大阪芸大発 著名人教員の紙上講義】(1)放送学科教授 平野啓子さん
2009.02.01 大阪朝刊 23頁 大阪総合 写有 (全1,573字) 

 ◆語りは「心の絵画」

 《緑豊かな河南町の丘陵地にある大阪芸術大学キャンパス。ここに学生約6500人が集い、造形系とメディア系、音楽系の計14学科で「芸術の心」を育(はぐく)む。指導するのは多彩な顔ぶれの教員たちだ》

 みなさんの学ぶ放送に関連する言葉として「語り」というのがあります。語りとはいったい何なのでしょうか?

 私は自分が伝えたいことだと考えています。だれかが話した言葉でも、だれかが書いた文章であっても暗記して人に伝えるのが語りの極致。ですから語りには相手がいます。語りをする専門家、語り部の魂が相手の心に吹き込まれれば、語り部としてはプロなのでしょう。

 語りとよく似た言葉で「朗読」というのがありますが、朗読は出版物ができてからの新しいジャンルです。あくまでも書いた物が存在する時代に登場したのであって、朗読は相手がいなくて一人でもできるのが特徴です。語りと朗読の違いをよく認識してください。

 《大阪芸大放送学科はアナウンサーを目指す学生のために発声練習などを学習する。練習ではどう話すかより何を話すかに力点を置き、学生が自分の考えを相手にしっかり伝える技法を伝授。さらに言葉を心から伝える表現力を磨く。そのため、NHKの元キャスター、平野さんを教授に招いている》

 では語りの歴史を考えてみましょう。語りは古代までさかのぼることができます。現代とは異なり、記録する紙がなく、出版物もなく、新聞やテレビ、電話もない時代に語りは誕生しました。当時は語り部が国の歴史を伝えていました。国をあげて語り継ぐ人が必要だったのです。

 現存する日本最古の歴史書『古事記』は、稗田阿礼(ひえだのあれ)が暗誦(あんしょう)した日本統一の由来を記した書物です。暗誦していた言葉を書物にした古事記は、語りの記録としての原点といえます。

 地域には地域の歴史をまとめる語り部が存在していました。語り部たちは土砂崩れや津波の被害に遭ったときの様子、教訓や伝説などを言い伝えてきました。語り部を雇った地域もあり、重要な役割を担っていました。家族でも家の歴史や大事な決め事を伝えるため身内や事情に詳しい人が代々暗記し、伝承していました。語りで大切なポイントは暗記、暗誦にあるのです。

 《平野さんの話に学生は聞き入る。メモを取る学生もいて、情報伝達手段として最も長い歴史を持つ語りに興味を示す。授業はここで語りの実習に入った》

 語りは「心の絵画」と、私は表現しています。「そこに一輪の花が咲いていました」と語れば、相手はどんな花かをイメージすることができます。絵画を鑑賞するのと同じように、語りを通じて想像力を働かせることができます。

 私は今後も名作、名文、童話などを語り部として披露しながら、そこにある美しい日本語や真心を伝えていきたいと考えています。みなさんも言葉を大切にし、美しい日本語を身につけていってください。

 (三宅統二)

                  ◇

 大阪芸大には各種芸術分野で活躍する著名な人が教員として名を連ねる。そこには「学生が一流のアーティストから学ぶことで、それぞれの夢を実現してほしい」という大学側の思いがにじむ。道を究めたアーティストの言葉には重みもある。著名人教員の授業内容を「紙上講義」として紹介する。

                  ◇

 【プロフィル】平野啓子

 ひらの・けいこ 語り部。「NHKニュースおはよう日本」のキャスターを務めたほか、大河ドラマ「毛利元就」の語りなどで知られる。「語り」の舞台公演のほか、近年は文化講座、エッセー執筆など幅広く活躍し、語りや朗読のCD、ビデオを多数出版。文化庁芸術祭大賞など受賞。元ミス東京。現在、文部科学省中央教育審議会委員。平成19年4月、大阪芸大放送学科教授に就任。

 撮影・甘利慈

産経新聞社