大阪芸大発 著名人教員の紙上講義】演奏学科教授 小松一彦さん
2010.01.27 大阪朝刊 24頁 大総3 写有 (全1,208字) 
◆楽譜の“裏”読み 個性を

 聴衆にインパクトのある演奏を与えられる演奏家を目指すためには、後天的才能を伸ばさなければならない。そのためには、楽譜を記号ととらえることに終わらず、いかに楽譜の裏を読み取るかが大事です。30~40%は楽譜の上から読み取れるかもしれないが、それ以外は感性、感受性、後天的才能の開発によっていかにとらえるか。つまり(楽譜の)行間を読むということが求められる。

 たとえばショスタコービッチの交響曲第5番。ソ連のスターリン体制下、自分が言いたいことを言ってしまったらすぐに捕まり、ひどいときには殺されてしまう状況の中で、彼は本音と建前の“二重言語”で曲を書いた。そうしたことを、曲からどれぐらい感じられるかが大切だ。

 ヨーロッパでは、日本人の演奏は「個性が弱い」「平板」「やっているつもりが多い」といわれます。だが、やっているだけでは何の実りも生まない。最近は、「個性の座」といわれる(脳の)前頭葉の衰退が問題視されていますが、表現である音楽には個性がなければならない。

 《この日は演奏特殊研究IVの総まとめ。ピアノ、フルート、声楽などを専攻する大学院生約10人が出席し、学生の演奏を聴いて小松さんが指導するレッスン形式で講義が進められた。最初は男女学生2人によるピアノデュオ(連弾)。小松さんはピアノの傍らに座り、右手でリズムを刻みながら演奏を聴いた》

 音楽は、最後に残る超アナログの世界です。アンサンブルの場合は、演奏者が呼吸を合わせることが何より大事。一人で歌い、演奏するのではない。必ず相手がいる。呼吸を合わせるためには、一つのものを作り上げるコミュニケーション、ヒューマン・リレーションが根底にしっかりなければならない。

 《「じゃあもう一度最初から」の指示で、学生が演奏。小松さんは、小刻みに演奏を止めては「(指が)ひっかかる感じで」「(音が)弾んでピョンピョンと」などと注文。さらに「タラリンティン」「タア、タタ…」と声で音を授けた。それを受けた学生の再演では、ガラリと音が変わり表現のインパクトが格段に高まった》

 みなさんは、目の前で「こうやって」って指導するとできるようになる。だけれど、指揮者がいなくても自発的・積極的に、表現が弱くならないよう、個性がなくならないように、演奏できなければいけない。基本を高めた上で、自分が表現をするんだという意欲をもつことが必要です。そして何より、音楽が好きで好きでたまらないという気持ちが根底になければならない。(演奏家への道は)そこから始まるのです。

 (構成・松田則章)

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 【プロフィル】小松一彦

 こまつ・かずひこ 東京都生まれ。桐朋学園大学指揮科卒業。昭和53年、NHK交響楽団を指揮して正式デビュー。現在はプラハ交響楽団常任客員指揮者などを務める。平成9年から大阪芸大・大学院演奏学科教授。62歳。

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大阪芸大発 著名人教員の紙上講義】演奏学科教授 三原剛さん
2010.01.20 大阪朝刊 20頁 大総3 写有 (全1,240字) 
◆客席にどう伝えるか

 モーツァルトの作品はタテ糸とヨコ糸が折り重なった織物のような音楽です。ヨコにメロディーを作る人、タテにリズムを刻む人メリハリが切れてしまっています。

 コーラスを演じる村人は、初夜権を伯爵が廃止したのを聞いて、希望を持って出てくるのですから、第一声からその喜びが表現されなければなりません。声を出す直前の呼吸のタイミングが統一されていないと満ちあふれた希望が感じられません。

 コーラスは2度同じ曲を歌いますが、2度目は伯爵に対する怒りや絶望などさまざまな感情を表現しなければなりません。

 《3月に、大阪芸大生によるオペラ「フィガロの結婚」が公演される。この日は主人公、フィガロと婚約している侍女、スザンナを口説こうとするアルマヴィーヴァ伯爵と手下の音楽教師、バジリオが騒動を起こす場面を中心に行った。三原さんは、オペラは声楽家だけでなく、オーケストラや舞台スタッフなどいろいろな人が集まってつくる総合演劇、そのプロセスを勉強することが大切だという。歌いながら演じるので、表現や感情を込めることができるようになり、声楽家にとってメリットは大きいと強調する》

 伯爵は自分の考えを邪魔されたわけですから、「すぐさまあの子を追い出せ」とだんだんと怒りがこみ上げてきて、最後に爆発するのをフォルテで表していくのです。

 バジリオとスザンナも、長い音符の中に母音が続けられるように。母音と母音が重なるからきれいな和音ができるんです。長い音符の時に持続力が足りないと思います。

 《キャストは学内オーディションで選ばれた。2日間の公演だが、より多くの学生にステージを経験してほしいと、ダブルキャストや場面によってキャストが異なることもある。オーディションで落ちても、コーラスやスタッフとして参加を希望する学生もいて、三原さんはそのやる気に感心する》

 フォルテはもっと思いきって、ピアノのときは緊張を崩さないようにして、言葉をしっかりと出さないといけません。もっと抑揚をつけ、常に本番のステージを意識して歌いましょう。楽譜にフォルテやピアノと書かれているから単純に大きくしたり小さくしたりするのではなく、なぜここでフォルテなのか、なぜレガートなのか。楽譜に込められているたくさんのヒントを感じ取って心境の変化などを音に表してください。

 客席に対して、どういう音楽を言葉を、どういう気持ちを伝えたいのか考えてください。

 (構成・慶田久幸)

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 公演は3月13、14日午後2時、大阪府河南町の大阪芸大・芸術劇場で。無料。

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 【プロフィル】三原剛

 みはら・つよし 声楽家(バリトン)。昭和36年生まれ。59年3月、大阪芸大卒業。平成4年、第61回日本音楽コンクールで第1位となり注目を集める。17年、大阪文化祭賞受賞。18年、オーストリア・ザルツブルク音楽祭に招聘(しょうへい)される。13年4月から大阪芸大教授。

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大阪芸大発 著名人教員の紙上講義】文芸学科教授 長谷川郁夫さん
2010.01.13 大阪朝刊 20頁 大総3 写有 (全1,220字) 
◆編集は創造的作業

 編集者とは何か。新人の発掘やプロデューサー・ディレクターの役割もありますが、その根本を支えるものが2つあります。

 1つはエディターシップというべきもの。例えば、100冊の本を並べようとすると、本の大きさ順で並べる人、著者別で並べる人がいるでしょう。著者も50音順か世代別か、好きな作家からという人もいるかもしれない。人間にはだれにも知的な編集能力が備わっているのです。それは、編集者だけでなく、プレゼンテーションや営業にも役立ちます。

 もう1つはクラフツマンシップ、職人的な作業です。実際に手を動かして、本や雑誌を制作するということです。この2つは切っても切れない関係にあります。

 《長谷川さんの「文芸と創作III」では、1年間かけて1冊の雑誌を作る。今年度のテーマは「ずばり大阪」。大阪の寺社をリポートしたり、大阪出身のSF作家、眉村卓さんにインタビューしたりするなど学生が記事を書き、すべて編集する。この日は、刷り上がったゲラを点検した》

 この原稿ははみ出ているが、下の写真は左と同じアングルだから、1枚減らせばいいね。

 今日、校正ゲラが戻せる人はいるかな。ん、ここは削らないと入らないね。(学生から「書き直していいですか」と質問が出たのに対し)、だめです。書き直すと、元の原稿の赤字記入個所が分からなくなってしまい、いつまでたっても校了にならない。校正とは何かという問題にかかわるからね。削って原稿を規定の行数に収めるプロの経験をしてもらわないといけません。ここにいるみんなに尋ねてみて、ボツにするというなら新たに書き直してもいいけれど。先ほどのクラフツマンシップにかかわる問題だね。

 お互いに厳しく批評しないと雑誌はいいものにならないんだ。なあなあにやっていたらつまらないものしかできない。

 《長谷川さんは「どんな古典でも大先輩の表現との苦闘の歴史であり、人ごとではない」として1年生に古典を読むよう指導している。学生は2週間に1冊読んで感想文を書いて提出する。文学とは言葉だけで築かれた世界ではあるが、そこに色彩や映像、主人公の顔まで出てくるようにならなくてはいけないともいう。イメージを高め、ボキャブラリーを増やし、リアリティーのある自己を構築するには本を読むほかないと強調した》

 本や雑誌の目次は一見バラバラに並んでいるようでも、有機的なつながりがあって、目に見えない力が読者を引きつける。編集もまた、詩や小説と同じクリエーティブ(創造的)な作業なのです。

 (構成・慶田久幸)

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 【プロフィル】長谷川郁夫

 はせがわ・いくお 文芸編集者。昭和22年生まれ。早大在学中に小沢書店を創立、平成12年まで約700点の文芸書を発行した。最近著は600ページにおよぶ詩人・堀口大学の生涯を克明に描いた評伝「堀口大學 詩は一生の長い道」(河出書房新社)。平成19年から大阪芸大教授。

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