このような模型飛行機キットを作るのは非常に難しい、
設計図を見ただけで作るのは断念してしまう、
昭和30年7月1日、メーカーは㈱英工社、後の三和模型である、
部品の中で注目したいのが、
この2個の部品、これがプラスチック製、
そう、英工社は模型界でいち早くプラスチックを採り入れていた、
(昭和28年12月10日 日本教材新聞)
すでに紹介しているように、英工社は昭和28年にはすでにプラスチック製の部品を採り入れている、
いやそれどころか、昭和29年にはオールプラスチック製の模型を発売している、
(昭和29年4月20日 日本教材新聞)
この完成品の「スピードマスター号」、モーターライズのレースカーの模型であった、
つまり、その気になればいつでもプラスチックモデルキットを発売できたということ、
それこそ、日本初のプラスチックモデルキットになったであろう、
なぜ、キット化しなかったのだろうか、
これがあまり売れなかったのか、
まだ木製模型全盛時代でプラキット化するのは時期尚早とみたのか、
その理由はわからない、
結局、第一弾のプラモデルキットを発売するのは、これから5年後の三和模型になってからのことであった。
そう言えば、三和模型はプラスチック製のピストル玩具をキット化したものがあった、
プラ玩具用の金型をプラモデルキット用の金型に利用、
模型にいち早くプラスチックを採用したのは、
三和模型(英工社)のプラスチック製模型
(昭和32年4月5日 日本模型新聞 )