ふらり各駅停車:近鉄長野線・富田林駅 町家の博物館「寺内町」 /大阪

2008.02.24 地方版/大阪 22頁 写図有 (全1,856字) 













 ◇白壁に石畳、江戸期の風情今も



 富田林といえば「野球の強いPL学園」を連想するが、中世から栄えて旧家がそのまま保存され、「町家の博物館」とも呼ばれる地区がある。ここで生まれ育った歌人で、与謝野晶子らとともに「新詩社の五才女」と呼ばれた石上露子(いそのかみつゆこ)(1882~1959年、本名・杉山孝)にも触れたくて、近鉄長野線・富田林駅に降り立った。



 町なかを南へ5分も歩けば、タイムトリップしたような白壁や趣ある石畳の一角に突然入り込んだ。これが「寺内町(じないまち)」。永禄年間(1558~1570)、京都・興正寺(こうしょうじ)の証秀(しょうしゅう)上人が「富田の芝」と呼ばれた荒れ芝地を銭百貫文で購入し、興正寺別院を建立。近隣の有力者8人の合議制で町づくりをさせたと、伝えられる。東西約400メートル、南北約350メートル内にある約500棟のうち、約180棟が江戸~昭和初期の建築。97年10月には、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された。



 見学者らの窓口となる「じないまち交流館」で、「富田林寺内町ボランティアガイドの会」2代目会長の大橋辰夫さん(72)が出迎えてくれた。事前連絡しておけば、ガイド9人が交代で案内してくれる。



 一通りの歴史の説明の後、町内を散策。興正寺別院の門は、伏見城から移築されたものだけに重厚だ。寛永15(1638)年に再建された本堂は、真宗道場形式のものでは府内最古となる。正面右手には、歴史を感じさせる松を描いたふすま。狩野秀信の作で、地元では「刃傷・松の廊下を描いた人」と伝えられる。欄間には、珍しく中国の「二十四孝」の一部も彫られている。でも「小学生にその説明をしたら『孝行って何?』と尋ねられ、ガックリでした」と大橋さんは苦笑いした。



 続いて、国の重要文化財として公開されている露子の生家「旧杉山家住宅」へ。母屋は4層の大屋根で、土間は17世紀中期と地域で最も古い。大床の間、奥座敷、部屋の明かり取りと風通しのための「虫籠窓(むしこまど)」などが残るなか、露子の指示で改造した洋風らせん階段がうまく調和。「じないまち雛(ひな)めぐり」が近いことから、お雛さまも飾られている。「住んでいる私らには分からんこともあるので、よその人の意見も聞かせてもらって、町をより良いものにしていきたい」と語る大橋さんとは、ここでお別れした。



 かつて三つの銀行やいろんな食べ物屋などでにぎわった町だが、「今は店屋は何もない」という。でも駅前近くには、ゆかりの和菓子があると聞いて「柏屋葛城堂(かしわやかつらぎどう)」へ。店主の森貞夫さん(38)は8代目で、祖父の代に開発した「寺内町せんべい」が名物。金剛山を意味する「こごせの里」は、大粒のクリ、白あん、桃山生地で上品な味。季節ごとに替える商品を含めた約40種類すべてが手作りで、「町」観光の帰途に買い求める客も多いという。



 すぐ近くには、露子の限定本などもそろえる「芦田書店」がある。地元作家の作品や自費出版も含め、十数種類の専用コーナーも。特に、この店だけでしか買えない「石上露子集」復刻版(松村緑編、中公文庫)が人気で、遠方からの注文もある。切り盛りする芦田真理さんは「韓流ブームによる純愛熱からか、女性が露子に魅せられているみたい。良家のお嬢様の半面、社会派歌人という人生も魅力なんでしょう」と語っていた。夕暮れ、金剛山や二上山を仰ぎ見て、「山かげは春まだ浅し日もすがら小雪の窓に君をこそ思へ」にピッタリの季節だったが、48歳のオッサンには似合わない。【嶋谷泰典】



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 ◇じないまち雛めぐり



 3月8、9日の10~16時。町家の土間、軒先など約100カ所にお雛さまを飾る。楽市、お茶会なども。近辺に駐車場はないので、公共交通機関で。



 ◇じないまち交流館



 10~17時開館。無料。〓0721・26・0110(雛めぐり問い合わせも)。



 ◇旧杉山家住宅



 10~17時(11~3月は16時まで)開館。交流館とともに月曜(月曜が休日の場合は火曜)休館。大人400円、小中学生200円。問い合わせは、富田林市教委(代表〓0721・25・1000)。



 ◇柏屋葛城堂



 天保年間創業。9~19時(日祝日は17時まで)営業、火曜定休。〓0721・25・2210。



 ◇芦田書店



 9時半~20時営業、日曜定休。〓0721・23・2816。「e-hon芦田書店」でネット注文も。




毎日新聞