キリスト教の洗礼を受けた者にとったは一年中でいちばん重要な日である復活祭が、一昨日の4月21日に無事終わりました。
カーニバルのあとの、キリストの受難に思いを致す節制の期間として定められている「四旬節」から始まって、そのクライマックスである十字架刑そのものの記念日である「聖金曜日(復活祭の二日前)」を経て、いよいよ迎えるのが復活祭。それで「節制」の期間は終わりになります。
日本人でも、キリスト教の伝統的な信仰生活を送っている人は、四旬節のあいだ肉食を控えたり、いろいろと具体的な「節制」をするようですから、それが「解禁」となる復活祭は、ひとしお身にしみるようです。でも、これでキリスト復活に関連する特殊な日々が終わりになるわけではなく、復活祭の七週間後にあたる「聖霊降臨の主日」(今年は6月9日)までは、多くの人が復活のキリストに出会ったことを記念する「復活節」となります。
……とかなんとか、このごろのわたしのこのブログは、キリスト教に関する話題が出ることが多いのですが、ブログを始めた2012年7月には、そんなテーマが中心になるとは思ってもいませんでした。ただ何となく、自分がいままで関心をもってきた多様なテーマについて、せっかくブログという便利な発信手段が無料で使えるようになっているのだから、大いに活用しようじゃないかということで、始めたものです。
だから、とりあえず主要なテーマとして掲げたのは、ブログトップにも書いておいた「イタリア児童文学(イタリア文化)」、「皆既日食(天文)」、「足摺岬(わたしの大好きな観光地)」で、それに付随して「ことば(国語教育や語学教育についての提言、苦言など)」をテーマとするような記事も積極的に投稿していたものです。
そのうちに、世の中に異常にはびこっている靖国神社問題への薄っぺらな評論に我慢がならなくなって、あらめて設けたテーマが「戦争と追悼」。自分自身がSRS(性別適合手術)を受けようと決意するようになって以降、加えずにいられなくなったのが「性的マイノリティー」。そして、去年の復活祭に洗礼を受けたことがきっかけで追加したテーマが「キリスト教」。……というわけで、ある意味では「泥縄式(課題が起こるたびに後手後手で対策を打つような方式)」のテーマ設定になってしまいました。
自分で申告したわけでもないのに、いつのまにかアメブロから一方的に割り振られてしまった「ジャンル」は、「ヨーロッパからのお届け」。別にヨーロッパ在住者として遠い日本向けに発信している情報でもないのに、イタリア文化に関する記事を多く書いていたせいで、何か間違って割り振られてしまったのでしょう。自分から申告してジャンルを変えてもらうにはどうしたらいいのか、わからないので、そのまま放置しています。
で、最近になってようやく、わたしのこのブログへの注目度が少しは上がってきたもようですが、自分でアクセス解析のページを開いてみると、ここひと月あまり、異常にアクセス数が増えているのが「SRSまでの道10(女性ホルモン摂取と副作用)」および「尿道カテーテルは男性が絶対に不利」。
https://ameblo.jp/akemi-gid/entry-12355844282.html
https://ameblo.jp/akemi-gid/entry-12351702580.html
たぶん、その道の大家が「この話については、下にリンクするブログ記事を見てごらんなさい」とでもいう推薦の言葉とともにリンクを張ってくれたせいだと思いますが、だれがそういうことをしてくれたのかはわかりません。
そんなわけで、わたし自身がブログ開始にあたって設定したテーマとは別のジャンルの話がアクセス数上昇の大きな寄与因子になってしまったうえで、ジャンル別のアクセス数の順位では「ヨーロッパからのお届け」の中で順位が上がるという変な状態になっています。
半年あまり前でしたか、娘に向かって「自分の関心をもつ領域が多様であるから、多様なテーマについてブログを書いているんだけど、なかなかアクセス数が上がらない」との嘆きを言ったら、「そういうのは器用貧乏って言うんだよ。ブログっていうものは、ターゲットを絞って『このテーマについては、この人のブログを見るにかぎる』と読者に思わせるような書き方をしないと、アクセス数が上がらないものだよ」と指摘されてしまいました。
なるほど。関心をもつ問題領域が広い場合、複数のブログのアカウントを取得して、テーマごとに別々のブログに書くほうがいいんでしょうかねえ。