理解者がいると凡庸
アナと雪の女王
公開時にはダリダリ旋風ならぬレリゴレリゴ旋風を巻き起こした話題作。当時、小学校の近くを通るとすれ違う子供たちが皆レリゴレリゴ歌っていたものだ。ディズニー映画はヒット曲と共に。かつて私が子供の頃には少なくてもそうだった。『ライオンキング』でのエルトンジョンから『ターザン』のフィルコリンズまで映画は見ずにサントラだけ買う作品すらあった程。今作では久しぶりに大ヒット曲が出た。
いわゆる『雪の女王』といえばロシアのアタマーノフのアニメが有名で、それを見た時には子供たちを襲う心まで凍った女王の存在がどことなく悲しげで、いつかティムバートンあたりが怪物の悲哀を扱った作品としてリメイクして欲しいと期待していた。そして願わくばウォルターヒルの『ジョニーハンサム』みたいに寸分でもいいから理解者が現れて欲しいと。ところが寸分どころか女王を愛すべきヒロインとしてディズニーが映画化してしまった。ここまで行ってしまうと、もうエリザは雪の女王にすら見えない。ただ単に氷を操るありきたりなディズニーキャラになってしまった。
それにしても『マリフィセント』とかにしても恋人より家族の愛が奇跡を起こすって最近の方向性はロマンスに夢を見るより支えてくれる大切な人を思いやるって感じで説得力を感じる一方で、テロリズムに晒される事でやたらと保護主義に走りたがる米国の最近の世相が反映されているようにも思えます。