Vol.992-1/2 R巻頭-104。歴史(観て歩き)レポ-県都編:20<十河城跡・喜岡城跡> | akijii(あきジイ)Walking & Potteringフォト日記

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「凡に中なる、これ非凡なり」(論語)、「何事も自分に始まり、自分に終わる。自分を救う道は自分以外ない」(夏目漱石の言葉)を座右の銘に、我流(感性だけ)の写真を添えて日記を綴る。

新居宮池は今

宮池とフヨウ。

夕陽を映す宮池。

夕陽を映す宮池のパノラマ景。

 

 

Akijii-blog頭言Repeat-104  Orignal掲載日:Vol.198 (2013.07.15)

みずみずしさ…。

 

会社でも役所でもオフィスは、リーダーと部下の机の配置が固定されているのが一般的であろう。

全体を見渡せると云う理由からだろうが、初めてその会社に行った顧客でも、大抵は机の配置を見ただけで序列が解るが、その固定化が不利益をもたらすことがあるのだ

一般的に、仕事には慣れや経験が大切だと思われているが、現実はそう単純ではない。

むしろ、不慣れなリーダー一年目が以外に爆発力があったりする。

それはおそらく、喋っている時の羞恥心が有るか無いかが部下に伝わるからだろう。

 

はじめのときが以外によかった。慣れて来てダメになった」というケースは少なくない。

経験は少なくても、フレッシュさが風通しを良くし、思わぬ力になることがある。与え続けていると、全部わかっている気になって、心にたこができ、新鮮さが失われる。硬く凝り固まった状態はどこかで回復しなくてはいけない。

 

そのためには、関係を組み替えてしまうというのも一つの手だ

例えば、自分が生徒や部下になってみる。立場を逆転させてみせるのである。

教えることを仕事にしていたり、仕事でまとめ役を求められている人ほど、与える一方では疲れてしまう。

司会役なども、同じ人が祭り上げられる傾向にあるが、会議などでもテーマごとや曜日ごとにリーダーを組み替え、当番式にしていくと、違う緊張感が生じて空気が変わるのだ。

弛緩したムードの会議も、あるターム(意味や解説)ごとに区切りがつく。

席替えもいい。坐っている場所の組み合わせを換えるだけで、ずいぶん雰囲気は違ってくるはずだ。

上司は大概、フロアの端のお誕生日席みたいなところに追いやれ、孤独を味わわされていると思うが、ためしにブレンストーミングがしやすい三角形に坐ってみてはどうだろう。

 

新鮮さがリーダの生命だ。リほどみずみずしさを忘れるな、である。

 

 

<高くがる空間>

県道173号線沿い(西の丸町)の上空。

県道173号線交差点(西の丸町)とJR高松駅の上空。

西の丸町の北側の上空。

 

 

A seasonal flower 

◇宮池への田圃道とウォーキングコース脇で咲く彼岸花

田圃道

 

 

ウォーキングコース脇

 

 

◇ウォーキングコース脇の畑に咲くヒマワリたち

◇町並巡りで出会ったフヨウと宮池とya宅のフヨウ

町並巡り

 

宮池

 

ya宅

 

 

Akijiiままniフォトsketch<興寺願聖寺  

観興寺(かんこうじ)は、山院寺号は法照山明星院観興寺で、真言宗御室派。御本尊は不動明王(伝興教大師作)である。
紫雲山の東、栗林公園の南側に位置し、西国三十三所巡礼が設置されていたり守護社の熊野神社が有ったり見所の多い寺院である。
寺伝によると昌泰二年(899年)に僧観賢(かんけん)が父親道興の菩提を弔うため、この地に清泉寺を伯父専興の冥福を祈って、付近の坂田郷万蔵村(三条町)に専興寺を建立したが、両寺とも衰微して廃寺と成った。
江戸時代、延宝初年頃(1673〜1680年)、僧観海が専興寺の旧地に寺を建て法照山明星院観興寺と名付けました。

清泉寺跡にも悉地院(しっちいん)を建て名僧観賢の事績を世に伝えた。悉地院は五代住職観瑞の時、高松藩主三代松平頼豊の命で観興寺と合併し廃寺と成った。宝永年間(1704〜1710年)の事と伝えられている。
十数年前には立派な山門が有ったが現在は無くなっている。

願聖寺(がんしょうじ)は、真宗大谷派の寺院。

 

▼所在地、観興寺

高松市室町:〒761-8061

 

▼熊野神社、源聖寺

 

 

▼バス停「室北口」で降車、観興寺へ向かう(約0.5km)

 

▼国道11号線東沿いに北東へ進み西に横断する、室町交差点を西に渡る

 

▼国道11号線の左(南西)方向、右(北東)方向

▼国道11号線西沿いに北東へ進み左折、室町を西方向に進む-1

 

▼正面奥は室山、室町を西方向に進む-2

 

▼室町を西方向に進む-3

 

▼室町を西方向に進む-4

 

 

▼観興寺に着いた、観興寺-1(入口右側の石槌山と劔山の祠)

 

▼観興寺-2

 

▼観興寺-3

 

観興寺-4

 

▼観興寺-5

 

 

▼熊野神社-1

 

▼熊野神社-2

 

▼熊野神社-3

 

▼熊野神社-4

 

▼熊野神社-5

 

▼熊野神社-6

 

▼熊野神社-7、観興寺-6

 

 

▼観興寺-7(⇦西国丗三番霊場巡拝路)、観興寺-8

▼観興寺-9

 

▼観興寺-10

 

▼観興寺-11(第31番-長命寺)

 

▼眞屋象南翁碑、観興寺-12

眞屋象南は、日本三筆の第一人者、日本の書聖とも言うべき、或は中国の書聖王義之にも比せられる弘法大師の書はその代表的作品として風信帖を初めとして幾多のものがある。その中の菅家流には「大師正傳震旦書道」「大師正傳震旦 書道筆法』(昭和四年九月十七日、象南真屋卯吉著)が大阪府立図書館等で所蔵されており、菅家書法として大師流を中心にして述べられ、四国にその流儀が細々とでは有ったが継承されていた事がこの真屋象南の「大師正傳震旦書道」で解るのである。真屋象南は菅家三十一世讃岐伊舎那院安藤大心僧正より伝えられたので三十二世という事になろう。

 

▼観興寺-13(第33番-本尊十一面観世音-美濃国 華厳寺)

 

▼観興寺-14

 

▼観興寺-15(如来塔-無縁墓)

 

▼観興寺-16

 

▼観興寺-17

 

▼観興寺-18(第1番-本尊如意輪観世音 紀伊国 青岸渡寺)

▼観興寺-19(太閤権現)、観興寺-20(左側-太閤秀吉公・右側-北政所ねね様)

▼観興寺-20、観興寺を後にして源聖寺へ向かう(約0.5km)

 

 

▼室町の往路を引き返す、次の交点を右折

 

▼室町を南方向に進む-1

 

▼右奥(室山の東麓)にグロービート松本㈲、室町を南方向に進む-2(次の交点を左折)

 

▼室町を東南方向に進み次の交点を右折、室町を西南方向に進む-1

 

▼室町を西南方向に進む-2、次の三叉交点を右折

 

 

▼源聖寺へ進む、源聖寺に着いた

 

▼源聖寺-1

 

▼源聖寺-2

 

▼源聖寺-3

 

▼源聖寺-4

 

▼源聖寺-5

 

▼源聖寺-6

 

▼源聖寺-7

 

 

▼源聖寺を後にして室新町へ向かう、金毘羅(高松)街道へ進む-1

 

▼金毘羅(高松)街道へ進む-2

 

▼金毘羅(高松)街道に合流、室町を振り返る

 

(次報Vol.993に続く)

 

 

<akijii展-(549)

美しい花モチーフの切り絵(ANIMAL FANTASY)シリーズ-03

今報は「無題i」で、所要時間は175Mでした。

◇完成作品

 

引き続き、Vol.992-2/2をご覧ください。