映画『愛殺』の感想 | アキラの映画感想日記

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映画を通した社会批判

広大なロケーション

 

 

愛殺

 

香港アクションを芸術の域にまで高めた伝説の巨匠パトリックタムの初期作品といえば異色武侠映画『剣』の方が有名だが本作の方が後の彼の作品に通じる所が多い。とある女性が恋人にフラれてボートの上でリストカットの自殺未遂をする所からシリアスタッチで本作は始まる。いわゆる『最後勝利』みたいな後のカーウェイ作品にも通じる悲恋のラブストーリーかと思って見てると突然に狂気が暴走。最後の30分は監禁した女性登場人物を片っ端から刺し殺しまくる血の宴。妹の方が自殺願望があるのに対して兄の方は殺人願望。妻を殺し遺体をバラバラにして捨てたサイコパス。ラブストーリーだと思っていたらサイコスリラーに発展するというシャヒーンの『カイロ中央駅』みたいな展開に驚きました。それも白い空間に真っ赤な血を飛び散らせる絵的なセンスの良さがよりエキセントリック感を強調しています。パトリックタムはツイハークと並んで香港ニューウェイブの代表的な監督だけに、この初期作品も鋭い才気に満ちていて一味違う映像体験を与えてくれます。

 

あまり知られてない事だが香港ニューウェイブ世代の試みの中には大陸などの海外ロケで広大な背景を使うという特色もあります。それを最も効果的にやった事で知られているのはイムホーだがフーピンもアンホイも代表的なニューウェイブ世代はその手のロケをやっています。この作品は弟子であるウォンカーウェイの後の武侠映画『楽園の瑕』を思わせる砂漠のショットで始まり他にも屋外のロケーションでは高速脇の広大な原野を背景にしたりしています。その意味で今作は彼の作品の中で最も香港ニューウェイブ的な特徴が露骨に出てる作品とも云えます。ただ水面をバックにしたシンメトリーのクレジットから女性のバストショットの構図から重みのあるカット割りまで紛れもなくパトリックタム作品である事が分る特色がちゃんと出ていて癖の強い作風は初期から変わらなかったのかと実感できました。この巨匠の女性観はウォンカーウェイに引き継がれてる訳だが、このガッツリ感があるショット構成の迫力はもっと世界中のアクション映画作家が模倣すべきだと思います。この監督は最近でも作品毎に10年近くブランクを開ける希作っぷりだが全盛期だった80年代にしても大した数は撮っていない。それだけに勿体なく感じるし、その圧倒的な実力に評価が追い付いていない典型例にも思えます。