ふらり各駅停車:富田林 近鉄長野線・滝谷不動駅 縁日に商店街活性化の試み /大阪

2005.07.08 地方版/大阪 23頁 写図有 (全1,473字) 













 朝の通勤時間帯の電車は、上下線とも1時間に4本しか止まらず、駅舎に隣接するコンビニエンスストアの営業時間も終電が止まる午前0時過ぎまで。普段は閑散とした印象だが、毎月28日は「日本三不動」の一つと呼ばれ、「目の神様」として有名な瀧谷不動明王寺(瀧谷不動尊)の縁日でにぎわう。駅前の商店街は空き店舗が目立つが、「お不動さん」の縁日とリンクさせ、活性化を目指す試みが繰り広げられている。



 縁日に駅を下車した参拝客は、東へ約2キロの瀧谷不動尊へ向かう。背後には金剛山がそびえる。歩行者天国の道の両側には約150の露店が並び、季節の野菜・果物、手工芸品、アクセサリーなどの店がひしめく。目移りしながら坂道を上りきると、鬱蒼(うっそう)とした樹木が日光を遮り、涼風にほっと一息。1分ほど坂を下ると、瀧谷不動尊へ到着。



 この寺は弘法大師が821年に開いたとされ、戦乱などを経て約500年前にこの地に移った。寺によると、縁日の参拝客は大祭などの行事と重なると3万人に上り、通常でも1万5000人。地元で生活する人は「20~30年前は今の倍ぐらいの人でにぎわい、縁日の稼ぎだけで、1カ月の生活ができた」と口をそろえて懐かしむ。



 参拝客の減少は、線路をはさんで反対側にある「滝谷不動商店会」にとっても深刻な問題だ。郊外店に客を奪われ、営業店舗13に対し、空き店舗は10。昨年3月、「かつてのにぎわいを取り戻そう」と地元商店主らが中心となり、空き店舗に地域コミュニティー施設「活き粋き館」をオープンさせた。



 英会話や「かきかた教室」などカルチャー講座やイベントの拠点とするほか、月1回、ワークショップを開いて地域の魅力の掘り起こしに努める。縁日のリピーターを増やすため地元ならではの名物が必要と、枝豆づくりが盛んな土地柄を生かし、昨年から夏場を除き枝豆のあんをくるんだ「くるみモチ」を縁日に販売。今年5月から、枝豆を使ったシャーベット「枝豆ジェラート」を150円で試作販売中だ。



 「添加物はいっさい使わず、カロリーが低くヘルシーです」と話すのは、同館運営委員の木村和子さん(37)。1日60~80食しか作っていないが、改良を重ねて、「ここでしか食べられない名物」に育てたい考えだ。



 地元の陶工、小林愛さん(36)は、今年6月の縁日で初めて「活き粋き館」前に出展した。「午前中に4人が作品を買ってくれた。まずまずの滑り出し。いずれは地元で陶芸教室を開きたい」と話す。



 中心になって街づくりに取り組む高野茂喜さん(60)は、最もにぎわっていた昭和30、40年代の街並み再現を思い描く。「店の前の縁側で、氷で冷やしたジュースを販売し、ベンチでゆったりとくつろいでもらいたい」。10月からは集客の仕掛けとして、縁日をはさんだ3日間、瀧谷不動尊に向かう途中の河原に仮設の演芸小屋を設置し、手品や大道芸、落語などの演目を用意する。



 一方、縁日でにぎわう府道に歩道はなく、高野さんは「車の通行量が多く、通勤や買い物は命懸けです」と嘆く。安心して参拝や買い物を楽しんでもらうには、インフラ整備が大きな課題として残っている。【沢田石洋史】



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 ◇メモ



 富田林市錦織。1902年に河南鉄道(当時)がオープンさせた。近鉄の前身がこの路線を引き継いだのは43年。平日の乗降客は約6700人だが、縁日の28日は約3000人増えるという。



■写真説明 参拝客が絶えない縁日の瀧谷不動尊



■写真説明 縁日ににぎわう歩行者天国


[記者が行く]富田林寺内町」 “町並みの重文”に選定

1997.10.17 地方版/大阪 27頁 写図有 (全1,494字) 













 江戸時代の町並みが現存する富田林市の「寺内町(じないまち)」が、国の文化財保護審議会でこのほど、重要伝統的建造物群保存地区に選定されることが決まった。“町並みの重要文化財”寺内町の代表的建築物「旧杉山家住宅」(国の重要文化財、17世紀中ごろ建造)を訪ね、秋の一日を満喫した。【岩崎信道】



 東西南北に整然と走る狭い路地の両脇に、いかめしい格子戸の門構えの町家や、ややくすんだ白壁の蔵が続く。それぞれの家には住人がいるのだが、時代劇のセットにまぎれこんだような錯覚に陥る。そんな町並みを見ながら、寺内町の南西部にある旧杉山家住宅にたどり着いた。



 約1400平方メートルの広大な敷地は、寺内町を仕切った「八人衆」のリーダー格で、18世紀後半には従業員70人を抱える造り酒屋を営んでいた往時をしのばせる。明治時代には与謝野晶子らとともに明星派歌人として活躍した石上(いそのかみ)露子(本名・杉山孝)が生まれている。現在、市が管理し見学コースが設けられている。



 木戸をくぐり抜けるとゆったりとした土間。右手奥の薄暗い釜屋(かまや)には巨大なかまどが鎮座する。土間の左手が2階建ての居宅部分。1階には狩野派の絵師が描いた老松の障壁画が飾られている12畳の大床間(おおどこのま)や奥座敷などがある。



 西側の庭に面した奥座敷は10畳。違い棚、床の間、付書院が同一面に並ぶ数寄屋風の部屋だ。石上露子はこの部屋を好み、創作に使ったという。



 1882(明治15)年に杉山家の長女に生まれた露子は、短歌や詩を「明星」に発表するなど脚光を浴びたが、家業を継ぐために結婚した夫に創作活動を禁じられ、中央歌壇から姿を消した“伝説の歌人”。晩年は夫と別居、子どもに先立たれるなど波乱に満ちた生涯を歩んだ。



 障子を通してやわらかな日差しが差し込む奥座敷から庭園を眺めていると、時がたつのを忘れてしまう。



 旧杉山家住宅は富田林寺内町の町並み保存運動の原点でもある。



 老朽化が進んだ町家の維持修理をあきらめ、建て替えや土地を売却するケースが目立ち、杉山家も不動産業者を通じて売りに出された。慌てた市が1983年に1億6千万円で買収して脚光を浴び、自治体、住民あげての取り組みが本格化。今回の重要伝統的建造物群保存地区選定にこぎつけた。地区内の建物は外観工事が規制を受ける一方、国、府から補助が出るため、維持管理がしやすくなる。



 「寺内町をまもり・そだてる会」の勝山亀太郎会長は「旧杉山家住宅の重文指定は保存の手が点から面へと広がる一つのきっかけになった。今後は保存運動を若い世代に広げていきたい」と話している。



富田林寺内町



 市中心部の富田林町一帯に広がる約11ヘクタールの地区。室町時代末期(1559年ごろ)に建立された浄土真宗興正寺別院を中心に東西7本、南北6本の道と防護用土塁が計画的に作られた。町は住民代表の「八人衆」が運営。江戸時代には酒造、木綿問屋など約150の店が並ぶ商業地として発展した。今も往時の面影が残る。文化財保護審議会が先月19日、重要伝統的建造物群保存地区への選定を答申した。



◆ガイド



 旧杉山家住宅は富田林富田林町14の31。近鉄長野線の富田林駅か富田林西口駅から徒歩約10分。見学料は大人(16歳以上)300円、小人(6~15歳)200円。月曜休館。問い合わせは富田林市教委文化財保護課(0721・25・1000)まで。



 「記者が行く」に対する皆さんのご意見、感想、「取材してほしい」という注文などをお待ちしています。〒530-51(住所不要)毎日新聞社会部あっとおおさか係へ郵送かファクス(06・346・8186)で。


ふらり各駅停車:近鉄長野線・富田林駅 町家の博物館「寺内町」 /大阪

2008.02.24 地方版/大阪 22頁 写図有 (全1,856字) 













 ◇白壁に石畳、江戸期の風情今も



 富田林といえば「野球の強いPL学園」を連想するが、中世から栄えて旧家がそのまま保存され、「町家の博物館」とも呼ばれる地区がある。ここで生まれ育った歌人で、与謝野晶子らとともに「新詩社の五才女」と呼ばれた石上露子(いそのかみつゆこ)(1882~1959年、本名・杉山孝)にも触れたくて、近鉄長野線・富田林駅に降り立った。



 町なかを南へ5分も歩けば、タイムトリップしたような白壁や趣ある石畳の一角に突然入り込んだ。これが「寺内町(じないまち)」。永禄年間(1558~1570)、京都・興正寺(こうしょうじ)の証秀(しょうしゅう)上人が「富田の芝」と呼ばれた荒れ芝地を銭百貫文で購入し、興正寺別院を建立。近隣の有力者8人の合議制で町づくりをさせたと、伝えられる。東西約400メートル、南北約350メートル内にある約500棟のうち、約180棟が江戸~昭和初期の建築。97年10月には、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された。



 見学者らの窓口となる「じないまち交流館」で、「富田林寺内町ボランティアガイドの会」2代目会長の大橋辰夫さん(72)が出迎えてくれた。事前連絡しておけば、ガイド9人が交代で案内してくれる。



 一通りの歴史の説明の後、町内を散策。興正寺別院の門は、伏見城から移築されたものだけに重厚だ。寛永15(1638)年に再建された本堂は、真宗道場形式のものでは府内最古となる。正面右手には、歴史を感じさせる松を描いたふすま。狩野秀信の作で、地元では「刃傷・松の廊下を描いた人」と伝えられる。欄間には、珍しく中国の「二十四孝」の一部も彫られている。でも「小学生にその説明をしたら『孝行って何?』と尋ねられ、ガックリでした」と大橋さんは苦笑いした。



 続いて、国の重要文化財として公開されている露子の生家「旧杉山家住宅」へ。母屋は4層の大屋根で、土間は17世紀中期と地域で最も古い。大床の間、奥座敷、部屋の明かり取りと風通しのための「虫籠窓(むしこまど)」などが残るなか、露子の指示で改造した洋風らせん階段がうまく調和。「じないまち雛(ひな)めぐり」が近いことから、お雛さまも飾られている。「住んでいる私らには分からんこともあるので、よその人の意見も聞かせてもらって、町をより良いものにしていきたい」と語る大橋さんとは、ここでお別れした。



 かつて三つの銀行やいろんな食べ物屋などでにぎわった町だが、「今は店屋は何もない」という。でも駅前近くには、ゆかりの和菓子があると聞いて「柏屋葛城堂(かしわやかつらぎどう)」へ。店主の森貞夫さん(38)は8代目で、祖父の代に開発した「寺内町せんべい」が名物。金剛山を意味する「こごせの里」は、大粒のクリ、白あん、桃山生地で上品な味。季節ごとに替える商品を含めた約40種類すべてが手作りで、「町」観光の帰途に買い求める客も多いという。



 すぐ近くには、露子の限定本などもそろえる「芦田書店」がある。地元作家の作品や自費出版も含め、十数種類の専用コーナーも。特に、この店だけでしか買えない「石上露子集」復刻版(松村緑編、中公文庫)が人気で、遠方からの注文もある。切り盛りする芦田真理さんは「韓流ブームによる純愛熱からか、女性が露子に魅せられているみたい。良家のお嬢様の半面、社会派歌人という人生も魅力なんでしょう」と語っていた。夕暮れ、金剛山や二上山を仰ぎ見て、「山かげは春まだ浅し日もすがら小雪の窓に君をこそ思へ」にピッタリの季節だったが、48歳のオッサンには似合わない。【嶋谷泰典】



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 ◇じないまち雛めぐり



 3月8、9日の10~16時。町家の土間、軒先など約100カ所にお雛さまを飾る。楽市、お茶会なども。近辺に駐車場はないので、公共交通機関で。



 ◇じないまち交流館



 10~17時開館。無料。〓0721・26・0110(雛めぐり問い合わせも)。



 ◇旧杉山家住宅



 10~17時(11~3月は16時まで)開館。交流館とともに月曜(月曜が休日の場合は火曜)休館。大人400円、小中学生200円。問い合わせは、富田林市教委(代表〓0721・25・1000)。



 ◇柏屋葛城堂



 天保年間創業。9~19時(日祝日は17時まで)営業、火曜定休。〓0721・25・2210。



 ◇芦田書店



 9時半~20時営業、日曜定休。〓0721・23・2816。「e-hon芦田書店」でネット注文も。




毎日新聞