白鳥座 -3ページ目

タンポポ





どのように考えても、犯人は私だった。


用事があり、紙を加工する工場に出かけた。


工場の食堂裏の10mほどの小道を数回、往復した。


最初、歩いたとき、足元にちらりとタンポポが眼にとまった。


数メートル先ではすでに綿毛になったタンポポが風に揺れていた。


あとで、デジカメで撮る事にした。


急ぎ用を済ませ、デジカメ片手に先ほど見かけた小さく愛らしく咲くタンポポを探した。


何度も探し回った。


日はゆっくり落ち始めた。 


心は少しずつ揺れ始めた。


記憶をたどり、もう一度きっぱりとタンポポを探した。


捜し求めていた物がそこにあった。


花は閉じられ、美しき自然色の黄色き花びらは、土色に汚され踏みにじられていた。


とっさにひざまずき、閉じられた花を押し広げようとした。


指先が、これ以上、広げると、花びらが引きちぎられ引き裂かれることを教えてくれ、我にかえった。


踏み躙ったのは、誰だ。


行き止まりのある短き小道を歩くものなどいない。


明日も夕方、もう一度、この工場に来なければならない用がある。


日は落ち、辺りに、ひんやりとした大気が漂い始めた。



次の日、昨日の事を忘れさせるほどすっきり爽やかに晴れた。


工場に出かけると、時間が止まり、とんでもないものが顔を出し、巨大なエネルギーを放ち光り輝いていた。


驚いた。


踏みにじり、引き裂こうとした小さきタンポポが美しく可憐に綺麗に、青空に涼しげに大きく咲いていた。


感動した。 嬉しかった。凄かった。晴れ晴れした。 とりあえず蒼き空へ高く飛んで行こうと思った。



次の日、親にせかされ、墓参りに行った。

国道は年末で渋滞していた。


信号待ちしていた時、運転席前のフロントガラスをスケートリンクにし天使が氷上のバレリーナような華麗さですべり舞っていた。


真冬とはいえ、このポカポカ陽気のせいで気がふれたかと思ったが、よく見るとタンポポの綿毛であった。


そのふわふわした白く幻想的な綿毛は、逆光にキラキラ美しく、太陽の光を反射し感謝し輝いていた。


信号が変わる少し前、銀盤の女王、綿毛は運転席横の窓ガラスをふわりさらりとすべり去っていった。


二度目の感動だ、信号が青に変わり、とりあえず空高く飛ぶだけではすまされない、宇宙の彼方へ駆けていこうと思った。


正月まえからほんわりぼんやりした一週間が過ぎ、冷静さを取り戻し,種田山頭火の詩を思い出した 。

   『ふまれてたんぽぽ ひらいてたんぽぽ』

「雪送り」 「雪迎え」 「天使の髪」


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 『天使の髪』、エンジェル・ヘアーは、今年も北国の蒼い空に舞い上がったのだろうか?

 暖かい穏やかな日々が、かよわい力で冬の到来を押し戻し、木枯らし忘れ静かに吹く優しい風は初秋を感じさせる。
 
 以前、テレビで見たので、記憶は正確ではないが、穏やかな小春日和の晴れた日、枯れ草の先や低木の小枝の先にのぼって子蜘蛛は秋風を待つ。

 そよ風が吹き始めると、小さきクモはお尻を青い空に向けて、絹のような細い糸を1~2mふきだし、風になびかせ、子蜘蛛を持ち上げるほどの風が吹くと、一気に脚を離し、上昇気流にのり空高く舞い上がり飛び立って行く。

 クモが飛ぶのは繁殖地域の拡大、豊富なエサを求めての行動だと想像するが上空数千m、距離数百Km、時には、太平洋を越えていく事もあるという。

 蝶が風に乗り、外国から海を越え、時に静かな海面で昼寝し羽を休ませながら、日本に飛んでくるという話は聞いたことがある。

 クモもシルクのような糸とともに空を飛び、その姿は夕日で銀色にきらめき、ゆらり、ふわりと舞い、西欧では『天使の髪』『バルーニング』『ゴッサマー』『聖母マリアの紡いだ糸』などと呼ばれているようだ。

 日本では山形県などでよく見られるらしい。

 東北地方では、立冬過ぎた穏やかな晴れた小春日和に飛び立ったあと、初雪が降るので『雪迎え』とよび、春に雪解けあとに飛翔することを『雪送り』とよんでいる。

 糸だけが澄みきった青い空に、たくさん、美しく舞い優雅に散歩する様子は『遊糸』とよび、陽光にきらめき、時には金色、虹色に変わるのではないかと思うと、とても綺麗なイメージとなり、心、浮き立つ。

 持っている辞書、広辞苑には「雪迎え」「雪送り」の言葉はない。

 晩秋の風物詩とともに、自然界の驚くべき神秘的な小さい生物のいとなみに、東北地方の人々は、なんとも風情ある『雪迎え』『雪送り』と言う洒落た言葉を使うのであろうか。


 宇宙は無限の広がりがあり、その大きさから見ると人の存在・人間の生きる意味・価値など、あまりにも小さく無視、無価値かも知れないが、だからこそ、互いを思い合っていくことを考えてもよいのかもしれない。

 今日はこう考えたが明日はわかりません。

 冬至も近いが、陽射しはやわらかで暖かく、自然に何事もなく小春日和は続いている。

 

ゆっくり ゆったり




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 私たちは、遅くとも、この広大な宇宙空間を1秒間に200km、東京・大阪間を2秒で行く速さで飛んでいる。


 それだけの速さであれば満足だ。


  満足だが、地球は1日1回転するので1秒間に470m(音の速さは340m/秒)の速さでまわる。


 また、地球は太陽のまわりを1年かけて1回転する。 その速さは1秒間に30km。


 地球は太陽系の中にあり、太陽系は銀河系中心のまわりを2億年以上かけて1回転し、その速さが1秒間に200km。


さらに銀河系は超銀河団のまわりを数10億年かけて1回転し、その速さは1秒間に『すっごく速い』。


 そして、さらに、ほとんどの人が宇宙は膨張しているといって いる。


その速さは、1秒間に『私では責任がとれないくらい、驚くほど美しく綺麗に速い』らしい。


地球はすばらしい速さで動いているが、この星に生まれ感謝している。


 霧があたりの景色を優しく包み、朝日が顔を覗かせると、小さき庭の葉さきの朝露は遠大な宇宙さえも映し出すように輝き始める。


 時は静かに白き雲とともにふわふわと流れ、青い色にみずみずしさを混ぜた空は一日中見ていてもあきることがなく、大地を吹いてくる風は身体を通り抜けるように爽やかでこころよくすがすがしい。


 小鳥さえずり、小道に咲く小さき花は小さくゆれ、緑深く、高き山の小川のせせらぎは、周りの景色とそびえる山をきわだたせ、その雄大さを感じさせる。

 お昼過ぎ、忘れ去られたような、空色に溶け入りそうな白い月は、それでも自然に美しくそこにあった。



遥かなる思い

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サラサラ、さらりと吹く風はこころよい。


 清涼な風にふれようと幾重にも重なり、透き通るブルーサファイア色のヤグルマギクの花は、蒼い空に、いつしかひとつになろうとゆれていた。



ほのかな愛を感じていた。


 カーターとイーブリンは「一緒になる」、「ツタンカーメン王墓の発掘」のあわい夢を見ていた。


 生涯をかけ、15年目、突然、考古学者カーターは、イーブリンの父親で資金提供者であるカーナボン卿に王墓発掘中止を言い渡された。


 カーターの必死の説得で、1シーズンを条件に発掘は許され、その年、1923年ついにツタンカーメンの王室を発見した。


 しかし、王室から先を掘り進める中、カーナボン卿は亡くなり、彼の息子で、イーブリンの兄に発掘権は引き継がれたが、すぐに発掘中止をいってきた。


 この窮地を救ったのはイーブリンであった。


 イギリス貴族で、身分の違いもあり、イーブリンの兄は2人の仲を快く思っていなかった。


 兄の政略結婚を受け入れるかわり、カーターの王墓発掘の再開を求めた。

 

 こうしてついに世紀の大発見といわれるツタンカーメンの「黄金のマスク」を初め、純金のひつぎ・王冠・腕輪・耳飾りなどの副葬品2000点、全調査終了に10年の歳月がかかったが出土品を含め5000点が発掘・発見された。


 

3300年前のある日、古代エジプト王、アメンヘテブ4世で実の父親から12歳の娘アンケセナーメンは、突然に意外な言葉を聞いた。


 「明日、お前と結婚する」


 当時、エジプトで王位継承は、血のつながり、身内が優先され、アンケセナーメンは運命を受け入れた。


 アンケセナーメンは子をもうけ、2年後、父であり、夫であるアメンヘテブ4世は亡くなった。


 王位継承権のあるアンケセナーメンは、母の進めもあり、1つ下の幼なじみで叔父にあたるツタンカーメンと結婚し、ツタンカーメン王の、王妃となった。


 この時期の2人の仲むつまじさは、壁画・彫像に残された。


 幸福な日々は数年、続いたが、ツタンカーメンは18歳の若さで亡くなり、祖父で40歳以上離れた大臣アイが王の座を狙ってきた。

 

 アンケセナーメンは、母の母国の若き王子ザナンザに結婚したいことを手紙を書いたが、ザナンザはエジプトに向かう途中、大臣アイの手下に殺された。 アンケセナーメンは祖父のアイと運命に翻弄され3度目の結婚をした。



 考古学者カーターは、ツタンカーメンが納められているひつぎの王室に足を踏み入れた。


 カーターはこのときの様子を話した。


 「いたるところの黄金の色きらめく中にあって、アンケセナーメンの最後の贈り物と思われる物ほど感動し美しいものはなかった。」


 その贈り物とは、ツタンカーメンの胸に、そえられた『ヤグルマギクの小さな花束』であった。

美少女クララ

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『もう耐えられない』、ゴキブリ界の美少女クララは叫んだ。


『どうした』、 日本人苦情臨時相談員キララは言った。


  『日本人はゴキブリを偏見、差別しすぎる』


  「またか」、そう思ったが、流線型のパーフェクトなスタイル、6本足の曲線美で歩く姿は優雅で美しいクララ。

 しなやかに伸びた触覚を変幻万化にふられると、魔法にかかった様にうっとり、クラクラするズラ。

 日本人を厳しく批判する唇からは、バラの花びらがこぼれ落ちそうに可憐なクララ。


  美しいクララの批判を軽くあしらう事をためらった。 

  

  クララの話を聞くことにした。


  「3億年、悠久はるかなる時を越え神聖な神の子、ゴキブリとして進化の必要のない完璧な姿で誕生し生き続けてきた」                

 

  「世界でも日本人ほどゴキブリに嫌悪感もち、人に害を与える害虫として嫌っている、人でなしの人種もめずらしい」 


 「イギリスの地方では、家の守護神として引越しの時は一緒に連れて行くし、アメリカを始め、愛らしいペットとして飼っている国々は多く、ゴキブリを昆虫の正統派として認め、可愛がり愛している」


 『長くなりそうだね』、キララは言った。


 『それを聞くのがあなたの役目でしょう? でも、キララの考えは?』


 私(キララ)は苦情相談マニュアルを見ながら結論からクララに話した。


 人間は思い込み、先入観・既成概念・常識などに縛られ、それに欲望がからまり、自由・柔軟な発想などできない生き物だ。

 我々ゴキブリは3億8000万年の歴史を持ち、森で朽ち果てた木を食べ知恵・勇気・忍耐でつつましく誠実に生きてきた。

 人間は、わずか600万年の歴史しかなく、幼稚でわがままなのは、しかたのない事だ。

 我々ゴキブリは、人間の心の成長を気長に待ち、地球の一員として認め、あたたかく見守って行くべきだ。

 

 『理屈を聞きに、ここに来たんじゃない』、クララはキレた。
 

 「日本人は同じ昆虫仲間のホタル、スズムシは可愛がり、ゴキブリは極端に嫌う。 不条理だ」
 「日本人は、ゴキブリを不衛生と言うが、私を見ればわかると思うが、綺麗好きだ」

 「キララは、同じ仲間がゴキブリホイホイに捕まり、家族の名前を叫びながら死んでいくのを何とも感じないのか?」
 「キララは、人間よりの考えをもっている。 不潔だ」

 雲行きが怪しくなった。 私への批判に変わりつつある。 何か話題を変えるか、言い訳しなければならない。

 人間にペットして飼われているマダガスカル・ゴキブリ(マダガスカル・ジャイアント・ヒッシング・コックローチ?)は、シュー、シューと鳴くが、人間に媚びている様に私には見えるが、ゴキブリとしての自尊心はもってないのだろうか?

 中国では昔、蝶は死を連想させ嫌ったが、今ではイメージがよくなり、悪から善なるものに変わった。


 日本人のゴキブリへの偏見がなくなり、意識が変わったら、人との共存共栄を考えたいと思っている。


 日本人は、ダニ・ゴキブリを見て、神の尊厳性を感じる事はできないのだろうか?


  

 『もう、いい』、クララは再び怒った。


 『クララは、怒っている顔も素敵で可愛いね』、私は言った。

 キララ、わたしの話す事を、よく聞きなさい。


『キララ、あなたは美しい花を愛することはできるが、小道にひっそりと咲く花を愛することはできないわね』


 今日もクララに怒られちゃた。 


 でも、クララのこと、好きだ。



かぐや姫  No1


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 かぐや姫は、どんな悪い事をしたのか?


 地球という星は、そんなに醜く、汚き所なのだろうか?


 「日本で最も古い物語である」と、紫式部は源氏物語に書いてているのが『竹取物語』。


 子供の時は、美しく悲しい物語というイメージがある。


 今回再び読んで、かぐや姫を迎えに来た使者の言葉が気になった。


 『かぐや姫は、月の世界で罪をつくり、いやしきじいさんの元にあずけ、 刑期が終わったので迎えに来たのだ。』

 『いざ、かぐや姫。 こんな地球のような、きたなき所から、はやく月の都に帰りましょう。』


 かぐや姫の犯した罪は想像するしかないが、地球がきたなく醜いとは少し納得できない。


     『この世を天国のように過ごす』

 

 こんな事を、なんとなく、ぼんやりと思いながら過ごそうと考える者にとって、やはり納得できない。


 かぐや姫の「竹取物語」が書かれたのが平安時代らしいが、その時代でも、月の使者が地球を見て「きたない」ところであるなら現代は、もっとよごれた、けがらわしい、みっともない世界で、苦しく、悲しい、あわれな動物(人間)が情けなくへばりつき地球という星に棲みついたように見えるだろう。

 

 人類の歴史が始まってから、第二次世界大戦の死亡者5000万人を筆頭に戦争、紛争は一日の休みもなく地球上のどこかで続き、現在も30カ国近くが武力紛争、内戦があり、その地域に住む人は20億人で、この時間にも戦争状態の中で死の恐怖にさらされながら暮らし生きている。


 しかし、20億人が「戦時下」にあるが、死者は自殺者のほうが武力紛争の死者よりも多く年間100万人で、自殺未遂者は1000万人を、はるかに超えていると推定されている。


 社会生活の重圧、複雑な人間関係、うつ病、失業などによるストレスが原因と考えられ、日本では、よく知られるように年間3万人が自殺により亡くなり、交通事故死の1万人より多く、「戦争」より「自殺」のほうが危険な状態といえる。


 リンカーンは奴隷を解放し世界中の人々に尊敬され、現在では、どの国も奴隷制度は法律で禁止されている。


 むろん現在は奴隷は一人もいないと思うのが普通だが、実際は昔のリンカーン時代の1000万人の奴隷より多い3000万人近い人が、昔の奴隷よりとてもひどい環境の下で一日中拘束され、たとえ重労働に耐えられず死んだとしても、リンカーンの時代の五分の一の値段である一万円以下で新しい奴隷が買われ、ものと一緒で消耗品としてあつかわれる。

 

 世界の8億人が一日100円以下で暮らし、7億人以上が飢えに苦しみ、年間1500万人が餓死している。


 殺人・麻薬・売春・地雷死・レイプ・家庭内暴力・拷問など地球上の「悪」を並べれば数限りなくある。


 

 世界の「悪」の環境の一部を書いたが、地球の「悪」「あわれ」から経験・学習し、何かを学び極悪人(?)から改心した、かぐや姫を迎えに来た月の使者の言葉「地球はきたない」は真実のように思われる。

 

 今日の結論は「地球は地獄だ。」

 

 これがスッキリしそうだが、やはり少し納得できない。


 「ウルトラマン」「宇宙戦艦ヤマト」「ドラゴンボール」は、地球を救ってくれるが我々個人を救うには色々な事情により忙しすぎる。


個人的には、世界・人類を救いたいと思っているがアニメのヒーローとは違い欲望まみれ、発散に忙しすぎる。


 本当は、「かぐや姫」が好きだ。 考えるチャンスをくれた「月からの使者」も好きだ。


 これらに対する反論は難しく、過去の日記に少しは書いたが、ゆっくり考え、書いていこうと思う。



  「今日はこう考えたが明日はわかりません」


 空蒼く、花咲き、小鳥さえずり、「とらわれず」に流れる川の清涼な水、大地を「自然に」吹く秋風はさわやかでこころよい。



時の流れのままに      夢



 

ふわりと旅に出た。



 『時』は待ってはくれない。 『時間』は、まじめに正確に時をきざむ。 

『時間』は、『時』には、遊び、旅に出、居眠りし、おだやかに、ゆっくり、ゆったりとした『時間』を流すのもいいと想う。


 レボリューションエンジンが吠え始めた。

 市街地を過ぎ、磯街道の暗く、古いトンネルを抜けると同時に、青い海と桜島が飛び込んできた。

 普段は車で行くが、今回は友人から借りたバイクで、湾岸道路を北へ。

 フロントフォークキャスターが少し強く、コーナリングに一抹の不安があったが、慣れるとそれほどでもない。

 メカノイズなし、馬力、トルク感はすごい。  むろん、シリンダーとピストンのボア&ストロークに不満などない。

 海から吹く風は心地好く快い。  まわりの景色は、いそがしげに走り去っていった。

 人とバイク、自然と人、この一体感と爽快感。

 風を感じて駆けるライダーの気持ちがわかり始めた。

 しかし、はやく、阿蘇国定公園内の高原ロッジの宿に行きたくなった。

 宮崎から高千穂峡を過ぎ、阿蘇へと考えていたが、予定を変更し、空港近くの高速道路に飛び乗った。

 1時間で熊本インターを降り、57号線を上り、内牧温泉入口近くの志村けんの番組、おサルと犬の「パンくんとジェームス」で知られるようになったカドリー・ドミニオンの駐車場にコーヒーを飲むためバイクを止めた。

 昼前、宿のフロントに部屋を電話予約した時、内牧温泉入口の『近く』だから着いたら、そこから電話すれば、宿までの道を案内すると言われた。

 チェックインは4時。 今、3時45分。 宿の『近く』のはずであるから、「パンくんとジェームス」を見ようと思ったが今日の出演はなく、お休みとの事。 人気者で忙しいのだろう。  電話し、宿までの道をたずねる。  阿蘇の南小国を過ぎ、小国に着いたら電話するように言われた。  

 57号線を少し走り、内牧温泉入口を左折し378号線に入り、大観峰で後続車のない曲がりくねった峠道、ワインディング・ロードを一気に気分よく駆け上がった。

 そこは素晴らしい眺望が天まで広がっていた。  阿蘇外輪山の最高峰、大観望からは、空は蒼く、雲白く、太陽は黄金色に燃え、山は緑、今、通り過ぎた田園風景と小さく遠くに見える阿蘇の町並みも美しい。


 山の天気は、心変わりが激しい。

 眺めの良い大観望を後にし、しばらく走ると雲行きがあやしくなり、小雨がパラつき、身体をうるおした。

 雨が降り止むと今度は霧がたちこめ、道路脇に大きく広がる草原では、霧に優しく包まれながら放牧された牛が草を食べていた。

 バックミラーに3台のバイクが軽快なエンジン音を響かせながら、映し出された。  迷わず道路脇にバイクを寄せた。

 向こうは、カッコいいレザージャケット、こっちはティーシャツだ。無謀と思われるのがオチだ。

 通りすがりにチラッと見たが、ヤマハ・ドラッグスター1100の2台と先頭はハーレーダビッドソン・スポーツスター883カスタムの様に見えた。

 ドミニオンから30分、阿蘇・小国町に着き、3度目の電話をかけ、宿までの道を聞いた。  

 直進し、スーパーを右折し、すぐ左折し、ずうっと真っ直ぐ行き、七曲がりするような峠を上って行くと三叉路があり、そこを右折し、すぐ左折し上りきった峠を下るとすぐに宿であるロッジが見えてくると説明され、迷ったら三叉路にある、お店でたずねるようにと言われた。  広々とした土地で暮らす人にとって、すぐ『近く』というのは車で1時間ほどの距離らしいことが、少しずつわかりかけてきた。

 バイクを走らせて行くと、途中で少し、不安がよぎる。

 カフカの「城」だったと思うが、高台にある「城」は見えているが、いつまでたっても「城」には、たどり着く事はできない。

 途中、2人に道をたずねて、5時半に高原ロッジに転がり込んだ。  あとは、何の不安もない。

 ロッジの食事処で肥後牛のバーベキューをし、部屋に入り、少し横になった。

 目覚めたときは、深夜だった。

 部屋横のベランダに24時間駆け流しの露天風呂が付いており、誰、気がねなく、ゆったりと身体を休めた。

 見上げると、高積雲と思われるひつじ雲が流れていたが、時々、雲、途切れると素晴らしく綺麗な満月が顔をあらわし、満月のまわりに虹の色をした輪ができており、幻想的な世界を振りまいた。

 もう少し、月を眺めたくなり2mほどの露天風呂を囲っている塀によじ登り、幅20cmの塀の上に腰をおろし、夢幻の満月に浸った。

 耳をすますと、「リーン、リリ、リーン」と鈴を優しく、涼しげに振るように、鈴虫が鳴いていた。

 標高1000mを吹く風は、秋風を感じさせ、爽やかでここちよい。

 外国人は鈴虫の音色を右脳で聴くため「雑音」と感じるが、日本人は左脳で風流、風雅、癒しの音色に感じるらしい。

 この時は日本人であることを実感した。  静かに時は流れた。

 いつのまにか月影が露天風呂を覆い隠していた。

 塀から降り、部屋に入り、窓からさらりとした風が頬をなでつつ、温泉の水音と鈴虫の音色に揺られながら、夢の世界へ誘われていった。
 

『復讐するは我にあり』

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 人は時に『悪魔』のような振る舞いをする。

 「千に一つ」、話した事で千回のうち、一回しか本当のことを言わないと自称。

 幼児洗礼を受けたキリスト教の信者ではあるが、小さな動物でもひねりつぶすように、たんたんと五人の人物を殺害していった。

 この西口彰・連続殺人事件の実話を映画化したのが『復讐するは我にあり』である。



 人は時に『天使』のような振る舞いをする。

 一月、雪ふぶき舞う空港を、フロリダ航空機90便は離陸した。

 副操縦士は離陸直前に計器の異常に気づいたが飛び立ち、すぐに失速しポトマック河にかかる橋を走行中の車も巻き込み、氷に覆われた河に墜落した。

 80名近い乗客は絶望しされたが、奇跡的に凍てつく河に6名が浮かび上がってきた。

 直ちに、救助ヘリ、パトロールヘリに救助要請がされたが、天候不順、雪の舞う中、危険を顧みず駆けつけたのはパトロールヘリ一機だった。

 パトロールヘリのため、救助用のロープではなく、ロープに輪をつくり、衰弱のひどいと思われる一人を救助した。

 氷点下に近い水の中に20分以上は危険だとされている。
  
 時間が残酷な牙を、ゆっくりとむき始めた。

 一刻の猶予もない。  パトロールヘリの隊員は、2番目に弱っていると思われる銀行員アーノルドへ急ぎロープを投げた。

 アーノルドはロープをつかんだ。

 アーノルドはためらいなく、静かに、まったくの他人で、ちかくに浮いていた人にロープを譲り渡した。

 ヘリは急いだ、今度こそ、アーノルドを救わなければ彼の命がない。

 アーノルドはロープをつかんだ。

 彼は、ロープを震える手で次々に、赤の他人である人に譲り渡した。

 6名の生存者の内、5名は救助した。

 残るは、アーノルド一人だ。  しかし、彼の姿を見ることはなかった。

 パトロールヘリは彼を必死で探しまわったが、ポトマック河はアーノルドを再び押し上げてはくれなかった。

 この出来事は様々なメディアに報道され、パトロールヘリの隊員2人とアーノルドは世界中の人に感動を与え、賞賛された。

 

 『復讐するは我にあり』という映画で気になったのは、そのタイトルである「復讐するは我にあり」の言葉だった。

 この言葉は「聖書」に書かれているらしく、個人的な勝手な解釈をすると、人を裁くのは人であってはならず、神様だけが人を裁くことができると言う意味で、「復讐するは我にあり」の我とは神様のことであるらしい。

 愛する人を殺され、強い復讐心が起きたとしても、復讐するのは人がするのでなく、神様にゆだね、まかせるべきであると解釈した。

 つまり、人同士の復讐は復讐の連鎖を生み出す、ということなのであろう。

 愛する人が殺されたら、その殺した人を復讐のため殺す。 また、殺された人の家族は、殺した人を復讐のため殺す。

 復讐は永遠に続いて行く。

 時間がなくなったので結論ではないが、人は「天使の顔」「悪魔の顔」の両面を持っている、あまりに片方だけを意識しすぎると、他の考えを受け入れられず、他を排除するように思われる。

 今、考えるのは『ゆるす』『ゆるされる』と言う言葉を、考えて行きたいと思っている。

 「復讐に燃える私の心を一番先に許さなければならない」のではないかと考えた。

 次に「他人を許さなければならない」のではないかと思った。

 『カルネディアスの舟板』について書こうかと思ったが、変な方向に流れていった。

 機会があったら,また書こうとはおもっているが、この調子だと解らない。

  フロリダ90便の話は次のサイトを参考にしました。

http://www.ntv.co.jp/FERC/research/20031102/kiseki009.html

カルネディアスの舟板 

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                       『殺してしまった』

        

                     しかし、罪にはならなかった。

                 

                  航海中に船が難破し、海に投げ出された。
 
            沈んだ船から板が1枚だけ浮いて来て、男は必死でしがみついた。
 
         その板に2人つかまると、海の中に沈んでいくが、1人だと浮いていて助かる。

 

  近くに浮いていた女が、その板につかまろうとしてきたので、頭を押さえつけ、海の中へ沈めてしまった。



古代ギリシャの哲学者カルネディアスは「2つに1つ。 究極の選択の場合、自分を捨て他人を救うのは正しい事かも知れないが、自分の命を犠牲にして他人を助けるのはーおろかものーである」と結論づけた。
 

    これが有名な『カルネディアスの舟板』である。  (個人的に知ったのは、松本清張の小説だが、かなり以前に読んだので記憶は、あいまいである)

 

 現在の日本の刑法では、どうなっているのか。   理由のいかんを問わず、人を殺したのである。


                          『無罪』 である。

 

  刑法37条「やむを得ず、犯した行為は、これを罰しない。」  つまり、『緊急避難』で「正当防衛」に近く、罪にならない。


  自分の場合は、どうするか。    見ず知らずの他人の時は「助けない」である。  この世に未練や欲があるのだろう。

 

 私は独り者で、好きな人(女性)がいたら、その人を救う。   妹の子供であれば、『若く』可能性があるとの理由から、迷わず、自分が死に、妹の子に、浮き輪がわりの船の板をゆずり渡すであろう。


 妹の子を救えるなら、他人も「救う」事が出きるはずであるとは思うのだが、まだ、迷いがある。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%AD%E3%83%AA%E3%83%8090%E4%BE%BF%E5%A2%9C%E8%90%BD%E4%BA%8B%E6%95%85

待つ

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 『自然と一体となった時、筆を走らせる』

  知り合いの絵描きさんがつぶやいた。

 この言葉は以前から心の奥にしまわれていた。


  小川のせせらぎ、流れにゆれる水草、木漏れ日にきらめく川面。

  木下に腰を落とすと、足元をアリがえさを抱え、踊りながら仲間と行列をつくり、草むらに入っていくのを木陰で涼しげな、そよ風が後押しする。

  霧島国立公園の中の、また小さな公園では、誰も乗らないブランコが寂しげでなく、夏の陽射しを浴び、毅然としてそこにあった。
  そこでは、小鳥が澄みきった声でさえずり、木の葉は逆光に輝き、周りで鳴くセミの声は、公園内に置かれているどっしりとした岩に沁み込んで行った。

  西の空、遠くを見上げると、清々しい蒼い空を背景に、気持ち良さそうに白い入道雲が湧き上がり、その少し斜め下より飛行機雲が公園の頭上まで一直線に描かれていた。

  自然の美しさを感じる事はできるが、「大自然の心を自分の心と一致させる」事は、まだ充分ではないと感じた。

 
  帰りの車の中、なんとなくFM音楽を流した。

 聴きながら少しずつ楽しく、幸せな気分になりエネルギーが湧いて来た。


  今日は「人生には文学、芸術、音楽もある」と言う事を気付いた。

  
  私には「自然との一体感」を感じるには、まだ速いのかもしれない。 

  
     『急がず、ゆっくりと楽しみに待つ事にする。』