映画『誰も守ってくれない』の感想 | アキラの映画感想日記

アキラの映画感想日記

映画を通した社会批判

突っ込んで来るネトウヨ

 

 

誰も守ってくれない

 

本広組のなんちゃって社会派な印象は君塚脚本ありき。本人が監督すると『容疑者 室井慎次』や『遺体』みたいにお堅い印象の映画になるが、その脚色自体のなんちゃって感は消えない。今回も犯罪の被害者遺族と加害者遺族に対するマスメディアやパーソナルメディアの在り方を問う正当な社会派にも見えるが、その前提が妙に記号化ディフォルメされています。つまり人権への配慮って所がまるで高度経済成長期のマスコミレベルに欠けているって所からして現代劇とは思えない一方でwebメディアの中傷みたいな現代的な無秩序さも誇張されている。マスコミとのカーチェイスやキモヲタの突入とか面白く見せる為に少年マンガ並みにディフォルメされた世界観なのだ。かつて犯人から被害者を守れなかった刑事に与えられた任務は加害者家族を守る事。社会正義という名の集団ヒステリーに狂わされたメディアの追及をかわして犯人の妹を匿うってな話。

 

緊迫感のある君塚監督ならではの演出でグイグイ見せるが、そこで語られるのは社会的なテーマではない。フィリッツラングの『M』や『激怒』は同様に社会正義という集団ヒステリーの怖さを描いているが、それらは時代背景故に正当な社会派のテーマとして成立しているし、その集団の顔が見えるか否かって点が大きく違う。web上での匿名書き込みが可能な現代において顔が見えないコミュニケーションが問題視されるが、それは見えないだけで人格破綻している訳ではない。ところが今作品の集団ヒステリーは子供向け特撮の悪役並に人格破綻。誇張した方がヒートアップするから。エンタメの手法として誇張自体は悪い事じゃないが、この作品は誇張のせいで時代感覚が捉え難くなっている。まあ正義というキチガイはどんな時代にも存在する訳だが、そのヒステリーの描き方に繊細さを欠いているのは残念。純粋に逃避モノとして楽しみましょう。