春分の日に。(銀河の春風) | ミタクエオヤシン

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ミタクエ・オヤシンとはネイティブ・アメリカン、ラコタ族の言葉で「私に繋がる全てのもの」という意味です。
だから、みんなつながっていこうね!

日々日常、非日常、音楽、映画、宇宙、スピリチュアル・・・などを綴ります。



きょうは春分の日。

旧暦の2月9日。

20時2分に・・・

何か新しいことを創めよう。

古いものは捨てて・・・。

そして、光と闇のバランスがつりあうこの日に、

大いなる祈りを♪




∞○∞ ∞●∞ ∞○∞ ∞●∞ ∞○∞ ∞●∞ ∞○∞ ∞●∞ ∞○∞ ∞●∞

さて、今日は春分の日です。

昼と夜の長さがつり合う日。


今年の冬は例年に比べ、全国的にもかなり寒い日が続きました。
でもここ最近は急に暖かくなりはじめ、桜も驚いたかのように急に咲き始めてきました。
そして一昨日は、凄まじい春の嵐が吹き荒れました。
そうそうアクアラインも突風でかなり怖かったです~。

それにしても3月になってから強風の日が多いですよね。
ぼくにはこれでもかこれでもかと浄化の嵐が吹き荒れているように思えてなりません。

それはぼくたちに対して、いつまでお前たちは眠っているんだ!と言うかの如く。

だれが言ってるかって?

そりゃあ、グレートスピリット様ですよ(^。^;)

というわけで今日のような節目の日には、やっぱりネイティブ・アメリカンのお話でも。

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ネイティブ・アメリカンの世界では、話すことよりも聞くことがとても大切なことであると教えられている。
それはなぜかというと、口はひとつなのに対して耳がふたつあるからだと・・・。
だから、話すことの2倍聞かなければならないということらしい。

彼らの世界ではもともと聞くということは、人間も動物も植物、鉱物、そしてあらゆる自然界の発する音を含んでいて、そこに境界線はないのだ。
それはすべてのものは、与えられたいのちであるのだから、話すことが当然なのだと言う。
つまりはオール・マイ・リレーション(ミタクエオヤシン)なのだ。

ぼくたちはいちおう現代と言う文明社会に生きているわけだけど、ある時期から、自分の聞きたいこと(音)だけしか聞かなくなり、その結果、自然界の音、もっと言えば自然界の発する警告までも聞こえなくなってしまった。

そして人間の声しか聞こえなくなったぼくたちは、この混沌とした今においては人の言葉さえも聞かなくなってしまった。

これは退化なのかもしれない・・・。


しかし、もともとぼくたちは、彼らネイティブ・アメリカンの人たちと同じ人間(倭人)なのだ。

彼らに限らず世界中の先住民の人々は、かろうじて『音』を聞いていることだろう。


母なるこの地球がバランスを失いつつある今、

ぼくたちは心を澄まして『聞くこと』を思い出す時期に来ているのかもしれない・・・。




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今こうして田舎暮らしをしているわけですが、自然の中にいると、ほんとにたくさんの「音」が聞こえてきます。

特に新鮮なのはトンビの鳴き声です。
はるか高い上空を優雅に旋回して舞うトンビを見ていると、ぜんぜん飽きません。

そして木々が風で揺れる音。
夜の天空に散らばる星の音。
ああそうそう強風で雨戸がガタガタ言う音も(笑)

庭の草木はどんどん芽生えて来てます。
庭には桜も~♪



みんな眠りから目覚めてきてますよね~!

もしかして目覚めてないのは人間だけ?

いやいや、この春の目覚めのタイミングで、ぼくたちも目覚めちゃいますか~♪(-^〇^-)


銀河の音を聞きながら。

それは銀河の春風♪




さあ今日は光と闇が釣り合い融合され、そして日ごとに光が増していく。

でも闇はネガティブなのではない。

だって、門の中には「音」があるんだから♪

音の門を開け、岩戸開きだね!

もうこれからは本音でしか生きられない世の中になっていくのさ。

おお~ここにも「音」が!

本当の音を響かせよう♪

って、また「音」が~笑

故郷の音とは

つまりは宇宙の記憶喪失になる前の

失われたコードのことだよね♪

春の目覚めだ~!



さてさてセイジセイジ~♪

そして

HO!ミタクエオヤシン♪

大いなる祈りの輪を!


セイジ