大阪芸大発 著名人教員の紙上講義】(18)文芸学科准教授 有吉玉青さん
2009.07.05 大阪朝刊 21頁 大阪総合 写有 (全1,724字) 

 

 ◆実際に体験してみる

 古代、紀元前のギリシャの演劇は、野外劇場で行われていました。1万5千人くらい収容できる広い劇場で。客席は舞台から100メートルくらいあったんです。この前の授業では、それを体験するため外に出ました。100メートルくらい離れて、どれくらい見えるのか、どれくらい大きな声を出さないと聞こえないのか、ということを試しました。

 100メートル離れてじゃんけんをしても見えませんでしたね。ギリシャの演劇は非常に大きな動きをしていたんですけど、それは必然的に大きく動かないと見えなかったからなんです。自分の体験として分かったと思います。

 《有吉さんが教えているのは「西洋演劇史」。“本業”とは異なるが、「私が専攻した好きな分野。好きなものを通して、自分の創作の考え方も伝えられればと思います。小説は無からつくりあげるものではなく、自分が体験したことでないと書けないですから。授業も、一方的に講義するのではなく、できるだけ体験してもらおうと思っています」と話す》

 古代ギリシャの演劇は、仮面をつけて行われていたというのも大きなポイントです。これも授業で、簡単な仮面を作ってかぶってみましたが、仮面をつけるといろんな役ができるということだけではなく、「顔を隠しているので恥ずかしくない」「身ぶりが大きくなった」と、内側から変化が起きることが分かったんじゃないでしょうか。ギリシャの人たちは仮面をつけることで自分ではない人格にもなった、ということをも実感できたと思います。

 だから、当時の演劇についての「古代ギリシャの劇場は野外劇場で約1万5千人を収容。俳優は仮面をつけて大きく動き、歌のように声を出して演技していた」といったことは別々に覚えることじゃなくて、相互に関係しあっているわけです。全体像を自分の中でイメージしてください。

 《ここから、ギリシャ悲劇の最高傑作といわれる「オイディプス王」の講読に入る。「『最高傑作だ』と覚えても、実際に読んでみないと何も分かったことにはなりません」と有吉さん。登場人物を確認し、地図上で位置関係も整理した上で、学生に朗読を指示した》

 せりふが長いでしょ。「本当に覚えられたのか」って思わない? 私はせりふを教えてくれる「プロンプター」がいたのではって思う。でも野外劇場で、客席が取り囲んで丸見えだから、どこにいたんだろう? 場所の説明に祭壇があるって出てきたでしょ。祭壇については「つまらない」と観客から物が投げられたときに役者が隠れたという記録が残っています。だから私は、プロンプターが祭壇に隠れていたと想像してみたんですね。

 「せりふには韻律があって、覚えやすかったのでは」とおっしゃる先生もいらっしゃいました。これもなるほどと思いませんか?

 《有吉さんは「想像力」も重視。「記録がないところは自由に想像していいんですよ」と随所で学生たちに話した》

 それから、台本は、2500年前だから、紙ではなくてパピルスに書かれていました。綴じられないし、折り曲げられない。ということは…巻物だったのかもしれない。

 そう考えると面白くて、例えば、けいこで「この場面のこのせりふを読んで」って言われても、そこを出すのが大変だったと思うの。あと、印刷機もないから、手で書き写してたんです。パピルスは湿気に弱く、耐久性がない。多くの作品の中で、だれかがいつも書き写していたものだけが、今こうして読めます。もしかしたら、役者は書き写しながらせりふを覚えたのかな、とも思えますね。

 古代のものって、分からない部分が多いから、想像力をたくさん使ってふくらませていきましょう。

 (構成・山口淳也)

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 【プロフィル】有吉玉青(ありよし・たまお)

 作家。早大、東大を経て、ニューヨーク大大学院修了。平成元年に母、有吉佐和子さんとの思い出をつづった「身がわり」でデビュー、坪田譲治文学賞を受賞した。以後はコンスタントに作品を発表。映画評論なども手がける。主な著書は「キャベツの新生活」「恋するフェルメール・36作品への旅」など。平成20年4月、大阪芸大文芸学科准教授に就任した。

 撮影・飯田英男

産経新聞社

大阪芸大発 著名人教員の紙上講義】(17)演奏学科教授 熊本マリさん
2009.06.28 大阪朝刊 25頁 大阪総合 写有 (全1,712字) 

 ◆最後は「自分自身」

 ピアノのレッスンは、だいたいは1対1の個人レッスンですが、音楽には解釈があるから、先生によって言うことが全然違ったりします。テクニックもフランス流とかロシア流とかいろいろあるし、相性もあります。1人の先生にのめり込みすぎて、危なくなることだってあるんです。

 どの先生もいろんなことを教えてくれると思うんですけど、教えられたことをうまく取り入れないと自分のものになりません。最後は自分なんですよ。

 《演奏学科教授の熊本さんは現在、修士、博士課程の大学院生にピアノを個人レッスンしている。「私はヨーロッパやアメリカで多くの先生に学びました。困ったときに言われてすごく良かったことを思い出し、教えるというより、いいアドバイスをしたいですね。『ピアノクリニック』という感じで」と話す》

 芸術は何でもそうだと思いますが、想像力と、自分自身が感動すること、好奇心を持つことが大切です。先生の言うことをただ「はいはい」と聞いているだけだったら、ロボットみたいな演奏になっちゃう。自分で感じて、自分の感性で、自分の想像力で弾いてください。

 今の時代は物質的、情報的に恵まれすぎていて、感情や想像力が育ちにくいと思いますし、個性も感じにくくなっていますね。だけど、ピアノはどうしても個のことだから、自分が何をしたいかが要求されます。だから、あまり周りに振り回されないように、自分が感じたものを徹底的に研究していくとかして、いかに自分の個の部分を大きくしていくかが大事です。

 それから、その人それぞれに合った工夫も大切。例えば、私の手はピアニストの中で一番といっていいくらい小さくて、ある先生に「そんな小さな手じゃピアニストになれません」って言われたことがあるんです。もしそれをそのまま受け入れてたら終わりでした。でも別の先生に「おふろの中で指のストレッチをしたらどう」って言われて、その日から毎日ストレッチをしたら、オクターブが届くようになったんです。可能性はいくらでもつくれるわけですよ。

 もちろん練習は大事。何度やってもできないことがあってつらいでしょうが、それでも練習を続けないといけません。そうやっていると、忘れたころに解決するんです。不思議と。結局、自分です。自分自身が強くないと難しいんですよ。

 《グランドピアノ2台が並ぶレッスン室。この日のレッスン相手は、博士課程1年の女子学生。熊本さんは学生が練習してきた演奏を聴き、気づいた点があるたびに、見本も示しながらアドバイス。緊張感のある中身の濃い時間が流れる》

 この前よりだいぶんよくなってるね。ただ、この部分はちょっと心細いかな。もっと決断力を持った男性のようなイメージで、堂々と「バン、ババーン」ていう感じで大げさにね…。もっとしっかりとカクカクしたようにね。なんかフワフワしているかな。もう少しドスのきいた声というか、キャラクターを理解して弾いてみて…。

 ここは悲しい部分なので速くならないように落ち着いて、暗い感じにね。ちょっと明るいかな。場面が変わると、これまでのことが何もなかったかのようになるのね。それは自分で感じてね…。

 《「これまでの経験で、いい先生ほどよくほめることを感じました。私もほめて伸ばしたいですね」と熊本さん。この日のレッスンでも「いいよ」などのほめ言葉が随所に登場した》

 私自身もまだ自分の中では生徒で、学び続けているんです。なぜピアノが好きなのかというと、これでいいというゴールはなくて、永遠で、常に何かを求め続けているからです。その心は生徒と同じなんですよ。

 (構成・山口淳也)

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 【プロフィル】熊本マリ(くまもと・まり)

 ピアニスト。5歳からピアノに親しみ、10歳で移り住んだスペインでは王立マドリード音楽院で学び、その後は米国ジュリアード音楽院、英国王立音楽院などでも腕を磨き、帰国後の24歳のときにプロデビュー。現在は国内外各地で演奏活動を行うほか、CDも多数リリース。ほかにテレビ出演や執筆活動なども手がける。平成20年4月、大阪芸大演奏学科教授に就任した。

 撮影・飯田英男

産経新聞社

大阪芸大発 著名人教員の紙上講義】(16)音楽学科教授 川井郁子さん
2009.06.21 大阪朝刊 23頁 大阪総合 写有 (全1,662字) 

 ◆楽器を体の一部に

 演奏者にとって音楽は、言葉を使わない自己表現です。どんな感情もそのまま伝えることができます。楽器のなかでも、あなたや私が専攻するバイオリンは、人の声にとても近い弦楽器。バリエーションが豊かで、感情も夢も反映してくれます。自由に、しなやかに弾く。そこをいつも意識してくださいね。

 《防音設備が整った部屋での個人レッスン。国際的に活躍する川井さんと学生の1対1での授業。バロックから近代音楽まで幅広い領域の音楽作品を教材に、川井さんがテクニックを伝授する》

 私があなたのような若いころには、「こう弾かなくてはならない」と、自分を追い込んでいました。自分自身で規制をつくっていたんですね。それが30歳のとき、「タンゴの革命児」と呼ばれるアルゼンチンの音楽家、アストル・ピアソラを知って変わりました。

 ピアソラは従来のタンゴの持つ概念を一掃し、現代的な感覚やオリジナリティーを取り入れ、独自の音楽世界をつくり上げました。私はピアソラを聴いて、目からうろこが落ちる思いでした。以来、自分の表現したい音楽を追求しています。

 だからあなたにも、自分のために音楽があることに気づいてほしい。音楽をやるために自分がいるのではなく、自分が演奏する喜びとか必然性を感じるから音楽をしているんだという気持ちを強く持ってくださいね。

 《川井さんの生徒は1~4年生までの計5人。テクニックのほか、学生が行き詰まっているところなどを親切に指導する。練習方法は学生の技術レベルによって異なるが、「昔の自分を投影しながら、いかにヤル気を引き出すか」に腐心しているという》

 演奏で立つ場所は、少しは動けるスペースがあるところにしてください。これなら、気分が自由になって、弾くことが楽になります。

 ブレスも大切なポイント。演奏は息を静かにはき切ったくらいで始めるのがいいですね。息を吸った状態で演奏に入っては、余分な力が入るからです。

 《学生は具体的な注意事項を聞いたうえで、「課題曲」を披露。今秋、学内でのコンサートを予定している川井さんもステージ上にいるのをイメージしてか、バイオリンを手に立ったままで聴く》

 前に聴かせてもらったときより、音程が安定しているわね。「課題曲」である、このバッハは光と影がいたるところに出てきます。だから、ひとつの楽器で表側と裏側を奏でないといけません。音色まで変えないと、バッハのおもしろさは伝わらないですよ。

 それと、指の力を抜くこと。力が入ると緊張し、表現が硬くなります。力を抜いてリラックスしたとき、いい音が出るはずです。

 そのためには、もっといろいろな練習が必要ね。私も何か乗り越えたい課題にぶつかったとき、やみくもに練習するだけではなく、自分の身体の機能や力の入り具合を見つめ直して自分でよく考えたの。だから、他のバイオリニストと違うオリジナルの奏法もあると思う。

 楽器は学生時代からアルバイトをしてローンで買ったりして少しずつグレードアップしていったんだけど、それを弾きこなせるようになると自然に自分の腕も少しずつ上がっていくのね。今は大阪芸大からストラディバリウスという大変な名器をお借りしているんだけど、今でも楽器から多くのことを教わる毎日です。

 でも最も大切なのは、自分の楽器を体の一部にして、一体になったように弾くこと。目指すところは、そこにあります。心の響きを調べに乗せれば、聴衆との一体感も生まれます。

 (構成・三宅統二)

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 【プロフィル】川井郁子

 かわい・いくこ バイオリニスト、作曲家。ソリストとして国内外のオーケストラと共演。作曲家としてもジャンルを超えた音楽制作に才能を発揮する。コンサートやアルバムリリース活動のほか、多くのテレビ番組に出演。社会活動にも積極的に取り組み、困難な環境にある世界の子供たちを支援する「Mother Hand基金」を設立、チャリティーコンサートも行っている。平成16年4月から大阪芸大教授。

 撮影・大塚聡彦

産経新聞社