2009.06.21 大阪朝刊 23頁 大阪総合 写有 (全1,662字)
◆楽器を体の一部に
演奏者にとって音楽は、言葉を使わない自己表現です。どんな感情もそのまま伝えることができます。楽器のなかでも、あなたや私が専攻するバイオリンは、人の声にとても近い弦楽器。バリエーションが豊かで、感情も夢も反映してくれます。自由に、しなやかに弾く。そこをいつも意識してくださいね。
《防音設備が整った部屋での個人レッスン。国際的に活躍する川井さんと学生の1対1での授業。バロックから近代音楽まで幅広い領域の音楽作品を教材に、川井さんがテクニックを伝授する》
私があなたのような若いころには、「こう弾かなくてはならない」と、自分を追い込んでいました。自分自身で規制をつくっていたんですね。それが30歳のとき、「タンゴの革命児」と呼ばれるアルゼンチンの音楽家、アストル・ピアソラを知って変わりました。
ピアソラは従来のタンゴの持つ概念を一掃し、現代的な感覚やオリジナリティーを取り入れ、独自の音楽世界をつくり上げました。私はピアソラを聴いて、目からうろこが落ちる思いでした。以来、自分の表現したい音楽を追求しています。
だからあなたにも、自分のために音楽があることに気づいてほしい。音楽をやるために自分がいるのではなく、自分が演奏する喜びとか必然性を感じるから音楽をしているんだという気持ちを強く持ってくださいね。
《川井さんの生徒は1~4年生までの計5人。テクニックのほか、学生が行き詰まっているところなどを親切に指導する。練習方法は学生の技術レベルによって異なるが、「昔の自分を投影しながら、いかにヤル気を引き出すか」に腐心しているという》
演奏で立つ場所は、少しは動けるスペースがあるところにしてください。これなら、気分が自由になって、弾くことが楽になります。
ブレスも大切なポイント。演奏は息を静かにはき切ったくらいで始めるのがいいですね。息を吸った状態で演奏に入っては、余分な力が入るからです。
《学生は具体的な注意事項を聞いたうえで、「課題曲」を披露。今秋、学内でのコンサートを予定している川井さんもステージ上にいるのをイメージしてか、バイオリンを手に立ったままで聴く》
前に聴かせてもらったときより、音程が安定しているわね。「課題曲」である、このバッハは光と影がいたるところに出てきます。だから、ひとつの楽器で表側と裏側を奏でないといけません。音色まで変えないと、バッハのおもしろさは伝わらないですよ。
それと、指の力を抜くこと。力が入ると緊張し、表現が硬くなります。力を抜いてリラックスしたとき、いい音が出るはずです。
そのためには、もっといろいろな練習が必要ね。私も何か乗り越えたい課題にぶつかったとき、やみくもに練習するだけではなく、自分の身体の機能や力の入り具合を見つめ直して自分でよく考えたの。だから、他のバイオリニストと違うオリジナルの奏法もあると思う。
楽器は学生時代からアルバイトをしてローンで買ったりして少しずつグレードアップしていったんだけど、それを弾きこなせるようになると自然に自分の腕も少しずつ上がっていくのね。今は大阪芸大からストラディバリウスという大変な名器をお借りしているんだけど、今でも楽器から多くのことを教わる毎日です。
でも最も大切なのは、自分の楽器を体の一部にして、一体になったように弾くこと。目指すところは、そこにあります。心の響きを調べに乗せれば、聴衆との一体感も生まれます。
(構成・三宅統二)
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【プロフィル】川井郁子
かわい・いくこ バイオリニスト、作曲家。ソリストとして国内外のオーケストラと共演。作曲家としてもジャンルを超えた音楽制作に才能を発揮する。コンサートやアルバムリリース活動のほか、多くのテレビ番組に出演。社会活動にも積極的に取り組み、困難な環境にある世界の子供たちを支援する「Mother Hand基金」を設立、チャリティーコンサートも行っている。平成16年4月から大阪芸大教授。
撮影・大塚聡彦
産経新聞社