渥美産業の、 | 「模型探偵団」明石小五郎の昭和のプラモデル

「模型探偵団」明石小五郎の昭和のプラモデル

昭和のプラモデルが好きなタダのジジイです、上から目線で書いてます、日本初のプラモデルメーカー、㈱日本プラスチックなど、真実のプラモデルの歴史を書いてます。

 
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                              (昭和32年10月 日本教材新聞より)
 
渥美産業は昭和32年に本社を新築した、
 
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                              (昭和32年1月号 日本教材新聞)
 
軍艦ものばかりと思いきや、面白い模型もいろいろと発売している、
そうそう、渥美産業でもらい物があった、
 
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これが、もらい物の渥美産業のライトプレーンではなく、飛行機凧、中身はなく袋だけのもの、
 
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「ASK」のロゴマークがあるから渥美産業のものだろう、
 
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それから、これも一緒にもらい物の渥美産業の荷札、
そして、渥美産業には以前の記事でも紹介しているロボットの模型があった、
 
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そう、このリモコン式のロボット模型、渥美産業がこのようなロボットを発売していたとはもうビックリ仰天である、これは昭和31年のカタログなのでそれ以前に発売していたことになる、
ひょっとしたら、戦後初のロボット模型なのかもしれない、
 
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それと、もう一つロボットを発売していたのがこのNBK(日本文化教材 現ブンカ)、
これも同じころ発売されている、渥美産業が先なのかそれともNBKが先なのか今のところまだ確認はしていない、
そしてこの頃のライトプレーンでメーカーが不明のもの、
 
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「落下傘降下器付」と凄いギミック?が付いている、
 
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まあ、落下傘だけは自分で作るようになっている、このカタカナの文字が時代の古さを感じさせてくれる、
 
それから話は変わって、例の(株)日本プラスチックの当時の場所を特定することができた、
そう、昭和34年当時の住宅地図でその場所が特定できた、
さて、その場所は、
そして、東京にも営業所を設けていた、
しかし、未だに(株)日本プラスックの実態は依然として謎のままである、
マルサンより先に動くゴム動力のノーチラス号を開発し製造、ちゃんと問屋ルートで流通させておきながら、ノーチラス号発売後の消息は掴めていない、幻のように消えてしまった、
日本模型新聞の記事では大阪の某メーカーがマルサンより先にノーチラス号を発売した、と書い
ているにも関わらづ、なぜ日本プラスチックという会社名を記さず某メーカーとしたのか、
なぜ、なぜ、なぜの連続である、 ここで考えられることは、
おそらく、(株)日本プラスチックという会社は、   それは1日の記事にて<続く>
さて、今日はこれから四国へ行ってくる、 そう、昭和の模型歴史の調査のために、某メーカーの社長さんに会ってくる、フジミ模型のタイガータンクは帰宅してから走らせてみよう。