それでもおまえは愛を選ぶのか | New 天の邪鬼日記

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小説家、画家、ミュージシャンとして活躍するAKIRAの言葉が、君の人生を変える。

 武道館は超満員で、スティングのステージも最高だった。
 これがブライアン・アダムスやホール&オーツとかだったらいかなかったけど、スティングは現在進行形で進化しつづけている数少ないベテランだからね。
 彼を大きく成長させたのは「911」だった。
 事件の当日、彼はイタリアにある自分の城でコンサートを開く予定だった。しかし突然バンドメンバーに呼ばれ、テレビを見ると911の映像が映し出された。
「今日おれは歌えない」
 スティングはコンサートを中止しようとした。
「ここでやめたら我々が、音楽が、暴力に負けたことになる」
 メンバーのひと言に心が動かされたスティングは、とにかく「FRAGIL(こわれもの)」1曲だけは歌うことを決意した。急遽ほかの曲も選び直し、コンサートは決行される。
 そう、911の前と後では世界が変わってしまったのだ。
 武道館でのコンサートもいきなり「Sacred Love(聖なる愛)」からはじまった。

 Every man, every woman
 (すべての男、すべての女)
 Every race, every nation
 (あらゆる民族、あらゆる国家)
 It all comes down to this
 (そのすべてがここに集約される)
 Sacred love
 (聖なる愛)

 ツインドラムとツインキーボード、黒人女性のツインコーラスにドミニク・ミラーのギターがからみ、スティングはベースを弾きながらシャウトする。「EVERY BREATH YOU TAKE」や「ROXANNE」などのミリオンヒットも織り交ぜ、熱狂は螺旋を描いて上昇していく。
 「Send Your Love」のメッセージも強烈だ。

 There's no religion but sex and music
 (宗教なんかない、だが信じられるものはセックスと音楽だけだ)
 There's no religion but sound and dancing
 (宗教なんかない、だがあるのは音と踊りだ)
 There's no religion but sacred trance
 (宗教なんかない、だがあるのは聖なる恍惚だ)

 スティングは自分の苦悩をこう語っている。
「最初のうちは曲を書く気にすらなれなくてね。それに、世界で起こっていた動き――9.11以降の戦争の脅威と実際に起こった戦争――のせいで、クリエイティヴになろうにも到底なれないような状況が続いた。自分でも分からなくなってしまったんだよ、一体何のためにこんなことをやってるんだろう?現実世界の中で、僕のやることが一体全体どれほどの意味を持つって言うんだ?って」
 ほとんどのアーティストが911に混乱し、言葉をなくした。圧倒的な暴力のまえに、ある者は屈服し、ある者は報復戦争を支持し、ある者は無視し、ある者は創作を断念した。
 911当時の日記を見ると、オレ自身パニックに陥りながらも声をからして叫びつづけている。

 人の命を奪う権利は誰にもない。
 あらゆる報復も正当化してはいけない。
 何千年ものあいだくり返されてきた殺戮の悪循環を、断ち切ってくれ。
 人間において唯一の法律はひとつ。
 「ぬちどうたから」
 沖縄の言葉で、
 「命は宝」ということだ。(2001年9月12日)

 いいかい、この地球は「未来の子どもたちから借りているんだ」。大切な大切な預かり物なんだ。アメリカ人も、テロリストも、その子どもを殺すことは、その子の子どもも、またその子どもも、殺すことになる。
 レンタルヴィデオも命も返さなければならない。
 オレたちは憎しみにおおわれたヴィデオより、夢に満ちたヴィジョンを手渡さなくてはならない。
 これから起きる戦争をまえに、オレたちは無力と思うかもしれない。
 政治行動に走らなくても、声高に主張しなくてもいい。
 心のなかで祈ってくれ。
 未来の子どもたちに伝えられるよう、
 夢をあきらめないで、
 人を愛しつづけてくれ。(9月16日)


 創作は暴力に屈しない。
 それ以上のパワーをもって乗り越えていくんだ。
 巷に氾濫する自己陶酔のラブソングじゃなく、
 傷つき、汚れ、命をふりしぼって抱きしめる愛。
 「ラブ&ピース」に浮かれてる時代じゃない。
 このクソ忌々しい時代は、オレたちの喉元にナイフを食いこませながら問いただしてくる。
 「それでもおまえは愛を選ぶのか」と。
 その答えは君だけが知っている。