[記者が行く]富田林寺内町」 “町並みの重文”に選定

1997.10.17 地方版/大阪 27頁 写図有 (全1,494字) 













 江戸時代の町並みが現存する富田林市の「寺内町(じないまち)」が、国の文化財保護審議会でこのほど、重要伝統的建造物群保存地区に選定されることが決まった。“町並みの重要文化財”寺内町の代表的建築物「旧杉山家住宅」(国の重要文化財、17世紀中ごろ建造)を訪ね、秋の一日を満喫した。【岩崎信道】



 東西南北に整然と走る狭い路地の両脇に、いかめしい格子戸の門構えの町家や、ややくすんだ白壁の蔵が続く。それぞれの家には住人がいるのだが、時代劇のセットにまぎれこんだような錯覚に陥る。そんな町並みを見ながら、寺内町の南西部にある旧杉山家住宅にたどり着いた。



 約1400平方メートルの広大な敷地は、寺内町を仕切った「八人衆」のリーダー格で、18世紀後半には従業員70人を抱える造り酒屋を営んでいた往時をしのばせる。明治時代には与謝野晶子らとともに明星派歌人として活躍した石上(いそのかみ)露子(本名・杉山孝)が生まれている。現在、市が管理し見学コースが設けられている。



 木戸をくぐり抜けるとゆったりとした土間。右手奥の薄暗い釜屋(かまや)には巨大なかまどが鎮座する。土間の左手が2階建ての居宅部分。1階には狩野派の絵師が描いた老松の障壁画が飾られている12畳の大床間(おおどこのま)や奥座敷などがある。



 西側の庭に面した奥座敷は10畳。違い棚、床の間、付書院が同一面に並ぶ数寄屋風の部屋だ。石上露子はこの部屋を好み、創作に使ったという。



 1882(明治15)年に杉山家の長女に生まれた露子は、短歌や詩を「明星」に発表するなど脚光を浴びたが、家業を継ぐために結婚した夫に創作活動を禁じられ、中央歌壇から姿を消した“伝説の歌人”。晩年は夫と別居、子どもに先立たれるなど波乱に満ちた生涯を歩んだ。



 障子を通してやわらかな日差しが差し込む奥座敷から庭園を眺めていると、時がたつのを忘れてしまう。



 旧杉山家住宅は富田林寺内町の町並み保存運動の原点でもある。



 老朽化が進んだ町家の維持修理をあきらめ、建て替えや土地を売却するケースが目立ち、杉山家も不動産業者を通じて売りに出された。慌てた市が1983年に1億6千万円で買収して脚光を浴び、自治体、住民あげての取り組みが本格化。今回の重要伝統的建造物群保存地区選定にこぎつけた。地区内の建物は外観工事が規制を受ける一方、国、府から補助が出るため、維持管理がしやすくなる。



 「寺内町をまもり・そだてる会」の勝山亀太郎会長は「旧杉山家住宅の重文指定は保存の手が点から面へと広がる一つのきっかけになった。今後は保存運動を若い世代に広げていきたい」と話している。



富田林寺内町



 市中心部の富田林町一帯に広がる約11ヘクタールの地区。室町時代末期(1559年ごろ)に建立された浄土真宗興正寺別院を中心に東西7本、南北6本の道と防護用土塁が計画的に作られた。町は住民代表の「八人衆」が運営。江戸時代には酒造、木綿問屋など約150の店が並ぶ商業地として発展した。今も往時の面影が残る。文化財保護審議会が先月19日、重要伝統的建造物群保存地区への選定を答申した。



◆ガイド



 旧杉山家住宅は富田林富田林町14の31。近鉄長野線の富田林駅か富田林西口駅から徒歩約10分。見学料は大人(16歳以上)300円、小人(6~15歳)200円。月曜休館。問い合わせは富田林市教委文化財保護課(0721・25・1000)まで。



 「記者が行く」に対する皆さんのご意見、感想、「取材してほしい」という注文などをお待ちしています。〒530-51(住所不要)毎日新聞社会部あっとおおさか係へ郵送かファクス(06・346・8186)で。