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アカシックレコードが読めるようになる練習ための専用アカウントで書くより誰かのブログを読ませてもらう方が多かったのですが、最近は自分を解放するため、癒すため、統合するためのブログです。

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  • 29May
    • 富士山のシンクロ

      最近、富士山のシンクロがバンバン起こっていて、そのうちドーン!と大きなシンクロが起こるのか観察したいと思います。シンクロの数がすごいので、書き残しておこうと思いました。

  • 26May
    • 本心を隠す習性

      自分の本心は、自分の脳が自動的に隠すようにいつのまにかプログラムされていました。すぐ嘘ついちゃう。誰も見てないのに、すぐ嘘ついちゃう。嘘って言うか、脳が自動的に「自分が正しい理由」「自分が正しくなるストーリー」をクリエイトして本心を見せないようにしてくれます。もともと母親や父親から愛されなくなる危険でした。本心を見せると母親から怒られる。本心を見せるとと父親から怒られる。だって小さい頃は、親から愛されなくなることって生命の危機だったから。どんどんストーリーを作っていくとストーリーが、その嘘が嘘だと分からなくなって本心だと思うようになって、自分がどう思っているのか全然見えなくなってしまっていたなと思いました。八木さやちゃんのYouTubeを聞いて、そのことについて、どどどどーーーっと気付きがあって、1回じゃ理解できなくて、その部分をたぶん10回くらい聞きました。以下の動画から抜粋しました。『八木さやちゃんってすごいな。でも八木さやちゃんになりたいわけじゃない。八木さやちゃんは、八木さやちゃんだし、私は私』とかっていちいち書いちゃう人いるでしょ?なんか、バカだなーと思うんですよね。そんなこと考えてる暇あったら、とっとと自分の可能性を取り入れろよって私は思うんですよね。私ね、誰かと自分を比べて「あの人はすごいと思うけど、あの人にはなれない」とか考えたことないですね。わぁっ、すげぇ!って思って終わる。で、すげぇ!って自分の身体が反応するでしょ?で、反応した瞬間その可能性って身体にぶわぁ!って入ってくるんですよ。だからね、「その人になりたいけど、その人と私は違う」とかいちいち考えてるあたりで、もうさシャットダウンなわけですよ。やめたほうがいいよ、それ、とか思ってwwwすげぇんだったら、すげぇって思って終わりにすればいいのに、とおもって。なんか可愛くないよね。ごねごねすごい言い訳してるみたいでさ。なんかさ、たぶんね『自分がすげぇって思った人を信仰してるって思われたくない』って思ってると思うんですよ、周りに。「また変なのにハマって」とか言われたくないっていう、自分だけのこじれたマインドがあるだけだと思うんですよね。そこに、私の名前とか有名人の名前とか使うなよ、とか思う。バッカじゃねぇのとか思うwwwwwだからお前はいつまでもそのまんまなんだよって私は思いますね。すごい人を見たら、すごいだけでいんですよ。そこになんやかんや、いらないマインドを入れさせること自体が、自分に対する虐待になるんですよ。すごいって思った自分を否定してることになるじゃん。「でも、あの人と私は違うから」って一生懸命、自分をなだめようとしてる。抑圧しようとしてる。なかったことにしようとしてる。なんでいつまでたってもこういう人いるんだろうって私は不思議でしょうがないですね。そんなこと考えててお前変わったんかって私は問いただしたいですね。どう思われるか気にしてるだけじゃん。自分が好きとか、すごいって思ったものをもしかして否定された過去があるのかもしれないですけど、そんなの忘れてくださいよって思いますね。好きなのは好きなんだからどうしようもないじゃん。すごいって思っちゃったもんは思ったんだもん、しょうがないじゃん。「あの人と私は違うから」とか私は思ったことがない。だからって同じだとも思わないですけどね。そんなこと思う隙がなかったっていうぐらい、すごい!って思った部分を認めただけ。そしたら、その人と同じ可能性が自分の中にもぷわぁ!って流れてきて、「うわぁ!私にも出来たー!」って思って。ずっと比較してました。なんででしょう?ww完全にこれは私のことです。。w気が付いたら人のことばっかり気にしていました。いらないマインドだらけです。比較しない自分になる可能性がぶわぁ!っと入ってきました。w

  • 25May
    • 無理して笑顔を作ると病気になる

      学生時代の「ザ・無表情」時代を経て、仕事をするようになってからは、自然と笑顔が出るようになり、友達も多くなり、毎日楽しく暮らしていました。あるとき、失恋をして笑顔が自然と出なくなったとき、仲良くしてくれてる人たちが心配して笑顔の大切さを伝えようとしてくれました。しかし、ここで私は、嘘を付くことにしたのです。笑顔になりたいわけじゃないけど、笑顔を作る。演技をするようにしたのです。心配してくれている人のために・・・朝、出勤前にメイクをしている時、鏡を見て笑顔の練習をしてみました。その時、ビックリしたことに、自分の笑顔にときめいたのです。これは今でも忘れられないのですが、こんなにときめく笑顔を持っている自分にビックリしました。それで、この武器を使って笑顔を使いまくりました。本当は笑顔になりたいわけではない時でも・・・。すると、どんどん体がツラくなって、家に帰ると起き上がれなくなり始めました。そして家に帰って自分の部屋の扉を開くと涙が出てしまうことも出てきました。心と体の矢印が逆を向いた時に起こる症状だと思います。← →なので、笑顔になりたくない時に無理して笑顔を作って演技するのは体に良くないです。「先に体が笑えば、自然と心も笑顔になる」と仰っているかたもいますが、全部が全部そうではないと思います。否定はしないです。わたしも顔の筋肉に笑顔の癖がついて、笑顔になろうと意識しなくても自動で笑顔になることもあります。すると相手の反応が変わって、楽しい感じになることがあるのも経験しているので。でも、それは苦しいときじゃなかったから、そうできたんだと思います。本当に苦しいときに、無理に笑顔になると病気になる可能性もあると思います。だから本当にツラい時は、自分の心に嘘を付かず、「ツライよね」「そりゃ、悲しくなるよね」と、同意してあげることが本当の笑顔を取り戻す第一歩だと思います。

  • 24May
    • 自分を癒す

      自分を癒すためにブログを更新し始めました。八木さやちゃんが「集団レイプされた自分を癒すためにブログを書いていた」という話が衝撃的でした。数日前に気になりだしたので、たぶんファンの間では当然の話を全く知らないです。どんな本を出しているかも知らないし、どんなイベントをやってきたか、何を販売してきたかも、ほとんど知りません。私はレイプされたことがないので、それでどんなトラウマが出来るのかとか全然想像もできないのですが、他人が自分の経験に対してどう思うかは関係なく、自分の中では地獄であったと感じていたことは真実なので、彼女が自分をどう癒していったか、どうやって幸せになっていったかに興味があります。「私の学生時代は地獄だと感じていました!」と、声高に負の部分を叫んでも周りから見れば意味がないし仕方ないのですが、それに嘘を付いて美しい話にすり替えても自分は癒えないですし、それこそ私にとっては意味がないことになります。自分の体が思っている方向→と自分の心が思っている方向→を同じにすれば癒しは起こります。この矢印を反対方向(→←又は←→)にすると苦しくなります。以前のこの記事【肉体が魂と調和するようになると、神秘的意識構造が顕在意識に降りてくる】に詳しく描いています。どんどん自分の体が感じていることを肯定して矢印を同じ方向にしてあげていきたいと思います。これを人によって統合と言ったり、解放と言ったりします。

  • 23May
    • リブログ記事こどもを産みたくない

      自分の感覚を言語化する習慣がなかったからモヤモヤしてたんだ・・・。 奴隷をやめるこの2つの記事でも書いたのですが、針の筵、地獄のような、「ザ・無表情」の中・高校生活を送っていたので、こどもを産みたいと思ったことがないです。でも、こどもはとっても好きです。みていると可愛くてきゅんきゅんします。でも、心の奥の底の底が産みたくない!と思っています。少なくとも日本では産みたくないです。産みたいと心から思っていらっしゃる方で不快になられる方もいらっしゃるかもしれないですが、どちらが正しいとかじゃなくて、現時点で私の場合は産みたくないと思っているだけです。子供のころ、家庭でも学校でも大人が信用できなかった、学校は軍隊みたいだ、そう感じながら育ってきたので、そんな地獄に新たに命を生みおとしたくない、というのが理由です。同じ地獄をまた最初から味わう新たな人間をこの世に送り出したくない。でも、すでに生まれてきている子たちには本当に幸せに生きてほしいと思っています。「それなら日本から出ていけ」とすぐ言う人がいるのですが、そんな冷たい日本が苦手です。だけど、そう発言する人にもそう考えるようになった子供の頃からのストーリーがあるんだろうと思います。日本は自分の母国です。できることなら好きになりたい。子供の頃は好きだったし。でも、今のところなれない、というのが本音です。最近、読んでるブログのひとつにスウェーデンで生活されているNinaさんのブログがあります。スウェーデンなら、こどもを産みたいと思うとおもいます。Ninaさんのこの記事では、3種類のスウェーデンの教科書を紹介されています。青色はイラスト多め。赤色はイラストとテキストが半分ずつ。緑色は殆どテキストです。3つのどれを選んでも同じ内容が理解できるようになっているそうです。他にもNinaさんのブログを読むと、スウェーデンの人々は本当に思いやりの文化だな、と感心させられます。スウェーデンのような国なら子供を産みたいと思いますが、現実的にスウェーデンに住むのは現時点では不可能なので産みたくありません。日本も「思いやりの文化」というイメージを推している感じですが、かなり表面的です。「思いやり文化」という服を着た「押し付け文化」という感じです。最近は、その押し付けも『自分が受け取らなければ、ない物と同じ』という感覚が自分の中に芽生えてきているので、良い兆候かと思います。

  • 22May
    • 奴隷をやめる

      そもそも、小学校低学年くらいまでは誰とも比べることなく幸せに暮らしていたのだけど「なんかおかしいぞ?」と察知し始めたのは4年生くらいで、 やることなすこと注意されてばっかり 大人が望む自分にならなければいけない雰囲気 親や先生に愛されたいから、ちょっと頑張っちゃうという感じになってきました。そして、中学1年で確信を得ました。「これは、奴隷だ」と。決められたことを決められたとおりにやるように誘導されて、決められた服装をして決められた髪型をして決められた時間に決められた勉強をして・・・という生活が始まり、小学校4年生の時に英語がわかるようになりたい!と思っていて中学生になるのを楽しみにしていたのですが、やらされることの不快感の方が強く、全然楽しむことが出来ませんでした。ちなみに小学校4年生の頃、英語がわかるようになりたくて小さい英単語帳を持っていたのですが、スペルの並びから単語の発音の仕方が分からず、両親も読み方を知らず、身近に教えてくれる人もいなかったためフラストレーションがたまっていたので中学に入って英語を勉強するのを楽しみにしていたのでした。当時ネットがあったら、すごい英語が伸びたんじゃないかと思いますw英語に関しては大人になってワーホリに行き、楽しく日常会話には困らない程度には習得できました!今は参考書で勉強したりYouTubeで海外のエンタメを見てリスニングを伸ばせています。やっぱ強制させられるのが本当にいやなんだなぁ、と思いました。それに効率も悪いですね・・・。当時は本当に学校が嫌で、自宅も嫌で、自分の世界は針の筵(むしろ)って言葉が最適だなと感じた記憶があります。学校に行っても、注意家に居ても、注意注意、注意、注意、やることなすこと全部、否定され続けるのです。それに加え、貧乏で自分で自由に使えるお金もなく、友達と遊びに行く電車賃もなく、(遊びに行きたすぎて約束して当日お金がなくてドタキャンして友達を失くしていった記憶があります。お金がないって恥ずかしくて言えなかったんです。超貧乏すぎて、それがコンプレックスでした。)学食に行こうと誘ってもらってもそれに応えて約束することもできず、天パの髪を整える物を買うことも出来ず、学校指定の2万円コートを買ってと言うことも出来ず、寒かったから家にあったホームセンターで買った2000円くらいのジャンパーを着ていくと校門で風紀の先生に怒られ、いつも体に悲しみを抱えていたのですが、大人を誰も信用していなかったので、相談すると、もっと地獄を見ると信じてもいたので相談することもありませんでした。私から見える世界は地獄でした。世の中のクズはこうやって生産されるのではないか、と真剣に思いますwそれでも母親を悲しませたくないという理由から「学校に行きたくない」と言う勇気すらありませんでした。自分の気持ちより母親の気持ちを優先させていたんですね・・・。針の筵感覚で生きる生活が中学→高校の6年間続きました。高校を卒業したとき、これ以上ないくらいホッとしたのを今でも覚えています。入ったことないけど、刑務所から出たみたいな感じです。中学、高校では自然と笑顔になることがなかったので友達もいませんでした。「ザ・無表情」の生活を送っていました。自分のことが嫌いだったので写真もほとんどありません。20歳くらいから急に笑顔が増えて、友達付き合いが、ば――――っと広がったのですが、強制されるストレスがなくなり、自分で使えるお金が多少出来たからかなと思います。20歳くらいから仕事を始めたのですが、強制させられることも対価があったので続いていました。5年くらい働いた頃、「なんかおかしい」と気付き始めました。上司と仲良くなるにつれ、私生活にまで上下関係が出来始めた感覚になってきていました。7時間、週5でへとへとになるまで働いても月に手取り15万円くらいだったというのも、なんかおかしいと思うひとつでした。(今、考えると15万を1日で稼ぐ人なんてたくさんいるのにね・・・w)そんなんじゃ実家をでるのは無理です。ワーホリで働いたときは週4でもっと貰えていて、ぼーっとしていてもどんどん貯金がたまっていきました。なんだこれは・・・と思いました。それで、誰かに強制させられず自分で好きなことをして生きていきたいという思いが大人になるほどに強くそう思うようになりました。だから、愛ちゃんや八木さやちゃんに惹かれるんだろうと思います。

  • 21May
    • リブログ記事自分の感覚を言語化する習慣がなかったからモヤモヤしてたんだ・・・。

      私はHappyちゃんにハマっていた時期があったのですが、最近はHappyちゃんの友人の愛ちゃんにハマっています。この動画で、愛ちゃんが「八木さやちゃんのブログを最近はよく読んでる」って言ってて以前から八木さやちゃんの存在は知っていたのですが、愛ちゃんが言うなら八木さやちゃんがどんなことを考えているのか知ってみようと思ってブログを1つ読み、そこに貼られてあった動画を1つ聞きました。そしたら完全に自分の中心にスポっと入ってくる感じがしました。以前、読んだときは全然そうは感じなかったのにタイミングって重要だなって思いました。そして八木さやちゃんの最新記事で「ブログセラピー」というワードがあり、その定義が書かれた記事を読みました。「日本人は自分の気持ちを表現する教育を受けていないし、道徳はいかに他人に優しく、他人を理解するかがメインだし、社会は上の指示を聞くようになっていたりする。自分の話をするのがNGなんだよね。だから、自分の感覚を言語化する習慣がない。そりゃ、わかんなくなるよな、と。」こう書かれてある所に、ドーーーーンとやられました「どこまで自分の心を忠実に再現できるか。これを、全細胞を言語化するって、言うんだけど(今、思いついただけ)これって実は、全身運動になってるんじゃないか、出産、美容、健康、思い当たる節がある!!という話を今朝(午前3時)のインスタライブで話したよ。言語化って、排泄力だし、新陳代謝力だし、産み出し力。え、とっても便利そう❤️」あぁ、自分が思ってること書こう。だからモヤモヤするんだ。と、思いました。このブログは、私なりに自分の内面を研究したその成果を書くようにしていました。もしかしたら私に似た誰かの役に立つかも?という気持ちもあって、私の内面をごちゃごちゃ書いても誰も興味ないんじゃない?と、「自分以外の誰かが興味あるかどうか」を主軸に置いていたことに気が付きました。「全細胞を言語化する」か。なんか楽しそう。情報は追うためではなく、自分でつくるためにある。この記事↓より自分でクリエイトした情報どんどん発信していこうぜ!どうせそんなにアクセス数あるわけじゃないしwwと、思いました!なので、ブログセラピーってやってみようと思います!

  • 19Apr
    • 「統合」と「解放」

      統合 解放(セドナメソッド) ホ・オポノポノ統合の仕方が分かった今、これって言い方が違うだけで体感的には全部同じことをやっているんじゃないかと思いました。数年前の認識だとセドナメソッドとホ・オポノポノは全く別のアプローチで、統合ってすごくツラそうっていう感じの認識でしたが、先日の「未来をマネジメントする」の講座で副人格を統合する方法を教えてもらい体感したことで、全部同じことだと思いました。統合がツラそう、というのはノウイングスクールの自己認識のセクションの話を聞いていてそう思っていました。ニューコードNLPの統合は、今のところツラくないです。楽しいです。セドナメソッドを発見したレスター・レヴェンソンさんの解放の記録を以前、読みましたが彼のストーリーを見るとあれは解放=統合です。レスターさんは3ヶ月解放し続けて、「覚醒した」とは書いてなかったですがあれは覚醒です。(わたしはまだ覚醒してないので理論上のことでしかまだ認識できてはいません。そこへワクワク向かっている途中です。) 解放を続けるとすべてが分かるようになる 統合を繰り返すと覚醒するレスターさんの記録を読むと、ゲリー・ボーネルさんと同じように世界が見えるようです。今回、私が受講したニューコードNLPの講師の中島志保さんもレスターさんと同じように思ったことがバンバン向こうからやってくるようです。早くその領域へたどり着きたいな!と思います。

  • 18Apr
    • 統合、統合、統合!

      最近、毎日『統合』を繰り返しています。どんどん統合、統合、統合!楽しいです。実は先日、中島志保さんの講座『未来をマネジメントする』に参加してきました。この講座はパラレルセルフ(平行自己)を統合する方法を具体的に説明して実践するワークショップであることが事前にブログに書かれており、コンテンツを教えてもらうのではなくプロセスを教えてもらえる、とのことだったので参加しました。内容が濃く、エクササイズの種類がいくつかあり全種類を毎日実践出来てるわけではないのですが、自宅で毎日どれかは実践しています。(統合だけは毎日しています)10:00~17:00のワークショップでしたがあっという間でした。参加してみて思ったのですが、自分が本当に知りたかったこと、やりたかったことを今回のワークショップで教えてもらうことが出来て、自分が超絶喜んでいるのがわかりました。本当に楽しくて嬉しくて・・・。特に、統合の方法を具体的に教えてもらえたのは、本当に嬉しいことでした。自分の中に副人格がいることは何年も前から感じており、自分の意図と別の声が頭の中に登場することが増え、大人になるにつれ自分の意図しない声が明確に出現してきていました。「統合すればいい」色んな所で、この情報は目にすることができたのですが、統合の方法が自分の中ではふわっとしていました。自分の内側に統合したい声は明確に確認できる。肉体と同じ方向にもっていけばいい。掘り返して、苦しんで悲しんで結果、統合できていた。統合できていたらラッキー。という、ちょっとふわっとした感じだったので、副人格を認識できていても統合できる時と出来ない時が40:60もしくは出来ない比率がもっと低い感じでした。今回のワークショップのあと、統合出来るとき:出来ないときの比率は80:20、もしくはそれ以上90:10の時もあり方法が明確になったことで、どんどん統合出来ていて、とても嬉しいです。人気のスピ系の指導者の方のブログを読んでいて、ご本人は目覚めているように見える場合でもその方が提唱するものに違和感を覚えたりして異物になって、統合しようと試したのに、うっかり副人格を作ってしまうことが、これまであったように思います。今回のワークショップに参加して、異物がないというのはこんなにすがすがしいものなのだな、と思いました。自分の中の満たされない何かを埋めるために何か新しい仕事にチャレンジしたいとか、新しい趣味を始めたいとか、自分のために出来ること、自分が喜ぶことを探していたのですが、本当の本当の本当にやりたいのは『統合』だということに気が付きました。何年か前に「宇宙口座を開く」講座に参加した時に、自分のやりたいことを抽象化していく方法を教えてもらっていて、自分のやりたいことをを抽象化するのはけっこう難しくて、講座後に志保さんに質問しに行ったら「解放」というキーワードを頂いていて、確かにいつもそれを追い求めているよな、と認識することは出来たのですが、実際に解放することでこんなに心の底から喜びを感じられることを身をもって知りました。『統合』と『解放』は言い方が違うだけで同じことだと思います。それについて次の記事で書きたいと思います。

  • 09Jan
    • 裏返る

      ここ何ヶ月か、ポジティブに良い気分で暮らしていました。自分の心地よい捉え方、又はものを探し、出来る範囲で選び、「なぜ、そんな状況でポジティブでいられるのか」と友人に聞かれるほどでした。最近、私は「チャンスが来た!!」と思いある作業に打ち込んでいます。「チャンスだから」と作業を出来るだけ優先し、これまで優先してきた体調などより作業の優先順位を上げていました。それでも、なんとか気分を良くできるように、温かい飲み物だとか、少し仮眠を取るだとかに気を使いました。仲良しの友人に会うよりも作業を優先していたところ、あまりにも私が誘いを断っていたので先日LINEのチャットでその友人から心配されました。その友人は「自分のことだから」と私の選択を何より優先してくれる友人で、私も「自分のことだから」自分が選択して当然、という感じの関係でもあります。ネガティブな人の思考に引っ張られるのが嫌だから、外界との関係を断ち気味にしており、今回、友人に心配されたことで急に私の中で不安が増大してきて、ここ1年くらいこんなに不安になったことがなかったので正直、かなり戸惑いました。急に、「自分の存在が恥ずかしくなり、誰も私のことを見ないで」という感覚に陥り、誰かが話していると、私が如何に価値がないかを話しているのではないかとビクビクし始め、YouTubeのリラックス音源などを再生しイヤホンで外界の音を遮断しました。チャンスだと思ってやってる作業を、チャンスに出来なかったらどうしよう、などという不安も顔を見せ始めました。心配してくれた友人はトリガーを引いただけだったのですが、「どうして私が不安定になるようなことを言うの?」「関わりたくない」などと、大切な友人をどこか邪険に思ったいる自分がいました。自分の「外界への反応」をまざまざと見せつけられました。そんな自分にも恥を感じており、「生きている自分は恥」という感覚が湧いてきました。「生きている自分は恥」という観念を持っているのは時々認識していたのですが、ここまで、ぐわぁぁぁ~と出てきたのは初めてでした。そこまで、湧いてきても家族の前では平気なフリをして笑って見せたりしていました。(これは大人になる段階で身につけた私個人のサバイバルストラテジーと思います)心の中では「生きている自分は恥、罪深い」という観念を持っていました。家族に笑顔を見せ終わった後、ある観念が降ってきました。「感謝」それは小さな小さな声(降ってきた観念)で、うっかりするとスルーしてしまうくらい小さなものでした。ほんとうにこの声が意味あるものなのか、よくわからないけど拾って広げてみました。。生きてることへの罪悪感を裏返すとそこには「感謝」がありました。こんなに罪深い私でも、こんなに生きる恥さらしな私でも生かしてもらっている。「感謝」罪悪感を手放すというのはこういうことなのかな?「罪悪感を持つ代わりに感謝する」と、どこかの記述で読んだことがあった気がするけど、こういうことなのかな?「感謝」を選ぶと、その感情は自分に優しく接してくれ、同時に外界へも優しく接することができる自分が登場しました。「罪悪感」を選んでいるときは、同時に他人を攻撃するという気持ちがあった感じがします。ちょっと説明ができませんが、そんな感じでした。「感謝」の感情が私にとても優しく接してくれたので涙が出てきて、もっと感謝の気持ちが湧きました。今回、起こったことは私の顕在意識ではまだ謎が多いですが、ある種の統合か、またはコインの裏表、陰陽のコントラストを見せてくれる事象か、その辺の感じであろうと思います。感謝の感情が私に優しくしてくれたので、チャンスの作業をする手が少しスムーズになった(億劫さが減った)感じがしました。もっと感謝の涙をしっかり流せば、自分の中のごちゃごちゃしたものを手放せるのでは?と思っていたりもします。

  • 30Sep
    • リブログ記事肉体が魂と調和するようになると、神秘的意識構造が顕在意識に降りてくる

      はちべぇさんの記事にぐぐぐぐーーっと来ました。「肉体が魂と調和するようになると、神秘的意識構造が顕在意識に降りてくる」という記述を見て、はっとしました!これまで魂が示す矢印の方向と、肉体意識で逆の矢印の方向を示して何とか従わせようとするような戦略をとってきたと思います。魂 →肉体 ←魂は肉体が逆の方向に沿わせようとすると、暴れだして試行錯誤して、どんな手を使ってでもわかってもらいたいと主張してくる気がします。そこで、はちべぇさんの仰るように魂が示す矢印の方向に肉体の示す矢印を沿わせる、ということでした!「葛藤を失くす」ということに意識がむいていましたが、同じ方向の矢印を図式化したことで自分のなかに腑に落ちる感じがとてもします。魂 →肉体 →それがHappyちゃんが言うような、本当は自分がどう思っているのか(魂がどっちに矢印を示しているのか)に従う、ということと同じことだと思いました。その目印として快、不快がある。魂は常に快を示しているので、肉体がそれをフォローする。「肉体が魂と調和するようになると、神秘的意識構造が顕在意識に降りてくる」私が知りたいと求めていることでした。一部ずつ点として知識はあったのですが、今回、点と点が線、もっと言うと点と点が繋がって円が出来たような感じがします。そういえば、昨日の72秒ワークできていた「円」というワードは、これだったのかもしれません。この辺がクリアになって、とても嬉しいです!「肉体が魂と調和するようになると、神秘的意識構造が顕在意識に降りてくる」この言葉に、とても喜びを感じるのでいつも見えるところに貼っておこうと思います!!

    • 愛ちゃんの願望が72秒ワーク中にリアルタイムで私に届いたの画像

      リブログ記事愛ちゃんの願望が72秒ワーク中にリアルタイムで私に届いた

      最近は毎日、Happyちゃんのやる、朝の瞑想に参加しています。72秒ワーク x 3セットもやっているのですが、今日はこんな感じでした。字が汚くてすみません。最近は2セット目から「肉体から意識を少し出して、ソースエネルギーの中にいるような感覚で」というHappyちゃんの誘導があり、ちょっと出来るかよくわからないけど自分なりにやってみています。今日(もう昨日?9/29)の72秒ワークは、写真のように1セット目 スッキリ!(写真からは見切れていますが) 集中している 経済活動 スッキリ(もう一回きたので)2セット目 経 パール 縄文祭3セット目 空(真ん中) 管(くだ) 円と、理由がよくわからないワードも入っていますがこんな感じでした。ちなみに縄文祭には経済的な理由で行く予定はありません。先ほどYouTubeでHappyちゃんの友だちの愛ちゃんのインスタライブを見ていました。そしたら、愛ちゃんがHappyちゃんの朝の瞑想に参加して気持ちいいっていう話をしていて、「そうそう!私も参加してる!愛ちゃんもしてるんだ」と思って自分の72秒ワークを見返していました。は!「経」って書いてある!愛ちゃんの赤ちゃんの名前だ!とシンクロに気付きました。「経」ってワードがおりてきて何のことか全然意味がわからなかったけど、赤ちゃんの名前がシンクロしてたんだね、と思いました。漢字これでしたよね?たぶん、そうだった気が。愛ちゃんは同時刻の瞑想中に「みんなにハッピーを広げたい!この幸せな生き方を一人でも多くの人に届たい!!」とずっと言い続けてたみたいなのでそれを受け取っていたみたいです。YouTubeで愛ちゃんのアメブロのアクセス数が90万PVになって凄いことになった、とお話ししていたのでブログを見に行ってみました。愛ちゃんのアクセス数が爆発したブログを見ていたら、いいねが7777ビックリしました。実は愛ちゃんのブログの読者登録はしていなかったのですが、愛ちゃんが喋っているのを見ると元気が出るので時々YouTubeを見ていました。それで無意識に「経」くんの名前が刷り込まれていたのかもしれませんが、ワーク中は完全に忘れていて、先ほど見返して初めて気付きました。愛ちゃんの動画を見ていて気が付いたのですが、Happyちゃんの朝の瞑想後の72秒ワークは、「願望の発射」だったんですね。(笑)発射、と言うよりは降りてきたのを受け取る感じで参加していました。。「パール」とかはまだ意味がわかりませんし・・・。(笑)最終日の明日(もう今日?)は願望を発射してみます。ステキなシンクロが起こったので今から愛ちゃんの読者登録しようと思います。愛ちゃん、おめでとうございます!

  • 13Sep
    • リブログ記事「人生を味わいつくす」の意味

      2014年に中島志保さんに人生で初めてアカシックレコードリーディングをしてもらったときに、「人生の目的は何ですか?」と聞いたことがありました。その時に、「人生を味わいつくす」と教えてもらったことがあるのですが、そのときは「?」という感じでした。雰囲気はなんとなく良い感じだけど、具体的にどういうこと?という感じでした。(そう質問を返す機転もありませんでした)その意味が今日、顕在的に分かったと感じました。他にも私が「この人みたいになりたい」と思う人が言っていることの共通点が繋がり、具体的にどういうことなのか気付きが起こりました。その気付きの過程をシェアします。以前、中谷由美子さんのラジオを聞いて、「常に集中する」ということを意識していた時、お風呂のお湯が肩につかる感じに集中したり、歯磨きをしている感じに集中したりしていました。その時の記事↓それとはまったく別で、引き寄せの法則のHappyちゃんや旺季 志ずかさんのブログを読んでいたりするのですが、そこでは「自分の気分の良いことをする」ことが提唱されています。自分の心がワクワクしているかをモニタリングする、あるいはそれが出来ない段階であれば、ほっとすることをする、といったことです。そこでよく思い出すのは以前、旺季 志ずかさんが「歯磨きなどの習慣も惰性でやらずに楽しむ」と言っていたことです。その記事をさがしましたのですが、近いことが書かれている記事は見つかりましたが「楽しむ」といった表現がないため、おそらく動画で言っていたのではないかと思います。近いこと書かれている記事↓歯磨きについては、中谷由美子さんのラジオで「常に集中する」というワードを言っていた時にピックアップしていたので、旺季 志ずかさんが「歯磨き」というワードを出したときに、なんとなくリンクしていました。歯磨きで汚れが取れる喜びを感じたり、お風呂に肩まで浸かった時の心地よさを感じたりは続けてきていたのですが、今日はさらに面白いことに気が付きました。知らないうちに目の前の食事がなくなる私は物心ついた頃から夕食の時間にはテレビがついているのが当たり前の家庭で育ったのですが、テレビがつけているとき目の前の食事が知らないうちになくなっている、機械的に食べてしまって記憶がない、ということが起こっていることに、けっこう昔から気付いていました。しかし特にそれを問題としたことはありませんでした。なぜなら胃に入れば栄養になるので記憶がなくても同じ、と思っていたからです。しかし、最近では自分の「心地よさ」や「常に集中すること」を意識するようになってきていたので「美味しい物を食べている時は、テレビよりも食事に集中する、意識を持っていかれないようにする」ということを意識していたわけです。今日の夕食でも意識していたのですが、そこで大きな気が付きがありました。祖母と両親と4人で食事をしていて、自分で味付けしたエリンギがすごく美味しくてそれを味わっていたところ父が飲んでいた焼酎をこぼし、以前であればそこで母が父に文句を言う姿に私は不快になる、というパターンがありました。今日は、そのこぼした焼酎のにおいが広がって臭いということで笑いが起こり、それから少しして私が「キノコが美味しい」と言うと、聞き間違えをした父が言ったことに母が吹き出しそうになり笑いが起こる、といったことがありました。そしてみんなが笑っているのがすごく嬉しかったのです。その瞬間に至福を感じました。どの笑いも私が「面白い」と思ったことから、私スタートでみんなが笑いました。起こった笑いは、いつもは焼け石に水という感じでその場を消費して終わり、という感じなのですが、今日そこで私は、「物事の捉え方によって、同じ現実の中に、快にも不快にもなれる要素が転がっていて、快になる要素を見つけて、味わう」ということが重要なのではないか、と気付きました。それが中谷由美子さんの言う   「常に集中する」で、旺季 志ずかさんの言う   「歯磨きなどの習慣を楽しむ」ことで、中島志保さんの言う     「人生を味わいつくす」なのではないか?全部同じことなのではないか?と思いました。なんだか言葉では、かなり説明しにくいのですが、伝わっているでしょうか?不快の気持ちも味わいつくすというのも聞いた気がしますが、正直もう不快はお腹いっぱいです。ですので、今後は快の要素を味わい尽くしたいと思います。

  • 14Feb
    • 必死に不幸を証明して、自分を傷付けた誰かを責める理由を作っていた

      自己憐憫。よく、アカシック界隈でこの言葉を聞きます。自分で自分のことをかわいそうって思うこと。私はそう認識していますが、お腹の底から「私は自己憐憫はしません」とは言えませんでした。自分の内側を観察してると、「あぁ、これは自己憐憫だな」と思うことが多いです。それがなぜか、と考えるのは負のスパイラルに入りそうなので、そう思ってることを観察するのみにとどめていました。今日、誰かのブログを読んでいて急に「あ、私は不幸を演じてるな」と、感じました。私が被害者になることで加害者とみなしている人を責めるために不幸を演じていたことに気付きました。「お前が私を傷付けた証拠に、ほら私はこんなに不幸だろ?」それを証明するために、必死に不幸になろうとしていたみたいです。潜在意識下で、です。さっきやっと顕在的に認識できました。気付いた瞬間、「はっw あほらしーw」と思いました。気付けてホントに良かったです!笑きっともう全力で勝手に幸せになっていくと思います。笑

  • 11Jan
    • 飽き性だけど、怒りをクリーニング

      先ほど、ストーブの灯油がなくなり、灯油を追加することに罪悪感を感じて(どんだけw)いたので20分ほどストーブを消して過ごしていたら、寒くなってきました。笑それで、灯油を入れに行ったのですが、家の中にある灯油タンクにほとんど残ってなかったのです。外には満タンの灯油タンクがいくつかあります。でもその時、すごく怒りが湧いてきて「なんだろう、この怒りは」と思っていました。誰が取りに行ってもいい灯油タンク。外は雪が降っていました。寒い中、灯油タンクが入っている入れ物の上に置いてある漬物石を3つ下ろし、ふたを開け満タンの灯油タンク20リットルを取り出し、家の中へ持って入りました。そしてストーブを付けました。この怒りをどうにかしよう、クリーニングしよう、と思いました。最初、ホオポノポノを試みましたが、心が受け付けませんでした。怒りが大きすぎてその段階じゃない、と思いました。それで、この怒りを物理的にイメージし、何度も何度も吐き出しました。「あぁ、私は大事にされてないと思って怒っていたんだ」と気付きました。飽き性の私は5分か10分たったかくらいで、「まだなの?まだ抜けないの?」と思いました。あー、めんどくさい。(めんどくさい出ました!)それで、いろんな人のブログなどを読んでいると、何百回、何千回と手放すと書いてあったことを思い出したり、マスターのインタビューでは何万回などと書いていたので、「もしかして、いつもこのへんで終了させるから、すっきり感じるほど手放せてないんじゃない??」と思って続けました。それで、物理的に怒りが体から少し出たと感じた段階で、こんどは喉が詰まってきてホオポノポノが出来そうか(体が受け付けそうか)試してみると、受け付けそうだったので、やってみました。さっき付けたばかりのストーブの前に座りました。そこで、「火の瞑想」を思い出したので、この「大事にされたい」という気持ちをストーブの火で燃やそう、と思いました。それで、自分の中から「大事にされたい」気持ちを出して、ストーブの火で燃やすイメージをしましたが、先日のつうりさんの瞑想動画を思い出し、ストーブの火を胸のあたりに持ってきて(イメージの話ですw)直接燃やそう、と思いそうしました。そしたらどんどん燃えて喉がスッとしました。あれから30分ほどたった今でもスッとしています。めんどくさいと思ったとき、やめなくて良かったー、と思いました。浄化できることの喜びを覚えることができたので、いろいろ自分の中での納得できてないもの、不安なこと、など色々試してみたいな、楽しみ!という気持ちです!

  • 06Jan
    • お金のブロックは親の姿を見て落胆していたからだった

      大きな気付きが起こりました。わたしには大きなお金のブロックがありました。その事についてです。父は自営業をあきらめて会社に入ったことで自身に対して自信を喪失しており、「報われない」という気持ちが強くあるようで「そんなこと出来るはずない」というのが口癖です。母は働き者で有給も取らず、毎日働いていました。でも家は必要なものに困るほど貧乏でした。いわゆるワーキングプアだったかと思うのですが、今思えば、両親は何でも「足りない」と思って必要以上の物を買ったり、父はお酒、たばこ、パチンコなどで満たされないことを満たそうとして散財し、私が生活に必要な物(学校で使うものや、衣類など)が買えないしわ寄せがきていたのかもしれません。足りない、足りないと思っていたのかな、と思うのは家は物だらけだからです。とにかく「働いても働いても貧乏である」という認識でした。それを見て『頑張って働いても報われない』と、私の潜在意識では、そう思っていたようです。しかし、他人軸で生きてきた私は他者からの承認欲求を満たす為に、『働き者』を演じていました。頑張って働いても報われない、と思っているのに働き者を演じていたのです。完全に衝突しています。このことが疲弊して無気力になる理由の一つかな、と思いました。この2つの信念が私に深く根付いており、ここ数年は自営業みたいなことをやっていますが、無気力が影響してか思うように本気になれず、思考だけがどんどん膨らんで苦しんでいました。働いている時のイメージで言うなら体を引きずりながら(たぶん心を引きずりながら)自分で自分に行動させられているという感じです。今年になって、齊藤つうりさんが瞑想動画を上げてくださり、この動画と一緒に何度か瞑想しました。この瞑想の直後、喉がスッとして色で言うならゴールドという感じがしていました。ここ1年くらいは感じなくなっていたのですが、中学生頃からいつも喉が苦しい感じがしていました。その詰まりが、この瞑想でさらに大きく開放されたのかな!と思っています。そしてこの瞑想を始めたからか、実行したい仕事のタスクをどんどん迷わず行っている自分がいることに少し驚き喜んでいます。今回の気付き、『頑張って働いても報われない』に気付いた時、この瞑想をした後と同じ感覚になりました。喉がスッとしてゴールドになった感じです。親の姿を見ながら頭では「報われないと思う必要ない」と認識していましたが、心が認識した瞬間だったと思います。きっと大きくひとつ解放できたのだと思います。とても嬉しいです!

  • 25Oct
    • 自分軸で捉えることにチャレンジ。過去の自分を捨てる。

      「自分の外側の誰かがどう思うか」を中心に考えていると緊張感が高まり頭でいろいろ考えて焦っている自分に気が付きました。自分の中心に戻ろうとしてみました。 「あの人が自分をどう思っているから」という理由を起点に考えるのをやめてみよう 本当の本当の自分は今どう思ってる?心の耳を澄ませてそういう風に問いかけてみました。でも、今の段階では本当の自分がどう思っているのか分かりませんでした。胸と背中の間あたりに本当の自分がいると仮定して(自然とそこ目がけて)問いかけていました。ですが、無反応でした。もしかしたら、かすかに聞こえないくらい小さな声で本当の自分が答えていたのかもしれないけど、外側の雑音(自分が気にしている外側のこと)のインパクトが大きすぎて気が付けなかったのかもしれません。「自分の外側の誰かがどう思うか」が気になった時、そのことにとても引きずられている自分に気が付きました。 ちょっと前(3分くらい前)に外側をすごく気にしていた自分を捨てようそう思って、また本当の自分がどう思っているか、胸と背中の間あたりに問いかけてみました。でも、無反応に思え本当はどう思っているのか分かりませんでした。本当の自分に問いかけている間は、外側を気にすることを忘れていました。忘れていたことに気付くことが出来たので、嬉しかったです。そして自分がどういう体勢でいると安心できるだろう、と思い腕を組んでみました。なんだか安心できました。腕を前で組むのは心理学的にいうと相手に心を開かないようにしている、とか警戒しているとか聞いたことがありましたが、今の今はその体勢をすると、とても安心するのでその方がいいと思って何度か腕を組んでみました。あぁ、とっても安心する・・・と思いました。そのおかげか、楽しい時の自分が自然と出てきて、緊張感もおさまり、「相手がどう考えているかどうか」を考えずにおしゃべりをしていました。ちょっと前の緊張した自分が相手を緊張させていたように感じましたが、相手がどう思っているかを基準にせずに話をすることが出来たので、その時の安心した私が伝わったと思います。次回はきっと相手も緊張しない雰囲気になることができると思いました。

  • 17Aug
    • リブログ記事解放のきっかけ ”世界は自分の写しである、ということ。”

      最近は少し、恐かったことを凝視することが以前より出来る回数が増えてきたように感じます。というのも私の心にいつもシックリくる記事が書かれている、はちべぇさんのブログのこちらの記事を読んでから、「相手に対する自分の反応はすべて自分の中にある」ということを知ってからです。最も印象に残ったのは、「目上に対する態度じゃないよね」と他者を評価した人が、実は同じ内容で他部署からの苦情が上がっていた、というものでした。はーーーっ、世界はそのように出来ていたのか。。と目から鱗とはこのことで、多くの人が使い古されたかに思えるほど言っている『他者は自分の鏡』という意味を「ハッキリと」理解することが出来た内容でした。実際は、その前の記事のコメントのやり取りで、私がはちべぇさんに対しSomething Greatを見たと言ったら、「私がはちべぇさんにSomething Greatを見たのなら、私の中にもSomething Greatがあるということ」という内容のお返事いただいたときにも、はーーーっ、世界はそのように出来ていたのか。。と目から鱗1回目でした。自分の中のポジティブ面で仕組みを教えて頂いたこと、はちべぇさんが出逢った人でのネガティブ面での仕組みの事例も教えて頂けたおかげで、どっちが良いとか悪いとか判断せず、そこに仕組みがあることに視点を向けることが出来ました。以前は「他人は自分の鏡」という言葉の本当の意味を、実際は認識しておらず、「鏡って言うよねー、知ってる知ってる」くらいのふんわりした感覚でした。(知ってると思って本当は分かってなかったのが厄介だったよな、と思いました)この記事を読んでから、他者に対する不快感が生まれたときに、「自分は実際どうしてるかな?」と振り返ってみた場合、自分もそれを他者にしていることがほとんどでした。。そこで、その不快感を問題として取り上げるのではなく、とりあえず見つめることにしました。その「見つめる」という作業中に、自分の中に『恐いからスルー』という自動起動プログラムがあることに気が付きました。もはや、『恐いから』や『スルーする』という決断を自分がしていることも気が付かないほど自然にそのプログラムは自動起動していました。『見つめる』という作業に入ろうとした途端、今のところ毎回それは自動起動します。けれど、その自動起動プログラムをスルーし見つめ続ける勇気を持ち、見つめるという作業をしていると、だいたい数秒~数十秒くらいで肩の力がフーっと抜けていき静かな安心感が芽生えるのがわかり、これが解放されてる感じなのかもなぁ、と思っています。他者に対する不快感が生まれたときに、「自分は実際どうしてるかな?」と振り返るとき起こる『恐いからスルーする自動起動プログラム』に対して、さらに『恐いからスルーする自動起動プログラム』をスルーしたい気持ち(『恐いからスルー』’)が起動していて、ここにも一段階、踏ん張りどころがありました。メモ:他者に対する不快感が生まれる↓「自分は実際どうしてるかな?」↓「いやいや、自分は大丈夫でしょ」という盲目を誘惑する自動プログラムが起動↓命名:『恐いからスルーする自動起動プログラム』が起動していることに気付く↓本当は「自分は実際どうしてるかな?」↓あのとき私も同じこと人にしてるわ、と思い出す。(『恐いからスルー』が起動した事に気付いたおかげで思い出せたと思われる)↓『恐いからスルーする自動起動プログラム』を凝視↓『恐いからスルーする自動起動プログラム』から目をそらしたい『恐いからスルー』’が起こるけど、それをスルーして凝視を続ける↓肩の力が抜ける(解放されたと思われる)余談ですが、私の鎖骨は逆ハの字です。もうずっと昔からそうなので、それが私で、これが私の普通だと思っていたのですが、かなり実力のあるエステティシャンの友人に「鎖骨が逆ハの字になってる人はいつも肩に力が入っている人」と数年前、教えてもらっていました。そのときは「私って力入ってるのかなぁ、そんな感じしないなぁ」と思っていたのですが、自動起動プログラムをスルーし恐れを見つめた時に抜ける肩の力は、本当に大きな力が抜ける感じで実際に自分はこんなに肩に力が入っていたのだなぁと感じています。いつ頃から、逆ハの字だったか考えてみると、古い記憶では中学生頃にはすでにそうだった気がします。それを思い出したら、ずっとそうやって肩の力を入れて自分を守ってきてくれたんだなぁ、という気持ちになりました。葛藤の解放という言葉に出会ってから5年くらい経ちますが、本当の意味の『解放』を理解できてきたのかもしれません。

  • 03Jun
    • いつも幸せがデフォルト

      最近は、いつも自分の気分を良くするために、意識的に自分の行動力を利用できるようになってきました。振り返ると与えられるままに生きてきた人生、前半。勝手に流れるテレビを見て、それをそのまま受け止め、不安になったり親に言われることを、それをそのまま受け止め、悲しんだり先生に言われることを、そのまま受け止め、絶望したり小さいころから、そういう人生を生きる癖がついていて、その世界がすべてに思えていたけど、大人になって今まで出会ってこなかった生き方をしている人たちにインターネットを通して出会うことができて、さらに質問したら答えてくれるような時代になってきて、本当に良かったです。自分が今どうしたら心地良いか、いつも自分の体と心に聞いて、セブンのコーヒーを買ったり、今、お風呂に入ったら最高に気分がいい!と気付けば、すぐにお風呂に入ったり、 (以前は、お風呂入るまでがすごく長くその時間が不快だった)エクササイズをしたら体が軽くなって気分がいい!と感じられるようになったので、ほぼ毎日エクササイズが続くようになったり、(エクササイズが続かず自分をダメ認定していた時の話)トイレに行きたくなったら、すぐに行ったり、水を飲みたくなったら、すぐに飲んだり、そういう小さいことでも、自分の気分が幸せに感じられるようなことは進んで行動に移すことが出来るようになってきました。今書いていて気付きましたが、「行動に移す」という言葉に不快感を少し感じました。学生時代に「自分の望まない行動」を先生たちに強いられてきたという感覚がよみがえったので、「自分を幸せにする行動」は幸せだよ!と自分に教えてあげたいと思いました。昨日、そう思えるようになってきた自分に気付いたきっかけがありました。両親が見ているテレビの音が2つ向こうの私の部屋まで聞こえてきていて、内容が「どんだけ不幸な人生だったか」を(おどろおどろしい声で笑)解説しているような内容で、不快になってきたので、部屋のドアを閉めました。数時間して、居間を通りかかると今度は別の番組での不幸話でした。(ドラマだったかも?)そこで気付きました。彼らは好んで見ているのだ、と・・・。もう、その世界には戻りたくない、と思いました。一緒に住むことにも限界が来ているのかもしれません。以前なら、相手を変えようとしていましたが、「相手を変えるなんて無理!笑」と思うようになっりました。無理じゃないとしても、相手を変えようとするのは効率が悪く、そのエネルギーを自分の為に使いたいと思うようになってきました。なんとなく自分の気分の平均値が幸せになってきているのを感じています。

  • 20Mar
    • 疲れるのが恐い

      さっきお風呂に入っている時に、「常に集中する」ってどんな感じなんだろう、と湯船につかりながら考えていました。今日の午後、机の上を片付けていたらアカシックに関する重要そうな発言を自分なりに書き留めていた紙と遭遇しました。その中に中谷由美子さんのブログ(いつの記事か忘れました。又この記録はラジオを聞いて書き留めた物かもしれません)でみつけた「意識的に過ごす」ことについて抜粋していました。常に何か動作に集中している。又はそれを実感している状態。気をそらさない。例えば歩くとき、歩くことを実感しながら歩く。何か作業をしているときも、その作業に集中する。意識的に過ごすと1時間かかる出来事が1/4で済むようになり時間が短縮される。そのことをお風呂に入っている間に思い出し、集中するってこの湯船につかってる場合でいうと「あーあったかい^^」といった感じで肩にあたるお湯が癒してくれてる感じ??などと考えていました。いつもお風呂で歯を磨くのですが、ブラッシングで歯の汚れを落としている感じなどを意識してみました。こういう感じを「常に」やるのか。そう思った瞬間、「めんどくさい」という気持ちが湧いてきました。「めんどくさい」という気持ちが湧く理由はなんだろう、と考えたら「疲れることを恐れている」ということに気付きました。一瞬、以前読んだパラマハンサ・ヨガナンダの本を思い出しました。師匠が彼に「疲れることを恐れていない」と言ってヨガナンダを褒めるシーンがありました。 読んだとき、「私には疲れることへの恐れはけっこうあるなぁ」と思いましたが、今回「あぁ、このことを師匠は言っていたんだな」と再度思いました。この恐れを手放すことが出来れば、もっといろんな物事がスムーズにいきそうだな、思いましたが、これをどう手放せばいいのか、といった気持ちもあります。セドナメソッドや火の瞑想で手放すことにチャレンジしてみようかな、と思いますが「本当にこんな大きな恐怖を手放すことが自分には出来るのだろうか??」という疑問、疑いがあります。とりあえず、やってはみようと思います。

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