映画『悪童日記』の感想 | アキラの映画感想日記

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映画を通した社会批判

文字通り父を踏み越えた
 

 

悪童日記


ハンガリーのホロコースト映画といえば『ファイトレス』を思い起こす訳だが収容者のほとんどが餓死した壁の中の話ではなく今作は壁の外の話。収容所周辺に疎開した少年たちの物語。原題が"大きなノート"であるのに対して邦題の方は、あたかも少年たちが悪ガキであるかのように勘違いさせるが彼らは至って真面目であり人間らしい義理人情義憤があるからこそ人も殺す。むしろ周囲の大人の方が卑しく浅ましく根性腐ってます。これは現代の日本人にも共通するヘイト意識。在日をディスるヘイト本が売れて没落したマスメディアが広告費利権を確保するために必死でヘイトポルノを垂れ流すものだから大衆がヘイト感情剥き出し状態のレイシストになってる。そんな今の日本人同様に当時のハンガリー人も子供に見せたくない放送禁止物体状態。収容所に送られるユダヤ人に唾をひっかけ殺せ殺せとドイツ兵を煽るレイシスト。これが今の一般的日本人と同じマインドだと自覚できてる者は少ない。メディアの煽りに大義名分を得て劣情をまき散らすクズ。まるで自粛警察です。これは良心がある子供なら爆殺したくなって当然です。

 

この少年たちの父親は兵役でソビエト側の捕虜になり拷問を受けたりする。ハンガリーは西ウクライナ同様にナチス側であり今でも反露親独な訳だが、さすがに最近じゃ虐殺魔ゼレンスキに反旗を翻してます。まあ敵の敵も敵って所だろうか。この少年たちが預けられた母方の祖母が最初は意地悪な業つくババアに見えるが昔気質な感じで「働かざる者食うべからず」と農場の仕事を少年たちに課す訳だが本人も働き者なので次第に少年たちは感化される。そして父や母の身勝手な生き方に疑問を抱き始めたのだろう。やっと母が迎えに来ても戦後に父が釈放され迎えに来ても付いて行こうとしない。この祖母は自分の力で農場を運営し浮世離れした生き方から"魔女"と世間から罵られている訳だが、むしろその世間こそがクソなのだと少年たちは気付いてしまったのだろう。それはナチやレイシストに限った事じゃない。ナチからハンガリーを開放したと豪語してるソビエト軍もまた横暴で障害を持った隣人の少女を集団で輪姦して嬲り殺してしまう。この手の暴力は戦後も続いていた。そんな野蛮な大衆に比べれば、この祖母の方が幾分かマシです。この少年たちの冷徹さは、むしろクソな世間を真っ当な感情を持って生き抜く上で最低限の必要悪なのです。