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怪しいなと思ってたらやっぱり雨。時節柄とはいえよく降ります。九州地方。土砂災害がなければいいのですが・・・街角で見かける紫陽花(アジサイ)が、雨に濡れて生き生きと咲いているのが非常に印象的で思わず足を止めてしまいます。  しとしと雨が降る中で咲く紫陽花の花、まさに日本の梅雨の風景。花言葉は「移り気」だそうです。多分咲き始めから終わりまでの花の色の変化を言ったのじゃないか?。もしそうだとしたら、考えた人、なかなかのモノだと思います。

  選挙が始まりました。これからしばらくまたあのスピーカーの音に悩まされるかと思うとうんざりします。もう少しマシな方法があると思うのですが・・・選挙と同時に消費税が沖縄に取って代わりました。意図して変えたものでしょう。菅首相が「沖縄戦没者追悼式」に出席。基地負担を強いてきた沖縄に謝罪と感謝の言葉を述べました。この人も野党時代は県外移設論者でした。しかし中井真知事との会談では「日米合意を踏まえ負担軽減」としか言わず知事をもってして「感覚の差がかなりある」と言わしめたといいます。前首相の思いつきの行き当たりバッタリを引き継いだとはいえそれが交代の主因といってもいい。ただの「引継ぎ」で終わったらあまりにも情けない。沖縄出身でもなく親類知人がいるわけでもない私でさえそう思うのですから県民の思い。落胆はそうとうなものだと思います。
65年も前の文書ですが沖縄戦最終局面での「大田」中将が自決の前に発した電文が残ってます。
「本職、県知事の依頼を受けたるに非ざれども現状を看過するに忍びず之に代わって緊急御通知申上ぐ。沖縄本島に敵攻略を開始以来、陸海軍方面、防衛戦に専念し、県民に関しては殆ど顧みるに暇なかりき。然れども・・・砲弾運び、挺身斬り込み隊すら申し出るものあり。・・所詮敵来りなば老人子供は殺さるべく、婦女子は後方に運び去られて毒牙に供せらるべしとて親子生き別れ娘を軍衛門に捨つる親あり。看護婦に至りては軍移動に際し、衛生兵既に出発し身寄り無き重傷者を助けて真面目にして一時の感情に馳せられたるものとは思われず。・・以来、終始一貫勤労奉仕、物資節約を強要せられつつ只ひたすら日本人としてのご奉公の護を胸に抱きつつ遂に与えることなくして本戦闘の末期と沖縄島は実情形を変え一木一草焦土と化せん。糧食六月一杯を支ふるのみなりと謂う。
  沖縄県民斯く戦えり。県民に対し、後世特別のご高配を賜らんことを。」
「天皇陛下万歳」という文言がほとんどという現地責任将校から大本営に宛てた最後の電文としては異例の内容と思います。特に「・・・後世特別のご高配を賜らんことを」国のため自らを省みずここまでやってくれた県民に格別の配慮をして欲しい。それを自決の前に言っておきたいという思い。
65年を経た現況と照らしてみて読むほどに目頭が熱くなります。

  母親は要介護2の認知症患者です。数年前に差別的なイメージがあると「痴呆症」から「認知症」に呼称が変わりましたが個人的にはいまだに馴染めません。それまで認知といえば生まれた子供を認知するとかそういう使い方しかされてなかった言葉。日本語としてつけるなら認知失調症とでも言うべきで外国人介護士が聞いたらどう訳すのかな?と思ったりもします。ちなみに看護師用語ではDementia(デメンティア)と言うそうですがこのほうがまだいいのじゃないかと思います。
   認知症の辛いところは自分の知性(理性)が落ちていくのが自分でわかること。何年か前、「明日の記憶」という認知症がテーマの映画を見ましたがやはりその部分が主軸に置かれていたようです。つい先日まで難なく出来ていたことが出来ない。思い出せない。ウチもかなり進んできて見当識もままならないようになってきていますが今も彼女と接する時一番神経を使うのはその部分。好みそうなことを考えるのですが出来ると思っていたことが出来ないときの落ち込みを考えるとちょっとしたことでも躊躇します。ただ、理性が落ちてきた分、感情はより研ぎ澄まされてきてるように思います。考えてみれば「人」はこれまで理性と感情をバランスさせて生きてきたのですから押さえる部分が壊れてきたらその分感情が幅を利かすようになる。「食っちゃ寝ばかりじゃメタボになる。嫌やけどジョギングしようか」子供の頃、「遊びたい。でも勉強しなければいけない」。食べたい遊びたいのが感情で運動や勉強が理性。今となって考えると感情を抑えて嫌々勉強した結果がこれですからこんなことなら思う存分遊んだほうがよかったかもしれない。
  沖縄慰霊の日だそうです。唯一の本土決戦で20万もの死者を出し父母や祖父母達が命がけで守ろうとしたふるさとが敗戦と同時に敵国の基地にされる。理性的に見ると日本という国が生き残る手段として最も適したところがふるさと。そういわれるとアメリカの領土の延長として受け入れないわけには行かない。でもその間も感情の部分ではふつふつと煮えたぎるものがあるんじゃないか。いつまでおとなしくいい子でいることはない。看板だけ変えて規定路線を踏襲する政権。もっと怒っていい。うけ狙いのスタンドプレーだと思うけど大阪の知事が「出来ることなら何でもしたい」といいました。この部分に限っては支持出来る。
 「感情的になったらいけない。もっと理性的に」何度も人にいわれ自分にも言い聞かせてこれまで来たけどホントにそれでよかったのか?7~8分目で満足する。そういうのが世渡り上手とずっと信じてた。晩年もし認知症と診断されたとしてら?それもまたいいかな。それで人生チャラになる。そんな風に考えるのってやっぱり変?
   お寺さんがお盆の施餓鬼回向の案内を持ってきました。法要は8月初旬ですが来月のお参りで回向料持って帰るには今月案内しないといけません。「施餓鬼」餓鬼への施しと書きますから死後に餓鬼道に堕ちた衆生のために食べ物を布施し、その霊を供養する儀礼だそうです。
  大河ドラマも佳境に入ってるそうですが(人に聞いた話であまり見てません)竜馬も好きですが竜馬が取りまとめた薩長連合の一方。西郷隆盛の言葉に「子孫に美田を残さず」と言うのがあります。私の好きな言葉でよく使います。借金まみれで死んでいくのも嫌ですがかといって動産不動産を誰かに残したいとは思いません。薄情に聞こえるかもしれませんが出来るなら自分のものは自分で消化して終わりたい。残すのなら完成品では無く、完成するまでの過程。形あるものは、いつか無くなります。しかしその形ある物を作る時の考えや知恵を残したい。「長者三代」と言うことわざがあります。財は造るものと使うものが違っったらろくなことにならない。何故なら造る苦労(喜び)が分からないから。これは何も死んだ後の相続に限ったことでは無いのは先の鳩山氏のご母堂からの毎月1500万を見てもあきらか。もらったことも何に使ったかもわからないそうです。スケールは違いますが(このほうが現実的に考えられる)もし私の母親が毎月150万でも送ってくれていたら良し悪しは別にしても性格変わってたと思います。自分で稼いだ1万円は少しでも有効に使いたいと思うけど誰かからもらった1万円はどこで使ったかも覚えてない。こういうことが恒常的にあると人は駄目になるんじゃないか?だから残しません。(もともと残すほどのものありませんけど・・・)こういう人間の死後はやっぱり餓鬼道に堕ちるのかな?聞いておけばよかった。
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  よく掛かってきます。「電話料金がこれまでより安くなります」という電話の電話。「そうですか分かりました」といって切ろうとすると「手続きが必要です」と食い下がる「文書で送ってくれたら暇な時に目を通します」というと「お近くまで担当者が来ていますのでお伺いします」という。「いったいどこから掛けてきてるのか?と見てみるとこういうのに限って「番号非通知」営業の電話で非通知は失礼だろうと思います。結局システム変えて手数料を稼ぐ商売だろうと「今のままで結構です」と断ります。こういうのが日に何回も掛かることがあります。
 母親から電話がかかりました。(番号登録してますから数箇所までは自分で携帯かけられます)「悪いけど迎えに来てくれるか?」「いいよ。でも時間も遅いから先に休んでてくれる?」「なるべく早よ来てや」「うん。わかった」いかにももっともらしい嘘が口をついてでてきます。後ろめたさを感じます。このところ週末はほとんど白浜に行ってましたから会ってません。お世話になってるデイのサイト。気になるのでほとんど毎日開いてはオーナーさんが書いてるブログを探し、どんな風に過ごしてるのか?何か異変はなかったろうか?。偶にオーナーさんが撮ってくれた写真がアップされてます。「そんなことで?」と思われるかもしれませんがこれが結構嬉しくて「目いっぱい」拡大して見てます。このブログ。アクセス数がカウントされてるらしくいつだったか「決まって毎日来てくださってるお方。コメント残してくださいな」ってありました。その気になれず書いてません。「非通知の電話」みたいで気持ち悪いだろうな(知ってます?「他人に厳しく自分に甘く」これウチの家風です)80cebabb_2 C2aae6b9

  週末は白浜で過ごしました。これで4週連続。天候のせいか観光客と思われる車も少なく渋滞にも巻き込まれずスムーズに走ることが出来ました。おかげでガソリンの残量が気になってたのですがなんとか現地までランプも点灯することなく走りきることが出来ました。あちらで気づいたのですがガソリン(セルフ)が安い。大阪より10円以上安く128円。買い置きできるものならまとめ買いしたいと思うほど。50リッターいれて600円安い。煙草代が浮きます。

  ちょっと怖いので先送りにしてた樋掃除。(高所恐怖症です)小雨の中、安全帯つけて屋上から外に出ます。よく映画なんかでビルから金網くぐりぬけて飛び降り自殺するシーンを見ますが私は絶対嫌。他の方法探します。なるべく下を見ないようにやっとの思いで枡のところまでたどり着き、見てみるとなんと枡が土で埋まって草が生えてます。(大した生命力やなぁ)園芸用のシャベル持ってたのですが埒が明かず手袋はめた手を突っ込んでようやく根元?にたどりつき引き抜くとこれがでっかい。人がいないのを確かめて道路に落とします。バシャッと音がして根と一緒に1メートル四方に土が広がります。(これやから飛び降り自殺は嫌やねん)物音に気づいたのか向かいのグループホームの女社長が顔を出します。「スンマセ~ん。樋掃除してますねん。気ィつけてやってますし後ちゃんと掃除しますから」「社長さ~ん。この間の話。どうですやろかぁ」「へえ?なんですかぁ~」(わかってて知らんふり)「土地の売却。いくらで売ってもらえます?道路はさんで屋上と1階でする話やない。「今、降りますわ~」 安全帯はずしてまた1階まで階段下りて向かいまで「先日の話?マジですか?だったら不動産業者とも相談して価格設定しますけど」。「あれから解体やさんにそれとなく冷やかしてみましたんやけど平米3万いわれました。お宅何坪ぐらいあるんですの?」「土地は350坪。建物はその半分ぐらいのところに3階建て。正確な坪数は把握してませんがなんでしたら登記簿取り寄せます。しゃ~けど解体費。そんなに掛かります?平米やなく坪の間違いじゃないですか?この道路でしたら4トン車十分通れますし大阪ではせいぜい坪当たり3万から4万ぐらいやないかな?。そうでないとこのクラス、解体だけで4~5千万かかる勘定になる。それで合う商売ですか?」「そうですねぇ・・・それに土地代含めた建築代入れたら大きな金額になります。しゃ~から土地にはそんなにお金かけられません」「他でも見積もりとられたほうがいい。こちらのほうも業者に近隣の相場聞いた上で価格だしてみます。」「この辺りは国民年金の高齢者が多いんです。有料ホームといっても大都市みたいに入所一時金数千万なんてとても無理。せいぜい100万単位。でも特養はどこも順番待ち。ニーズはあります。」あとは入所者さんの話から生保詐欺の話。この人どうも「話好き」みたい。ただ、価格設定もしてないのに値切りの予感。どうも和歌山の人には相性がよくないみたい。話し言葉は非常にまったりした穏やかな印象なのですが案外キツイ。Sh3b0212 勘ですがこの話。多分成立しません。おかげで時間内に全部作業できませんでした。けど来週はもう行きません。トタンでちょっと腕切りました。疲れた。腰が痛い。
  古くから私のヘルパー稼業を知ってる方はご承知と思いますがもともと週末2日だけということで事業所にお世話になってました、おふくろが要介護ということになって「いい潮時」と廃業してたのですがしばらくして何故か事業所の店頭に自販機置くようになり元勤務先がお得意さんになりました。そのうち商品補充に行く度「火曜日1時間空いてない?」とか「金曜日はどうやろか?」と言われます。1時間や2時間。その気になれば都合はつけられます。面倒なので金曜日の午前中1時間だけという話でサービスに入らせてもらってます。今日入った利用者さんもそんな1件です。下半身に難があり医院まで車椅子で行きます。いつものように薬剤もらって帰宅という時に奥から院長が出てきて「紹介状書いたからこれ持って○○病院へすぐに行くように」。出かける前ベッドから起こして車椅子に移乗するときに右胸の痛みを訴えておられましたがそれを医院でも言われたようです。利用者さん「鳩が豆鉄砲食った」ような顔してます。「○○さん。行きましょ!10分もあれば行けます。「せやけど保険証も診察券もお金もないのに・・・」「その為に紹介状書いてもらってますしお金は立て替えます。利子は要りません(笑)」抱きかかえるようにして車椅子に乗せ、いけないのですが雨の中を小走りで車椅子走らせます(エンジンついてたらいいのになぁ・・・だったら俺はいらんか?)なんて考えながら10数分。病院に着き受け付けに直行。事情を説明して内科へ。体温と血圧チェック。その間に事業所に連絡します。ところが思ったとおり誰もいません。サ責の携帯にかけなおします。彼女もサービス中。「一応出来る範囲はしました。でもこのままずっとついているわけにもいかないでしょう。利用者さんのご家族に連絡取って迎えに来てもらってください。」「わかりました。連絡取ってみます。オジンさんそれまで悪いけどもうしばらくお願いします。」待つこと20分。ご家族が駆けつけてくれました。いつもより30分超過。院内介助。これも厳密に言えば認められない。この仕事にハプニングは付き物。日誌には「右胸の痛みを訴えられたので診察」それ以外はいつもと同じ。後でサ責から「安静にしてたら大丈夫と帰ってこられました」と連絡が入りました。時間がずれたのと面倒なので今日は手話お休み。
  面白くないかと思いますが昨日の続き。「頑張る」「頑張れ」と言う言葉。本人はもちろん関係者の誰もが認める重篤な患者に「頑張れ」って(いったいこの上何をがんばれちゅうんや?)それより「辛いね」「苦しいでしょう?」それを「共感」「受容」と言う人がいます。そうだろうか?本人にしてみれば面倒だからいわないけれど内心(お前に何がわかる?)そう思われてるかもしれません。親子兄弟といえ、所詮人は一人で生まれて一人で死んでいく。実際にその立場にならないとわかりません。分かった時はもうどうしようもない。よく「代われるものなら代わってあげたい」と言いますがあれは代われないのを前提に言ってると考えるのはやっぱり「性格」ひねくれてます?
 頑張ればいつかは報われる。嫌なこと辛いこともその先にいいことが待ってる。でもその先っていつ?1年先?5年先?10年先?世の中はそう上手くは出来てません。その前に明日交通事故で死ぬかもしれない。会社が倒産するかもしれない。大地震でみんななくなるかもしれない。今、行なっていることの功徳は今味わう。一話完結。連続ドラマは馴染みません。今やっている仕事を、そのとき最大限に楽しむ。それで、そのとき没入したこと、努力したことを楽しむことができたなら、結果はどうでもいい。おまけです。そのときそのときでチャラ。結果を未来に期待しない。面白くないことは仕事と言えどもしない。そういう考え方をして上機嫌に生きると案外結果というものはついてくるような気がします。もちろん 「場当たり的」に生きる というのではなく 今その瞬間を新鮮に捉える。時間は継続しているように思うものですがあらゆる瞬間は独立しています。だから今が大事。今を楽しむことが一番。そう思うようにしてます。
  よく色紙や湯飲み茶碗なんかに「日日是好日」って書いてあるのを見かけます。もともとは禅から来ているそうです。丁度先日のような雨の日も、嵐の日も、「よい雨の日」「よい嵐の日」。昨日が雨だったことと今日が雨であることは基本的に関係ない。昨日と関係なく新しい1日に出逢ったのだから、雨であろうと嵐であろうと新鮮な気持ちで向き合っていけばいい。それも自分の人生の「彩り」なのだから。

  一茶の句。蔵を建てて中身を充実させようと一生懸命働く。でも何かの事情で蔵(土地)を売る羽目になり壊されて更地になった後。今まで蔵の日陰でひっそり咲いていた牡丹に陽が射して、その美しさに気がつきます。
 お得意さんが一件廃業されます。若くして亡くなったご主人の遺志を引き継いで12年。50には少し間があると思いますがなかなかの美人。敢えて年齢に拘るのは丁度いい年頃だと思うから。50過ぎるとそれまでのライフスタイルに馴染み過ぎてしまい「動く」のがおっくうになる。お店(薬店)辞めて調剤薬局に勤めるそうです。この業界も大手ドラッグストアの台頭でディスカウントが常態化、その上一般薬は規制緩和でコンビにでも扱うようになってわざわざ薬店探すほどのこともない。普通に営業していても今以上の発展は望めないかもしれません。駐禁取締り気にしながらお話聞いてて、お得意さんが減るのは嫌ですし、癒し系ともいえる笑顔を見れなくなるのも残念ですがそのほうがご本人のこれからの人生にもいいかもしれないと思いました。   
もちろん次の職場に入っても全てが順風満帆とは限らない。長年商売してるとその日の気分で動くこと。言い換えれば「気まま」が身についてます。私も友達からよく言われます「商売っていいな、職場での上下の関係、しがらみが無くって自分の好きなように出来る」遊んでるように見えるのでしょう。当たってる部分もありますが・・・でも人間関係はおかしな会社よりずっとシビアだと思うしなにより全て自己責任。支払いが気になって眠れない夜もありましたし倒産したお得意さんの債権者会議に出て売掛金の数パーセントしか戻らない経験もしました。週末2日休日取ってますがいざとなればそれもあってないようなもの。その辺は会社にどれだけ大損かけても毎月の給料が無くなる心配の無い人にはわからないでしょう。逆に私をよく知ってる人は「なんでそこまで頑張るの?」といいます。「配偶者」(あてがわれたようで嫌な響き)と呼ばれる人もなく子供達も独立した今「誰かのため」という「しばり」もない。不思議にみえるようです。だったら「欲ぼけ」?あるいはひところ流行った「ワーカーホリック」?掘り下げて考えてみると。「楽しいから」に行き着く。もっと言うと「楽しいこと」をするのじゃなく「することが楽しい」。全てが「遊び」だと考えてる節もある。(笑)振り返ると最近の私は楽しくないことには頑張ってません。楽しいと思えなくなったらやめようと思ってます。こういう話をするといかにも悟りの境地に入ったみたいに聞こえるかもしれませんがまだまだその域には程遠い(笑)。成り行きで明日は「頑張る」について思うこと話してみます。(明日「飲み会」入ってますのでちょっと遅くなります)

 遅れてると言われてた「梅雨入り」。宣言を聞いた途端の雨。たいしたことないとたかをくくって出かけたもののだんだん強くなる雨足が薄手の上着をすり抜けて肌着までびしょびしょ。水溜りに踏み入れたスニーカー。これまた靴下まで濡れてしまいました。ずぶぬれになっての帰宅後、靴の裏を見てみると小さな孔が開いてます。そういえば先日白浜で釘を踏んづけてます。気に入って仕事中もずっと履いてるけどブロックも随分浅くなって平らな感じになってきてます。確か去年の暮れに安売りで買ったブランド。「十分元は取った。買い換えるか!」明日仕事でA○Cマートの近く通るので靴買いに行きます。明日晴れたらいいね♪