昨日は、ケガや病気で肉体に切れめが入ることで 高次のものが降りてきやすくなる という話をしたね。
でも、私はヘタレなので、できればケガや病気をしたくないです。
できれば痛くない・苦しくないのがいいです。
(私は、肉体と 意識や自我の癒着が強いのかもね)
 
というわけで、
ケガや病気じゃなく、高次なものを受け入れられる状態が作れないか あれこれ考えました。
 
 
 
 
ありました。
 
この前ブログに書いていました(爆)
 
 
ちょっと長いけど引用するよ。
 
 
 
“肉体も、速く動いているときは 止まっているときよりも高次の状態です。
 
ちょっと高次の状態になった肉体に、意識も共鳴?共振?するとかで影響を受ける。
 
それで、ランニングしているときなど動いているときは、おもしろいアイディアを思いつきやすいです。
 
 
体を動かすのは、肉体の健康だけじゃなく 意識の面でもなかなかよいようです。
 
トレーニングやダイエットみたいな目的は置いておいて とりあえず意識の面だけで考えるなら、腹筋でもスクワットでもウォーキングでも「動いている」というのがよりよい感じです。
 
さらに欲を言うと グルジエフの考案した舞踏や 伝統的な舞いなどは、高次のものと通じる「型」を描く動きになっていて 高次な状態になりたい人にはよりよい というのもあります。
でも、そこまで言わなくても、「肉体が動いている」というのは「肉体が止まっている」よりもグンと高次であるようです。
 
頭や心の活動で行き詰まったときには 肉体を動かしてみるのも ひとつの手ということですね。”
 
 
 
動くこと
運動
 
 
 
そうそう!
動いていると、止まっているときよりも 肉体が高次の状態になるのでした。
 
「ちょっと高次」でいいんです。
スポーツ選手、アスリートにまでは ならなくていい。
 
「ちょっと高次」になれば、そこが もっと高次なものが降りてこられる受け皿になるからね。
 
 
 
欲を言うと、「すごい型」の舞踏や舞ではなくても、肉体・両足が地面から浮く瞬間があるタイプの運動だと よりよいです。
物質(地球の地面)からちょっと浮くことができるから。
物質の縛り、地球の重力から、ちょっとだけ離れる姿勢・状態。
 
ジョギングや縄跳びみたいなのは、なかなかよいと思われます。
 
でも、足腰に不安があるときは ウォーキングや腹筋やスクワットやストレッチでも 止まっているよりずっといいです。
 
 
 
ほかには…
固形物を食べることが多くて 体に水分があんまり足りてないときなら、水を多く飲むのもありだよね。
 
固形物よりも液体のほうが、自由度が高い高次な物質だからね。
肉体に高次な成分を増やす意味で、水もありだね。
 
(水も飲みすぎたら死ぬので、ほどよい量を飲んでね)
 
 
 
アストラル体が降りてこられる、受け皿になるエーテル体を育てる というふうに考えると、この本にいろいろ書いてあったな。
山登りとか 水晶を持つとか…
いろいろ書いてあったので、よかったら見てみてね。
 
 

松村潔先生のエーテル体の動画も参考になると思う。

 
 
 
 
ただ、こういうのは、
 
高次なものが降りてきやすい つなぎめ・切れめを作るために、肉体を傷つける手段以外にできることではあるんだけど、
 
エーテル体やアストラル体自体にも、物質や肉体を壊す働きがあるみたいなのでね…
壊す働きがあるというか、壊したいわけじゃなくても 高エネルギーで壊してしまう。
肉体が焼き切れてしまう感じかな。
 
 
なので、「これが健全な肉体に 健全な精神が宿る方法だ!」というわけではないです。
 
幾分かはマシかな、という程度…(^_^;)
 
 
 
 
ケガや病気になることで、健康や医療や助けてくれる人がいることのありがたみを知る という経験をしようとしていることもあります。
 
「活動や仕事をストップして、じっくり休むことも大事なんだな」「全部自分でやろうとしないで、誰かや何かに頼ることも あっていいんだな」を知るためのケガや病気もあります。
 
 
「これをすればケガや病気を防げる!」というものでもない ということは、言っておかないといけないね。
 
 
 
やはり、ケガや病気になったらなったで
「これも必要な経験だったのだな」
「ありがたかったな」
と、今すぐじゃなくていい、いつか思えたらいいな という感じです。