大阪芸大発 著名人教員の紙上講義】(3)教養課程教授 増田明美さん
2009.02.15 大阪朝刊 21頁 大阪総合 写有 (全1,591字) 
 

 ◆「マラニック」の精神で

 私の授業は「スポーツと健康」をテーマにしています。芸術大学だけにスポーツは関係ないだろうと思われる人もいるでしょうが、大阪芸大の塚本邦彦理事長は「芸術とスポーツには接点がある」と説いています。

 接点というのは「表現」です。芸術はどう表現するのか、スポーツ表現はどうあるべきか、という共通項なのです。よい表現ができるまでには、それぞれに研ぎ澄まされた感性が必要です。

 スポーツと健康という観点で説明すると、スポーツの持つ健康力、つまりスポーツをすることが健康を維持することにつながります。健康な生活習慣を身につけ、生活の質を上げるためにスポーツがあると考えてください。

 《増田さんが教授を務める教養課程では、学科の枠を超えてスポーツや語学を学ぶ。教養課程の依田義右主任教授は「芸術大学の生徒は専門的な技術の向上を優先させがちだが、新たな何かを創造するには専門性を深めると同時に視野を広げることが必要。教養課程の存在理由はそこにある」と話す》

 スポーツをする価値としては4つのことがあります。4つとは人間形成などの教育性、けがなどに対する医療性、演技などの芸術性、人間同士のコミュニケーション性です。

 このうち、教育性では女子マラソンの野口みずき選手に教えてもらったことがあります。昨年の北京五輪の女子マラソンは前半から消極的なレースで、最後は経験豊富な選手が優勝しました。私は、足の故障で欠場した野口さんが「自分が走っていたら」と悔しがっていると思い、野口さんに手紙を書きました。

 女子マラソンで五輪史上、初の連覇がかかっていた野口さんでしたが、いただいた返事の手紙には「まだ連覇できる資格が私にはない。人としてもっと大きくなる」と書かれていました。謙虚な人で、私は野口さんの姿勢から教育性を学びました。

 《平成19年に大阪で行われた世界陸上では、増田さんが学生から教えてもらったこともある。棒高跳び女子の選手をテレビで見ていた学生が「あれだけの高さを飛べば、あの選手にしか見えない空がある」と話したという。ここに「研ぎ澄まされた感性を見ることができる」と増田さん》

 最近は生涯スポーツが花ざかり。私はスポーツを一生続けるためには走りに苦手意識を持たないことが大切だと考えています。そこで、「マラニック」の精神を提唱しています。マラニックとは、体はマラソンのように鍛えるが、心はピクニックのように楽しく、という意味です。

 心がワクワクするような、魅力的な風景を眺めながら走ったり、歩いたりを60分くらい繰り返します。ピクニック気分で楽しみながら頑丈な脚をつくっていくのです。走る前にはウオーミングアップを忘れないでくださいね。

 《増田さんはウオーミングアップの時間として最低5分は必要と指摘。以前は静的ストレッチが主流だったが、近年は早く筋肉が温まる動的ストレッチが人気と説明する。ここで授業は教室を飛び出し、外での体験学習に》

 さあ、これから周辺を走りましょう。偉大な哲学者も俳聖もウオーカーでした。ソクラテスが「歩きながら哲学する」スタイルを生み出し、弟子のプラトンも踏襲しました。松尾芭蕉も俳諧紀行「奥の細道」で2400キロを5カ月かけて歩いたのですから、みなさんも丈夫な脚をつくって人生を楽しみましょう。

 (三宅統二)

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 【プロフィル】増田明美(ますだ・あけみ)

 元女子マラソン選手。昭和57年、マラソンの日本最高記録を作り、引退するまでの13年間に陸上女子長距離種目で世界最高記録2回、日本最高記録12回更新。現在はスポーツジャーナリスト。執筆活動やテレビ・ラジオ番組の出演などで幅広く活躍する。文部科学省中央教育審議会委員、厚生労働省健康大使も歴任。平成16年4月、大阪芸大教養課程教授に就任。

 撮影・門井聡

産経新聞社

大阪芸大発 著名人教員の紙上講義】(2)舞台芸術学科長 浜畑賢吉さん
2009.02.08 大阪朝刊 25頁 大阪総合 写有 (全1,610字) 

 ◆空間をつかみ取れ

 生徒のみなさん、あなたたちは芸術に対する才能があると思いますか?あると思う人はどのくらいいますか?手を挙げてみてください。

 あれ、だれもいないのですか。それは先祖様に対して失礼なことですよ。あなたたちのなかに流れている遺伝子には、芸術の才能がみんな宿っているのですよ。それに気づかないだけです。もっと右脳を開発しましょう。さあ、車座になって言葉遊びのゲームをしますよ。

  《大阪芸大舞台芸術学科が使う約100平方メートルの講座室。授業を受け  ている学生約20人は浜畑さんの指示に従って会場いっぱいに広がり、円座  を組む。合図でゲーム開始。学生が一つの単語を発し、それに関連する言葉  をリレー方式で語っていく。「浴衣」→「温泉」→「卓球」…。次々に発せ  られる単語を瞬時にイメージでとらえ、思い浮かんだ別の単語を披露する。  約10分間のゲーム。浜畑さんはゲームによって右脳が鍛えられると説く》

 そろそろ頭が柔らかくなってきたはずです。これでゲームはおしまい。次は顔面のトレーニング。まず目で上を見て、そして下を見てください。さらに寄り目にして、片方の目だけをもとに戻しましょう。今度は口を開けて舌を回しましょう。まずは左方向に10回。逆に右方向で10回。脳がどんどん活性化してきたはずです。

  《浜畑さんが学科長を務める舞台芸術学科では、実技を通して演技力や演出  力を磨くのに重点を置いている。ゲームなどはその準備運動と位置づけられ  る。1年次では演技表現の基礎となる体力づくりや発声練習、感情の表し方  、セリフ術など、さまざまなトレーニングが用意されている。2年次には学  内公演、3年次は学外公演、4年次には卒業公演がある》

 芝居の重要な点は2つあります。ひとつはリアルに、よりリアルに表現することです。これは出発点。もうひとつの大事な点は、空間をつかみ取ることです。両手を横に広げてください。すると、そこに小さな空間が生まれます。これが空間をつかむ始まりです。

 みなさんが舞台に立ったときは、会場全体の空間をつかんでください。会場の壁、天井、照明を意識のなかに入れ、舞台の一番奥まで意識を飛ばしてください。ここまですれば空間は大きくつかめるはずです。そのためには姿勢をよくすることです。背筋を伸ばす。胸郭(きょうかく)を上げる。足を踏ん張ることが必要です。

  《舞台での上演を前提とした実践的な授業。浜畑さんは、俳優としての豊富  な経験を伝授する。上演にあたっては、出演する学生同士のチームワークが  何よりも大切。それだけに細かな指導を心がける》

 舞台では客席に向かって目で訴えることも求められます。上演者が見るという演技をする際は首だけを動かして見るのではなく、上半身を動かさないといけません。それは先ほど話した空間をつかみ取るところから始まります。プロの俳優は自分の前にある空気、空間を押して演じています。空間をつかむことによって、オーラも出てきます。等身大だけの演技ではオーラを発することはできません。

 運はだれにでも、どこにでも転がっています。それをつかむか、つかめないかだけです。私は原石であるあなたたちを磨くアドバイスはしますが、実際に磨くのはあなたたち自身です。空間をつかむ訓練から始め、運をつかんでください。

 (三宅統二)

 【プロフィル】浜畑賢吉(はまはた・けんきち)

 俳優。俳優座養成所を経て、劇団四季の「カラマーゾフの兄弟」で舞台デビュー。「ハムレット」「コーラスライン」「ジキルとハイド」などに出演、ミュージカルスターとしての人気を不動とする。テレビドラマでは「進め!青春」で脚光を浴び、NHKの「男は度胸」で主役を演じる。平成16年4月から大阪芸大舞台芸術学科教授となり、17年4月に学科長に就任。

 撮影・甘利慈

産経新聞社

大阪芸大発 著名人教員の紙上講義】(1)放送学科教授 平野啓子さん
2009.02.01 大阪朝刊 23頁 大阪総合 写有 (全1,573字) 

 ◆語りは「心の絵画」

 《緑豊かな河南町の丘陵地にある大阪芸術大学キャンパス。ここに学生約6500人が集い、造形系とメディア系、音楽系の計14学科で「芸術の心」を育(はぐく)む。指導するのは多彩な顔ぶれの教員たちだ》

 みなさんの学ぶ放送に関連する言葉として「語り」というのがあります。語りとはいったい何なのでしょうか?

 私は自分が伝えたいことだと考えています。だれかが話した言葉でも、だれかが書いた文章であっても暗記して人に伝えるのが語りの極致。ですから語りには相手がいます。語りをする専門家、語り部の魂が相手の心に吹き込まれれば、語り部としてはプロなのでしょう。

 語りとよく似た言葉で「朗読」というのがありますが、朗読は出版物ができてからの新しいジャンルです。あくまでも書いた物が存在する時代に登場したのであって、朗読は相手がいなくて一人でもできるのが特徴です。語りと朗読の違いをよく認識してください。

 《大阪芸大放送学科はアナウンサーを目指す学生のために発声練習などを学習する。練習ではどう話すかより何を話すかに力点を置き、学生が自分の考えを相手にしっかり伝える技法を伝授。さらに言葉を心から伝える表現力を磨く。そのため、NHKの元キャスター、平野さんを教授に招いている》

 では語りの歴史を考えてみましょう。語りは古代までさかのぼることができます。現代とは異なり、記録する紙がなく、出版物もなく、新聞やテレビ、電話もない時代に語りは誕生しました。当時は語り部が国の歴史を伝えていました。国をあげて語り継ぐ人が必要だったのです。

 現存する日本最古の歴史書『古事記』は、稗田阿礼(ひえだのあれ)が暗誦(あんしょう)した日本統一の由来を記した書物です。暗誦していた言葉を書物にした古事記は、語りの記録としての原点といえます。

 地域には地域の歴史をまとめる語り部が存在していました。語り部たちは土砂崩れや津波の被害に遭ったときの様子、教訓や伝説などを言い伝えてきました。語り部を雇った地域もあり、重要な役割を担っていました。家族でも家の歴史や大事な決め事を伝えるため身内や事情に詳しい人が代々暗記し、伝承していました。語りで大切なポイントは暗記、暗誦にあるのです。

 《平野さんの話に学生は聞き入る。メモを取る学生もいて、情報伝達手段として最も長い歴史を持つ語りに興味を示す。授業はここで語りの実習に入った》

 語りは「心の絵画」と、私は表現しています。「そこに一輪の花が咲いていました」と語れば、相手はどんな花かをイメージすることができます。絵画を鑑賞するのと同じように、語りを通じて想像力を働かせることができます。

 私は今後も名作、名文、童話などを語り部として披露しながら、そこにある美しい日本語や真心を伝えていきたいと考えています。みなさんも言葉を大切にし、美しい日本語を身につけていってください。

 (三宅統二)

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 大阪芸大には各種芸術分野で活躍する著名な人が教員として名を連ねる。そこには「学生が一流のアーティストから学ぶことで、それぞれの夢を実現してほしい」という大学側の思いがにじむ。道を究めたアーティストの言葉には重みもある。著名人教員の授業内容を「紙上講義」として紹介する。

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 【プロフィル】平野啓子

 ひらの・けいこ 語り部。「NHKニュースおはよう日本」のキャスターを務めたほか、大河ドラマ「毛利元就」の語りなどで知られる。「語り」の舞台公演のほか、近年は文化講座、エッセー執筆など幅広く活躍し、語りや朗読のCD、ビデオを多数出版。文化庁芸術祭大賞など受賞。元ミス東京。現在、文部科学省中央教育審議会委員。平成19年4月、大阪芸大放送学科教授に就任。

 撮影・甘利慈

産経新聞社