さっきお風呂に入っている時に、「常に集中する」ってどんな感じなんだろう、と湯船につかりながら考えていました。
今日の午後、机の上を片付けていたらアカシックに関する重要そうな発言を自分なりに書き留めていた紙と遭遇しました。その中に中谷由美子さんのブログ(いつの記事か忘れました。又この記録はラジオを聞いて書き留めた物かもしれません)でみつけた「意識的に過ごす」ことについて抜粋していました。
常に何か動作に集中している。又はそれを実感している状態。気をそらさない。例えば歩くとき、歩くことを実感しながら歩く。何か作業をしているときも、その作業に集中する。意識的に過ごすと1時間かかる出来事が1/4で済むようになり時間が短縮される。
そのことをお風呂に入っている間に思い出し、集中するってこの湯船につかってる場合でいうと「あーあったかい^^」といった感じで肩にあたるお湯が癒してくれてる感じ??などと考えていました。いつもお風呂で歯を磨くのですが、ブラッシングで歯の汚れを落としている感じなどを意識してみました。
こういう感じを「常に」やるのか。そう思った瞬間、「めんどくさい」という気持ちが湧いてきました。「めんどくさい」という気持ちが湧く理由はなんだろう、と考えたら「疲れることを恐れている」ということに気付きました。
一瞬、以前読んだパラマハンサ・ヨガナンダの本を思い出しました。師匠が彼に「疲れることを恐れていない」と言ってヨガナンダを褒めるシーンがありました。
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読んだとき、「私には疲れることへの恐れはけっこうあるなぁ」と思いましたが、今回「あぁ、このことを師匠は言っていたんだな」と再度思いました。
この恐れを手放すことが出来れば、もっといろんな物事がスムーズにいきそうだな、思いましたが、これをどう手放せばいいのか、といった気持ちもあります。セドナメソッドや火の瞑想で手放すことにチャレンジしてみようかな、と思いますが「本当にこんな大きな恐怖を手放すことが自分には出来るのだろうか??」という疑問、疑いがあります。とりあえず、やってはみようと思います。
