老人の海 | New 天の邪鬼日記

New 天の邪鬼日記

小説家、画家、ミュージシャンとして活躍するAKIRAの言葉が、君の人生を変える。

 母親の同級生であるホンチンさんの見舞いにいった。
 75歳のホンチンさんは親や子どももなく、パーキンソン病とうつ病でここ半年ほど入院生活を送っている。
 高齢者専用の病棟にはいったとたん、びっくりした。ホールのテーブルに100人ほどの老人たちがずらっと勢揃いしてたからだ。見わたすかぎり老人、老人の海を数人の看護婦が行き交っている。
 幼年期を祖父母に育てられたせいか、オレは老人好きである。それぞれの人生が深いしわとなって刻まれた顔を見ると手を合わせたくなってしまう。
 それでも居心地の悪い違和感はぬぐいきれない、いっしょにいった妹の子どもリボ(8歳)とシュボ(5歳)も騒がしい口をつぐんだ。
 みんなそれぞれの家庭の事情はあるだろうし、「子どもの世話にはならない」と自ら入院した老人もたくさんいるだろう。介護の苦労も知らないオレが口を出すことでもないし、「これは現代の姥捨て山」だなどと単純に批判はできない。
「車椅子の人が多いので、お正月も自宅に帰れない人がほとんどなの」
 頭も体もまだしゃきっとしてるホンチンさんの話を聞きながら、自分の違和感について考えていた。
 同じ種類の者だけが集められることになぜ異様さを感じるのだろう?
 たとえば大農場、養鶏所、ペットショップ、蝶や昆虫のコレクション、新生児室、精神病院、強制収容所、美人コンテスト、オリンピック、幼稚園から大学までそうだ。
 もちろん同種の隔離には利点がある。
 外部からのコントロールがしやすい。情報が限定される。 条件が似ているため比べやすい。競争心が高まる。
 学校なんかもろそうだけど、基本的な構造自体が明らかにまちがっているのに、外部からの視点を遮断することによって不満の矛先をかわし、あたかも本人自身に欠陥があると思いこませる。
 オレのしょうもない思索をうち消すように、すれちがったおばあさんがふりかえり、いきなりオレたちにむかって頭をさげた。
「以前はたいへんお世話になりました。こんなところでお会いできて本当にありがたいことです」
 誰だろう? 顔をしげしげと見たが思い出せない。オレはあっけにとられながらもいちおう頭をさげる。ホンチンさんが笑いをこらえて説明する。
「あの人は、痴呆病棟のありがとう婆さんといって、誰にでもお世話になりましたってあいさつするの」
 昔はどこの部族でも老人は神様に近い者として特別な敬意が払われた。おかしなことを口走ると、「これからいく天国の言葉を覚えるために、人間の言葉を忘れていくんだよ」と見守られていたのだ。ひとつの村でも老人と子どもが交流し、年長の子どもが年少の子どもの世話をし、精神病者や身体障害者も村の一員としてなんらかの役割を担っていた。
「集団リハビリの時間なんて幼稚園なみよ。みんなでゴムボール投げて、じょうずですねえなんてほめられるんだから」
 20年前にニューヨークに住みはじめたとき、ひとり暮らしの老人が死後数週間たって腐乱臭によって発見されたという話を何度か聞いた。そのときは「日本の老人はまだ幸せだな」くらいに思っていたが、現代日本も同じ状況になりつつある。
「ここは天国みたいに退屈で、半分死人のような気分になっちゃう。こうやって面会にきてもらうと、ほっとするわ。わたしもまだ浮世とつながってるんだなって」
 ホンチンさんのうつ病は前よりよくなっているようだ。
 先日 ランディさんの日記に、父親とのケンカが書いてあった。「おまえの世話にはならん。もう特養の申し込みもしてある」という父親に対し、ランディさんが「私は死ぬまであんたの面倒を見る」と言い放った。
 似たもの親子のドタバタ問答に噴き出しつつも、妙に感心してしまった。父親はぶっきらぼうな言葉で娘の真意を測り、娘は娘で「面倒を見てやる」じゃなく、自分が勝手に「面倒を見る」と決めたと言い切るところがいいのだ。
 オレたちも母親の友人だからという義務感より、遊び半分でお見舞いにきてるしな。ホールのほうでオルガンの音がした。
「あっ、しってる!」
 病室で退屈していた子どもたちが飛びだした。
「あの人はもと小学校の先生で、痴呆になってもオルガンだけはおぼえているの」
 シュボは幼稚園で習ったらしく手のひらをくるくるさせる。
「へえー、 ふだんは彼女がオルガンを弾いても誰も見ないのに、シュウちゃんがお遊戯してるんでみんな見てるわ」
 ホンチンさんはうれしそうに顔をほころばせる。

きらきらひかる
お空の星よ
まばたきしては
みんなを見てる
きらきらひかる
お空の星よ

 オレは一瞬、おかしな妄想にとらえられた。ここははるか未来の宇宙基地で、収容された老人たちは遠い記憶を手繰るようにひさびさに出会った子どもというエイリアンを見ている。

きらきらひかる
お空の星よ
みんなの歌が
届くといいな
きらきらひかる
お空の星よ