2008.01.17 大阪朝刊 10頁 写表有 (全1,954字)
◆生産拡大 町の活性化にも一役
大阪府内で100年以上前から栽培されてきた地場野菜があります。江戸時代の文献にも残るこれらの野菜を「なにわの伝統野菜」として復活させ、京野菜に負けない大阪の名物に育てようという取り組みが広がっています。大阪府や大阪市は2005年に認証制度を設け、現在は16種類が名を連ねています。普及活動の現場から最近の動きを報告します。(野中智章)
■産地直販
葛城山を背に田園風景が広がる大阪府河南町。国道309号沿いに立つ「道の駅かなん」は、思いがけないにぎわいを見せていた。
「この田辺大根はどうやって食べたらええの?」
「おろしにしたら辛くてうまいし、煮ると反対にすごく甘くて最高やで」
駅内の「なにわの伝統野菜」コーナーをのぞくと、駅長で農事組合法人かなん専務理事の阪上勝彦さん(65)が客に答えていた。休日には約5000人が駅を訪れ、大半が地場野菜の直売を目当てにした「買い物客」だという。
この時期、伝統野菜は田辺大根、天王寺蕪(かぶら)、金時人参(にんじん)、大阪しろなの4種類が並ぶ。阪上さんは2004年4月の駅開業時、地元で細々と栽培していた伝統野菜を目玉に据えた。大根1本が100円からという安さに加え、生産者の名前がはっきり書かれた「顔の見える農業」への安心感から口コミで人気が広がった。
「伝統野菜は形が不細工で、病害虫にも弱い。でも、独特の味や歯触りがある。単なる郷愁ではなく、この味なら買ってもらえるという自信がありました」
隣の富田林市から買いに来る主婦加藤桂子さん(62)のお薦めは天王寺蕪の千枚漬けで「他のカブラにはない、みずみずしさがあります」という。
当初は5人だった生産者は18人に、作付面積は約10倍の300アールに増えた。埋もれていた「名物」の発掘が、都市近郊の農家を刺激し、産業が乏しい町を活性化した。
■タネからスタート
伝統野菜は、畑の宅地化や品種改良で昭和期の前半ごろに生産が途絶えた品種も多いが、江戸期には「天下の台所」にふさわしいブランド力があった。1756年、京都に遊学していた長野県野沢村(現・野沢温泉村)の僧侶が天王寺蕪のタネを地元に持ち帰り、野沢菜の原種になったとの説がある。根の部分はうまく育たなかったものの、葉と茎が漬物に適したという。
そんな天王寺蕪も、長く「幻の野菜」だった。
大阪市住吉区で漬物商を営む石橋明吉さん(72)は、天王寺蕪を復活させた功労者だ。1996年に近所の農家から「昔から作っているうまい蕪がある」と聞きつけ、分けてもらったタネを大阪府の研究機関に持ち込んだ。「しっかりとした繊維質で、シャキシャキ感があり、漬物にぴったり。大阪の財産を失わずにすんで良かった」
■プロも応援
NPO法人「浪速魚菜(ぎょさい)の会」(大阪市)は、99年から料理人に農家を紹介するなど伝統野菜の普及を進めてきた。かっぽう店、すし店、イタリア料理店など約70の飲食店が加盟し、京都銘柄の前にかすんだ「なにわブランド」の再興を目指す笹井良隆代表は「なにわ野菜、なにわ料理の存在が料理人たちに浸透してきた」と見る。
確かに「大阪の台所」黒門市場(大阪市中央区)で青果店を営む安井友英さん(38)に尋ねると「素材にこだわる料理人に好評で、予約注文だけで売り切れる日もある」という。
大阪府内で居酒屋「志な乃亭」など18店舗を展開するクロスキンキ(大阪府守口市)は、2002年に伝統野菜をメニューに取り入れた。今冬は「天王寺かぶらとカマの荒炊き」(609円)がヒットし、昨年11月だけで約120キロの天王寺蕪を仕入れたという。
大阪市農業センターは昨年、調理師会などと連携して「天王寺蕪のクリームシチュー」と「田辺大根のカレー」を考案し、レトルトパックにして発売した。センターには、伝統野菜を扱いたいという流通大手からの引き合いもあり、山田和彦・事業課長代理は「いつかスーパーに並び、学校給食でも提供できるよう生産量を増やしたい」と意気込んでいる。
〈伝統野菜と特産品〉
大阪府などが認証する「なにわの伝統野菜」は〈1〉100年以上前から栽培〈2〉独自の品目、品種で苗や種子の確保が可能〈3〉府内で生産--といった基準に加え、栽培面積がごく限られた野菜が対象になっている。大阪にはこのほか、生産量が比較的多い「泉州水なす」や「大阪えだまめ」など全国的に有名になった地場野菜がある。府やJAグループはこれら21品目を「なにわ特産品」として全国に出荷するなど、「伝統野菜」とは区別して振興を図っている。
◇大阪府などが認証する主な「なにわの伝統野菜」=表略
写真=田辺大根、天王寺蕪(手前)など朝取りの新鮮な伝統野菜が豊富に並ぶ(大阪府河南町の「道の駅かなん」で)=大西健次撮影
