個展をします
名古屋に来ています。
今日から個展をします。
入口はこんな感じです。
一昨年の三月に大阪でコロナ禍直前に個展を開き、昨年2月に東京12月大阪と、コロナの谷を巡るように個展が中止になることはありませんでした。
今回は波にぶつかってしまいましたが、それでももう中止になる時勢ではなくなったようです。
画廊は昨年12月に新しくなってフロアも一階上がって11階になりました。
画廊の前にはデジタルサイネージがあって作品画像が映っています。(さすが新しい!)
事前にその話しを聞いて、それなら制作の背景の解説のスライドを作ったら面白いと誤解して(笑)文章を作ったのですが、文章では画像が変わるまでの時間では読み切れない(笑) ということで、パネルにして作品の前に置いて貰うことにしました。
ブログではネットから勝手に画像を引っ張っていますが、公となるとそうもいかず、shutterstock です。
パネル製作も調べてみると、原稿はPowerPoinで自分で作るものの殆ど数時間で作ってくれます。
スゴイものです。
コロナの波はどうしようもありませんが、良い経験が出来ました。
会期中は名古屋にいる予定です。
赤穂浪士からの妄想
前のブログで赤穂浪士と書いてからの妄想です。
想像すると江戸時代に庶民が赤穂浪士に喝采したのは、不謹慎ながら今の云い方を
すれば、エンタメだったような気がします。
映画と同じです。
それが真剣な支持のような印象に変化していった過程があるような気がします。
「近代化」という西欧文明を受け入れることは、一神教の文化を受け入れることで、
「善と悪の抗争」という世界観を受け入れることです。
里見八犬伝のような勧善懲悪の世界が、もっと意味あるもののような体裁に変えて、
エンタメではなくリアルな世界に関係するものになってしまったということです。
赤穂浪士は「善」になっていきました。
「善と悪」は形を変えて創造され続けます。
神対悪魔 貴族対平民 資本家対労働者 ・・・・・・
悪を割り当てられた相手には何をしても良くなります。
最近「陰謀論」が話題になりますが、「善と悪の抗争」の物語は初めからある意味
陰謀論で昔から世界中で受け入れられてきました。
陰謀論の素地は伝統そのものです。
『日本は古代からの美術品が壊されず残る稀有な国です
それは文化を一つの主張ではなく相互に主張する関係の全体としてきたからで
意識されなくても それは本質的に“共生“だと思います
その視覚的な表現を試みました
鏡状の作品は視線を受け入れながらその視線を映し返しています』
「共生」が新しい「善」のように見えますが、どうなるか分かりません。
それは、抗争の新しい種子になるように見えますが、「共生」それ自体は「善と悪の抗争」
の物語を自己崩壊させる種子のようにも見えるからです。
「善と悪の抗争」の物語が崩壊するのを目の当たりにすることが出来るのでしょうか。
まるで、明治からの振り子の振れが元に戻る瞬間に立ち会っているようです。
重信房子氏の言葉
先日、重信房子氏が刑期を終え出所して声明文を公表しました。
その時、数年前の取材とされる言葉も新聞で読みました。
「運動が行き詰まったとき私たちは武装闘争に走った。ふるさとには家族や友人がいる。行き過ぎがあればいさめてもらえるし力にもなってもらえる。私たちもふるさとに戻って運動を続けていれば変わった結果になったかもしれない」
声明文とこの言葉に落差のようなものを感じます。
これは印象に残ったので取っておきましたが、声明文はもう見られないようです。
不意に「仁義なき戦い」という映画の台詞を思い出してしまいました。
対立しながら互いに引退することになる、広能昌三が武田明に言います。
『そっちとは飲まん、、、、死んだもんに、スマンけんのぉ』
モデルになった実際の広能昌三と武田明は酒を一緒に飲んでいるかも知れません。
映画というフィクションの中、広能昌三は「そっちとは飲まん・・」という役割を求められています。
重信房子氏の声明文と言葉の間にも、求められている役割を感じてしまいます。
コロナ対策のマスクへの同調圧力が戦時中に例えられる話があります。
体験したわけではありませんが、戦時中一億火の玉、というような同調圧力があったとしても、終戦の一瞬で覚めてしまったそうです。
多分マスクも一瞬で覚めてしまう圧力で、本当は別の言葉で表現されるべきもので、「強い」ものとは思えませんが、何か強力な力があるように語られます。
夏の名古屋での個展の挨拶文を考えていました。
『日本は古代からの美術品が壊されず残る稀有な国ですそれは文化を一つの主張ではなく相互に主張する関係の全体としてきたからで意識されなくても それは本質的に“共生“だと思います
その視覚的な表現を試みました
鏡状の作品は視線を受け入れながらその視線を映し返しています』
相互に主張する関係の全体の中の主張は強くはありません。
ユルイものです。
赤穂浪士を喝采した昔から、私達は自分の「ユルサ」を自覚しながらそうでない「強い何者か」を評価しています。
「強い何者か」のふりをしているのかも知れません。
そもそも「ユルサ」という言葉にはマイナスイメージがあります。
そうではなく
「相互に主張する関係の全体」をもっと美的に価値あるものとして、言葉として物として創造することが私達には必要です。
そして、そうしてこなかったツケのようなものが、重信房子氏の声明文と言葉の落差として現出したように見えました。
偶然
大阪に来ています。
道明寺というお寺が藤井寺市にあり、お寺の御前様のお通夜に参列しました。
101歳、父と一つ違いで、父は作品を沢山買って頂きました。
兄も私もです。
日帰りのつもりでしたが、昨日 名古屋から電話で夏に個展が出来ませんか?とのこと。今夜は大阪泊にして明日名古屋へ行くことにしました。
道明寺から帰る時、近鉄に乗っていると、大阪の知り合いから電話。
今、どこだと思います?藤井寺ですよ。
一人て済ますか!と思っていた食事が楽しく出来ました。
こんなこともあるものです。
日本の意識の三層構造
前のブログで下のサイトから、AとBの図を引用させて貰いました。
2016-07-08
夏目漱石がI LOVE YOUを「月が綺麗ですね」と訳した理由
A 
そして夏目漱石が作った言葉「則天去私」を同じように図にしてみました。
C

三つの図を重ねて見ると、AとBは並立しているのではなく、CにAを
入れた結果Bという変形が出来たように見えます。

Cを作った時は意識していませんでしたが、以前のブログ「意地悪と呼ばれるもの」で
日本人のモデルとして載せた水の分子の図はCに似ています。

Cを日本人のモデルにすると、この図から色々なことを連想出来ます。
今、日本の美術は大きな変わり目に立ち会っています。
美術品の取引の中で、所謂「新画」という明治以降の美術品の価値が無くなりつつ
あるそうです。
横山大観、川合玉堂、・・・・・例外はあると思います。
価値が無くなるのはA層が変わってしまったのが大きな理由でしょうが、
作品はB層ですが、新画の作品がC層には届いていなかったからのようにも見えます。
A層は、明治以降は西欧ですが、その前は宋であり、唐や隋だったのでしょう。
西欧化はゾロアスター教化というか、一神教化のように見えますが、環境問題を
境目に、「世界の終わり」に変形していったように見えます。
ただ、以前「鏡の絵画」のブログでも書きましたが、「世界の終わり」は
始めにそのアイデアがあった結果で、言わばゾロアスター教の変形で、世界そのものでは
ありません。
A層に「王政」を置くと、B層として「天皇制」になり
A層に「カンパニー」を置くと、B層として「終身雇用」が出来たように見えますが
それは批判の対象になっています。
批判はB層へ、ですが、C層そのものへとなっているように見えます。それは
A層とB層が並立的で、B層とC層が一体として認識されているからのように
見えます。
日本人がC層そのものを形に出来れば、それは「世界の終わり」を終わらせることが
出来るものです。
狼に最も近い犬は柴犬だそうです。
オオカミの遺伝子にもっとも近い犬。それはなんと、皆さんの身近にいたあの子だった
柴犬のように、C層は意識的な変更を経ない人間の基盤のように見えます。
C層の原型のようなものを考えてみます。
高松塚古墳
これはB層ではなく、A層に見えます。
むしろ
虎塚古墳
このような形が心に浮かびます。
感動の種類
個展は外の世界の窓口のようなところがあります。
制作で殆ど閉じこもったような生活をしていると、たまの外界は新鮮です。
自分の世界の中でリアルに感じられていたことが、外ではリアルに感じられないのは
自分の世界が妄想だっただけではないか、と思ったりします(笑)
まるで並行宇宙です。
大阪から帰って一週間、少しずつ世界が元に戻ってきます。
「感動ポルノ」と前のブログで書いたので、自分にとって「感動」が何なのかと、考えて
います。
殆どテレビを見ないので、「感動的」なチャリティー番組は無論ですが、映画もスポーツも
あまり興味がありません。見ないから興味が失せたのか、とも思いますが、興味が無く
なって見ないような気がします。
興味が無くなってきた過程を思い返してみます。
例えばセザンヌのこの絵を見ると「感動的」です。
その感動を説明しようとするとこんな感じです。
視覚を右脳に偏移させると、まるでセザンヌの描いた時を追体験出来るようで、
画面に見える絵筆のタッチの一つ一つが動き出し、全体が波打つような躍動感が
現れます。
セザンヌはこの躍動感を描いているだけで、それが見える世界に恍惚として漂っています。
でも、この「感動」は所謂「感動」とは別種のものです。
私の作品ですが、今年の個展である人は「勇気」と言ってくれました。
ただ、この感覚を経験すると「感動的」な映画もスポーツも色褪せてしまうような気が
日常が「感動的な世界」になります。
東京の威圧感と富士山
普段あまり人と話す機会がないので、個展は良い刺激になります。
東京へ行くと高層ビルに威圧感を感じる、という話しを大阪で聞きました。
大阪の展覧会は21日までですが、一度帰って今日また大阪行きの途中です。
その帰る時、久しぶりに新幹線に乗り、東京駅に近づくと、まるでディズニーランドの
アトラクションのようで、今まで意識することはありませんでしたが、確かに
異世界の中に入って行くような感覚がありました。
あ~!これなのか、と思いながらその感覚を何度も思い返していると気づいたのは、
明治時代、巨大なレンガ造りの東京駅にもきっと当時の人は同じような思いを抱いたのだろう、と。
当時はこうでしょう。 でも今は違うような気がします。
東京行きの新幹線には不思議な人がいました。
マスクがまるで防毒マスクでサングラスにコートのフードを被っています。
そしてその人は時々いきなり立ち上がり周囲を見渡しています。
今は刃物を振り回す人がいたりで、不審者がいないか怖がっているようにも
見えますが、その人の方がよほど不審者です(笑)
コロナの影響はありますが、不安な「空気」が確かにあります。
コロナ禍で世の中変わってしまうでしょう。それでも内戦が100年でも続かない限り、日本人の本質が変わるとは思えません。
東京の異世界の入り口はディズニーランドに感じてしまうように、個人的には不安は限定的です。
今朝、品川からずっと富士山が見えました。
It Art! ~なんば美術手帳~
It Art! ~なんば美術手帳~
藤田 新展 -共生の庭-
個展を開催して頂いている髙島屋大阪店の美術部にはブログがあって毎週の個展を紹介してくれます。
そういう訳で私の紹介がアップされました。
事前に提出してあった個展の資料を基に記事を作ってくれたのですがなんだか自分の言葉が愚痴のようでもありました(笑)
でも一番驚いたのは最後の自分の写真で、あまりに老いています(笑)で、撮りなおしてもらったのが載っています。
6日に額が6点出来、7日の朝出て車で搬入しました。
昔は平気でしたがやはり疲れます。
しかしそれより、命を削って制作しているから・・ということにしておきます(笑)







