2024年2月 石鎚神社祖霊殿 三十六王子旧登拝口 | 旅する石鎚信仰者

旅する石鎚信仰者

やはり石鎚山は素晴らしい。

愛媛県西条市の石鎚神社本社に石鎚山旧跡三十六王子社の旧登拝口がある。

この登拝口の初めての調査は2011年10月の事、最近になって改めて石鎚神社参道

にある宝暦年間の石鳥居を調査して新しい文字を発見した事から石鎚神社祖霊殿前

の常夜灯・旧狛犬・旧登拝口前常夜灯全ての文字を解読してみた、今回はこれらに記

されているすべての文字を読み取ってみたが、旧登拝口前の一対の常夜灯は下部が

埋まっていてすべての文字の解読はできなかった、しかし元号ははっきり読み取れ解

析ができる事と、読み取れないのは氏名の部分である事から大きな情報の違いは無

いと思っている。

 

 

 

 

 

石鎚神社祖霊殿へ

 

古くは本殿だった建物である

 

祖霊殿正面石段を上がった所にある一対の古い狛犬

この大きく記された「京」は何を現しているのだろうか

 

台座には「文化三丙寅三月吉日」

 

右面に「御安全」

 

左面に「世話人 三川屋伊兵衛 金田屋久蔵」

 

裏面に「俵屋小兵衛」

 

右の狛犬

 

「奉獻」とあり大きく「京」とある

やはりこの「京」は何か大きな意味がある感じである

 

「豫州 御店中」全く意味が分からない

 

右面には「宿金子屋伊兵衛」の

 

裏面は反対側の狛犬と同じ名で「願主 俵屋小兵衛」

この方と「京」の文字が繋がるはずなのだが

 

祖霊殿前の古い一対の常夜灯には「石鎚山大権現」

 

右の常夜灯

台座正面に「大手」左面に「伊部屋永吉」

これは大手饅頭、伊部屋永吉と言う事であり

日本三大饅頭大手饅頭創業者の意味

 

右面に「岡山橋本町」これは当時の大手饅頭の住所

 

裏面に「元治元年甲子五月吉 丸亀東濱 取次 吉野屋岩平」

 

左の常夜灯

「大手」と住所は同じであるが

 

左面には「茶屋岩吉」

人名とは思うが大手饅頭との関りが分からない

 

裏面に「元治元年甲子五月吉 丸亀 石工 棟梁 木下廣右衛門」

 

三十六王子旧登拝口は石鎚山遥拝殿の奥にある

 

立派な常夜灯の奥の鳥居が旧登拝口

 

鳥居周辺は鬱蒼とし風格ある佇まいである

 

神額には「石鎚神社」

 

鳥居の歴史は新しく「昭和六年十月吉日」とある

 

「福山市 施主 向川氏」

 

登拝道はここから二並山へ続いている

 

右側の石鎚山常夜燈

 

台座には「萬延元○次庚申五月吉祥日」と読める

〇は埋まって見えないが反対側の常夜灯の文字からして「歳」と思う

これは万延元年(庚申)1860年5月

 

裏面には「備前国岡山 橋本町大手 伊部屋永吉」

祖霊殿前の常夜灯と同じ方である

 

側面に2人の名、この方がどういう方か分からない

「岡山西中島町 門屋吉右衛門 岡山西大寺町 播磨屋喜○」

 

常夜灯竿の正面には「石鉄山」

 

左側の石鎚山常夜灯

 

「備前国岡山 橋本町大手 伊部屋永吉」の文字

 

裏側には「萬延紀〇 歳次庚申 五月吉祥日」

〇は埋まって見えない、反対側の常夜灯と元号表記の仕方が違うが

干支は同じなので1860年に変わりはない

 

隣には世話人の数名の氏名

「やはり石鎚信仰はすばらしい」

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