おおさか筋・通・人]河内長野・高野街道周辺 巡礼者の面影追う=大阪

2009.03.15 大阪朝刊 35頁 写表有 (全1,877字) 













 空海が真言宗総本山・高野山を開山以来、京や大坂、堺と聖地を結ぶ巡礼の道として歩まれ続けた。起点が異なる4本の街道筋。1本に“集結”する河内長野市本町周辺では古くから、旅人や巡礼者らが行き交う宿場町として栄えた。堺から始まる西高野街道沿いには今も、13の石の道標が残る。本町から高野山まで九里(約36キロ)の地で、国道310号から入った路地裏には、「高野山女人堂九里」と刻まれた道標がある。



 南海高野線・河内長野駅前の長野商店街近くに、東西の街道の合流地を示す記念碑が立つ。道標にならい、地元ロータリークラブが3年前に設け、「京都・八幡へ北東約57キロ」「高野山・女人堂へ南約35キロ」と記した。



 街道はここで1本になり、紀見峠(和歌山県橋本市)へと向かう。南下すると、市指定天然記念物のクスノキ(高さ約20メートル)が見えてくる。樹齢300年以上とされ、ボランティアガイドの大嶋和夫さん(68)は「ずっと昔から様々な人たちを見守ってきたんです」と目を細める。



 1300年の歴史遺産を街おこしにつなげようと、商店主らでつくるNPO法人「にぎわい河内長野21」は2年前から毎秋、街道を歩くイベント「高野街道まつり」を開いている。理事長の塔本勝さん(66)は「街道沿いのあちこちに『高野山詣で』の面影を残す石仏や建物が残り、貴重な財産。いにしえの情景に思いをはせてほしい」と語る。



 〈あらうんど〉



 ◇イタリア料理 zucca



 ◆こだわり地元野菜



 木目調の店内の大きな窓から光が差し込む。シェフの西平浩次さん(35)が12年前に開いたイタリア料理店。新鮮な食材にこだわり、「立ち寄った朝市で天王寺蕪(かぶら)を知り、大阪の野菜に興味を持った」と、地元農家から届く野菜をもとにメニューを考える。店名はイタリア語でカボチャ。頑固者の意味もあり、「おいしさに頑固でいたいですね」。(河内長野市西代町11の21 (電)0721・56・8787)



 ◇ダイニングバー シュクレべべ



 ◆柔らか光酔い心地よく



 ロウソクと間接照明の柔らかい光が心地いいダイニングバー。店名はフランス語で「かわいい赤ちゃん」。「お客さんと一緒に店を育てたい、との思いを込めて」とオーナーの向井洋子さん(46)。元競輪選手の夫、賢一さん(47)ら家族で営み、アットホームな雰囲気で女性客も多い。創作カクテルなどドリンクメニューは100種以上で、ピザやパスタは約30種。店の“誕生日”は2007年12月。「今は1歳3か月。これからも末永くかわいがってほしい」(河内長野市本町10の18 (電)0721・21・8280)



 ◇西條合資会社



 ◆戦国の味「天野酒」



 創醸は享保3年(1718年)で、軒先には、日本酒の仕上がり具合の目安となる杉玉が風に揺れる。街道沿いに建つ酒蔵の前に立つと、タイムスリップしたよう。旧店舗は2004年に国登録文化財に指定された。1991年、近くの天野山金剛寺で造られ、豊臣秀吉ら戦国武将らが愛飲した地酒「天野酒」を当時の文献をもとに復元。4月中旬からは新酒を売り出し、社長で10代目蔵主の西條陽三さん(44)は「糖度が高いのが特徴。ぜひ味わって、まったりした気分に」。(河内長野市長野町12の18 (電)0721・55・1101)



 ◇日本料理 喜一



 ◆九里弁当を限定販売



 京都・南禅寺の老舗料亭「瓢亭(ひょうてい)」で10年間修業を積んだ北野博一さん(53)が父が営んでいた瀬戸物店を改装し、1990年に開店。長男の博稔さん(25)ら5人の板前が、茶懐石などを振る舞う。高野街道まつりでは高野山までの距離「九里」にちなみ、クリごはんや地場野菜の「九里弁当」を限定販売する。「街道を歩いた際に気軽に立ち寄って」(河内長野市本町11の30 (電)0721・56・3065)



 〈探訪後記〉



 初任地の徳島支局時代、四国各地で「お接待」の風習を知った。約1400キロに及ぶ四国八十八か所巡りの途中、様々な悩みを抱えて旅するお遍路さんを無償でもてなす。祈りの道には要所を結ぶだけでなく、人と人をつなぐ役割があることを知った。今回取材した道標も一例といえ、南河内で宿場町が栄えた、その歴史の重さを体感した。これまで、街道を交通網としてしか見てなかったことを反省。もう一度、じっくり歩いてみよう。



[おおさか筋・通・人]富田林寺内かいわい 家、時超え存在感=大阪

2009.09.27 大阪朝刊 31頁 写表有 (全2,114字)



白壁に黒瓦、秀麗な装飾を施した鬼瓦、屋根裏部屋に風を通す虫籠窓(むしこまど)……。




 碁盤状に広がる幅約5メートルの路地沿いに、江戸から明治期の家など約500棟が軒を連ねる。東西約400メートル、南北約350メートル。450年も前から変わらぬ、ゆったりした時の流れを感じさせる。その始まりは、永禄元年(1558年)頃。京都・興正寺の証秀上人(しょうしゅうしょうにん)が、荒れ地に別院を建立し、濠(ほり)や土塁で〈要塞(ようさい)化〉した宗教自治都市として誕生した。江戸時代には、を縦断する東高野街道、近くを流れる石川の水運など、交通の利便性を生かし、造り酒屋や木綿問屋など商業のとして栄えた。



 今も、当時の衆の暮らしぶりを感じさせる面影が各地に残る。路地の交差点を直交させず、わざと少しずらして侵入者の見通しを妨げる「あて曲げ」、玄関先の牛馬をつなぐための鉄輪「駒つなぎ」は、その一例だ。富田林市文化財課の中辻亘さん(54)は「ここは『建物博物館』なんです」と胸を張る。



 250人を超える地元住民らは1994年、「富田林寺内をまもり・そだてる会」を発足。売却が検討された寺内を代表する造り酒屋・杉山家住宅(重要文化財)を、市が買収して保存するなど、一体となった景観保護の取り組みが評価され、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定、今年1月には府の大阪ミュージアムにも登録された。



 商店街や住民らは昨年から、夏に灯籠(とうろう)で路地を浮かび上がらせ、春には家にひな人形を飾るなどのイベント「寺内四季物語」を実施。家を開放した手作りの「じない市」を開く、主婦の小倉尚美さん(39)は「存在感あふれる家の数々を、ぜひ、見に来て」と呼びかける。



 〈あらうんど〉



 ◇芦田書店



 ◆「地元本コーナー」充実



 杉山家の出身で、明治期に活躍した明星派の女流歌人・石上露子(いそのかみつゆこ)(本名・杉山タカ)の関連本など「地元本コーナー」が充実。露子は、親が決めた結婚相手に創作活動を禁じられ、初恋の男性を思い続けながら生涯を送る。父の和一(わいち)さんが、晩年の露子と面識があったという店長の芦田真理さん(61)は「ロマンに満ちた露子の人生は、今はやりの韓流ブームに通じるものがある。一度手に取ってみて」。



富田林市本14の13 (電)0721・23・2816)



 ◇喫茶ナロード



 ◆自慢のクラシックとボルシチ



 ツタに覆われた外観とは対照的なレンガ調の店内に、落ち着いたクラシック音楽が流れる。以前、近くでジャズ喫茶を営んでいたマスターの武田京さん(63)は、「年を重ねるごとに、クラシックにひかれていきました」と話す。次女の宜子さん(33)と切り盛りする店の名は、ロシア語で「群衆」の意味。「ボルシチ」(780円)が看板で、午後10時まで営業し、ビールやボトルキープもOKだ。「アットホームなお店、がモットーです」と武田さん。



富田林市本3の16 (電)0721・25・2469)



 ◇工房飛鳥



 ◆廃屋を工房に“運命の選択”



 大阪市在住の陶芸作家・阪本光枝さん(59)が2001年春、廃屋だった家を工房兼ギャラリーに改修し、茶わんや皿など「日常雑器」を中心に約150点の自作の陶器を販売。依頼があれば、地元幼稚園などで〈出張陶芸教室〉を開くことも。ここに工房を構えた理由は「窯を置ける物件を探していて、たまたまたどり着いた」とか。“よそもん”が受け入れられるのかという心配をよそに、住民らが温かく迎え入れてくれたのが何よりうれしかった。「受け継がれる衆の人情味を感じ、振りかえれば運命的な選択でした」と笑顔。



富田林富田林16の19 (電)0721・23・5523)



 ◇柏屋葛城堂



 ◆天保から続く和菓子の技



 創業は天保年間。江戸時代から、衆の日々のお茶席や、式事の和菓子を作り続けてきた。元々は寺内に店を構えていたが、戦後、近鉄・富田林駅近くの国道170号沿いに移転。観光客向けに、杉山家住宅や興正寺別院など寺内を代表する建物をかたどった焼き印入り「寺内せんべい」(14枚入り、800円)や、石上露子の詩「小板橋」をモチーフにしたもなか(8個入り、1100円)を販売する。8代目店主・森貞夫さん(40)は「和菓子に込めた四季折々の趣や、作り手の真心を味わって」。



富田林市本21の1 (電)0721・25・2210)



 〈探訪後記〉



 富田林の酒屋の井戸は、底に黄金の水がわく--。江戸時代の俗謡で、富田林・寺内の繁栄ぶりがこう、うたわれた。造り酒屋のほか、材木やブドウ酒、菜種油などで財を成した豪商らが、競い合うように建てた豪華な家が今も残る。



 豪商の座敷などでは、能や芝居、浄瑠璃、講談が頻繁に行われ、吉田松陰や大久保利通らも訪れた、との記録も残る。狭い路地沿いの家を眺め、庶民の暮らしぶりに思いをはせると、冗談に興じる笑い声が聞こえてきそうだ。


河内長野駅かいわい 河内長野市(週刊まちぶら 第36号)/大阪

2005.03.07 大阪地方版/大阪 29頁 大阪2 写図有 (全2,391字) 













 旧高野街道、面影今も 商店街活気復活へ模索続く



 河内長野市は、東と西の旧高野街道が合流する要所だった。室町時代に建った重要文化財の本殿をもつ長野神社。樹齢700年の吉年邸のクスノキ。旧高野街道沿いは、歴史の重みを感じさせる雰囲気が残る。河内長野駅は、大阪市内で働く人たちのニュータウンの玄関。バブル崩壊で失われたにぎわいを取り戻そうと、地元商店街は模索を続けている。



 長野商店街のアーケードには本屋、八百屋、金物屋など約30店が軒を連ねる。農繁期を終えた農家、休日のサラリーマン家庭が買い物に訪れ、昭和30~40年代は人通りが途切れなかった。



 バブル崩壊後、郊外店の進出や後継者の不足で、空き店舗が目につき始めた。その一つをまちづくり組織「にぎわい河内長野21」が借り、03年12月に開店。スダレやツマヨウジといった地元産品を販売し、起業意欲のある人に格安でスペースを貸している。



 「街づくりに即効薬はないですよ。漢方薬のようにじわりじわり効くアイデアを練らないと」。同会長の塔本(とのもと)勝さん(62)は、創業81年の本屋の3代目。今春は観光ボランティアガイドの養成、フリーマーケットの開催に力を入れるという。



 昨年10月には商店街や旧高野街道沿いに出店し、地元産品をアピールする「にぎわいの里復活事業」を実施。かつての人込みが戻ってきた。



 鋳造業で知られる吉年家25代当主の正守さん(52)は、庭のクスノキで隠れんぼをし、長野神社の境内でキャッチボールをして育った。「ビルも立ち並んできたが、まだまだ静かないい街。神木は街を見守っています。過去も、これからも」



 そのクスノキ。天然記念物になった70年時の幹回りは4.7メートル。2月中旬に測ったら、根本で7.5メートルにも成長していた。



 (市原研吾)



 ○6時間抽出、水出しコーヒー



 精神障害者が働く「こころッと」の店先からコーヒーの香りが漂う。1階の喫茶と2階の工房で20人ほどが働く。ホット150円、カフェオレ180円と格安。店名は、こころがホッとするスペースにとの思いを込めた。オープンは03年9月。常連さんも増えてきた。施設長の田中啓夫(ひろお)さん(29)=写真右端=は「6時間かけて抽出する『水出しコーヒー』はお勧め。180円ですよ」。



 ○応接間を改造し学習拠点



 門に「スペースわん」の木札がかかる。府立高校で現代文や古文を教えていた永田仁美さん(45)が95年、自宅の応接間を改造した学習拠点だ。約30人の利用者は幼児からお年寄りまで。不登校の子もいる。能力に合わせ算数や数学を中心に自発的に学ぶ。「わたしはただ寄り添う存在、だれか見守っていると思うと違うでしょう」。市内で月1回開く「不登校の子をもつ親の会」では連絡役を務める。



 ○塩で味わうもりそば人気



 福井・大野産のそば粉、奈良・洞川の名水。「芦生(あしう)」は、混じりっけなしのそばにこだわる。中本裕造さん(47)は、脱サラして01年に開店。「喜ぶ表情がじかに見える仕事をしたかった」。ガラス越しにそば打ちが見える店にした。一番人気は800円のもりそば。つゆのほか、4種類の海塩や岩塩をブレンドした塩もついてくる。1口目は塩で。塩で食べる方がそばの味がよく分かる。



 ○焼き鳥で語るグルジア文化



 炭火焼き鳥を味わう客でにぎわう「一徹」は、グルジア文化を語る「文化サロン」でもある。店主の吉田徹さん(45)=写真右=らが呼びかけ、常連客のグルジア人チェリスト、ギア・ケオシヴィリさん(43)=同左を支える「めごばり会」を01年に結成。グルジア語で「心の友」を意味する。夜が更けるとワインや音楽、国民性をめぐり、グルジアと日本の愛国者が持論をぶつけ合うことも。



 ○ギャラリー、希望者絶えず



 カフェギャラリー「ほたる」は、ガラスの内側に並ぶススキが目を引く。壁面には絵画、入り口には小物類が飾られている。南美鈴さん(57)は「芽を伸ばしたいのに、舞台がないという作家に無料で使ってもらおうと思って」。希望者は絶え間ない。半月から1カ月ごとに作品を切り替える。3カ月に1回、ススキを下からライトで照らすなか、講師が語る催し「灯(あか)りと語り」を開く。



 ○ソーラーカーレース夢中



 どこか懐かしい家族写真が並ぶ「児島写真館」の店主、児島由晃さん(52)=写真右=の趣味はソーラーカーだ。テレビ番組で海外のレースを見て、「こんなんで車が動くんや」と驚いた。エンジン、配線、パソコン--。93年に得意分野の違う人を集め、チーム「SOLAR GIGA」を結成、代表に就いた。重量300キロあった1号車に比べ、3号車は180キロ。鈴鹿での最高成績は3位だ。



 ○衣料品の店、障害者いきいき



 「良かったらどうぞ」。障害者9人が店番やチラシづくりをする「かすみ荘」には、府内外の家庭から不要になった服が次々届く。高いお金を出したのに、新品のままサイズや年齢が合わなくなった品が多い。障害者が給料をもらう職場をつくろうと、パン屋を改修して開店した。7年目。作業所代表の田中伸建さん(26)=写真右下=は「最近は着物に力を入れています。ご協力ください」。



 ○鳥の巣コレクター歴40年



 府の鳥獣保護員の小海途銀次郎さん(60)は、40年来の鳥の巣コレクターだ。野鳥研究会の催しで初めて展示して以来、鳥の観察中に古巣を見つけて持ち帰り、ニスをかけて保存する。北は網走、南は奄美大島のものまで。タカ類の巣は地上20メートルほどの高さ。「昔は木登りが得意だったけど、今は高所恐怖症だからね」。ポリ袋が巣に混じることも多く、環境悪化を心配する。2冊目の鳥の巣図鑑と展覧会を準備中だ。



 ◇次号(3月21日)は「豊中駅かいわい」(豊中市)です。



 【写真説明】



 旧高野街道のにぎわいを取り戻したい。昨年10月17日、地元の商店主らがイベントを催し、約1万2千人が訪れた=河内長野市長野町で