Vol.189-2/5に続けてご覧ください。
<郷照寺ごうしょうじ>
四国霊場第78番札所で、「厄よけうたづ大師」として幅広く親しまれている。平安時代創建の歴史ある寺で、回遊式庭園、木造阿弥陀如来像など数多くの文化財が保存されている。
近年は若い人や外国人の参拝姿も多く見られる。
本堂は、約400年前の江戸時代に再興されたもので、屋根の形は奈良様式の造りで札所の中でも珍しく、東大寺など奈良の寺院によく見られるものである。本尊の阿弥陀如来は、鎌倉時代の作で、県指定有形文化財となっている。平成11年10月の「平成の大修理」が終わり、美しく生まれ変わった。
▼山門、本堂
太師堂の建物は、大正時代に再建されたもので、お堂の中に入れるよう開放しているので、太師像を間近で参拝することができる。また参道脇には地下のお堂に三万体の観音像を納めた万体観音洞がある。
庚申堂(こうしんどう)は、民間信仰の「庚申信仰」を伝えるお堂で、本尊は六本の手を持つ青面金剛。庚申信仰は、人間の体の中にいる「三戸(さんし)」という霊物が庚申の夜、眠っている間に体から抜け出て天に昇り、天帝にその人の罪を告げる。そのため庚申の夜は人々が庚申堂に集まり、眠らずに語り明かすという風習があったという。
▼大師堂、庚申堂
<浄泉寺じようせんじ>
安土桃山時代の創建で、浄土宗の寺である。本寺の十王堂には香川県隋一の大きさである閣魔大王と諸王が祭られ、地獄、極楽の絵図とともに有名である。
本堂は、詳しいことは不明だが、高松に移った浄願寺が、江戸時代初めの明暦元年(1665年)に、高松藩祖松平頼重公の助力によって伽藍を再興した際、もとの木材を使って建立したのではないかと云われている。その後天保7年(1836年)に、第十七世達誉智覚上人の時に本堂が再建されてより何度か修理され、本尊は阿弥陀如来立像であり、脇士として左右に観音・勢至両菩薩像、また左右の脇段には、高祖善導大師・宗祖法然上人(円光大師)の両大師像が祀られている。
▼山門、本堂
閻魔堂(えんまどう)は、「十王堂」ともいい、大きな“閻魔大王像”を含む十王像や脱衣婆(三途の川で亡者の衣を奪う老婆)の像が祀られている。この「十王」は、人が亡くなってから定期的に行われる裁判の裁判官であるとされる。また十王堂の西隣には、地蔵菩薩を祀った「本地堂」がある。これは、閻魔大王の本地(本体)は地蔵菩薩であるという説からきている。
▼閻魔堂、本地堂
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