の水を飲むとにがいらしい
力士が力自慢に持ち上げたという力石が奉納されていた。
櫛田神社 博多駅のすぐそばにある出来町公園にある
九州発祥鉄道の地
承天寺
宋人貿易商謝国明が建立し聖一国師が開いた禅宗寺院
この聖一国師は、うどん、そば、饅頭の製法を伝えたといわれる
また博多山笠の創始者と言われている
妙楽寺
ういろう伝来の地
聖福寺
国史跡 臨済宗の開祖、栄西禅師が開いた日本最古の禅寺
→→
街のいたるところにこんな旗が 人形塚→→
黒田藩財政立て直しに一役買った最後の博多豪商といわれる伊藤小左衛門にゆかりのある
神社。公儀に密貿易の罪で一族郎党が処刑された。この神社は三男、四男が祀られ、
子どもの息災、商売の神様として信仰されている→→
濡れ衣塚
「無実の罪を負わされる」という意味の
『濡れ衣』 ところにの語源で有名な碑京から
博多に赴任した筑前守護職・佐野近世の後妻による
「先妻の娘が釣り衣を盗んだ」という嘘が
原因で殺された娘が亡霊になって
無実を訴えたという事件の逸話が残っている
川上音二郎像 幻住庵 カボチャ説法した「仙厓和尚」の庵
政治批判と世相を風刺した壮士芝居や
オッぺケぺー節で人気を博した新劇の元祖と
いわれた俳優 妻は「マダム貞奴」
途中でウオーキングラリーをしているグループ会いました。
別名「容身(すがた)天神」といい、菅原道真が
大宰府権帥に左遷されて博多に上陸した時に川面を
鏡代わりにして、自分の姿を映し、その変わりように嘆かれたという話が残っている
福岡市の中心地『天神』の地名は当社に由来している
途中で蒲鉾屋さんで休憩です。おつまみ揚げたての天ぷらを頂きました・→→
東長寺 龍宮寺
弘法大師・空海が日本で最初に 人魚伝説で有名 祭りの時人魚の骨
開いた真言密教のお寺で、教えが を浸した水を振舞うことで無病息災を
長く伝わることを願いにこめて「東長寺」 祈願した
と名づけたとのこと
最後は「博多町家」 ふるさと館でGOALです
中では博多の歴史が一目瞭然
博多人形の絵付け、博多織りの実演などが行われていました。
ほんとはもう少し見たのだけど、なにか訳わかんなくなってきた。
疲れて甘いものでもと思ったら、突然の雨
”ギャッ!”洗濯干しっぱなしということで、早々に家路に着きました。
しかし半径5kも満たない博多の街中にこんな歴史と文化が残っていたなんて
感動しました。
自分たちの住んでいる町をもっと知り、もっと愛することで、しいては地球を慈しむ
ことになるのでは、人間はこんなに太古の時代から連綿と受け継がれてきたんですね